魔王の猛攻
そして・・場所は魔王城に移る。
魔王は、優斗の友人・・今や醜い化け物になった彼のしもべに『命令』し、攻撃をさせていた。
両拳による単純な連続攻撃。
「グォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」
だがそれは実質工業用ミキサーのようなもの。
全身からおびただしく生えた無数の牙、その振動、および破壊的魔力によって、触れることはおろか近づいただけでほぼ全ての生命体はその活動を停止するだろう。
だが・・しかし。
「・・・!!」
魔王は予想外の展開に目を見開く。
「これで終わりか?」
優斗は平然と立っていた。
先ほどから、一切動くことはなかった。
ならば、先ほどの嵐のような猛攻撃一つ一つに対し、瞬時にガードしていたのだろうか?
その神業と言える所業は、確かに今の優斗にとって、できないことではないが・・
だが、違う。
それにしては、全く発汗や呼吸が変わっていない。
先ほどのすべての攻撃を防御し、何ら代謝が変化しないのは、生体的に明らかに不自然。
「ククク・・ならば」
それに対し、魔王は『今のとは違う』攻撃の開始を命令する。
「これはどうだ?」
命令を受け、『怪物』が、両手を広げると、瞬時に周囲の邪気が前面に集まり、そして、
「ガウウウウウウウウウウウウウウウウウウ!!!」
チャージ時間もコンマ秒もないだろう。
絶叫とともに放出される、幾重ものレーザーを放射状に射出。
これは先ほどの物理特化の連打とは違う。
愚かにも防御しようとしたものを原子ごと破壊する類のものだ。
そしてそれは一方向からのものではない。
魔王城の内部を乱反射させる。
あらゆる方向から対象をチリに還そうとしていた。
だが、その攻撃が優斗に接触したその瞬間。
フッ
と。
優斗が消える。
そして、また別のところから現れた。
さらにまたそれに対してレーザーが直撃し、また消える。そしてまた現れる。
それはまるで、優斗の姿が幾重にも現れては消え、点滅を繰り返しているようだった。
そう、まるで、、
魔王が得心が言ったかのようにつぶやく。
「なるほどな。『分身』・・か。
それも高度な。無駄の一切ない完璧な分身。質量を持った残像・・」
「その通り・・」
そう、優斗が行っているのは、自らのコピー・・いや、同一の存在を別の空間に出現させ、l
さらにレーザーが直撃する寸前で姿を隠し、この空間に自らの体を維持していたのだった。
だが、しかし、それは・・
(単なる距離のテレポートと変わらないッッッ!!!)
そう考えた魔王は、魔王城を収縮させる。
ググググ・・と。
周囲の血管のの浮いた有機的な壁が迫りくるのを感じ、優斗は周囲を見回した。
(いくら転移できるといっても、必ずどこかの空間に存在していなければならない・・!!
さらに、遠距離転移できないよう、たった今、この空間を魔法禁止にした!!!)
そう、先ほどまでの攻撃はブラフ。
周辺の魔法領域に自分のオーラを満たし、どんな使い手だったとしても魔法を使えないように、いわばジャミングしていたのである。
これによって、相手は己の肉体一つで周辺の肉壁に立ち向かわなければならない。
それは、ステータスで強化している優斗でさえも、難しいことだろう。
その圧力、数億トン。アリがゾウに踏みつぶされるようなものだ。
そして、それに対し優斗も、瞬間移動ができなくなったのか、・・
「・・・・・」
その場でじっととどまって、肉の壁が迫りくるのをただ何もせずに立っている。
これが、絶対絶命と言わずしてなんといえようか。
どう見ても、確実に目の前の対象の命が潰えようとしていることを確信した魔王。
そして彼は、勝利の瞬間、、『安堵』『安心』から叫ぶ。
「終わったのはお前のほうだったなッっ!!」
その時、ふと、魔王は、
(・・・・?)
内心、ほっとしている自分に気が付く。
そう、それは、絶対的強者ならば本来ありえないはずの精神的概念。
本物の強者ならば、どんな強い敵でも雑魚として一蹴できるはず。
そして何かにおびえることなく行動できるはずだ。
だが、今この時魔王のうちにあったもの・・それは、
『安堵』。
やっと、忌々しい因縁を断ち切れたという安心感。
目の前の『脅威』を排除できたという、開放感。
それはすなわち、魔王は優斗を、自らの命を脅かす存在だと確信していたのである。
そのことに気が付いた魔王は・・激怒した。
(こんなちっぽけな、、人間ごときに・・・ッッッ!!!)
ここまで自分の平穏を脅かした相手への怒り。そして、見下していた相手にしてやられていたという屈辱。
だが・・
「ハハハ・・・・」
すぐに魔王は気持ちを落ち着かせた。
「アーッハhッハッハhッハ!!!!」
そう、すべては『終わった』のである。
魔王の命を脅かす存在は、たった今一つの肉片となってこの世から永遠に失われたのだ。
ならば・・あんな悪夢のような存在は、早々に忘れたほうがいい。
そう思った魔王は、魔王城の形状を元に戻しつつ、身をひるがえして怪物に元の仕事をしろと命令を送った。
そして、この世界を滅ぼした後、手に入るであろう莫大なエネルギーのことを考えながら、その瞬間までくつろいで過ごす・・。
そのはずだった。
(待てよ・・・・?)
何かを忘れている。
ここまで来た狡猾な魔王が、たった今見落とした重要な『確認作業』。
そう、それは『死亡確認』。
今殺したと思われる優斗の死体を、魔王は目に入れていない。
そのことに若干の違和感を感じた。
用意周到なはずの自分が、こんな重要なことを忘れるだなんて。
だが、
(・・・・・?)
しかし、そのことに対し思考を追求することはしない。
(まあいいか。どうせこの世界は破壊される。確認するまでもな・・)
なぜならば、彼は『恐れていた』からだ。
目の前の、絶対に倒せない存在。
魔王という存在の絶対的な天敵である、斎藤優斗という存在に。
「・・・誰が、終わったって?」
「・・・・!!!!」
声にならない絶叫。
外見からはあり得ないほど、今の魔王は精神的な動揺が酷かった。
その時、魔王は、遅れながら気が付いた。
さきほどの肉の壁による圧殺。
それに対し優斗は何ら抵抗を見せず、何の魔法も使わなかった。
だというのに、何の肉のつぶれる音も、感触も感じることができなかったのである。
そう、彼が肉の壁の触覚から感じ取ったのは、、『何か酷く不気味なもの』。
正体不明の『それ』が肉の壁を押し返すように、何かが優斗を守ったのだ。
たった今、魔王はそれを無意識に現実逃避していたのである。
(・・・っ!!!)
魔王は、確信する。
何か、『ある』。
自らの生存本能のセンサーが、過敏に反応している。
かつて魔王は、ここまで強烈に死の気配を感じたことはなかった。
油断ならぬと彼は一気に体中の神経を集中させる。