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三十話、雪が降る中で

  姉さんに女の子が生まれてから三カ月が過ぎた。


  五十日(いか)の祝いも済ませている。女の子は馨子(かおりこ)と名付けられた。ちなみに私はもう妊娠九カ月になっていた。もう凄くお腹が大きくて寝転がっている時も寝返りを打ちにくい。


「……風香。だいぶ、お腹が大きくなったな」


「うん。もう臨月が近いもの」


「そうだね。宣耀殿にも二人子がいるが。風香は今回が初めてだからな」


  宣耀殿様の名が出てちょっと嫌になる。けど仕方がない。春仁様はいずれ帝になる立場なのだ。幾人ものお妃がいてもそれが当然なのだから。しかも宣耀殿様は一番古参のお妃様。確かもう姫宮様がお二人いたはずだった。


「どうかしたか?」


「……なんでもないわ。春仁様はお仕事をしてね」


「わかったよ。じゃあ、書類を片付けてくる」


  春仁様はそう言って奥に行ってしまう。お腹の子が女の子だったら皆、がっくりくるだろうな。そう思いながらも低い声で歌った。お腹を撫でながらだが。


「……雪の花は〜」


  自分で適当に歌詞を考えてメロディーをつけた。一応、子守り歌のつもりだ。生まれてくる子が女の子だったら賢子とか久実子とかつけてあげたい。男の子だったら。春仁様につけてもらえたらいいな。考えながらも外の景色を眺める。もう雪が積もっていて銀世界といえた。目を細めつつもほうと息をついたのだった。


  翌日、周防や小式部と一緒に物語を読んでいた。絵巻を周防と私が眺めつつ、小式部が文章を綺麗な声で朗読している。今は「堤中納言物語」という作品を読んでもらっていた。


「……うん。良いお話だったわ」


「そうですね。源氏の物語を読んでみても良さそうです」


「そうねえ。光の君が凄く美男子なのよね」


  私が言うと小式部が食いついた。目がキラキラしていて驚いてしまう。


「……女御様もご存知なのですね。光の君と頭中将の君がお二人とも素敵で!」


「小式部も好きなのね」


「ええ。女君達も生き生きと書いてあって。読み応えがあります!」


  そうと頷くと小式部は「女御様。わかってくださるのですね!」と元気よく言った。周防がちょっと苦笑いしている。


「……小式部。もう良いでしょう。絵巻物を片づけなくては」


「……あ。そうでした。女御様。失礼します」


  二人はパタパタと絵巻物や書物を持って去っていく。私はそれを見送ったのだった。


  春仁様は今日も書類仕事をしていた。忙しそうだ。お手伝いはできないのでおとなしく手習いをする。横では周防が見てくれていた。


「……女御様。東宮様はお忙しそうですね」


「……それはそうでしょう。東宮となったら今上様の補佐もお仕事の内の一つだろうから」


  私はそう言いながらもさらさらと歌を綴っていった。けどそれだけでは面白くない。現代の俳句や川柳、詩にと横道を逸れそうになる。試しにと俳句を詠んでみた。


<雪が降り 夫が来ないと 愚痴を言う>


  うん。ありきたりだが。俳句の方が楽だなあ。そう思いながらも二句目も詠んでみた。


<川池や 凍っていてもね 冷たいの>


  今一つの出来だ。冷たいのは当たり前だし。周防はちょっと不思議そうだ。それでも詠み続けたのだった。


  翌日は詩を頑張って書いてみた。いわゆるポエムだ。春仁様を思い浮かべてみる。


<ああ、あなたはいつ見てもクールで。


  いつ見ても麗しい。


  どうしてそんなにも私の胸を締め付けるの。


  ハル様、私はあなたが好きなのよ。


  けど、口では言えないわ。


  自分のシャイな所が恨めしい。


  ああ、ハル様……>


  つい、興が乗って書いてしまった。は、恥ずかしいだろ。これはー!!


「……風香。さっきから百面相して。どうしたんだ?」


「……は、春仁様?!」


  素っ頓狂な声を出してしまった。春仁様は不思議そうな表情をしている。


「何を書いていたんだ?」


「……え。いえ。大したものではないですよ」


「ふうん。ちょっと見せてみな」


「あ。春仁様!!」


  春仁様は私の隙をついて文机の上にあったご料紙をひょいと取り上げた。そしてざざっと読んでいく。少し経って春仁様の頬がみるみる内にうっすらと赤くなっていった。


「……ううむ。くーるとかしゃいとか。意味がわからぬが。けど。これは……」


「……ぎゃあー!ちょっ。読まないでー!!」


  私は知らない間に大声をあげていた。春仁様は必死に取り返そうとする私をひらりと避けた。


「風香。これはどういう意味だい?」


「わかりましたよ。言いますから。これは詩というもので。クールというのはかっこいいとか冷静な人のことを指す言葉です。シャイなというのは照れ屋とか恥ずかしがり屋という意味です」


「へえ。風香はいろんな事を知っているんだな」


  しまった。春仁様に現代日本の事を言ったってわかるわけがないのに。けど彼は興味深そうにこちらを見た。


「……時折、香屋子姫が変な事を言っていたのを聞いたからな。例えば、「あいすくりーむ」とか。意味がわからないままでいたが。風香はもしやと思うが。知っているのか?」


「……知っているわ。アイスクリームは牛のお乳を氷で冷やして。固めてお砂糖などを混ぜたお菓子なの。とてもひんやりしていて甘いお菓子で夏場によく食べるのよ」


「成る程。という事は。陰陽師の安倍殿が言っていたのは本当か」


「……春仁様?」


「いや。靖忠殿が言っていた。自分はこの時代より千年以上も後の未来で生まれて育った記憶があると。そこは日本と呼ばれていてずっと文明や技術などが発達していたともな」


  春仁様の言葉に私は呆気に取られた。まさか、彼が気がついていたとは。


「……いわゆる前世の記憶だとも」


「……そうよ。私も香屋子姉さんも滝瀬宮様、靖忠さんも。皆。前世の記憶があるわ」


  そう言うと春仁様は私を真っ直ぐに見つめた。そして頬を撫でてきたのだった。

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