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十年目、帰還を諦めた転移者はいまさら主人公になる  作者: 氷純
最終章 十年目、世界を救う主人公
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販促SS  トールの落ち物コレクション

 トールは後部座席にいるユーフィとメーリィに声をかけた。


「海が見えたぞ」


 トールが言い切るより早く、双子が窓の外に目を向ける。

 広がる青い海と白波にユーフィとメーリィが感嘆の声を上げた。


「広いですね」

「二人は初めて海を見るんだよな?」

「内陸育ちですから」


 初めて見る海を飽きもせずに眺める二人は視線をそのままにトールに声をかける。


「海が見えたということは近いんですか、トールさんの本拠地」

「そうだな。もうそろそろ見えてきてもいい頃だ」


 世界を救う大それた決戦からひと月余り、三人はトールが本拠地としている港町リエーンに向かっていた。

 目的はトールが貯めに貯めた落ち物コレクションである。


「海沿いの倉庫を一つ借り切っているんですよね?」

「海運の関係で防犯がしっかりしているからな」


 落ち物の価値はピンキリだが、序列持ちであるトールのコレクションともなればその価値を推し量って盗みに入ろうとする輩も出てくる。

 本拠地と言ってもトール自身は世界中を飛び回っているため、倉庫の防犯は人任せにする他ない。そこで、各商会が警備員を雇っている海沿いの倉庫を借りているのだ。


「倉庫の中身は地球産の落ち物ばかりだから、粗大ゴミみたいなものもあるんだけどな」


 中にはトールが地球からこの異世界にやってきたその日に持っていた物や着ていた衣類も保管されている。


「お、見えてきた。あの町だ」


 トールは前方に広がる港町を見て、懐かしさに目を細める。

 今まで落ち物を保管するためだけの町として見てきて、戻って来ても懐かしく思うことなどなかった。

 それが今、こんな気持ちになるのはよほど心情が変わったからなのだろう。

 誰のおかげかは明白で、トールは後ろの二人を振り返る。

 双子は海から前方の港町に目を向けていた。


「凄く物々しいですね」


 巨大な軍船と外洋に向けた魔機の大砲が並ぶ港は双子の言葉通り物々しい。

 この世界のどこの港でも見られるこの光景の理由は、海に住む魔物と魔機獣の存在だ。


「海に住んでいる魔物や魔機獣は大型が多いし、港や船を守る専用の設備が必要になるんだ。あそこの冒険者も軒並みCランク以上でAランクパーティもごろごろいる」


 リエーンに在籍する冒険者は海上、海中での戦闘のエキスパートたちだ。エンチャントも特化したものが多く、武装も独特なものが多い。


「優れた技術を持ってる鍛冶師もいてさ。俺の鎖戦輪もリエーンで作った」

「その割に発展しているようには見えないですけど」

「防衛費がかさんでいるから、俗に言う町民があまりいないんだ。船持ち商人か、冒険者か、技術者ばかりなんだよ。陸揚げされた物資の流通拠点になっている東の街の方が賑やかだろうな」


 港町に入ると、通常の街との差がさらに明確になった。


「広々としてますね、道」

「積み荷を内陸へ届けるための道でもあるし、非常時には大型の兵器を港に運ぶから幅が広いんだよ」


 大型の魔機車を運転するトールとしてはありがたい道幅でもある。

 港には大砲などの防衛設備が設置されているため、倉庫は港から少し離れた場所に並んでいる。

 倉庫街の一角で魔機車を停めたトールは双子を振り返る。


「着いたぞ」


 魔機車から降りた双子が倉庫を見上げる。

 大型の倉庫だ。大きな商船の積載量とほぼ同等の収納スペースを持ち、個人が借り切るには大きすぎるものである。

 小さいとはいえ町を代表する商会の跡取り娘であったユーフィとメーリィの目から見ても大きな倉庫に、二人は目を輝かせた。


「この中に大量の落ち物が保管されているんですね!」

「早く入りましょう! 早く、早く!」

「ちょっと待て。鍵はユーフィかメーリィが持ってるだろ」


 温泉町で二人にコレクションの一覧と共に鍵を渡しているはずだと指摘すると、興奮のあまり忘れていた双子は恥ずかしそうに鍵を取り出した。

 それでも好奇心には勝てないらしく、二人はすぐに倉庫の扉に駆け寄って鍵を開く。

 鉄製の重厚な扉を開けて、トールは魔機灯のスイッチを入れた。

 倉庫内の明かりが一気に灯り、内部を明るく照らす。

 双子がきょろきょろと倉庫内を見回して、端的に感想を口にした。


「こうしてみるとすごく乱雑ですね」

「かなり適当に放り込んだからな」


 最初の内こそ棚を買ってきて並べていたが、トールの実力がついてくるにつれて落ち物の収集スピードが上がり、億劫になって床に直置きするようになった。いつの頃からか、トールも帰還を半ばあきらめて惰性で落ち物を集めていたのも理由だろう。

 倉庫の中はあちこちにガラクタにも似た落ち物が転がって埃をかぶっている。

 そんながらくたの一つを持ち上げたメーリィが首を傾げた。


「これは何ですか?」

「ミニディスクとか、MDとか呼ばれる奴だ。俺もこっちの世界に来るまで存在を知らなかったけど、そこの本に載ってる」


 オーディオ関係の雑誌を拾い上げたトールは埃を払ってページをめくる。


「ほら」

「CDに似たものですか。こんな記録媒体もあるんですね」

「こっちの世界だと再生できないけどな」


 それにしてもと、トールは倉庫を見回して頭を掻いた。


「掃除をしないとまずいな」


 よくぞこれだけ集めたものだと我が事ながら感心するが、集めるばかりで手入れを怠っていたため倉庫は酷いありさまだった。

 魔機車から箒を取ってこようと振り返った時、倉庫端の衣装箱を開けているユーフィを見つけた。


「トールさんの名前入りジャージを発見!」

「俺がこの世界に来た時に持っていた学校指定のジャージだな」

「トールさん、まだ着ますか、このジャージ」

「入らねぇな」

「なら貰ってもいいですか!?」

「……別にいいけど、洗っておけよ?」

「やった!」

「お手柄ですよ、ユーフィ」


 落ち物と言えば落ち物だが、そんなにテンションを上げて喜ぶような代物だったかとトールは首を傾げつつ、外に停めてある魔機車へと向かう。

 箒を片手に倉庫へ戻ると、双子が先に落ち物を分類しながら倉庫の端に集め始めていた。


「炊飯器までありますね。動くんですか、これ?」

「電力があれば動くとは思うが、俺の赤雷だとショートするだろうな」

「三葉虫の化石? なぜこんなものまで?」

「男の子だったのさ」


 軽口を叩きつつ、箒で壁をざっと払って埃を落とし、床掃除を始める。

 トールが箒を動かす間、落ち物の鑑賞を兼ねながら双子が分類仕分けをしていく。

 倉庫の掃除が半ば終わったころ、双子が興味深そうにガラス食器を二人で持ち上げた。

 美しい透明感のある緑色のガラス皿だ。

 トールは掃除の手を止めて来歴を話す。


「それは数十年前に攻略されたダンジョンから出た落ち物らしい。炊飯器が出てきたダンジョンでな。地球産だと思う」

「これ、ウランガラスですよ」

「えっ、何その物騒なの……」


 ただの美術的な観賞用のガラス皿だとしか思っていなかったトールはウランと聞いて眉をひそめる。

 トールの反応に笑いをこらえながら、双子は説明する。


「ごく微量のウランを添加したガラスです。放射線を気にするほどの量は含有してないので心配しなくても大丈夫ですよ」

「なんだよ。驚かせんなよ」

「夜明け前なら綺麗に光るでしょうね」

「……本当に大丈夫?」

「大丈夫ですよ。多分」


 微妙に煮え切らないが、双子が言うなら大丈夫だろうと判断してトールはそれ以上言及せずに掃除を再開した。

 掃除を終えて、双子が分類整理した落ち物を並べてみると、かなりの空きスペースが出来上がった。どれほど乱雑に放り込まれていたのかを視覚化したようなそのスペースの広さに、トールはバツの悪さを覚える。

 旅の道中に記念として買ったり作ったりしたあれこれが魔機車の荷台を占有していることを思い出し、トールは魔機車を振り返る。


「このまま空きスペースを遊ばせておくのももったいないし、魔機車から荷物を移すか」

「それがいいですね。旅も一区切りということで」

「これからも荷物はたくさん増えるでしょうから」


 魔機車から余剰分の沸騰散や紺青を使った絵などを運び出して、倉庫の一角に棚を用意して飾る。

 まだ棚を埋めるには程遠いが、それでもいつの間にか埋まっていくものだ。

 思い出は増えるモノなのだから。

 トールはユーフィとメーリィを見る。


「行くか」

「出発ですね」

「次は獣人に会いに行きましょう」


 倉庫を出て、トール達は魔機車へと乗り込む。

 そうして、三人は新たな旅へと乗り出した。



というわけで(どういうわけで?)MFブックス様より書籍化しました!

加筆修正も入って読みやすくなっています。

3月25日 発売とのことなのでよろしくお願いいたします!

挿絵(By みてみん)

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― 新着の感想 ―
[良い点] 電子書籍のほうを購入させていただきました。加筆修正がこれでもか!これでもか!!!というくらいあってとても面白かったです。次巻も楽しみにしてます!
[良い点] とても面白かったです 書籍買います。 双子とトール好き。
[一言] MDとはまた…懐かしい物を…(あったなそんなもの) 自分が保育園に通っているときに親がフロッピーディスクの代替品になるかも的な話を話していた程度のうっすらとした記憶をこの話を読んで思い出しま…
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