もう一人の魔王
魔王は、わけの分からない異常事態に対し、現状把握のための観察を続ける。
だがいまだに『不気味なもの』の正体がわからなかった。
ただ、曖昧にだが、一つだけ確実に分かったこと。
そうそれは、相手は、何か自分と『同格の何か』を、瞬間的に召喚することができるのだ。
たった今、魔王は、余裕しゃくしゃくでアリを踏みつぶそうとしていたゾウの気分だった。
何故ならば、その攻撃のいくつもが、ただの人間には防御すら不可能な攻撃だったからだ。
例えば、亜空間攻撃。障壁を貫通して生身へとダメージを与える攻撃。
それですら無傷で防いだ。となると、相手は自信と同じ神レベルの存在を扱えるということになる。
(まさか・・!!忌々しいあの種族と契約を・・!!!??)
彼の脳裏に、ある記憶がよみがえる。
『魔王』、その世界を食らう悪しき種族は、必ずしも全宇宙最強の生命体ではない。
彼らを駆逐することも可能な、魔王が言うところの『正義面』した種族も存在する。
その、過去に圧倒的実力で踏みつぶされた経験。DNAに刻まれたその恐怖が魔王の中に生まれていた。
『踏みつぶす』『自分よりも弱者をいたぶる』『だます』という姑息な手をこのんで常用してきた魔王にとって、いきなりの逆境。
もしこれがいっぱしの冒険者ならば、ここまでの動揺は無かったであろう。
一瞬ちらつく、撤退という二文字。
しかし・・それは不可能な話だった。
魔王城とは、見ての通りタダの城ではない。
根を地下に張り巡らせている、いわば魔王の肉体の一部、いや大部分だといってもいいのだ。
もしこの状態でこの世界から逃げるには、少なくとも数時間はかかるだろう。
つまり・・とらざるをえない手は、目の前の不気味な存在と戦うこと。
それしかない。
故に、笑う。
「ククク・・ッ!!おも、しろいではないか・・!!!」
「そう・・・」
その言葉の返事を待たずに、魔王は仕掛けた。
死角から飛ばす、不可視なほど細く小さい針状の攻撃。
小さいといっても、それはドラゴンの鱗すら貫通するほどの威力があり、、
それが幾重にも優斗の急所をとらえる。
コンマ1秒もない。まさしく瞬殺の攻撃。
普通ならこれで勝負は決まる。
優斗はそれに反応する様子は見せず、事実それは優斗に直撃する。
(決まったッッ!!)
なのに・・
キンッ!
「・・・なん・・!!」
弾いた。
優斗の肌に突き刺さる直前。
何かが優斗の体から小さい何かが出てきてそれを弾き返したのである。
(ぐっ・・・!!ならば)
さらに、魔王は一瞬で絶命するほどの毒ガスを空間に満たす。
しかしそれも、何事もなかったかのように平然としている。
(だったら・・!!)
そのあと、次々と魔王は、あらゆる攻撃を放ち続けた。
オリハルコンすら焼き切るほどの電撃。
空間ごと削りとる闇魔法。
あらゆるものを解かす酸の雨。
寄生して養分を吸い取る木の実。
この世界のどんな金属よりも固く鋭い剣。
だが・・どれをしても、彼は死ななかった。
ただ、悲しそうな、怒っているような、それともなんとも思っていないかのような、複雑な目で相手を見ていた。
それに対し、魔王は恥辱と怒りにまみれた傲慢な子供のように、叫ぶことしかできない。
「なぜだ・・・!!!なぜ効かない?!!!答えろ優斗おおおおおおおおおおお!!!お前は一体・・何をした!!!」
「まだわからないのか?」
そして・・優斗は、
ここにきてようやく『動いた』。
「っ!!!!???」
いや、動いたというのは御幣があるかもしれない。
それは、変質といってもいいだろう。
彼はモーフィングのように、徐々に姿かたちを変化させて、何かになろうとしていた。
それに対し、咄嗟に魔王は好機と思いワンチャン攻撃を加えたが・・・先ほどと同じく跳ね返されるのみ。見ることしかできなかった。
そして、その『姿』が完成すると、魔王は目を見開く。
「ど・・・どういうことだ・・・??!!!」
彼がどんな異形に変形したとしても、だ。
多数の化け物を生み、化け物を侍らせている魔王がそこまで驚くことではない。
普通はそう思うだろう。
だが、実際そこにいたのは、化け物の姿だった。
そう、間違いなく、
まぎれもないく、そこにいたのは、
「ククククック・・・!!」
まぎれもない『魔王自身』だったのだから。
そう、優斗が変形したのは、今の魔王の姿と全く同じ。
いつか彼の友人が化け物に変質した姿の・・グレードアップバージョンといえばいいだろうか。
体のあちこちに牙や目が付いている、まさしく魔王といった姿だが、、
「な・・・・・・ッ?」
もし、優斗が姿かたち『のみ』を似せているだけであったのならば、
魔王がここまで驚くことはなかっただろう。
しかし、彼は感じていた。
優斗が『自身と全く同じ存在』になったということを。、
そう、化け物に変形したと同時に、内包する『エネルギー』、果ては『オーラの色』までもが自分とうり二つになってしまったのだ。
どちらが本物か、区別がつかないほどに。
『オーラの色』というのは、例えるならば指紋のようなもの。
似ているだけならまだしも、全く同じものがこの世に存在するのは奇跡に等しい。
いわばその存在の本質を表す、個性なのだ。性格、人格とも言ってよい。
だが、、目の前の存在はそれまでもが自信と同じ存在になってしまったのである。
つまりそれは、目の前の優斗という存在は消え失せて、
『魔王自身に変化』したといっても過言ではない。
そのことに、数舜遅れて気が付いたとき、魔王は・・・
「はは、ハハハハハ」
乾いた笑いを上げた。
「どうやったのかは、わからないが・・・なるほど、それがお前の奥の手か・・・?
ククク・・馬鹿な奴め・・!!私になろうとするとは、、!!!
つまりお前も俺になったということよ!!わざわざ我の仲間を作り出したにすぎん!!!」
そう勝鬨を上げる。
そして、無防備にも手を差し出して、
「さあ、お前のエネルギーをよこせ!!そして死ね!!!
お前は我なのだから!!我の目的を達成するために我の言う通りにしろ!!」
いう通り、相手の内包する膨大なエネルギーを吸い取ろうとした。
そう、魔王は錯乱していた。
目の前のありえない状況に
魔王の考える通りならば、わざわざ優斗は魔王にエサを持ってきたということなのだ。
そんなことをする相手ではないということは、本人もよくわかっているだろうに。
そして、、仮に、
目の前にいる存在が、自身と同じ魔王だったとして、、一つ問題があった。
エネルギーを奪おうとしたその時、相手はその手を払い、逆に・・・
「ぐっ!!!!」
手を当てて『逆にエネルギーを吸い取ってきた』のである。
「なっ、何をする!!ヤメロ!!!!!!」
すぐさま離れる魔王。
「貴様が我ならば、何故われの邪魔をする!!この世界を滅ぼしたくはないのか!!」
それに対し、目の前の『魔王』は、
首をかしげながら答える。
「何を言う?貴様こそわれの糧になればいいではないか。
何故ならばお前は我なのだろう?この世界を滅ぼしたくはないのか?」
「っ!」
そして、ようやく気が付いた。
目の前にいる存在が、自身と同じならば、その目的も同じ。
そう、『相手も同様』にこちらのエネルギーを狙っているのだ。
「クックックック・・・!!何を恐れる?さあ、すべてを差し出せ」
「ッッッ!!!!!」
『恐怖』。
自身と同じような行動。自身と同じような口調。
冒涜、侮辱されたという、驕り高ぶった存在にアリがちな感情ではない。
まさしく、踏みつぶされるアリの気持ちを、今魔王は正しく理解したといってもいいだろう。
だが・・・それでも、
魔王には目の前の存在に対する『確定的なアドバンテージ』を持っていた。
「死ね!!!!!!!」
「・・む?」
魔王は、先ほどと同じように、肉の壁による圧殺を試みる。
そう、魔王城。
優斗には通用しなかった圧殺。
だが、今ならば、
先ほどまでの優斗はもういない。
ただの『自分』ならば、『魔王城』というアドバンテージがある分だけこちらが有利。
そう思った彼は、先ほど行ったような圧殺を試みる。
結論から言えば・・
「やめっ、やめろっ!!私は、、私は魔王!」
肉塊の中で、必死にもがこうとする、『魔王』は。ついに、
「世界を食らいつくすためには貴様の力が・・・!!!!」
その言葉を待たずに、
ブチィッ!!!
「はぁ・・はぁ・・」
偽物の魔王は消えたというのに、『魔王』の動揺は晴れない。