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十年目、帰還を諦めた転移者はいまさら主人公になる  作者: 氷純
第一章 十年目の転移者と落ち物マニアの双子
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第15話  奇襲が流行ってるそうだ

 双子は護身術を習っていた関係か、それなりに体力があるようだ。

 先導するトールは肩越しに二人を振り返る。

 綺麗な姿勢で走っていた。思考共有もあって自分の走り方を外から見ることができるため、姿勢が洗練されているのだろう。

 それでも冒険者であるトールの走りについて来られるわけではない。『魔百足』の冒険者たちも追ってきているはずだが、マキビシの効果もあってか姿は見えない。

 視線を前に戻した時、二階建ての宿の屋根から飛び降りてくる小柄な女性の姿があった。

 思わず足を止める双子に、トールは声をかける。


「問題ない。宿に控えていた連絡員、味方だ」


 トールの説明に頷いた双子が再び走り出す。

 連絡員の女性は大きく腕を振ってトールたちについてくるよう指示すると、先導して走り出した。

 トールたちが追い付くと、女性は口を開く。


「すみません。手違いがあったようで、連絡が遅れました」

「構わない。状況を教えてくれ」


 今欲しいのはとにかく情報だ。トールが先を促すと、女性はほっとしたように続ける。


「まず、密輸手口に関しては支部長に伝わりました。そこから、衛兵へと連絡が回りました。ここまでは私が確認しています」


 衛兵への連絡を済ませた後は宿で連絡員として控えていたため、ここから先は伝聞になると断りを入れて、女性は続ける。


「提案では関の封鎖を行うはずでしたが、衛兵は『魔百足』が利用する宿に昨晩、薪が大量に運び込まれたのを確認し、現場を押さえることを決めたようです」

「……あぁ、そういうことか。無理もないな」


 なんでもっと早く気付かなかったのかと、トールは自分の迂闊さを呪う。

 ユーフィとメーリィも衛兵が何故早く動いたのかを察したらしい。


「積み荷の護衛である『魔百足』が関を通るときは確実に完全武装」

「関で密輸の証拠が挙がると、『魔百足』は強引に関を突破してでも逃走を図ろうとしますね」

「曲がりなりにも冒険者の集団を相手に戦闘をすれば衛兵の方にも被害が大きいです」

「それなら、準備が整っていない今のうちに宿へ奇襲をかけてしまった方が被害は少なくすむ」


 双子はなぜ町中で騒動が起きているのかを理解し、申し訳なさそうな顔をする。

 連絡員の女性は首を横に振った。


「町の住民への被害は心配しなくて大丈夫です。衛兵はそのあたりのプロですから。むしろ、連絡が遅れたことを再度お詫びします」

「どうして連絡が遅れたんだ?」


 トールが尋ねると、女性は困り顔で説明した。


「今回の容疑者が冒険者のクランだったこともあり、衛兵は我々からの情報漏洩で奇襲が明るみに出るのを恐れたらしく、事後報告だったんです。もっと連携が取れていればと悔やむことしきりです」

「あぁ、それは誰も悪くないな」


 支部長ですら、所属の冒険者が信用できず、双子の護衛をトールに任せたくらいだ。内情を知らない衛兵が万全を期すのなら事後報告になるのも当然だった。


「それで、何人取り逃がしているんだ?」

「宿で捕らえたのは十人と聞いています。しかし、クランリーダーであるウェンズを含めた主要メンバーは居所不明。重要参考人としてウバズ商会への臨検も予定されていましたが、道中で『魔百足』による攻撃を受けて態勢の立て直しを図っているそうです。馬車で突進されたのだとか」


 トールは商館を飛び出す際に見た『魔百足』の下っ端と馬車を思い出した。

 衛兵に奇襲を受けた『魔百足』は双子を人質に関の突破を狙っているのだろう。加えて、ハッランとの合流を考えた。

 今頃は『魔百足』の主要メンバーとハッランを含むウバズ商会で密輸にかかわった何人かが合流しているはずだ。


「しかし、妙だな。今さら双子を狙う意味がなさそうだが」


 関を突破するための人質がほしいのなら、そこらの民間人を拉致した方がよほど手っ取り早い。何しろトールのような護衛がいないのだから。

 冒険者ギルドがそばに建つ防壁が見えてきた。

 角を曲がれば冒険者ギルドへは一直線というところで、トールたちは道を封鎖するように立つ男たちを見て足を止めた。


「ハッランにウェンズ……」


 連絡員の女性が苦々しい顔で呟き、一歩後退する。

 道を封鎖しているのはウェンズたち『魔百足』の冒険者十名。加えてハッランの他、ウバズ商会で見かけた従業員が三名いた。

 ウバズ商会から馬車を使って先回りしたらしい。何としても双子の身柄を確保したいという強い意志を感じた。

 ハッランが悔しそうな顔でユーフィとメーリィを見る。


「たった一晩、目を離しただけで密輸手口を暴くとは……これだから天才の類は嫌なんだ。それとも、悪魔と契約でもしているのか?」


 声をかけられたユーフィとメーリィが呆れのため息をつく。


「自らは無知だと、恐れずに認めなさい」

「恐れた挙句に悪魔にでも教わったかと誹謗中傷を始めるなんて、あさましいですね」

「自らの不勉強を省みず、知識を持つ者への敬意も抱かず、排除して心の安定を図ろうとしてばかり」

「だから、ウバズ商会には人がいなくなりました。もちろん、止められなかった私たちにも責任はあります」

「ですが、今まさに責任からも逃げ出そうとするあなたに罵られるいわれはありません」


 うわ、フルボッコだな、とトールは敵ながらハッランを憐れに思う。

 そんな同情の視線が方々から向けられていることにハッランは顔を赤くした。


「好き放題言ってくれるな。凡人の気持ちなんてわからないだろう。あの規模の商会を動かすには――」

「旦那、話はそこまでだ。あれは単なる時間稼ぎだ。話を聞いてなんかいねぇよ」


 唾を飛ばして反論しようとしたハッランをウェンズが止める。

 ここで時間を稼げば衛兵がやってくる。双子の目論見を的確に見抜いて、ウェンズは大剣を抜きながらトールたちに警告する。


「時間がないんでな。大人しく投降しろ。双子の命は保証する。その姉妹の知識があれば、作った資金でいくらでも再起が図れるからな」


 二メートル近い刃渡りの大剣を構えるウェンズの左右に二人ずつ、魔機手も魔機足も装着していない冒険者が立ち、武器を構える。小型の盾に小剣、両手持ちの槍、それぞれが二人ずつだ。『魔百足』の中枢メンバー、ウェンズ率いるBランクパーティだろう。

 ウェンズたちの戦力を見て、連絡員の女性が後ずさりつつ、トールたちに小声で声をかけてくる。


「ギルドに駆け込むのはあきらめて、衛兵の詰め所に向かいましょう」


 当然ともいえる提案だったが、トールは面倒くさそうに鎖戦輪を片手で弄ぶ。


「必要ない。ここで蹴散らせばいいしな」


 トールが武器を構えたのを見て、ウェンズが鼻で笑う。


「おいおい、ボッチBが粋がるなよ。時間稼ぎにもならんぜ?」

「……俺、二徹なんだわ」

「は?」

「昨夜はボードゲームで徹夜、その前は記念日で飲み明かして徹夜、いま、二日続けて徹夜してるわけ。意識したらめっちゃ眠くなってきてさ。早く終わらせたいわけ」


 じゃらじゃらとトールが鎖戦輪の先端を持って一歩、前に踏み込む。


「ボッチをなめるなよ。数を頼みに勝てると思うならやってみろ」


 トールが鎖戦輪の先端に当たる戦輪を片手で軽く投げた次の瞬間、轟音がとどろいた。

 それは雷鳴にも似た一瞬の轟音。

 鎖が激しくこすれあう金属音が幾重にも重なったものだとウェンズたちが理解した時、彼らの背後で五つ、重たいものが倒れる音がした。

 ウェンズたちは、背後に控えていた部下がなすすべもなく倒されたのだと、音で察する。

 じゃらじゃらと、鎖戦輪が舞い踊り、トールの元へと戻っていく。鎖戦輪にはトールの魔力によるエンチャントが施され、赤い雷が散っていた。

 あの特殊な武器が、ウェンズたちの後ろを轟音とともに強襲し、部下をなぎ倒したのだ。

 もはや、ウェンズたちがトールを見る目に侮りは一切なかった。


「……赤い雷のエンチャント、ソロBランクの冒険者」


 トールの特徴から正体に気付いたウェンズたちから余裕が完全に消え去った。


「――序列十七位、赤雷!?」


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― 新着の感想 ―
かっけえええええええ
[良い点] つれーわー、2日も寝てなくてつれーわー
[一言] >「自らは無知だと、恐れずに認めなさい」 >「恐れた挙句に悪魔にでも教わったかと誹謗中傷を始めるなんて、あさましいですね」 >「自らの不勉強を省みず、知識を持つ者への敬意も抱かず、排除して心…
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