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十五話、再会

  私と姉さんに探るような目を宮様は向けた。


  どうしたものかと焦る。私が慌てていたら姉さんが前に出てきた。靖忠さんもちょっと気まずそうだ。


「……やっぱり裕介さんは勘がいいわね」


「……俺の前世の名を知っているとはね。あんた、何者だ?」


「あたしの名前は香屋子。前世の名は斉藤 裕子です」


  姉さんがはっきりと言うと宮様は目を開いた。驚いているらしい。私と靖忠さんは言っていいのかと二人を注視するが。宮様は少しの間、黙っていた。少し経ってから姉さんを見て笑い出した。


「……ははっ。面白い。俺の妻の名を名乗るとはな。しかも男ではなく女だったとは」


「笑われる筋合いはありませんけど」


「くくっ。悪いな。そうか。あんた、あの左大臣家の一の姫か」


「……あたしの事を知っているのね」


「ああ。香屋子姫といったか。あんた。さっき、裕子の名を言っていたが。前世の記憶でもありそうだな」


「ええ。おっしゃる通りです。証拠と言われても困りますけど」


  今度こそ宮様はお腹を抱えて笑い出したが。姉さんはまっすぐに見つめている。


「……なるほど。香屋子姫。じゃじゃ馬の一の姫、あんたは俺に何の用があって来た。それを言わないと妹共々追い出すぞ」


「追い出すだなんて無粋な事を仰いますね。まあいいわ。あたしは前世の旦那を探しにここまで来ました。どうやら、こちらにいるとそちらの陰陽師殿も言いますので」


「前世の旦那ねえ。で、俺の元を訪ねて来たってわけか」


「……そうよ。滝瀬宮様。あなたの前世の名は斉藤 裕介。違いますか?」


「……確かに俺の名は斉藤 裕介だ。じゃあ、聞こうか。香屋子姫。旧姓は覚えているのかな?」


「確か。上野だったわね」


「正解。本当に覚えていたとはね。香屋子姫。いや、裕子。まさか、お前から会いに来るとは思わなかったよ」


  そう言って宮様は苦笑した。姉さんは泣きそうな表情になる。私は部屋を出ようとした。靖忠さんも続く。


「……じゃあ。私と靖忠さんは外にいるね。良かったね。裕子さん」


「……ええ。協力してくれて感謝しているわ。ありがとう。風香、靖忠さん」


「私は何もしていませんよ。でも宮様と無事にお会いできて胸を撫で下ろしています」


  靖忠さんが言うと姉さん--裕子さんは泣き笑いの表情になった。私は靖忠さんを伴って部屋を出たのだった。


  その後、私達は宮様の別邸に一泊する事になった。理由は夕方だったからだ。このまま、帰ると危ないからと宮様付きの女房である文野さんという女性が言ってきた。裕子さんもゆっくりと話したいからと言うのでそのまま泊まらせていただく事になった。靖忠さんは同行してくれた従者や牛飼童を呼ぶために一旦別邸を出ていく。私は一人で文野さんに先導してもらいながら廊下を歩いた。


「……あの。小君様。こんな辺鄙な所なので大したものはお出しできませんけど」


「……いえ。構いません。むしろ、突然押しかけてしまって。申し訳ないなと思っています」


「あら。謝らなくてもいいのですよ」


「そういうわけにもいきませんから。僕達の事はお気になさらずに」


「……ふふっ。小君様はお優しいのですね。そうですね。では川魚で鮎がありますから。塩焼きにでもしてお出しします」


「ありがとうございます」


  お礼を言うと文野さんはさらに笑った。その後、部屋にまで連れてきてもらう。


「では。一旦失礼しますね」


「わかりました」


  文野さんは丁寧に手をつくと部屋を出ていく。それを見送ったのだった。


  半刻程して文野さんは夕餉のお膳を持ってきてくれた。湯漬けのご飯に大根のにいらぎ、山菜のお汁、鮎の塩焼き、珍しい芋粥もある。


「……うん。美味しそう」


「たんと召し上がってくださいね」


「ええ。じゃあ。いただきます」


  お箸を取って山菜のお汁を啜った。じんわりと冷えた身体に染み渡る。薄味だけど美味しい。鮎の塩焼きも塩味が効いていた。香ばしくて頬が落ちそうなくらいだ。湯漬けのご飯と一緒に食べながら舌鼓を打ったのだった。


  芋粥を最後にデザートとして食べた。自然薯を薄切りにして甘葛のシロップで煮込んだお料理である。甘みが効いているしホクホクしていた。


「……ご馳走さまでした」


「……全部召し上がったのですね」


「あ。駄目でしたか?」


「いえ。逆に好き嫌いがなくて良いと思いました」


「……なら良かったです。美味しかったです」


  素直に言うと文野さんはにっこりと嬉しそうに笑った。ちょっと驚いてしまう。


「ふふっ。そう言っていただけてほっとしました。頑張って作った甲斐があったというものです」


「え。これを全部作ったのですか?」


「ええ。宮様は大勢の人がいるのを厭われて。最小限の人数でやっています」


  へえとなる。どうやら、滝瀬宮様は人嫌いらしい。道理で姉さんや私の事を疑って見ていたわけだ。


「……お代わりはありませんか?」


「いえ。もうお腹いっぱいです」


「そうですか。でしたらおさげしますね」


  文野さんはお膳を持って部屋を出て行った。私は不意に姉さんの事が気にかかる。どうしているかな。後で靖忠さんに聞きに行こうと決めたのだった。

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