近所の神龍に「ギャルのパンティおくれーっ!!」と願ったらギャルごとついてきた
「私、遠藤くんのものになったみたい!」
「……はい?」
学年一の美人と評判のクラスメイト、柚木紗菜。どこか幼さを感じさせるかわいい系の風貌に、流行をいやみなく取り入れたファッション、そして箸が転んでもケラケラ笑う明るいキャラで男女問わず人気の女子だ。
そんな柚木が、いつもならリア充たちの輪の中心にいる柚木が、落ち着かない様子で左上に視線を泳がせながらそんなことを言ってきたのは週明けの帰り道のことだった。
「そんなわけで、今日からよろしく!」
「待って、ちょっと待って」
「待ちます」
「素直でありがとう。いや、いろいろ聞きたいことはあるんだけど、まず俺のものになったってどういうこと? なんで?」
「神様がそう言った的な……?」
「なぜ疑問形」
それからいろいろ聞いてみたが、柚木は神様の思し召しだと言うばかりだった。
そう言われると、実のところ俺にも心当たりがないわけではない。とはいえこの事態はさすがに予想外だ。まさか何かを間違えたのか、『神龍』よ。
「私、誰かの持ち物になったことってないから何すればいいとか分かんないんだけど……」
「うん、俺も人間をもらったことはないから分からない」
「そ、そっか」
「基本的人権とかあるもんな」
「だよね!」
とにかく言えることは、柚木みたいな美人で器量もいい人間を、俺の手元に置いておくようなことはあってはならないということだ。そんなのは世界の損失だ。
ならば俺がすべきことはひとつ。
「柚木さん、こんなことは頼みづらいんだけど、どうか聞いて欲しい」
「う、うん! なにかな!?」
「この話はなかったことにして、パンティだけ置いていってもらえないだろうか!」
「うん! ……うん?」
「これっきりで、もう俺とは関わらなくていいから!」
女性もののパンティもピンキリながら、総じて男性ものより高価だ。柚木が身につけているものともなればきっとピン中のピン、ピンピンのパンティに違いないだろう。そんなものを何度ももらってしまうわけにはいかない。
「えっ」
「ごめん……!」
「そんなぁ……」
神の言葉ともなれば逆らうのに抵抗があるかもしれない。だが、これも柚木のためなのだ。神よ、罰を当てるならどうか俺だけにしてくれ。
「ま、待って! 私、何か足りない? 直した方がいいところとかある?」
「足りないところなんてない! そのままで最高だ!」
「さいこ……あ、ありがと……。でも、それならなんで……?」
「むしろ、過剰なんだ……!」
「過剰……!?」
柚木が可愛くて優しくていい子なのは俺も知っている。この子の彼氏になる男はきっと日本一の幸せ者だろう。だが。
欲しいのははいているパンティだけなのだと、俺は町外れの神社に念を送った。
遡ること二日、休日の土曜日。
「柚木紗菜のパンティおくれーーーっ!!」
龍子神社の壁に描かれた龍に祈ると、願いが叶う。
そんな噂を聞きつけた俺は、切なる願いと五千円札を握りしめてその神社へとやってきていた。土曜の昼だと言うのに寂れた神社に人影はなく、俺は貸し切り状態で壁の神龍へと祈りをおくり続けている。
「うーむ、祈り方ってこれでいいんだろうか。ゴンさんに近づくためにも叶ってもらわないと困るんだが……」
『静かなるゴン』というマンガがある。
冴えない下着デザイナーのゴンザレスは実はマフィアの三代目だった、という設定の長寿マンガだ。俺の愛読書であり、もう七十八回も読み返した人生のバイブルだ。
主人公のゴンザレスはマフィアの才能はあってもデザイナーの才能は皆無で、はじめは会社でも冷遇されて周囲からもマフィアとして生きるよう勧められる。しかし己の夢を信じて突き進んだゴンザレスは、やがてデザイナーとしてもいっぱしの存在になってゆくのだ。
その生き様に深く感動した俺だったが、残念なことにウチの父親は公務員。趣味はYouYubeで魚をさばく動画を見ることという根っからのハト派だ。俺にマフィアの血が流れていることは期待できそうにない。
ならば。せめてもう一つの顔である下着デザイナーとしてゴンさんに近づきたいと願うようになったのも、当然の帰結といえるだろう。
「そのためには、一流の美女がはいているパンティを知らねば……!」
ギャルの例にもれずスカートは短めな柚木だが、所作がどこか上品なせいかその中を見た者を俺は知らない。中学からの悪友である七倉に聞いてみても「お前、絶対に外で言うなよ」と言うだけで何も教えてくれなかった。
かくなる上は神頼みするほかない。そんなわけで、俺はこうして塗料のかすれた神龍に祈りを捧げている次第である。
「いや、あの柚木の下着ともなれば五千円じゃ足りないのかもしれない」
追加で財布に残っていた全財産三千二百十六円を賽銭箱に放り込み、改めて神龍へと願いをかける。
「柚木紗菜のパンティおくれーーーっ!!」
「柚木紗菜のパンティおくれーーーっ!!!!」
「柚木紗菜のパンティおくれーーーっ!!!!!!」
流れ星システムだった時のために三回言っておいた。これだけすれば神龍に聞こえなかったということもあるまい。人事を尽くして天命を待つとはまさにこのことだ。
「よし、うまく願えたな」
芸能人まで含めて探してもあれだけの美少女はそういないだろう。生まれつき顔立ちが整っているというだけでなく日々の努力と研鑽で輝いている、柚木はそういう存在だ。そんな女子高生がはいている下着を知ることはデザイナーを目指す上できっと大きな糧になるに違いあるまい。なんとしても叶えてもらわなくては。
「祈るだけ祈ったし、帰ってカタログでも見るかな」
デザイナーは体力が命、ということで移動に必ず使っているママチャリは境内の隅にとめてある。スタンドをガシャンと上げたところで、
「なんでぇ……」
と聞こえた気がしたが、振り返っても誰もいなかったので空耳だろう。教材として取り寄せた下着カタログをじっくりと読み込むため、俺は家へと全速力で走り出した。
◆◆◆
「なんでぇ……」
「全国あちこち巡りましたが、さすがに初めて見ましたよアレは。日本もまだまだ広いですね……」
恥ずかしいやら嬉しいやらわけが分からないやらで顔を覆う私の隣で、奏ちゃんがうんうんと神妙な顔をしている。
「紗菜ちゃん、もしかして今のが」
「うん、遠藤くん」
「紗菜ちゃんが絶賛片想い中の」
「やめてぇ、直接言わないで恥ずかしいからぁ……」
奏ちゃんは学校の友だちではなくて、もっと言えばこの町の人じゃない。なんでも私と同い年だけどもう働いていて、雇い主の人といっしょに全国を回っているのだという。そんな彼女と町でたまたま知り合って意気投合したのは一週間前のことだっただろうか。
遠からず町を出ていってしまう人だから、片想いしてる彼のことも割とすんなり話してしまったけれど……。まさか、道中の安全を願いにきた『自分の家で』その相手と出くわすなんて思わなかった。
「しかも私の、うぅ……。いや、聞き間違いだよね。遠藤くんすごく真剣だったもん。奏ちゃん、さっきなんて言ってたっけ?」
「パンティをおくれって叫んでました。紗菜ちゃんの」
「聞き間違えてなかった……」
「その、かける言葉も思いつきませんけど元気だして……」
それにしてもなぜパンティなんだろう。趣味、とかなのかな。世の中には下着ドロボウが絶えないわけで、そういう趣味の人がそれなりの数いるのは間違いないとは思うけど……。
「ま、まあよかったじゃないですか! 付き合ったりする前にああいうところを知れたっていうのも!」
「そうだね……」
「あー……。そもそもなんで彼に惚れたって言ってましたっけ?」
「お父さんと、同じ目をしてたから……」
「目、ですか」
私のお父さんは宮司だけど、こういう寂れた神社じゃ生活には心もとない。だから別に仕事も持っていて、私が物心ついた頃にはいつも忙しそうにしている人だった。
それでも家族で過ごす時間は必ずとってくれる。週末には家族で出かけることも多いし、長期休みには沖縄にだって行かせてくれた。その時間を作るためだろう、仕事の時のお父さんはいつも集中していて真剣だ。
「そのお父さんの目つきと、教室で何かを書いている遠藤くんの目が同じだったと」
「うん……」
「それはそれは……」
紗菜ちゃんもなかなかに、と奏ちゃんがボソリとつぶやいた気がする。
「ねえ奏ちゃん」
「な、なんですか?」
「奏ちゃんの雇い主さんって、男の人?」
「そうですけど」
「パンティ好きかな?」
「え? いや、聞いたことはないですけど……。どっちかといえばメイド服とかの方が好きな人かも」
メイド服。奏ちゃんも似合いそうだけど、着たりしてるんだろうか。
「……メイド服が好きな人ってさ」
「はい」
「服だけより、中身もあった方が嬉しいよね?」
「え? そりゃハンガーにかかってるよりは着てくれる人がいた方が……。待ってください紗菜ちゃん、何考えてます? 何を考えてるんです!?」
「ありがとう奏ちゃん! 私、がんばる! いくぞ努力!!」
「いやいやいや、実っていい努力とそうでない努力とあると思いますよ!?」
「ごめん、今日はこのまま帰るね! バイバイ!」
「何する気ですか!? これ、紗菜ちゃんもなかなかに大概な人だったやつですね……」
◆◆◆
片想いと言う言葉だけでも耐えられない私に告白なんてできるはずもない。ならいっそ、パンティのおまけとしてくっついていこう。
そう決意を固めた私は、日曜日を使って台本を練り、念のために遠藤くんのお賽銭相当の八千二百十六円のパンティを買ってきた。それだけの準備を整えて、遠藤君が帰り道でひとりになるタイミングを見計らって声をかけたのに。
「この話はなかったことにして、パンティだけ置いていってもらえないだろうか!」
「うん! ……うん?」
「これっきりで、もう俺とは関わらなくていいから!」
まさか、もう関わらないでとまで言われるなんて。
「ま、待って! 私、何か足りない? 直した方がいいところとかある?」
「足りないところなんてない! そのままで最高だ!」
最高。最高って言われた。うれしい。
「あ、ありがと……。でも、それならなんで……?」
「むしろ、過剰なんだ……!」
「過剰……!?」
過剰。つまり余分。そこまでだなんて……。
でも、私だってここまで来たら引き下がれない。今日のために制服のアレンジだって変えたし、メイクだって気合い入れたんだ。
せめてデートの約束くらいは取り付けてみせないと、応援してくれた奏ちゃんにも顔向けできない。
「ほ、ほら、パンティを渡すにしてもここじゃなんだし、ね! どこか遊びに行って、その時にってどうかな!」
「休みの日はしないといけない勉強が……」
真面目なんだなあ。こういう譲らないとこもお父さんとちょっと似てる気がする。
「じゃあ買い物、買い物だけ! 服とか買いに行こうよ! 私のお父さんデザイナーでさ、私も少しは勉強してるから選ぶの上手いよ?」
そう、私のお父さんのもうひとつの職業はデザイナーだ。宮司との兼ね合いで普通のお勤めは難しいから在宅でやっている。訳あってあんまり人には言わないけど、こうなったら切れるカードは全部切ってやる。
「デザイナー!?」
「ふぇ」
食いついてきた。今日イチで食いついてきた。私が「遠藤くんのものになったよ☆」って言った時よりも反応がいい。なぜ。
「デザイナーって、服飾系? ジャンルは!?」
「え、えっと、女の子の服、かな。最近だとカーディガンとか、マフラーとか、あと……下着、とか……」
私のファッションがギャル系になったのも、元はお父さんの得意分野がそっちだからだ。そしてこれが副業を人に言えない理由でもある。宮司が女子高生の下着をデザインしてるなんて、おおっぴらにしてもあんまりいいことはないから。
「男で、下着のデザイナー……!?」
「お、おかしくないよ!? 必要とされる仕事だし、家族を養うために自分の才能と真剣に向き合って「柚木さん!!」
言い終わる前に掴まれた。肩を。両手で。ガシッと。
「えっ、えっ?」
顔、近い。目、真剣。
なにこれ、なにこれなにこれ。まさか、いきなりキス……!? そんな、いくらなんでも心の準備が……!
「ゴンさ……お父さんにご挨拶させてほしい!」
「お父さんにご挨拶!?」
キスどころじゃなかった。もっとだいぶ先だった。
「急なのは百も承知、でも俺は真剣だ!」
「真剣に……!?」
「ああ!」
この目、この目だ。私はこの目にやられたんだ。
その目でこんなに真剣に見つめられたら、断れるわけなんて、ない。
「えっと、その、よろしくお願いします……」
「こちらこそ……!!」
後日、二人の間に大きなすれ違いがあったことが判明するものの。
遠藤が柚木の家に通う理由がお父さんの下着でなくなるのは、そう遠くない未来のことである。
やるべき原稿がぜんぜん終わらないので書きました(矛盾)
たまにこういう主人公書きたくなるんですよね。原稿やってきます。
↓笑えたら★をつけてもらえると嬉しいです↓




