パンデミックで後付け聖女
予防注射はしたよ?
したけどさ、この発熱はあれだ、わかってる。
犯人はお前だ!インフルエンザ!
ってことで、職場の視線を振り切って定時にあがり、内科に寄って「インフルエンザですね~」って診断を受けるのに一時間半。薬をもらって、どうにかこうにか帰宅。(これでもいつもより一時間以上は早い)
あまりの具合悪さに、目を閉じて玄関で倒れこむことしばし。
『あー床が冷たくてきもちー』
とか思っているうちに、眠っていたのか、気でも失っていたのか、気がつけば、頬に当たる感触がうちの床ではなくなっていた。冷たいは冷たいのだが、なんだかごつごつしている。
「ん……?」
うっすら目を開けると、どうも石畳のようでぎょっとした。
ここは家じゃないらしい!
驚いて体を起こそうとするも、体はだるくてろくに動けない。
どうにか体を仰向けにすると、ちょっと信じがたい光景が目に入ってきた。
うん、ここは家じゃない。日本では見かけない感じの石でできた街だ。
そのうえ夜だったはずが、いつのまに昼になったのやら、ずいぶん明るい。
「×××××××?」
人影がさして、突然何か話しかけられた。何と言っているのかわからない。聞き取れない。
話しかけてきたその幼女は、青い髪で、見慣れない衣服を着ていた。
やばいなーもしかして、あれか。インフルで死んじゃって転生?転移?しちゃったパターンか……?なんてことを考えているうちに、
「××、××××」
青い髪の幼女が、茶色の革袋を取り出した。口にあてがわれて、飲まされる。
どうも水?のようで、ごくりと飲み込むと、青い髪の幼女は笑顔になった。
遠方に見える神殿?っぽい建物と、すぐそばにある幌馬車?を指さして、青い髪の幼女はまた何か言った。
「××××××、××××」
やっぱりわからない。往来で寝るな、あの神殿?っぽい建物まで行けってことだろうか?
寝たくて寝てたわけでもないけれど、道に倒れているのはやっぱり邪魔なんだろう。ふらふらしながら、神殿?っぽい建物を目指すことにした。昔から、回復といえば宿屋や教会、神殿の類いと決まっているし。
咳きこみ、よろめきながら、どうにかこうにかたどり着いた建物は大きかった。体調が最悪でなければ、建物の美しさや荘厳さに心うたれたかもしれないけど、今はそんな余裕もない。
祭壇らしき場所でついに力尽き、大理石っぽいすべすべの床と抱擁しているうちに、まぶたが重くなってきて……
「大変なことをしてくれたな」
また意識がとんでいたらしい。耳慣れた日本語が聞こえて、うっすら目を開けると、白髭の偉そうな老人が見えた。
「うっかり【世界の穴】をあけてしまったワシも悪かったんじゃが、おぬしのせいで余計に悪化したわい」
「……はぁ?」
熱で頭が朦朧とする。人が苦しんでいるときに、なんだろうこのジジ……ご老人は。
「ワシはこの世界の神じゃ」
おぉーまるで思考を読んだような。
「ようなではない。読んでおるのじゃ。良いか、おぬしのせいでこの世界が滅びようとしている」
道で倒れてただけで、何もやらかしてないですけど?変な言いがかりつけないでもらえますかね。
「無自覚とは厄介な。これを見るがよい」
俯瞰の位置で、何やら映像を見せられた。
幌馬車に乗りこむ青い髪の幼女。たぶん、私に水を飲ませてくれたあの娘だ。どうもあの娘の一族は定住せずに、街から街へ移動生活をしていたらしい。
幌馬車で次の街へ移動しながら、例の革袋の水筒を回し飲みする一団。
やがてその一団は発熱して倒れ、神殿?らしき建物に運びこまれた。そこで、かいがいしくも看病する神官?っぽい人たち。そして直後、同じように発熱する神官?っぽい人たち。
さらに折悪しくも、大祭で神殿?に集まる群衆。神官?たちから、集まった人々へと感染し、やがて大勢の人が倒れ……
あっ(察し
「おぬし、この世界を救ってくるのじゃ」
えぇまあ、いろいろ察しましたけどね、なんで私が。一万歩くらい譲って、インフルエンザにかかってたのは私が悪いとしても、【世界の穴】とやらに落ちた私はむしろ被害者、私悪くないと思う。
「しかたなかろう。ワシが直接干渉することはできぬ。つべこべ言わずに、インフルエンザにかかった人々を治癒してくるのじゃ」
千歩譲って私に責任があるとしても、無理無理。私医者じゃない。どうにもできない。
「特別に聖女の治癒の力を与える。病に関してはおぬしが元凶なのじゃから、おぬしが何とかしてくるのじゃ」
なんですかね、そのマッチポンプ。いや、泥縄かな。
そのどちらでもなければ、確実に言えるのは、理不尽、だ。
「とっとと行ってくるように。おぬしが倒れて一週間じゃ、そろそろ死者が出る。すべて終われば、元の世界に戻れるよう手を尽くす」
その言葉、忘れないでくださいよ。
言葉も通じないのに、後付けで聖女とか、無謀すぎる。
でも、親切にも水を飲ませてくれた青い髪の幼女を死なせるのも気分が悪いし、一人を助けるなら、他あと何人増えようが大した差はない、はず。
と、思いこむことで、えぇ、やってやりましたよ。感染拡大終息まで。
人々を助けて助けて助けまくって、無事、元の世界の自宅に戻してもらえたときの達成感はもう、生涯忘れないと思う。
……元の世界に戻ったあと、あちらの世界から私が持ち込んでしまった病で、こちらでパンデミック発生、世界中が大混乱に陥ったけど、それはまた別の話。
インフルエンザさん「俺tueee」
お読みいただきありがとうございました。
皆様もお大事に。