二十五話、懐妊二
私がお宿下がりをしてから三カ月が経った。
姉さんの懐妊は決定的なものとなっている。相変わらず、悪阻が酷いと聞いた。今はもう一月で新年を迎えている。前世風に言うと妊娠三カ月と言える状態らしいが。確か、四カ月から五カ月にならないと安定期に入らないとか。それまでは姉さんも周りも予断を許されない。私も様子を見に行きたいが。周防に止められていた。しかも東宮妃という身分上、表立った事はしにくいし。仕方ないのでまた甘葛入りのホットミルクを台盤所のおばちゃんに頼んだ。作り方を教えて試飲してもらったのだが。意外と気に入ってくれた。そのおばちゃんは快諾してくれて周防に手渡してくれたのだった。
翌日に姉さんが「差し入れをもらって驚いたけど。嬉しかったわ」とお礼の御文をもらえた。周防は呆れ顔だったが。私としては満足だった。
部屋の中で刺繍に取り掛かる。まずは簡単なお花の柄から始めた。意外と難しい。また、周防と小式部というお裁縫の得意な女房に教えてもらう。小式部は的確に言ってくれるので助かっていた。
「……女御様。香屋子様はお産が終わるまではお側にいられないとおっしゃっていました」
「それはそうでしょうね。姉さんが無理を押して後宮に来るようなら。止めなきゃと思っていたところよ」
「ふふっ。香屋子様にそうお伝えしておきます」
周防が笑いながら言う。私も肩を竦めた。ちくちくと刺繍を再開する。小式部が間違っているところを指摘した。
「女御様。そこが違っています」
「……あ。針をさす場所が違うのね?」
「ええ。そこは……」
小式部に指差された箇所から針を抜いた。もう一度、やり直す。その後は夢中で刺繍をしたのだった。
夕食を済ませてから寝所へ入る。後一カ月は実家にいられるが。三月には戻らないといけない。けど姉さんが心配だった。いくら、両親がいるとしてもだ。妹で同じ現代出身である私がいた方が姉さんも少しは安心だろう。そう思ったから春仁様に頼み込んだのだが。まあ滝瀬宮様もおられるし。複雑ではあるけど約束は守るべきだ。仕方ないと気持ちを切り替える。御帳台に行き、眠りについたのだった。
翌朝もちくちくと刺繍をする。そうだ。姉さんの赤ちゃんが生まれたら天児とか産着を贈ろうか。天児というのは両手で抱えられるほどの人形だ。もっとお裁縫を頑張ってせめて産着だけでも贈ろうと思った。そうと決まれば、即行動だ。
「……ねえ。小式部。周防。姉さんに贈り物をしたいと思うの。産着やおもちゃをと考えているのだけど」
「はあ。香屋子様にですか?」
「うん。それで。物は相談なんだけどね」
周防がキョトンとした表情をした。私は頷き、思い切って言った。
「……産着や赤子用の帯とかを作りたいの」
「まあ。女御様。お手ずからなさらなくとも良いのです。そういう事は私共に任せて下されば、良いように致します」
「普通はそうだけどね。でもこっそりで良いから作ってあげたいのよ」
念押しすると周防は諦めたらしくふうと息をついた。後もう少しだ。そしたら小式部がにっこりと笑って言う。
「……でしたら。わたくしが一緒にさせていただきます。産着や帯におしめ。若君用と姫君用を両方準備しておきましょうか。そうしておいたら対応がしやすいですよ」
「……あら。小式部。一緒にやってくれるの?」
「ええ。女御様の姉君をお思いになるその気持ちに感銘を受けましたの」
小式部はそう言うと私の前まで来て手をついた。
「……微力ながら手伝わせていただきとうございます」
「……ありがとう。周防も手伝ってくれるかしら」
小式部に礼を言う。そして周防の方も見た。苦笑いしながら答えた。
「……わかりました。表向きは私共が作ったと申し上げる事になりますけど。それでもよろしいですか?」
「それで構わないわ。姉さんと滝瀬宮様がわかって下さればいいのよ」
私が答えると周防はすっと立ち上がった。産着や帯におしめ用の布地を取りに行ったらしい。小式部も付いていく。それを見送ったのだった。
この日から小式部と周防の指導で産着を作成した。まずは型紙を作りそれに合わせて布地を鋏で裁断する。そうしてから縫製がスタートした。首から膝にかけての部分を小式部と私が担当する。袖の部分を周防が担当した。ちくちくと縫っていく。ちょっとずつ出来上がっていくが。けど小式部には敵わない。さすがにお裁縫が得意なだけはあった。
「……女御様。ちょっと休憩しましょう。ずっと三日前からなさっていますし。夜更かしをなさっていたのではないですか?」
「う。わかっていたのね」
「それくらいは存じております。ささ、針は止めて。葛湯と果物をお持ちします」
周防が言う。仕方なく針を止めた。小式部も苦笑しながら針を止めて片付けを始めた。周防は立ち上がって台盤所にまで行ってしまう。
「……お疲れ様です。だいぶ、上達なさいましたね」
「うん。小式部と周防の教え方が上手なおかげだわ」
「ふふっ。お褒めいただけて嬉しいです。でも無理は禁物ですわ」
小式部が笑顔でチクリと言う。まあ、その通りなので肩を竦めた。私はふと庭を眺める。雪が降り積もっていて銀世界といえる感じになっていた。その後、戻ってきた周防が葛湯と果物を持ってきてくれる。それを食べながら一息ついたのだった。