しがらみへの拒否
集合した僕らは、さっそく城から出て、街中を歩きながら話し合う。
まず口を切ったのは東堂。緊張を高めながら注意喚起を行った。
「そういえば皆、気を付けろよ。
門兵が、数日前に何か不審な気配を感じたらしい。
それも、この世のものとは思えない、邪悪な気配をな」
「!!」
瞬間、ピリピリとした緊張が廻った。
東堂は、冒険が終わると城の兵士たちと訓練を重ねていたらしい。
ゆえに聞き出せたのだろうが、彼のその情報は到底看過できるものではなかった。
「それって、もしかして、魔王?!」
「ああ。どうやらそのようだ。兵士たちは俺たちに心配を掛けさせたくないからと黙っていたらしいがな」
あの魔王特有の邪悪なオーラ。
長距離からも届くあの気配が、この世界に二つもあるとは思えない。
完全体ではないにせよ、一国なら滅ぼせるかもしれないのだ。
そうなると気になるのはこの国の安全だ。
そう思っていると、さっそく西園寺が同じことを尋ねる。
「だったら大丈夫なの?これから私たちは出発するわけだけど・・」
「ああ、心配いらない。
完全復活の魔王ならまだしも、優斗さんが与えたダメージが利いたのだろう。邪気と言えども、魔王らしからぬ弱弱しい微弱なものだったらしい。
この程度ならば何とか冒険者たちをかき集めれば対処可能とのことだ」
「そっか・・よかったわね」
その言葉を聞いて僕も安心した。
やはり、魔王が召喚されたあの時、僕の悪あがきの攻撃は、確実に魔王をむしばんでいたようだ。
「優斗様、あなたのおかげですぞ」
「さっすがー!優斗くんすごーい!!」
「いや、それほどでもないよ」
僕はあの時できる限りのことをしたまでだ。
「ああ。流石優斗さんだ。
だから、俺たち勇者は無理にこの国にとどまる必要性は薄い。
それよりも優先すべきは、戦力の乏しい周辺の村々だ」
「そっか・・行方不明者がいるって昨日言ってたもんね・・!!」
「早く助けねばなりませんぞ!!」
魔王の気配を感じたということは、その行方不明者も魔王が原因の可能性も高いだろう。
「まあしかし、念のためにその道中を見回ってみるもいいかもしれん。まだ近くにいるかもしれないからな」
「それも確かに・・」
ここの戦力が十分とは言え、邪気を感じたというその証言を見過ごせるものではない。
上手くいけば魔王を叩けるかもしれないのだ。情報の鮮度でいえば、それを優先すべきかもしれない。
ならば・・
「・・優斗さんはどう思いますか?」
「分からない時はリスクを分散させよう。つまり両方取る。
具体的には、村から村に移動するときに、周囲を探索しておくべきだ」
僕の一般的かつ現実的な提案に、反対意見はないどころか、みなうなづいてくれた。
「なるほど!!確かに村に行方不明者が出ると言っても、今日の昨日ですぐに出ると決まったわけではありませんからねっ!!」
「優斗さんの言う通り、できるだけ犠牲を出さないためにも、限られたリソースは適切に配分しなければいけないからな」
「だねっ!!」
と、全員が賛成する。そんなふうに僕らは歩きながら今後の予定を話していく。
いつの間にか城門へと到着していた僕らは、顔パスで門兵に許可を取り、外に出た。
「それじゃ、話し合った通り、とりあえずここらへんをとりあえず数日かけて野宿しつつ見回ってから、村へと向かおう」
「ええ。その後はそれから決めましょう」
と、マージョリーさんが同意した、その時である。
背後から急に聞き覚えのない声が聞こえた。
「ちょっと待てっ!!」
「?」
僕たちは振り返ると、そこには一般的な装備に身を包んだ冒険者の集団。
「えっと・・?」
彼らはこちらをじっと見つめている。
知り合いでないことは確かだが、どこかで見たような顔だ。記憶の糸を手繰り寄せ、その正体を思い出そうとする。
そうだ、あの友人との最終決戦が終わった後のことだ。
あの後、僕が魔王と戦ったといううわさが町に流れ、しばらく注目される時期があったのだ。
視線を感じて振り向くと、何人かの冒険者がバレバレの尾行をしていたことが何度かあったのである。
その中で、特にしつこかった集団が、目の前にいる彼らなのだ。
「はぁ、はぁ・・」
その彼らが、必死な顔をして息を切らして城門の外まで来ている。
急に何か用なのだろうか。
「・・・!」
なにやら剣呑な雰囲気に、こちらのメンバーも警戒心が高まってゆく。
その中を代表したかのように、東堂が一歩前にでて警戒心を強め尋ねる。
「・・貴方ら、何者だ」
「お前には関係ない!」
「なんだと?」
「俺たちはそこの斎藤優斗という冒険者に用があるんだ!!」
やはり、思った彼らは僕に用があるようだ。僕は東堂よりも前に出る。
「ありがとう。あとは僕が話してみるよ」
「・・優斗さん、お願いします」
「うん、どうしたんですか?
何か御用でも?」
できるだけ相手を興奮させないように、できるだけ柔らかい口調で尋ねた。
だが、それでも相手の口調の粗ぶりは抑えられそうにもない。
「斎藤優斗!!お前に言っておきたいことがある!!
俺たちは・・っ!!お前に大事なものを奪われたんだ・・!!」
「え・・?それはいったい・・?」
全く身に覚えがない。何か勘違いしているのかもしれないが、とりあえず相手の話をよく聞いてみよう。
「それは、そこの・・!!」
が、その言葉の続きを言う前に、意外な人物が声を上げたのだ。
「ジョセフ・・?!それにみんな・・!なんでここに・・?」
「「アンジェリカさん?」」
そう、その言葉を放ったのはアンジェリカさん。
彼らを見て戸惑いの声とともに目を丸くしていた。
いや、そうか。今思い出した。
僕はアンジェリカさんを一度救ったことがあるのだが、
その時の彼女のパーティメンバーが、目の前のその集団の中に混じっていたのだ。
「君たちは、もしかして・・」
「ああ、そうさっ!!俺たちは、Sランクパーティ『ダークブレイカー』だ!!」
そして、憤慨して僕に指をさして詰め寄ってきたのである。
「俺たちのアンジェリカ姉さんを帰せよ!この泥棒!!」
そういうことか。完全に理解した。
つまり、話をまとめるとこうだ。
彼らはアンジェリカさんが元所属していたパーティのメンバー。
そして、例の事件がきっかけで、彼女は僕らのパーティーに加入した。
だが、それは元居た『ダークブレイカー』の脱退を意味する。
そのことに彼らは納得していないようなのだ。
特に、リーダー格のような顔をしているジョセフ。
彼は特に強く憤慨した表情で詰め寄ってくる。
「今までお前の様子を勝手に見させてもらった!!
確かにてめぇは強いようだな。
噂では、あの魔王まで瀕死に追い込んだという。
だがな・・!!」
ぎゅっと拳を握り、彼は力説した。
「だがな・・、いくらお前が強いと言っても、リーダーのアンジェリカねえさんが俺たちのことを見捨てることなんてあり得ないんだよ!!」
「そうだそうだ!!」
「そうですか」
そこまで慕われているのは分かる。
でも、そんなことを言ったところで、冒険者がどのパーティに所属するかは、本人の意思次第だ。
彼らのその出張は自分勝手なわがままでしかなく、そんな言い分で彼女をどうにかできると思ったら大間違いなのである。
だが、それでも、彼らが言った次の言葉を聞いて驚いた。
「何故ならアンジェリカ姉さんは、俺のことを子供のころから面倒を見てくれているんだ!!
いわば母親代わり!!
そんな彼女が俺たちを見捨ててどっかにいくなんてありえねぇ!!」
「・・!」
それは初耳だった。そこまでこの人たちと彼女が親密な関係だったなんて。
「アンジェリカさん、それは本当ですか?」
「ああ。本当だ」
彼女は少しも隠そうとせずに答える。
「このメンバーたちは、全員、盗賊に襲われた商人の家族の生き残りだったり、違法奴隷商人から私が引き取ったものだ」
「そう、だったんですか・・」
彼女にそんな側面があっただなんて。
ならば、彼らがここまで気持ちが昂るのも分からない話ではない。
『ダークブレイカー』にとって彼女は、いわば『家族』のようなもの。それをぽっと出の新米である僕がかっさらっていったのだ。
続けてジョセフは言った。
「そうだ・・!!アンジェリカさんと俺たちは何よりも固いきずなで結ばれている・・!!
どうせお前が、何らかの怪しげな魔法を使ってアンジェリカ姉さんをたぶらかしたんだろ!!」
「そうだそうだ!!」
完全に言いがかりだが、すごい剣幕だ。
このままいけば、無理にでもアンジェリカさんを強奪されそうな勢いである。
だが、それでも、この騒ぎを鎮静化させる手段は一つしかない。
僕は静かに切り出した。
「・・少し待ってください」
「なんだ?!」
「アンジェリカさんが僕らのパーティから離脱したいというのなら、僕はそれでもいいと思っています。でも・・」
僕はアンジェリカさんのほうを見て言う。
「大事なのは本人の意志ではないですか?」
「だから、お前がそのアンジェリカ姉さんをたぶらかして・・!!」
ジョセフはまだ納得いかないようだが、しかし僕はその絆を逆に利用して、こう強い口調で言った。
「でも、あなたたちならば、アンジェリカさんが幻惑されているかどうか、分かるのではないですか?」
「・・・!!」
一同は動揺したようだった。
そう、幻惑魔法を使って意志を曲げるということは、一種の状態異常だ。平静ではいられないはずである。
ゆえに普段の彼女を知っている彼らならば、その状態であるかは見分けがつくはずなのだ。
僕は、アンジェリカさんのほうを向いて言う。
「アンジェリカさん。今一度決断してください。僕らのパーティに入るか、それとも『ダークブレイカー』に戻るか・・
もちろん、『ダークブレイカー』に戻ってもらっても構いませんし、反対意見は僕が潰します。
だから、僕らに一切構わず自由に決めてください」
「・・わかった」
彼女は前に出てメンバーと相対する。
その雰囲気で彼女がどうこたえるか理解できたのだろう。ジョセフが焦ったように言った。
「嘘ですよね?俺たちをほっぽり出して、俺たちを置いてこの国から出てくなんて、冗談ですよね?」
そして、それに対してアンジェリカさんは無慈悲にも断言する
「いや、真剣だ」
「!!」
「お前たちにはすまないが、私はこの人と・・いやチガウ」
彼女は少し素に戻って首を振り、続けて断言する。
「・・このパーティとともに魔王を討伐すると決めたんだ」
「ッ・・・!!」
その言葉に明らかにショックを隠せない一同。彼女が幻惑されていないと理解したのだろう。
悲壮感漂う声で悲鳴を上げた。
「・・どうしてっ」
「すまないが、、その理由はここではいえん」
「そ、、そんな・・!!」
それが、嘘偽りない、彼女自身の決断だと理解したのだろう。
彼らは全員膝をついた。
「行こう。優斗様よ」
だが、それに対し、僕は若干の心配を覚える。
「あの、、、いいんですか?彼らをあのままにして・・」
「ああ。いずれ『ダークブレイカー』には私抜きで独り立ちしてもらわねばならん。
それに、女騎士として優先するべきは世界の平和。貴方様もそう思うでしょう?」
「まあ、、そこまで言うのなら」
何か後ろ髪をひかれるような思いをしながら、僕らはその場を後にした。
しばらく草原を歩く足音と、風の音だけがあたりを支配していく。
だが、歩いてからしばらくして勇者の一人のギャル系魔法使い、西園寺が一つため息をついた。
「はぁ・・」
そして、振り返ってぶしつけにもアンジェリカさんに言う。
「でもさー、アンジェリカ・・だっけ?
あんた、何の理由があるとしても、残酷なことするわよねぇ。
半分我が子みたいなメンバーを放置プレイだなんて。
よくそんなに冷たくなれるものだよねー」
それに、幼児体系の勇者の南雲も同意する。
「そうだよ!!確かにどのパーティに入るかは自由だけど・・それでもあんな言い方は可哀そうだよ!!」
二人とも強く非難するような口調だ。
だが、それでも本人は、静かにうつむいて
「そうか・・すまなかったな」
と、言われるがままだ。
それに対し、普段アンジェリカさんとは仲が悪いマージョリーさんも思わず口を出さずにはいられなかったのだろう。
「ちょ、ちょっと!!何他人の事情に口を挟んでいるわけ?!
どのパーティに加入するかなんて、本人が決めることだし、あの冷たさは優しさの裏返しなのよ!きっと!」
それに東堂も続く。
「そうだぞ。お前ら。勘違いしてるかもしれないが、冒険者とは家族ごっこのお遊びじゃない。
お前らと違い、アンジェリカさんは一切の甘さを捨てることができるんだぞ。
脳内お花畑のお前らこそ彼女を見習うべきだと思うがな」
「む~!!」「相変わらずむかつくわね」
どうやら、意見が二分したようだ。
だが、その争いに対し、当の本人が終止符を打つかのように言い放った。、
「いや、私を庇ってくれるのはうれしいが、そう言われるのも当然だ。
それに、私はなんと言われようともこのチームを脱退する気はないからな」
だうやら他人からどういわれようとも、自身の意志を曲げるつもりはないらしい。
あまり魔王討伐に対し使命感を感じない彼女が、どういう理由で家族同然のパーティを捨て、僕らのパーティを選んでくれたのか分からない。
だが、その決意が固いことだけは確かなようだ。
続けて彼女は言う。
「何せ私はあの子らへの愛情よりも自身の●●を取って・・」
「・・え?」
少ししりすぼみにフェードアウトするその言葉を僕は聞き取れることができなかった。
どうやらその理由を言っていたようだが・・。
「今、自身の何を取るって言いました?」
「っ!!」
その問いに、アンジェリカさんは、ぎょっとしたかのような顔をして、急にブンブンと顔を振る。
「いやっ!!、、な、ななななな何でもないっ!」
「・・・えっと?」
それ以上追求しなかったが・・。
よく分からないが、いまだに僕が知らない彼女の一面があるのかもしれない。