転生者狩り1
暗い夜道に、足音が木霊する。地面を踏みしめる音は、木々に囲まれた一本道の真ん中を進む。左右に林、頭上には夜空。その真ん中をまっすぐに伸びるあぜ道を、ランタンの明かりに照らされて、二つの人影が揺れている。大きい影と、小さい影の二種類は、陰鬱な夜道を気にもせず、軽い足取りで進んでいく。
「――じゃあ、旅人さんはこれからオーク退治に?」小さい影のほうが、大きい影に対して問いかけた。頭からすっぽりとフード付きの外套を被り、ランタンを手に大きい影を先導している。
「あーそうそう、ギルドからの要請じゃあ断れねぇやな。ヒック……まったく、くそ面白くもない」大きい影は、背中にマントを、屈強な体躯に重厚な鎧を纏っている。ひげ面の顔は闇夜でも赤く、臭気には酒精が混じっている。
「いやぁ、そいつはご立派だ! あの古砦のオーク共には、私らや行商人も難儀していましてね。旅人さんみたいな人に片付けてもらえれば、私らも安心ってもんですよ。ところで、お名前はなんです?」
「俺かぁ? よぉく聞いておけよ。断頭のエドとはまさしく俺様のことよ!」
「断頭の……というと、もしかしてあの!? 火炎の丘でモンスターの首を百体刈ったという――」
フードのお世辞に気をよくしたのか、エドと名乗った冒険者は饒舌に語り始めた。
「おぉ、それこそ俺の一番の功績だ。あれは楽しかったなぁ、まさしく入れ食いってやつよ。奴ら、徒党を組んで俺に襲い掛かってきたが、なんせレベルが違う。俺の戦斧の一振りで、一気に五つ六つの首を刎ねてやった」エドは斧を振るう素振りを、愉快そうにフードの人物へと見せつける。それを見て、フードはおべっかにいっそう拍車をかけた。
「さすが、凄まじい武勇ですね。私も小耳にはさみましたよ。なんでも、エドさまは一切の刃物や斬撃を受け付けない体をお持ちとか?」
「そうよ、俺に刃は効かねぇ。魔法にはちと弱いが、それもこの、断魔の鎧で無効化できる」こつこつと、胸のプレートを叩く。「俺に肉弾で敵うやつは、ネームドでもなければそうはいねぇよ」
「頼もしいお方だ……でも、そうなると、敵も小賢しい手をつかってくるのではありませんか?」
「ああ……最近はちと厄介になってきたな。あいつら、毒を撒いてきたり、トラップをけしかけてきやがるようになった。ま、そんなのは、警戒さえしていれば問題ねぇ。やつら頭が足りねぇからな! 人間様、いや、転生者さまに楯突くなんて、百年早いんだよ」
エドの言葉に、フードがわずかに反応した。「転生者ね……」
「あ? なんか言ったか?」エドは酒瓶をあおり、怪訝そうな顔をしたが、フードは特に意に介した素振りも見せない。
「いえ、何も。ところで、少し飲みすぎではありませんか? 最近は町の近くといえども物騒ですからね。知ってますか? 冒険者だけを襲っている殺人鬼の話」
「あぁ、噂のくそったれの話か」新たな話題にエドは表情を曇らせ、口調に嫌悪が混じる。
「どうせ落ちこぼれた冒険者崩れが、逆恨みでもしてんだろ。噂じゃあ、殺されたのはレベルの低い、駆け出しの転生者ばっかなんだと。所謂初心者狩りだ。俺みたいな練度の高いワンダラーたちにとっちゃあ、眼中にない存在だ」言い捨てて、また酒瓶をあおる。フードはわざとらしい笑い声をあげた。
「はっはっは、勇ましいですね。だったら何の心配もありません。余計なお節介、失礼しました」
「へっ、いいってことよ……ところで、宿にはまだ着かねぇのか? さっきからだいぶ歩いたが、明かり一つ見えねぇぞ」エドは立ち止まり、周囲を見渡した。町の酒場からこの案内人につき従っていたが、一向に宿屋は見えてこない。それどころか、民家の一つすらあたりにはなく、どんどん人里から遠ざかっているように思えた。
「もうすぐ着きますよ。もうすぐ――」フードは、いつの間にかエドの背後にいた。両手にはランプの代わりに、銀の短剣と、不気味に揺蕩う薬瓶がそれぞれ握られている。「もうすぐ、ね」聞こえない程小さなつぶやきと共に、瓶をエドへとぶちまけようとし――
「ほいっと」一瞬で振り向いたエドに、こともなげに両腕を捕らえられた。薬液は、こぼれ落ちずに斜めの角度でとどまっている。もう一方の短剣も同様で、お互い正面で組み合うような体勢になっていた。
驚愕に眼を見開いて、フードは思わずこぼす。「――いったい」
「いつ気付いたかって? 最初からだよ」丸太のような両腕に力を込めながら、エドはこともなげに言った。フードの細腕は、軋みを上げて震えている。
「オーク退治って言ったよな? あれ嘘。本当はギルドから別の依頼を受けて、こんな辺境くんだりまで来たんだよ。なんだと思う? 通り魔……いや、転生者狩りくん」
「――ふっ!」フードの口から、何かが勢いよく吐き出される。エドの顔めがけて飛来するそれは、月光を受けて煌めきながら一直線に彼の眼球へと着弾した。「くっ!」右目は辛うじて瞼で遮ったが、左目は鋭く貫かれた。呻きを上げて、腕の力が僅かに緩む。。
フードはその一瞬を見逃さず、前蹴りをエドへと見舞い、勢いそのままに身を空中へと翻して、剛腕の魔の手から離脱する。着地の瞬間、いままでフードに覆われていた素顔が、月明かりの下に露わになった。
「……ってぇ、そんなツラしてやがったのか。エンジンさんよぉ」痛む左目を庇いながら、エドは襲撃者に改めて向き合うのだった。