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十年目、帰還を諦めた転移者はいまさら主人公になる  作者: 氷純
第四章 十年目の転移者と吸血鬼事件
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第8話  画家の男

 ピアムに案内されたのはクラムベローの住宅街の端、公園を兼ねた雑木林の近くだった。

 アトリエが併設された二階建ての家屋で、二階部分にはアトリエから上がることのできる広いバルコニーがついている。

 雑草を適当に刈っただけの簡素な庭は無意味に広く、端の方には風にさらされたスコップが転がっている。日曜大工で作ったらしき子供用ブランコもあった。


 ここまで住宅街の家々を見てきたが、石像や手入れされた花壇など美的センスを見せつけるような家ばかりだったこともあり、ピアムの家の素朴さと生活感はほっとするような安心感がある。


「ただいまー」


 ピアムが玄関を開けて中に呼びかける。

 アトリエに続く扉から「おかえり」と応じる若い男の声がして、扉が開いた。

 現れたのは陰気な顔の三十代前半の男だった。絵具汚れが付いた作業着の袖を気恥ずかしそうにめくりながら、口元に笑みを浮かべる。


「ピアムのお友達、といった感じでもないかな。お客さんかな?」


 低いが不思議と落ち着きのある、聞く者を安らがせる響きの声で男はトールと双子を順にみて、家の奥を手で示す。


「どうぞ、あがってくれ。大したおもてなしもできないが、いつもピアムがきれいに掃除してくれているからね。自慢させてくれ」

「ちょっと、兄さん。自己紹介が先!」

「お、おぉ、これは失礼。また怒られてしまった。どうも、キリシュという。ささ、上がって」


 ピアムに注意されたのをごまかすように笑って、キリシュと名乗った男は率先して家の奥に入っていく。

 ピアムが頬を膨らませた。


「自分だけ名乗ってお客様の名前も聞かないんだから! ごめんなさい。兄さんは社会不適合者だから」


 しっかり者らしくピアムは兄を評しつつトールたちを家の中に誘う。

 おじゃまします、と声をかけてトールたちは家の中に上がった。


 キリシュが言う通り、綺麗に掃除されている。埃一つなく、床に至っては天井から下がった魔機灯の光を反射している。

 通されたリビングの壁には絵が二枚、飾られている。片方は子供の稚拙な絵、もう片方はいくらか成長してから描いたと思われる絵だった。


「ピアムが幼い頃に描いた絵だよ。上達ぶりがうかがえるだろう?」


 ニコニコとキリシュが壁の絵を見て言う。


「それで、お客さんたちのご用件は? 見たところ、冒険者のようだが、そちらのお嬢さんたちは……ちょっとよく分からないな」

「吸血鬼事件について排斥派、融和派どちらからの提案も断ったところ宿を確保できなくなりまして、困っていたところをピアムさんに声をかけていただきました」


 メーリィが端的に経緯を説明すると、キリシュは一瞬キョトンとした顔をした。


「なんだ、そんなことだったのかい? 大変だったね。同情するよ」


 同情すると言いながら、すぐにでも笑いだしそうな雰囲気だ。

 ピアムがトールたちを手で示し、紹介してくれる。


「この男の人がトールさん。Bランクの冒険者だって。それで、双子の凄い美人さんはユーフィさんとメーリィさん。ごめんなさい、どっちがどっちかわからなくてまとめて紹介した」

「いえいえ、いつものことですから大丈夫ですよ。些細な違いですし」


 思考共有があるためどちらに話しかけても本人から返答がくる。名前を呼び間違えても大きな問題は起こらないのだ。

 ユーフィとメーリィがトールを横目に見る。


「むしろ、私たちを見分けているトールさんの観察眼がおかしいんですよ」

「慣れだよ」


 毎日顔を合わせていれば、仕草などから見分けがつくようになる。旅の仲間を間違えるなどあってはならないという一種の責任感のようなものも手伝って、トールは双子をよく観察しているのだ。

 キリシュがトールたちにソファを勧めた。


「三人は吸血鬼事件について調べに来たのかい?」

「えぇ、個人的な興味があったので」


 メーリィが肯定しつつ、ユーフィと並んでソファに座る。

 トールはピアムが用意してくれた木の椅子に座った。

 キリシュは手を組んで、トールを見る。


「興味、ねぇ。期待にそえるような事件ではないと思うが」

「みたいだな」


 視線を向けられたトールがあっさりと同意したことにキリシュは驚いたような顔をする。


「あの事件が吸血鬼の仕業ではないともうわかってるのかい?」

「検死報告を調べた。ここ二年間の事件に吸血鬼が関与しているとは思えなくなっている」

「Bランクと聞いたが、調査能力は高いんだねぇ」


 感心した様子のキリシュに、ユーフィが笑顔で声をかける。


「むしろ、キリシュさんがなんで吸血鬼の仕業ではないと考えているのかが不思議です」

「クラムベローに来たばかりの頃、十五年前かな。吸血鬼を題材に数枚の絵を依頼されたことがあってね。その時に調べたのさ。今回の事件が当時調べた情報と食い違っているし、犯行の手口も変化しすぎだから、まぁ、犯人は別にいるだろうなってね」

「兄さん、私はそれ、初耳なんだけど」

「そうだったっけ? あれは、うーん、ピアムを拾う二年前かなぁ」


 天井を見上げて思い出そうとしていたキリシュは、「まぁ、過ぎたことだよ」と話を切り上げた。

 キリシュとピアムがトールたちを見て苦笑する。


「あぁ、ごめんね。ピアムは拾った子なんだ。特にデリケートな話でもない。だから緊張しなくて大丈夫だよ」


 家庭の事情があっさり暴露されたことで戸惑っていたトールたちにキリシュがへらへらと笑う。

 ピアムも気にした様子はなかった。


「十年以上前に、この家の前に置かれた籠に私が入ってたんだって。あなたの子ですって手紙と一緒に。読んでみる?」

「いえ、結構です」


 双子が困り顔で断った。

 デリケートな話じゃん、とトールは内心でツッコミを入れる。

 ピアムがキリシュの隣に座り、くすくす笑う。


「本当に、大した話じゃないんだって。こうして生きてるし、絵も描けるし、兄さんは変人だけど、庭にブランコを作ったりするくらい私のこと大事にしてくれるし」

「あ、ブランコも整備しないとだねぇ」


 キリシュが窓から庭のブランコを見て、壁掛け時計に目を移すと諦めたように首を振った。


「明日にしよう」

「言っておいてなんだけど、もうブランコで遊ぶ年でもないよ?」


 ピアムが呆れたように言って、すぐに何かを思い出して得意そうに笑う。


「それよりさ、今日トールさんたちに絵を買ってもらったんだよ。私の絵を!」

「へぇ、それはまた物好きだね。まだまだ技術が追い付かないところがあるが、大事にしてくれると嬉しいよ」

「物好きってなに!」


 ピアムに抗議のジャブを受けながら、キリシュが笑う。

 仲のいい二人だ。

 ピアムが双子を見る。


「そうだ。旅の話を聞かせてよ。滝とか、大きな川とか見たことない? 遠景に山があればなお良しってことで!」


 絵の題材にするつもりらしいピアムにせがまれて、ユーフィとメーリィは話し出した。


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― 新着の感想 ―
[一言] なるほど、お兄ちゃん吸血鬼説…
[一言] 化け猫『……その依頼人があやしい』 吸血鬼の目ってやっぱりカーマインな色なんかにゃあ?それとも魔法とかで偽装できるのかにゃ。
[良い点] 面白かったです。 [一言] あなたの子です 100万払って
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