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目を見開き、頭上を仰ぐ。我らの父が、そこにはいた。真っ白なローブに身を包み、長く真っ白な髪と髭をたくわえた、威厳に満ち溢れた老人――神が目の前にお姿を現されたのだ。
「――あなたは、神様、なのですか……?」恐れ多くて、声が震える。
「いかにも、私が神じゃ」そのお方は、頷きながら応えてくれた。
「ああ、主よ! ずっと、お会いしたかった! 貴方のことを、想わなかったことは一日たりともありません! 我らが父よ、お慕い申し上げております! 貴方の存在は、我々迷える子羊たちにとって……」
「あー、ごほん。礼を尽くすのは、その辺でよいかな?」
「――! 申し訳ありませんっ、あまりの感動につい……」不敬にも、まくし立ててしまった自分を恥じ、再び頭を下げた。
「あー良い良い、面を上げなさい。別に取って食ったりせんよ」主はそう言いながら、ふわりと地面へと降り立った。本物だ、なんと神々しく慈悲深い。こんな自分と同じ目線まで降り立ってくださるとは。
「おっと、歌ったりせんでくれよ? 讃美歌はどうにも、背中が痒くなってしょうがない」
「は、はい。御心のままに……」
「で、なんだ……信心深いお主には、大変言いずらいのだが」主は、きまり悪そうに顎髭を撫でつけている。いったい何のことだろう。言葉を待っていると「ごめん!」と主は両手を合わせて頭を下げた。
「おまえさんのこと、間違って殺しちゃった」
「――えっ? それって」どういうことか、問おうと口を開く前に、神は言った。
「本当はまだ死ぬ予定ではなかったんじゃよ。ちょっとした手違いでのう。いやぁ、面目ない。で! 代わりといっては何だが――」主は、両手を大きく広げて、楽しそうに提案する。
「異世界へ転生させて進ぜよう! ああ、心配するでない。モチロン、好きな世界を選んでよいし、どんな特殊能力でも与えよう。さ、何がいい? ヘラクレスさえ組み伏せる膂力か? それとも、マーリンをも凌ぐ魔術の英知か? あ、さては綺麗な女子をとっかえひっかえ出来るような、ナルキッソスばりの美貌じゃなぁ? おぬしも好き者じゃのう」
主は、とても愉快そうだ。恐らくは、いや、僕ごときが主の考えを推し量るのは憚られるが、きっと、僕に気をまわしてくださっているのだろう。僕が落ち込まないよう、明るく振舞い、あまつさえ、さまざまな恩恵を与えてくれるというのだ。だが……
「主よ、恐れ多いのですが……」
「だから、そういうへりくだった態度は良いんだと言っておろう? 良い良い、申してみよ。何が望みか?」
「はい、では、僭越ながら申しますが、私を生き返らせていただけないでしょうか?」
「だーかーらー、さっきからそう言って――」
「元の世界に、でございます」