二十一話、蜜月
翌日、三日夜の儀式は無事に終わったようだ。
春仁様はまだいる。私にべったりくっついていた。はっきり言うとうざったい。失礼とはいえ、そう思ってしまうのは否めなかった。まあ、寒い季節だから温かくはあるが。
「……春仁様」
「……何か?」
私はため息をつきながら呼びかけた。春仁様はご満悦の表情だ。
「何かじゃないですよ。もういい加減に離れてください!」
「嫌だね。風香は俺を疑ったから。ちょっとはわからせようと思って」
「言っている意味がイマイチわからないわ……」
つい、敬語なしで言うと春仁様はニヤッと笑った。嫌な感じの表情だが。私は呆れて半目で見た。
「……風香。そんな顔をするな。不細工だぞ」
「なっ。不細工ですって。あんたに言われたくないわ!!」
「へえ。自覚はあるのか」
「……きぃーっ。悪かったわね。末摘花みたいで!」
「……ははっ。からかい甲斐があるな」
私は春仁様にいじられた事に気付いてぜいぜいと肩で息をする。じろっと睨む。向こうは面白そうにしていた。
「春仁様。私の事をからかっていたのね」
「やっと気づいたか。存外、鈍いな」
「……不細工だとか鈍いだとか。酷いこと言うわね」
余計に私の気分は急降下する。春仁様はさらに機嫌が良くなったようだ。いわゆるこの人。ど○なの?
「春仁様って。苛虐癖があるの?」
「……苛虐癖ねえ。ちょっとあるかもね。好きな女人ほど苛めたくはなるな」
うわあ。この人、モノホンだあ!!鳥肌が立って咄嗟に離れた。けどがっちり腕を掴まれて阻まれた。
「風香。君はわかっていないな。昨日は好きじゃないと言ったが。あれは嘘だよ」
「はあっ!?」
大声で言うとからからと笑われた。やっぱり嫌な奴だ!!胸中でそう叫んだのだった。
私は翌日から春仁様とくっつかない事にした。いくら何でも不細工とかありえない。気分は最悪だ。こんな苛めてくる奴、嫌いよ。
「風香。昨日は悪かったよ。言い過ぎた」
「……」
「本当に反省はしているんだよ?」
ぷいっとそっぽを向く。簡単には許してやらないんだから。はっきり言って顔を見たくもないのに。けど夫婦だから仕方ない。というか、他の人に代わってほしいくらいだわ。
「……嫌そうだね」
「………」
「わかった。俺は塗籠にいるから。夜になったら知らせてくれ。周防」
「……かしこまりました」
「ではね。風香」
春仁様はそう言ってすっと立ち上がった。そのまま、塗籠へと行ってしまう。勝手にすればと思った。私は横目で見たが。無視を決め込んだのだった。
本当に夜になるまで春仁様は出てこなかった。周防がそっと近くにやってくる。
「……女御様。もう機嫌を直してくださいませ」
「……そんな簡単には直らないわよ。春仁様が悪いんだから」
周防は苦笑いした。それでも私は口を尖らせる。我ながら子供っぽいのはわかっているが。あの人、私をいたぶって楽しんでいたようだし。長い時間は一緒にいたくない。
「仕方ありませんね。まあ。宮様に非がありますし。今日はお一人で休まれますか?」
「そうするわ。宿直を頼むわね」
「……わかりました。今日は朝までお側にいます」
周防がいてくれたら安心ね。ほっと胸を撫で下ろした。今夜くらいは春仁様抜きでもいっか。
「それにしても。お腹が減ったわ」
「……ふふっ。もう戌の刻ですものね。夕餉をお持ちします」
私は「お願いね」と言う。周防は頷いて静かに退出する。それを見送ったのだった。
半刻もしない内に周防がもう一人の女房と共に夕餉のお膳を持ってきた。何故か、隣には春仁様がいる。ちょっと気まずそうにはしているが。
「……ほう。今日は鮑の羹か」
「……ええ。殿の家司をしていた伊予守からの献上品です」
春仁様はにっこりと一気に笑顔になった。反対に私は黙々と湯漬けのご飯をかきこむ。大根のにいらぎを口に運んだ。パリパリといい音がなるが。それすら腹立たしい。ムカムカする気持ちを抑えながら鮑の羹も食べた。令和の時代だったら滅多に口にできない高級食材だ。よく味わいながら噛みしめる。美味しい。山菜の汁物も啜った。
「ふむ。うまいな」
「お口に合ったのならようございました」
「ああ。この汁物もな」
和やかに周防と春仁様は話している。無視をしながら食事を続けた。私は空気よ、空気。あの二人は気にしない。そう念じながら完食する。もう一人の女房に目配せをした。すぐに気付いてこちらにやってくる。
「……ご馳走様。もういいわ」
「……かしこまりまして」
女房は手短に答えるとお膳を持って部屋を出て行った。私も立ち上がった。黙って寝所に行ったが。当然ながら灯明がない。手探りで戻ることになった。
(……何なのよ。周防といちゃいちゃしちゃってさ。もう春仁様なんて知らない!!)
もやもやする。ドロドロしたのも混じって息が詰まりそうだ。入内なんてするんじゃなかった。こんな想いを抱えるくらいまら出家をしたい。いつの間にかぽたぽたと涙が流れ落ちていた。それを袖で拭う。泣いちゃダメ。私は寝所にたどり着くと几帳をどけて中に入る。上に羽織っていた袿を脱いで横になった。そのまま、静かに泣き続けたのだった。