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「ようこそ異世界へ」

「はー疲れた疲れた。この年になると、仕事も楽じゃない」


 真っ白いローブの老人は、肩をまわしながらうそぶいている。一仕事終えたといった感じで、何もない広大な空間を、身体をほぐしながら歩く。


「さて……」言って、老人は指を弾いた。パチン。


 白の、神々しさを纏っていた老人は、そこにはいない。代わりに、その衣装は漆のように黒いスーツに変わっている。ダブルの、豪奢を尽くしたスリーピーススーツにネクタイは無く、胸襟ははだけ、骨ばった鎖骨が覗いている。足に履いたダブルモンクの革靴は、彼が歩くたび、小気味よい音色を奏でている。軽く裾を指先で直し、ジャケットをしっかり羽織りなおす。


「やはりこのほうがいい。イメージ商売も考え物だ。さーて? どうなっているのかな?」老人――男はもう一度指を弾く。パチン。


 空間に、無薄のモニターが出現した。縦横無尽に敷き詰められたディスプレイ、そのいずれにも、多種多様な映像がリアルタイムで流されていた。男は、いつの間にか出現したベルベットのアームチェアに腰かけ、サイドテーブルに乗っていたタンブラーグラスを唇へと傾ける。


「愛しいなぁ。これだから人間は面白い。あんなに愛の深い人間も最近は珍しくなったものだ」黄金色の液体を舐めるように味わいながら、男はモニターを順繰りに流し見る。


 その中の一つに、男の視線は止まった。そこからは、男の意識はその映像に釘付けだった。愛でるようでもあり、憐れむようでもある眼差し。映っているのは、先ほど彼が送った、あの男性の姿――


「頑張ってくれ。頑張って、足掻いてくれ。そして、もし生き延びられたら、どうか私のところまで来ておくれ。愛しい我が子よ」神のように慈しみ深い言葉を、モニターに贈る。


 男の独白は続くが、それは誰にも届かずに消える。ディスプレイから漏れ出す、雑多なノイズに混ざって消えるのみ。ただ一言だけを残して。


「ようこそ異世界へ(ウェルカムトゥヘル)」


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