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番外編 風香のポエムニ

 私は今日もポエムを書いていた。


 恒仁も元気だ。肇子様とも文通をしている。ポエムも絶好調だ。


< 肇子様は柳のよう。


 しなやかで雪が積もっても簡単には折れないの。


 けど。脆くもある。


 それがまたいいところ>


 短くそう綴る。肇子様には見せられないけど。うふふと笑いながらもポエムを綴った紙を丸めた。女房達にも見せるのは気が引ける。そう思いながら紙は経箱の中に入れたのだった。


 今日は特に何もない日だ。春仁様のお渡りもない。ああ、暇だわ。ゴロゴロと畳の上で寝転がる。こういう風にのんびりするのも悪くない。恒仁は昼寝中だからあやす必要もないし。

 不意に鼻の上に蝶が止まった。それはしばらく留まっていたが。すぐに飛び去ってしまった。私は上半身を起こす。


「……いつまでもこうしていられないわね。起きなきゃ」


 一人で呟いた。パタパタと簀子縁を走る音が耳に届く。誰だろうかと思い、立ち上がる。御簾をからげて入ってきたのは周防だった。


「……女御様。ちょうど良かったです。お、お客様がいらしています!」


「あ。周防。お客様って?」


「あの。陰陽師の安倍 靖忠殿と滝瀬宮様がいらしています」


 私は意外な人物達の来訪に驚きを隠せない。靖忠さんと滝瀬宮様の二人がね。


「……わかった。お通しして」


「かしこまりました。少々お待ち下さいませ」


 周防はそう言うと一旦部屋を出ていく。二人共何の用だろう。ほうとため息をついたのだった。


 その後、廂の間に滝瀬宮様と靖忠さんがやってきた。私は三半刻してから御簾の前に用意された御座に落ち着く。几帳や屏風の影に隠れるべきだけどそれはせずに衵扇だけで顔を隠した。


「……宮様や安倍殿と話をしたいの。周防を残して皆は退がりなさい」


 私の言葉を受けて女房達は静かに退出していった。周防と私に滝瀬宮様、靖忠さんの四人だけが残る。周防は姉さんや私から事情は聞いていた。なのでこの場にいるのだが。

 周防に合図をして御簾を上げてもらう。男性とはいえ、二人は元々現代人だ。御簾など隔てる物がなくても大丈夫である。


「……久しぶりですね。宮様、安倍殿」


「ええ。お久しぶりです。女御様」


「本当だよ。登花殿様」


 宮様――祐介さんはからからと笑う。靖忠さん――眞澄さんも苦笑した。


「あー。かったるい。史華ちゃんはよくこんな所にいられるよな」


「……祐介さん。それは私に対しての皮肉なの?」


「そんな事は言っていないって。ただ、思った事を口に出しただけで」


「……祐介さん。俺からしても皮肉に聞こえるよ」


「え。眞澄は史華ちゃんの味方をするのな。やっぱ、女の子には甘いな。お前」


 祐介さんが言うと眞澄さんは肩を竦めた。私はじとりと祐介さんを睨みつける。義兄であるとはいえ、遠慮はしない。


「……史華ちゃん。悪かったよ。ちょっと君と甥っ子が羨ましかっただけでさ」


「祐介さん。春仁様と私が羨ましいって。裕子さんと何かあったの?」


「……いや。ちょっと喧嘩をしちまってな。おかげでここ三日は全然口すらきいてくれないんだよ」


 ぽそぽそと祐介さんは言う。やっと機嫌が悪い理由がわかって苦笑する。眞澄さんもやれやれと言わんばかりだ。


「そうだったのね。祐介さん、夫婦喧嘩をしていたの。ああいうのって犬も食わないって言うんだっけ」


「まあ。当たってはいるけど」


「へえ。眞澄さんは知っているのね」


 私が言うと周防はくすりと笑った。けど眞澄さんが周防を真っ直ぐに見つめているのに気づく。その眼差しは切ないようでいて優しくもある。あれと思った。珍しい事もあるものだ。


「……女御様。お二人とは知己の間柄であるのは良いのですけど。あんまり長い間、お話をするのは褒められた事ではありませんよ」


「周防さん。堅い事は言わない。なんだったら眞澄の相手を君がしてやってくれないか?」


「なっ。宮、祐介様は何をおっしゃるんですか。私に眞澄様のお相手をって」


 祐介さんの軽口に周防は顔を赤らめてしまった。眞澄さんも同じくで二人とも恥ずかしそうだ。


「ははっ。満更でもなさそうだな。このまま、付き合っちまえよ」


「祐介さん。まだ恋文すら送っていないのに。何を言うんだ」


「いいじゃないか。眞澄、今年で二十歳だろ。周防さんは同い年くらいだし。今から告れよ」


「……たく。強引過ぎるんだよ。あんたは」


「まあまあ。ほら。言ってしまえばすっきりするぞ!」


 祐介さんはにやにや笑いながら眞澄さんに急かす。相変わらず、顔は赤い。眞澄さんは観念したのかため息をついた。


「……わかったよ。言うからそのにやにや笑いはやめてくれ」


「お。言う気になったか」


「……周防さん。こんな形で悪い。けどあなたの事が前から気になっていて。歌もろくに詠めない俺だが。交際を申し込んでも良いですか?」


「……まあ。まさか、眞澄様が私の事を好いていらしたなんて。夢のようですけど」


「その。駄目かな?」


 珍しく眞澄さんは真面目な表情で周防を見つめる。祐介さんと私は固唾を呑んで見守った。しばらく無言の刻が流れる。


「……わかりました。私で良ければ。よろしくお願いします」


「……ありがとう。必ず幸せにするから」


 周防が是と答えたためか眞澄さんはにっこりと照れ笑いを浮かべた。嬉しそうだ。


「良かったわね。周防」


「……女御様」


「眞澄さん――靖忠さんは真面目な人だから。周防を幸せにしてくれるわ」


 周防は同じように照れ笑いを浮かべながらも目には涙があった。私は気を利かせて立ち上がる。祐介さん――滝瀬宮様に目配せをした。向こうもわかってくれたようで小さく頷いた。私は奥に宮様は外にとそれぞれ向かったのだった。


 その後、周防は靖忠さんと正式にお付き合いをしている。恋文を何度かやり取りしたらしい。周防は嬉しそうに報告をしてくれた。


「……最近は靖忠様も歌が上達なさいました。それを見ているのが楽しいです」


「ふうん。仲が良いのは喜ばしい事ね」


「女御様も東宮様とは仲睦まじいではありませんか」


 周防に言われたがあまり嬉しくはない。あの浮気者、肇子様以外にも手を出した女性は数知れずらしいからなあ。ふうとため息をついた。いいなあ。靖忠さんが彼氏だなんて。ボヤキたくもなる。姉さんも滝瀬宮様を見事に射止めたし。実は私って男運悪いんじゃないの。疑いたくなったのだった。


 

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