第12話 裏事情
森に赤い煙が上がる。
退路を確保する冒険者たちからの合図だ。
「退路確保に成功っと。突入しよう」
ロクックがオーバーパーツの拳同士を打ち付けて気合を入れる。カンッと甲高い金属音が鳴った。
時を同じくして、旧文明の遺跡の各所から攻略組が突入したらしく、散発的に戦闘音が聞こえてくる。
魔機獣の巣の攻略は全方位から冒険者が突入し、内部の魔機獣を掃討するところから始まる。そのため、各チームは少数精鋭だ。
おそらく、攻略チームで最も戦闘能力が高いトールたちが最深部を割り当てられるのも当然だった。
旧文明の遺跡に足を踏み入れる。
ユーフィとメーリィが警戒しつつも周囲を興味深そうに見まわした。
「遺跡という単語からは想像できないほど綺麗で整備されていますね」
「魔機獣が掃除をするのでしょうか?」
双子の指摘通り、遺跡群は非常に綺麗な状態だ。
林立する建物は壁も屋根も補修跡すらない綺麗な状態を保っており、今すぐにでも人が住める環境が整っている。踏み固められた道は両脇に排水溝まで完備されており、排水溝を覗けば落ち葉一つ入っていない。
もしかするとファンガーロよりも綺麗に整備されているのではないかと疑ってしまうほどだが、ユーフィもメーリィも言いしれない不気味さを感じていた。
「生き物の気配がありませんね」
「生活臭のようなものがないです」
カエルなどの両生類、爬虫類やネズミなどの都市害獣、虫一匹まで、この旧文明の遺跡に入ってから見かけていない。
生物の気配を感じない街並みが、美しく整備されている様はまるで、ドールハウスに迷い込んでしまったような錯覚を双子に与えていた。
「都市清掃用の魔機が稼働しているのよ。他にも建築用重魔機とかもいろいろね。どういうわけか、ファンガーロにそのまま持ち帰っても動かないのが悔しいところよ」
動いているところが見られるかな、とコーエンが暢気にきょろきょろとあたりを見回す。
マイペースな女性陣とは異なり、トールは別の不自然さに警戒を強めていた。
旧文明の遺跡攻略はトールの九年の冒険者生活で数回経験している。
しかし、今回は遺跡に入った瞬間に首筋にピリピリとした緊張を感じた。
この感覚は、強力な魔物や魔機獣の縄張りに入った時のものだった。
「ロクック、何か強力な魔機獣がいる。不意打ちに注意しろ」
「やっぱりトールなら感じ取るか」
頼もしいな、と笑うロクックはふと足を止め、向かって右側の建物に右腕を向ける。
直後、建物の壁が内側から破裂し、円錐形の石が回転しながらロクックへと飛んできた。
ロクックは冷静に腰を落とし、円錐形の石を下からすくい上げるように殴りつける。
オーバーパーツの拳が直撃した円錐形の石が砕かれ、宙を舞う。
建物から飛び出した熊のような魔機獣がトールへと向かって走る。
トールが持つ鎖戦輪に赤雷がほとばしるのと、コーエンのゴーレムが爆発音を響かせて矢を放つのは同時だった。
射出直後の矢が爆発のエンチャントによって急加速し、運動エネルギーを増して熊の魔機獣の頭を貫いて即死させる。
トールが振り抜いた鎖戦輪が屋根の色に同化して姿を隠していた、体長七十センチほどの蟻のような魔機獣四体を切り刻む。
ボトボトと屋根から転げ落ちる蟻型魔機獣にコーエンが初めて気付いて目を丸くした。
「よく気付いたわね、こんなの」
「俺はエンチャントで金属がどこにあるのか大体わかるんだ。屋根の上に場違いな金属反応があったから攻撃してみた」
「魔機獣を相手にするなら最高のエンチャントよね、それ」
「おかげでBランクに上がるのは早かったな」
雑談をする余裕もあるほど戦闘はつつがなく終了し、奥へと向かう。
途中、破壊目標の一つである資材倉庫や加工場が遠目に見えたが、トールたちの破壊目標は最深部の制御施設であるため寄り道はしない。
「帰りにあの加工場に寄りましょう。アルミニウムが欲しいわ」
「他にも希少な鉱物があれば全部ほしいです。輝蒼鉛鉱とか」
「白金もいいですね。触媒になりますし」
「宝探しじゃないんだぜ、お嬢さん方。トールからも言ってやれよ」
「何を言っても無駄だよ。この三人の目的は最初から鉱石だからな」
出くわす魔機獣は大型かつ強力なものや隠形に優れたものが増えていたが、ロクックの破壊力とトールの索敵能力により鎧袖一触で蹴散らしていく。
魔石は作戦終了後に回収班が動くとのことで放置し、奥へ奥へと進むと舗装された道が現れた。
切り出した石を敷き詰めてある道だ。石の形状は不規則で、手のひら大の物から人の頭ほどもありそうな石までさまざまな大きさ、形状の石が隙間なく敷き詰められている。
魔機獣の反応もない。明らかに今までの区画とは一線を画した重要区画に見えた。
臆せずロクックが石畳に足を踏み出す。
「ここからは魔機獣がほぼいない。だが、タレットが無数に配置されているから気を付けろ。かなり遠くからの狙撃もある」
ロクックが説明したそばから、鉛玉が飛んでくる。
肩を引いてタレットに晒す体の面積を減らしたロクックはオーバーパーツの腕で鉛玉を受け切った。
「ほら、礼だ」
指弾で鉄球を飛ばし、道の側溝に半ば以上隠して配置されていたタレットを破壊する。
「ま、こんな感じ」
「面倒くさいな」
トールは苦い顔をして、鎖戦輪にエンチャントを施し、宙に放る。
すると、四方八方から鎖戦輪を撃ち落とそうと鉛玉が襲い掛かった。
しかし、鉛玉は鎖戦輪を撃ち抜く寸前で動きを止め、弾き飛ばされる。
鎖戦輪へ襲い掛かる軌道を逆再生するように鉛玉は射出元のタレットを撃ち抜き、破壊した。
「動体検知してくれるなら、こっちの方が早いな」
「うわぁ、俺の苦労は一体……」
その身を危険にさらしてまでタレットを一機破壊したロクックはトールの解決策に苦笑すると、額を押さえた。
タレットもさして脅威になりえず、トールたちは石畳を歩き始めた。
ロクックが言う通り、魔機獣の姿はない。代わりに建設用大型重魔機などが納められた倉庫や運搬車が散見される。
「制御施設はかなりの重要施設のはずですが、なぜ防衛する魔機獣がいないのでしょうか?」
メーリィが不思議そうにコーエンに質問する。
コーエンは首を横に振った。
「旧文明人に聞いてよ。噂では、魔機獣の反乱を警戒したって話。実際、いまの魔機獣は魔物だけでなく人も襲う」
「制御施設を破壊しても魔機獣が直してしまうのなら、世界各地の制御施設を同時破壊しないといけないですよね。旧文明人の手にも負えなくなって今があるのでしょうか?」
「旧文明に関してはわからないことだらけだから、何とも言えないわ。ロマンがあるという人もいるけれど、魔機獣を制御できずに滅ぶ間抜けな文明のどこにロマンを感じるのやら」
ロマンを解しないコーエンがあきれ顔で破壊されたタレットを見る。このタレットも人間に向けて攻撃してくる以上、旧文明人の制御を離れてしまったのだろう。
実際の歴史はわからないが、噂が確かだとすれば間抜けな話である。
「……トールさん、どうかしましたか?」
ユーフィがトールを心配そうに見上げた。
奥に進むにつれて、トールの口数が明らかに減り、警戒を強めているのが分かった。
タレットが反応するよりも早く壊しながらも、トールの警戒心は徐々に強くなっていく。
「下がってろ。コーエンのゴーレムの囲みの内側にいろ」
「……わかりました」
理由は分からないものの、トールの真剣さを感じ取ったユーフィはメーリィと共にゴーレムの内側に入る。
先頭を行くロクックが制御施設を指さした。
「あれが目的の制御施設だ。全周に巡らせている角みたいな部分を破壊すればいいらしい」
制御施設はトールの知識では電波塔のような形をしていた。アンテナ状の金属棒が八本、周囲に向かって伸びている。塔の根元は八本の支柱で支えられていた。
トールは鎖戦輪を構えて、ロクックを見た。
ロクックは制御施設を見上げて、困ったようにため息をつく。
「……あぁ、やっぱりだめか。症状が進行してるな」
だらりと下げた機械の腕に視線を移したロクックが呟き、トールを振り返る。
直後、大砲のような金属の拳がトール目掛けて繰り出された。
予想していたトールは鎖戦輪を網のように張り、拳を受け止め、磁力で弾き飛ばす。
弾き飛ばされた拳の勢いを殺すように後方に飛び退いたロクックが制御施設を背に構えを取った。
「――さすがはトールだ。並みの冒険者なら今ので終わってた」
「何のつもりだ?」
冷静に問い返しながら、トールは警戒レベルを最大に引き上げて構えを取る。
ロクックは困ったように笑った。
「事情はファンガーロにある俺の家を調べてくれ。机の上に三通の遺書を残してある。一通はトール宛て、残りはギルド支部長とファンガーロ議会宛てだ。そこに全部書いてある。序列持ちのトールが事情を知っていればもみ消されることもないし、安心して逝ける」
「おい、事情があるならここで話せ」
「話しても無駄だから黙って俺を殺してくれよ。といっても、コーエンさんが来たのは誤算だった。多分、俺の事情も分かるんじゃないか?」
苦笑を向けられたコーエンが冷たい目でロクックを見返し、舌打ちした。
「やっぱり、オーバーパーツの副作用……」
「副作用、ですか?」
メーリィがコーエンの独り言を聞き取って眉をひそめ、はっとしたようにロクックを見た。
「経年劣化したゴーレムの暴走と同じ?」
メーリィが導き出した答えにロクックがばつの悪そうな顔で笑う。
「あぁ、うん。せっかく黙ってたんだけど、やっぱりバレるか……」
左腕のオーバーパーツから白い霧が発生しだし、右腕のオーバーパーツが錆色の粉末に覆われて肥大化する。
「ゴーレムの暴走原因は魔力切れにあるんだよ。あの制御施設からの指令が魔石に伝達されているみたいでな。オーバーパーツを付けて五年、俺のこの両腕の魔石もそろそろ限界らしい――」
ロクックの言葉を聞いたトールが即座に制御施設へ鎖戦輪を投げつける。赤雷をまとった鎖戦輪が音速を超える衝撃音が高く鳴り響いた。
しかし、トールの動きを予想していたロクックの右腕が錆色の粉末を噴き出して鎖戦輪を横から弾き飛ばす。
「あの制御施設を壊せばもしかしたらと思ったが無駄だったんだ。しかも、いまは自分で制御施設を壊すことすらできない。この腕が勝手に動くんだよ。どこからか声が聞こえてくるしさ。魔物を殺せ、生き物を殺せ、殺して食らって魔力を奪えってな。四六時中、幻聴が聞こえてくる。この制御施設が発生させている警告らしい。うるさくて夜も寝れない。自殺しようにもこのオーバーパーツが勝手に止めようとする。自殺もできないんだ」
ため息交じりにロクックは言ってトールへと一歩を踏み出す。
「魔機獣なら動物や魔物を食らって魔力を補給できるんだろうな。俺も食事をすればちょっとは症状がましになるから今まで騙し騙しやってきた。でも後付けのオーバーパーツの魔力消費を補うのは無理でさ。ファンガーロで俺の暴走を止められる奴なんていなかったからもう必死だったんだぜ? トールと会えたのは幸運だった」
「……この攻略戦に誘ったのも、魔機獣の横やりが入らない制御施設のそばで戦うためか?」
「街中でやりあうわけにはいかないからな。ここなら周りを壊しても喜ばれるくらいだ」
「他に手は?」
「あったら殺してくれとは言わねえよ」
じりじりと間合いを測りながら言葉を交わし、おかげで状況を理解できたトールはユーフィとメーリィに視線を向けた。
ユーフィとメーリィは真剣な顔で何事かを考えていたが、トールの視線を受けて小さく頷く。
「時間を稼いでください」
「おう」
時間を稼げば事態を好転させてみせるというユーフィとメーリィに、トールは短く返して笑みを浮かべる。
「ロクック、解決策が見つかるまで遊んでやるよ」
「……俺は殺してほしいんだけどな」
「なら、殺すしかないと思わせるくらいに暴れてみせるんだな」
「あぁ――そうさせてもらう。どのみち、オレの腕はやる気みたいなんでな!」




