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十年目、帰還を諦めた転移者はいまさら主人公になる  作者: 氷純
最終章 十年目、世界を救う主人公
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第9話  決戦、開始

 魔機車の中から濃密な魔力があふれ出す。

 双子が結界魔機を起動したのだろう。

 草原に敵影はない。

 警戒しつつ待つこと数分――


「来たか」


 真っ先に戦場へと入ってきたのは高速で飛翔する偵察型の魔機獣だった。四枚の翼を持つそれはクラムベローでトールが撃墜したアラートホークだ。


 しかし、トールが迎撃するよりも先にアラートホークの頭が吹き飛んだ。

 方角から、百里通しのファライによる狙撃だと見当をつけたトールは苦笑する。

 ファライの得意げな顔が目に見えるようだ。


 続いて現れたのはやはり飛行型の魔機獣だった。

 即座に撃墜されたアラートホークの二の舞にはなるまいとしたか、護衛を伴って五機編隊で飛んでくる。広域の索敵能力を持つその魔機獣は予測していたファライが放った銃弾を四方八方から受け、なすすべなく墜落していく。


 銃弾の軌道を変えることができるファライのエンチャントの真骨頂は狙撃にある。敵の通過地点を予測し、そこに逃げ場が無くなる様に軌道を変更した銃撃を浴びせるのだ。

 決闘でトールが即座に距離を詰めたのも、あの銃撃を行う隙を作らせないためだった。


 俄かに北方面が騒がしくなる。

 どうやら第一陣となる魔物の群れがAランクパーティ金城へと襲い掛かったらしい。


 間をおいて、空を飛んできた魔機獣がトールの射程に入った。ファライの方面にも魔物が押し寄せ、手が回らないのだろう。

 マキビシを指弾で撃ち出して偵察型の魔機獣を墜としたトールは、見慣れないその魔機獣に目を細める。


 二本の角が生えたウサギのような外見だが、ムササビのような被膜が前足と後ろ足を繋いでいる。前足と後ろ足には空気を取り込み、勢いを増して噴射する魔機が取り付けられていた。

 周辺にこのような生き物がいるという記録はない。つまり、遠方からやってきた魔機獣ということになる。

 飛行時の様子からさほど速度が出ていたとも思えない。


「……あ、やばいな、これ」


 おそらく、この魔機獣は偵察どころか捨て駒だ。やられるのを前提にこちらの布陣と戦力分布を可能な限り群れに共有する役割がある。

 つまり、これと情報を共有する本隊がすでに近くに来ているのだ。

 だが、戦場を見回してもそれらしき姿はない。各方面に襲い掛かっているのは魔物の群れだ。


 魔機獣たちは魔物を素通りさせて威力偵察の代わりにしているのだろう。

 魔物が減って、冒険者たちに疲労が溜まった頃合いで仕掛けてきそうだ。


 トールは地面に目を向ける。

 何の変哲もない草原だ。


 しかし、地面に埋め込んだ鉄杭の一部が不可解な揺れ方をしたのを金属探知で感じ取ったトールは、無造作にキャンピングトレーラーの天井を蹴ると赤雷を纏った鎖戦輪を振り下ろした。

 たちまちのうちに音速を超えた鎖戦輪が地面を深く抉り、地中に埋めてある鉄杭へと赤雷を通す。

 直後、何かが焦げる臭いが地中からわずかに上がってきた。

 地中深くから奇襲をかけようとしてきたのだろうが、万全の態勢で待ち構えているトールに奇襲など効かない。


 魔機車の天井に戻ったトールは再び戦場を見渡して警戒に戻った。



 状況が動いたのは昼過ぎになってからだった。

 突如として南西の一角に巨大な影が落ちる。


 一瞬前まで何もなかったはずの空の上に浮かんでいた巨大な影の主は巨大なエイのように見えた。ゆっくりと波打つヒレは左右それぞれ二十メートル近くあり、アルミニウムらしき軽量金属に全体が覆われている。

 優雅さすら纏う巨大なエイは下向きについた鰓をぴったりと閉じていた。


 トールは即座に鉄杭をポーチから抜き出し、赤雷を纏わせる。ほぼ同時に、ファライのモノと思われる狙撃と俯瞰のミッツィがエンチャントの風で飛ばしたらしき鉄の砲弾が巨大なエイの魔機獣に襲い掛かった。

 エイはヒレを大きく波打たせて突風を生み出し、攻撃の威力を殺すと金属で覆われた自分の体の頑丈さを頼りに弾き飛ばす。


 トールは砲身形成を省略して鎖戦輪の輪の中に鉄杭を通して射出した。

 全力の威力ではないものの、経験上はあのエイの魔機獣を撃墜できる。

 むしろ、撃墜した後の方が問題だった。


 エイの頭部が赤雷を纏った鉄杭で穿たれる。

 動きを止めたエイが滑空するように落ちてくる。

 斜めに傾いで頭から落ちてくるエイを見れば、誰でも異常に気が付く。

 エイの魔機獣は異様に厚みがあった。


「輸送型……!」


 トールが舌打ちするのと同時に、エイの魔機獣の鰓が大きく開く。そこから飛び降りてくるのはランクB以上の魔機獣の群れだ。

 空挺降下してきた魔機獣は機械化された強化四肢の強靭さで落下の衝撃を吸収すると、即座に展開して南西の部隊の背後に襲い掛かった。

 正面から攻撃する魔物と共に部隊を挟み撃ちにするのが狙いだろう。


 だが、エイの魔機獣が現れた段階ですでに魔機獣側の目論見を看破して動き出している者がいた。

 南西部隊を襲う魔機獣の群れの真後ろに回り込んだ小柄な人影が両手の巾着袋を逆さにする。

 無数に転がり出たのは小指の先ほどの金属製の針。先端に毒注入用の穴が開いたその針は触れもしないのにふわりと風を纏って浮き上がり、魔機獣の群れの背後に奇襲をかける。


 五十を超える魔機獣の群れが背後の人影、俯瞰のミッツィに気が付いた時には無数の針が小魚の群れのように数体の魔機獣を呑み込んでいた。

 肉の部分を針に貫かれて魔機獣が死んでいく。体内に侵入した針は重要な臓器を貫いて暴れまわり、次の獲物へと襲い掛かった。


 対象に視点を移し、風を纏わせて動かすミッツィのエンチャントは乱戦でこそ威力を発揮する。


 瞬く間に南西部隊と魔機獣がぶつかり合う最前線に到達した毒針の群れは硬い魔機獣には歯茎など露出したわずかな肉の部分へと突き刺さって猛毒を注入し、柔らかな魔機獣は体内をずたずたにして殺戮する。

 視点を移すことで微細なコントロールを行い、味方の冒険者部隊を傷つけないどころか、劣勢の冒険者を手助けする余裕すら見せる。


 態勢を立て直した南西部隊が魔機獣へと対応し始めると、ミッツィはすぐに持ち場である南方面へと走っていった。


 ミッツィが南西部隊を助けている間、西に陣取っていたファライがわざわざ陣を下げて南と西、それぞれに銃撃を加えて押し寄せる魔物の群れを押しとどめている。


 ソロB同士の珍しい連携にトールは感心しつつ、魔物の中にちらほらと混ざっている金属反応に注意を向ける。

 防衛線のどこが弱いのかを丹念に探っているらしく、戦闘に加わらずに遠巻きに様子をうかがっているのが分かる。


 トールは魔機車の上に準備してある予備の鉄杭の一本を手に取った。

 魔物に混ざっている魔機獣が送る戦況報告をまとめ上げている指揮官役の魔機獣がどこかにいる。


「バレバレなんだよなぁ」


 魔機獣の動きと分布、周辺の地理、遺跡の方角――十年の経験。

 トールは魔機車の屋根に片膝をつき、鎖戦輪の輪を北に向ける。

 直後、膨大なエネルギーが赤雷となって蓄積した鎖戦輪の輪を、鉄杭が通り抜ける。

 赤雷が一条の線を宙に引き、草原の北にある丘を貫いた。


「大当たりっと」


 明らかに動揺した魔機獣が場当たり的に行動を始め、群れとしての行動を乱された魔物たちが冒険者に討ち取られていく。

 これで仕切りなおせるだろうと、トールはサンルーフからキャンピングトレーラーの中を見た。


 ユーフィが結界魔機を操作し、充填しておいた魔石から魔力を流し込んでいる。替えの魔石も大量にあり、空になるとすぐに別の魔石を結界魔機に接続していた。

 メーリィは青写真を眺めながらユーフィの補助をしている。


 残りの魔石の数を見る限り、夜までかかりそうだ。

 先ほどの空挺降下を皮切りに魔機獣の圧力も増してくるだろう。

 いまだ余裕があるトールは各方面の部隊が小休止に入れるよう援護するべく、マキビシを手に取った。


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― 新着の感想 ―
[一言] 空挺降下してきた魔機獣は機械化された強化四肢の強靭さで落下の衝撃を吸収すると、即座に展開して南西の部隊の背後に襲い掛かった。 アーマードトルーパーの膝思い出した。
[一言] ミッツィさんの攻撃が思った以上にえげつなかった! …人間の生活圏が広がって他国間で戦争する様になったら理由付けて規制されそう …結界が完成したらダンジョンが産まれなくなり、落ち物も無くな…
[一言] まだ戦闘力53万であと3段階残してる?w 冗談はさておき本気集中の度合いでロー ミドル ハイの中でまだまだ余裕のローと推察 足が遅いのは基本火力も耐久も高いから段々キツくなってくんでしょう…
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