二十六話、後宮への帰還
この回はR15の描写があります。苦手な方はご注意ください。
私がお宿下がりをしてから四ヶ月が経った。
姉さんも妊娠四ヶ月に入り悪阻もちょっとずつましになってきているらしい。それを聞いてほっとした。私も約束の期限が過ぎたので後宮に戻らないといけなかった。とりあえず、姉さんに文を書いてお別れを伝えておいた。父上達にも戻る旨を伝えた。荷物の整理なども行い、とうとうその時が来たのだった。
牛車に乗り登華殿に戻る。朝方に身支度を整えてから乗って。ゆっくりと進んでいたからもう日が高くなっていた。まあ、内裏の門をくぐってからは徒歩で来たが。おかげで疲れてしまう。自身の居室に入るとへたり込んだ。どうして女物の着物ってこうも動きづらいのか。不満を抱えながらも脇息に寄りかかる。ほうとため息をついたのだった。
「……やっと戻ってきたね」
「……ご無沙汰しております」
私は手をついて述べた。春仁様はちょっと苦笑いをしている。今、この登華殿の庇の間には私と春仁様しかいない。姉さんがいないので不安ではある。頼ってはいけないのにな。つい探してしまう。
「風香。香屋子姫は大丈夫だったかい?」
「ええ。最近は大丈夫のようだわ。姉さんからの文にはそう書いてあったけど」
「……そうか。なら良いんだ」
春仁様はほっと胸を撫で下ろしたようだ。姉さんの事が心配だったらしい。
「さてと。俺達も頑張らないとな。風香?」
「え。ちょっと。何を頑張るの?!」
春仁様は私のすぐ近くにまで来ると腰に腕を回した。にっと笑みを浮かべているが。ちょっと色気が感じられるのは気のせいだろうか。そのまま、昼間だというのに。寝所へ引っ張られたのだった。
翌日、周防と小式部に手伝われながら身支度を整えた。お昼にまた産着の作成に取り掛かる。けど腰と足がだるい。あまり捗らないが。それでも頑張ってちくちくと縫うのだった。
「……女御様。大丈夫ですか?」
「……全然大丈夫じゃないわ。たく。春仁様も何を考えているんだか」
周防が苦笑いする。私は休憩していた。小式部が用意してくれた葛湯を飲んだ。柑子もあってちびちびと食べる。現代の蜜柑が恋しい。コタツも。仕方ないがそう考えてしまう。
「産着も最低三着は作りましょう。帯と天児も作らないといけませんし」
「そうね。頑張らないとね」
意気込んで言う。小式部も周防も微笑ましいと言わんばかりに笑った。こうして産着作りを再開したのだった。
半月後にやっと産着が三着仕上がった。帯も四本できたし。後は天児作りをするだけだ。今日もちくちくと縫うのに精を出した。夕方になって春仁様が来たが。何故だろう。機嫌が悪い。
「……風香。姉君にややが生まれるのはおめでたい事だが。ちょっと無理をし過ぎじゃないか?」
「……そんな事はありません。姉さんにはお世話になったし」
「だとしても。産着まで作らなくてもいいだろうに」
春仁様はズバッと言う。まあ、その通りではあるが。けど姉さんの婚期が遅れたのは私のせいでもあった。私が結婚を嫌がっていたから。「だったら。あたしも独身のままでいるわ。その方が史華ちゃんも寂しくないでしょう」と笑って言っていた。姉さんにずっと甘えていたのに今更ながらに気づく。もう頃合いだ。姉さん離れをしよう。そう決めて私は顔を上げた。
「……春仁様。あの。確かに産着を作るのは褒められたことではないでしょうね。でも私なりに姉さんに何かお礼がしたくて。だから作っていたの」
「……そうか。まあ、君の気持ちはわかった。作りたいなら好きにしなさい」
「それでね。私に男の子が生まれたら。周りの人達にとってはその方が都合がいいんだろうなと思うの。春仁様もそうなんでしょう?」
私が切り込んで言うと春仁様は驚いたのか目を開いた。しばらく部屋が静かになる。少しの間、二人で見つめ合う。ふと春仁様が口を開いた。
「……じゃあ。俺が早めにややが欲しいと思っていてもいいんだな」
「春仁様?」
「確かに俺はややが欲しい。しかも左大臣家の後ろ盾があるややをな」
春仁様はそう言うと私のすぐ近くに来て顎を掴んで上向かせた。漆黒の瞳に射抜かれて動けなくなる。顔が近づいてきて唇に柔らかく温かな物が触れた。接吻をされたとすぐに気づく。しばらく角度を変えて浅いものから深いものに変わりつつもそれは続いた。息が苦しくなった頃にやっと春仁様は離れる。
「……風香。いつになったらややの顔が見られるんだろうな」
「……そ、それは。私にもわからないわ」
そう言うと春仁様は自嘲気味に笑った。ニヒルな表情にどきりとなる。初めて見る表情だからかもしれない。
「風香。最低でも二人は欲しいな。君が二十を過ぎるまでには」
「え。三年の間に?」
「ああ。早めに作っておかないと。俺の立場が危ういから」
それを聞いて春仁様が焦っているのに気づいた。難しい事はよくわからないが。なんとなくは理由がわかる。子供を早めに作ろうと言った意味をだ。春仁様はもう一度接吻をした。寝所にそのままなだれ込む。翌朝まで熱いひと時を送ったのだった。
翌日の日がだいぶ高く昇った頃に私は起きた。こんな事は生まれてこのかた初めてだ。周防に心配されながらも身支度を整える。遅めの朝餉を済ませた。けど気分が良くない。周防がいち早くに気づいた。医師を呼ぶ事になったのだった。