幕間 ある少女の幸運【前編】(読み飛ばし可)
マルチバース。この大宇宙には、いくつもの小宇宙、数えきれないほどの様々な世界がある。
当然、この異世界は、優斗たちの元居た世界とは異なる。
その大きな一つが、低位の善良な神によって意図的に作られたものだということだ。
それゆえに、天然に作られた世界と違い、多少の不具合、偶然によっていくらでも災害がおき、人が住めないほど壊れる可能性があった。
ゆえに、この異世界は、神々による管理が必要なのである。
ここでは神は唯一のものではなく、寡黙でもない。多くの神が活動的にこの異世界で働いているのだ。
転生を受け持っている神もその中の一つにすぎない。
が、今現在、その業務は特殊なものとなっている。
そう、この異世界で起こった一大イベント。魔王降臨。
現在最も重要な役目を担っていると言っても過言ではない。
転生の神々は勇者となる魂を、大量に異世界に転生させる作業に追われていた。
そして、今まさに一人の少女が転生されようとしていた。
「・・・あれ?ここはどこー?」
名前はリョウコ。年齢は中学生だ。
リョウコは現世において、道に生えていた毒キノコを食べて死んだ少女だった。
そして、神が現れる。
「だ、だれ?!」
「私は神だ」
神はなれたものだった。
流れ作業で今日も何人もの勇者世界に送り込んでいるのだ。
いつも通りに彼はしゃべる。
「突然だが君は死んだ。だが、チャンスをやろう。
お前は魔王を討伐するために勇者となるのならば、、、」
「ゆーしゃってなに?食べられるの?」
「異世界に転生してくれれば、色々な特典が、、む?」
何やら様子がおかしかいと神は思った。
ほとんどの人は、自分が死んだことに驚いたり、悲しんだり、あるいは逆にこの状況を喜んだりしたものだが、
しかしこの子は中学生くらいの年齢なのに、何か幼い・・というか馬鹿な性格なのだろうと感じた。
仕方ない、、と神は、かみ砕いていう
「そ、そうだな・・勇者っていうのは、魔王を倒す強い人のことだ」
「えー、でも魔王可哀そう・・勇者ひどい!!」
「いや、魔王のほうが悪い奴なんだ。次元を渡り、世界を壊している酷い奴なんだよ」
「そうなの?だったら魔王ひどい!勇者偉い!!」
「そうだろうそうだろう。
というわけで、お前にも異世界で勇者となってほしいのだが、、勇者になりたいか?」
「なりたい!」
「じゃあ、魔王を倒すために力を与えよう」
「やったー!!あっ、でもタダより安いものはないってママが言ってたし・・」
「・・・え?」
「それに知らないおじさんについて言っちゃいけないって・・」
「お、おじさん・・」
神は何かショックを受けた。対応する魂には多少傲慢にふるまうものもいたにはいたが、ここまで空気の読めないものもいなかったのだ。
「うっ・・」
神は少しうつむいて涙目になったが、、それを見て彼女は可哀そうだと思った。
故に、よく考えずに、了承することにした。
「泣かないで!!えっと、、、で、でも、困っている人をほおっておいちゃいけないっても言ってたから、やるー!」
「は、はぁ・・」
何か調子が狂うと思った神だが、どうやら了承してくれたみたいなので、気が変わらないうちに処理を施した。
「・・よし、では・・」
「じゃあいってきまーす!!」
そう言って精神世界を明後日の方向に走っていく。
「え?!どこいったんだ?!」
見失う神。ちなみに再び彼女を捕まえるのに三時間くらいかかった。
ともかく、多少トラブルはあったが、こうして彼女は異世界へと旅立った。
彼女は特徴として、中学生にしては頭が足りなく、そしてトラブルメーカー。
しかし同時に、どこまでもお人よし。
実力はともかく、そういった道徳、、いや精神面で。彼女以上に、勇者として相応しいものもそうはいないだろう。おそらく。
リョウコが異世界に転生してから、色々な事件トラブルが起こった。
だが、少なくともリョウコは今、勇者として元気に冒険を続けている。
それは、彼女の仲間の尽力が大きいだろう。
仲間は中学生男子が二人。
眼鏡をかけている秀才的なシュウジ、そして悪ガキながらも元気系なリュウタ。
彼らは同時に同じ場所に転送されてきた仲だ。
「なあ、魔王倒しに行こうぜ」が口癖のリュウタ。
特技は格闘術であり、元の世界では空手の全国大会にまで言ったことがある。
「計算通りです」が、シュウジの口癖。
彼は若いながらも論文を読むことが趣味であり、この世界でもその特性を反映して賢者のジョブを持っている。
そう、彼ら二人は、若すぎるとはいえ、冒険者としてみるならば優秀すぎうるほどだった。
だが、リョウコ。
彼女の持つスキルは、異世界言語、アイテム収納、そして一定時間ステータスが3倍になるスキルという、きわめて平凡なものだった。
そして戦闘センスも皆無で、スキルも何も考えずに連発してしまい、いつもバテてしまう
かつ、彼女はトラブルメーカー。そしてバカ。
つい先日などは、ポケットにスライムを入れて町に入ったせいで、大騒動になるところだったのだ。そういうことが良くあるのである。
いつも彼女のヘマに、男の子二人は辟易していた。
だが、そんなリョウコのことを、
彼らリョウタ、シュウジは見放そうとしなかった。
それは別に彼らがお人よしだからだとかそういうわけではない。
・・・その理由については後に説明するとしよう。
さて、そんな彼らに、ある日、活動の転機がやってきた。
宿で朝食をとっていると、賢者クラスのシュウジが走ってきてこういう。
「おい!!遠くの国で、魔王が出没したらしい!!」
「な、なんですって!?」
話を聞くところによれば、どうやら魔王はスライム状に分割しているらしく、ほとんどは勇者が全滅させたらしいが、万が一まだ残っているかもしれないというのだ。
ゆえに他の国から冒険者、勇者を招集しているという。
「僕たちも行きましょう!!リュウタさん!!」
分裂したとはいえ、魔王の経験値は莫大なものだとうわさされており、そこには多くの人々が集まった。
たとえ魔王を倒せなくとも、探すだけでクエスト報酬が貰えるとあり、損することはない。いや、たとえそうでなくとも、彼らのやる気はあった。
「うおおおお!!ついに魔王討伐か!!1」
「そうですね!!悪い奴は生かしておけません!!」
「そうだよっ!!魔王は私が倒すんだから!!」
「「・・・・え?」」
だが、、男二人は同時に彼女を見た。
そして、手を顔の前でひらひらさせる。
「いや、お前には無理だろ。常識的に考えて」
「えっ?!」
心底ガーンと言った顔で彼女は泣きべそをかいた。
それにとどめを刺すように、
「だって、貴方・・・超ドジでしょう?」
「そ、そ、、、そんなことないよー!!うえーん!!」
「・・・・・」
リュウタとシュウジは思い返す。
回復役を爆弾と勘違いして仲間に投げたり、回復役を敵にぶつけたり、、
生えてた毒きのこを食べて中毒になって急いで町に帰ったり、
危うく怖い冒険者の怒りを買うところだったハプニングの数々を。
だいたい、彼女の戦闘スタイルは、剣を持ってやみくもに突撃して振り回すといった、脳筋スタイル。
一応勇者特有のステータスで、雑魚モンスターはなんとかなるのだが、、
多少素早いモンスターになるとお手上げなのである。
戦闘においては、タンク的な役割を兼ねているので、一応無能とまでは言わないが、
リュウタとシュウジは、彼女が中学生でなくもっと大人ならば、別の人とメンバーを入れ替えたいと常日頃から感じていた。
それほどまでに彼女の隣にいると気苦労が絶えないのである。
ゆえに、戦闘ではないお使いクエストにおいては、バラバラに行動することもあった。今回の魔王討伐もそのつもりである。
馬車に乗って数日かけて、その国へと到着する。
彼らはギルドにクエストを受諾し、魔王討伐の証拠として、目玉型の使い魔をそれぞれ受け取った。
「さて、クエスト期限までに、どっちが魔王を倒せるか勝負だな!!」
「ああ!!」「負けないよー!!」
彼らは分散していく。
リョウコはきょろきょろと町を見渡し、ゴミ箱をあさってみる。
「魔王さーん!返事してー!!」
当然、そこは既に探しつくされている場所ゆえに、魔王がいるはずもなかった。
その後、井戸の中、下水道の中を捜索するも、、既にそこには自分たちと同じクエストを受けた冒険者がいることも珍しくない。
空にも冒険者たちの大量の使い魔が飛んでいる。
普通に考えれば、このクエストは参加費だけを目当てにするべきであったが、、彼女はクエスト期限までに見つけようと、本気で魔王を探していた。
「はぁ、、今日もダメだったなー」
そんなある日、夕暮れの中、彼女は宿へと戻ろうと足を進めていた。
事件はその時に起こる。
「・・・」
ざっざっざと。
何やら暗い表情で移動する集団がいた。
彼らを見て、不審がる人はいるが、しかし触らぬ神にたたりなしとスルーしているのがほとんどだ。
「あれ・・!!?」
リョウコはそれを見て、何か胸騒ぎがした。
(よく分からないけど・・なんか嫌な予感がするよっ!!)
とりあえず後を付けることにした。
彼女はあずかり知れぬことではあるが、実はその一同はアンジェリカとかかわりの深いパーティ、『ダークブレイカー』の面々だった。
彼らは数日前、魔王に誘惑され、アンジェリカの前に立ちふさがった。
そして全員敗北したのである。
その事件を機に、彼らは心を改めた。
もう、彼女に関わるのはやめよう。そう彼らは満場一致したのだ。
だが、心を入れ替えたと言っても、良い兆候とは言えなかった。
その後に残ったのは懺悔の気持ち。
魔王にそそのかされたとはいえ、アンジェリカに剣を向けてしまった。
それだけでなく、今まで無実の優斗を貶めていたことを悔いた一同は毎日反省しあっていたのだ。
それは決して前向きなものではなく、後ろ向きなものだ。
自分がどんなに醜い存在なのかを、毎日語り合ったのである。
そして、その重苦しい空気が最骨頂に達した時、誰かが言った。
「なあ、俺たち・・生きている価値あるのかな・・?」
「・・ないな」
「だったら・・もう終わりにしないか?」
「・・・そうだな」
そう、リョウコが見た彼らは、今まさに集団自殺をしようとしていたのだ。
彼らは今から森に行って帰ることをせずモンスターと戦い続けるつもりなのである。
戦いの中で死ぬことこそ、冒険者としての本懐だと思ったのか、彼らはそうやって自殺することを選んだのだ。
「皆、ポーションは置いてきたな」
「ああ・・後は戦うだけだ」
そんな会話をしながら、その後を付ける一人の少女の陰に、誰も気が付かなかった。