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三十四話、通じ合う気持ち

  私がお産を終えてから三カ月が過ぎた。


  もう恒仁も首が据わったので後宮に居を移した。春仁様は子が生まれる前よりも私の事を丁寧に扱ってくれている。寵愛も厚く毎夜のごとくお渡りがあった。と言っても一緒に寝所で添い寝するだけだが。薬師も私の体調を考えてもう後半年くらいはゆっくり休養を取るように言っていた。春仁様もそれを聞いているので手を出してはこない。おかげでちょっとずつ気力も体力も回復してきていたのだった。


  今は四月の下旬だ。もう初夏の陽気で昼間は汗ばむ程には暑い。恒仁も日に何度かは産着を替えないといけなかった。沐浴もしていると乳母の君が報告してくれたが。私はちょっと複雑ではあった。だって恒仁のお世話をしたくても何にもさせてもらえないのよ。

  「……女御様はお部屋にいらしてください」と乳母の君達に毎度のごとく言われる。母乳を与えたくてもできないし。おしめを替えてあげたくても同様だ。仕方ないのでこっそり恒仁の産着やおしめを縫ってあげる日々だった。


「……女御様。若宮様をお連れしました」


「……あ。連れて来てくれたのね」


  乳母の君の代わりに周防が恒仁を抱っこして連れてきてくれた。私は恒仁を抱き取るとよしよしとあやす。やっぱり実の母だとわかるのか、恒仁はきゃっきゃっと嬉しそうにはしゃぐ。ここには周防と小式部しかいない。私は恒仁の頭を撫でてやる。


「恒仁。元気に育ってね」


「……うあー」


  私が言うと反応して声を上げた。まだ生後三カ月なのに親が喋っている内容がわかるのだろうか。まあ、それはないだろう。けどお返事してくれたのは素直に嬉しかった。しばらく抱っこしながら相手をしてあげたのだった。


  春仁様が恒仁の顔を見にやってきた。すくすくと育っているこの子は女房達の間でもちょっとしたアイドル扱いだ。祖父になった今上様も恒仁を非常に可愛がってくださっている。初めての男の子に驚いておられた。初対面の時は怖々と抱っこをなさっていたけど。今では抱っこやあやすのも板についてこられた。恒仁も懐いていて祖父君との関係は良好と言えていた。


「……風香。恒仁もちょっと前よりは重くなったな」


「うん。前よりも大きくはなったと私も思うよ」


「そうだな。赤子とはいえ、成長するのは早いものだ」


  そうねと頷くと春仁様は慣れた手つきで恒仁を高い高いしてみせる。抱き上げられるたびに恒仁はきゃっきゃとはしゃいで喜んでいた。人見知りをあまりしない子なので春仁様の事も嫌がっていない。


「ははっ。恒仁は高い高いが好きなんだなあ」


「そのようだね。私だとなかなか難しいから。殿方が相手をしてあげた方が良いみたい」


「……そうかもな。風香の力だと高い高いを十回もしたら疲れるだろう」


「……うん。我ながら非力だと思うよ」


「まあまあ。女人だとそれは仕方ないだろう。わかった。今度からなるべく昼間にも様子を見に来るよ」


「そうしてもらえると有り難いわ。恒仁もお父様が来てくれたら喜ぶだろうし」


  頷くと春仁様はにっこりと笑った。恒仁の頬をちょんとつついた。


「……恒仁。元気に大きくなれよ。剣術や馬術などを父上が教えてやるからな」


「……あー」


  恒仁はまたも返事をする。春仁様はちょっと驚いたらしい。それでも可愛いと言わんばかりに軽く抱きしめた。


「ふうむ。お前は賢い子に育ちそうだ。でも男子たる者、強くもあらねばな。吾子よ」


「……良かったわね。お父様にこう言ってもらえて」


  恒仁の頭を私は軽く撫でてやった。両親に見守られながら赤子は無邪気に笑っていたのだった。


  半月ほどは経ったろうか。恒仁は春仁様に相手をされながらすくすくと成長していた。今日は宣耀殿様の所の姫宮様が遊びに来るらしい。確か、女一宮様が棐宮(たすくのみや)様で女二宮様が千萱宮様と世間では呼ばれているそうだ。なんでいきなりと訊いたら。「せっかく弟宮が生まれたのに。見られないのは嫌だ」と千萱宮様が駄々をこねたらしい。なのでこちらに来る事になった。


  パタパタと小さな子特有の軽い足音が聞こえて可愛い女の子二人組がやってきた。左側が姉君の棐宮様、右側が千萱宮様だと周防が小声で教えてくれる。


「……あの。いきなり押しかけて来てごめんなさい。登華殿女御様ですよね?」


「……ええ。私が登華殿です。ようこそおいでくださいました。姫宮様方」


  おずおずとお声をかけてきたのは姉宮様だ。千萱宮様もにっこりと笑ってこちらにやってくる。


「……女御様。あの。若宮はどこですか?」


「若宮様はちょっと寝ておられます。けど。後もう少ししたら起きてこられるやもしれません」


「そうですか。だったら待たせていただいてもいいですか?」


「ええ。そうなさったらいいと思います。では。唐菓子を召し上がりますか?」


「……やったあ。あの。ありがとうございます」


  千萱宮様はそう言うと姉宮様を引っ張って私の近くに座った。直にだが。女房達は慌てている。私は周防に頷くとお二人に声をかけた。


「……姫宮様方。若宮様がいらっしゃるまでは私がお話相手を致します。よろしいでしょうか?」


「ええ。構いません」


  棐宮様が頷くと千萱宮様もならばとこちらを見た。小式部が早速、唐菓子を高杯に盛り付けて持ってくる。棐宮様は遠慮がちに唐菓子を手に取った。千萱宮様は積極的に手に取るとパクリと口に運んだ。しばらくは話をしながら恒仁を待ったのだった。


  その後、恒仁を棐宮様と千萱宮様は珍しそうに眺めていた。抱っこをするかと訊くと棐宮様がしてくれた。怖々とだったが。それでも棐宮様は感慨深そうにしていた。千萱宮様も弟宮の顔を覗き込んでいた。こうしてお二人は数日に一度はこちらにやってくるようになったのだった。

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