勇者、北條四郎の修行
「『ファイアストーム』!!」
マージョリーさんの範囲魔法によってひるんだ隙を狙い、僕は連撃を繰り出していく。
気を取りなおしたモンスターは反撃。バックステップして避けたところをアンジェリカさんがポーションを投げて体力を回復してくれた。
今日は昨日とは違い初心者用ダンジョンではない。
このモンスターのレベルの高さから見て取れるように、僕らは勇者の一人、北條四郎を守りつつレベル高めのダンジョンで戦っている。
そう、今は彼に早くレベルを上げてもらうことを重視して、レベルの高いモンスターを狩っているのだ。
僕らが必死に戦っている間、背後で北條が昨日と同じようにこちらを観察している。
違うのは、その手に金属の液体を乗せていることだ。
彼女たちにも既に方針は説明している。
そう僕は、彼に魔王の手下かを見破るために尋問したのである。その詫びとして、金属生成のユニークスキルを意図的に貸してあげたのだ。
彼のユニークスキル、『スキル貸与』それは、相手の同意さえあれば『格安』でスキルを借りることができるらしいのである。
だが、戦いつつアンジェリカに少し声に影を落としながら言われた。
「しかし、貴方も優しいですね」
「え?何がだい?」
「自分のユニークスキルを彼に貸すだなんて・・それがあなたの良いところなのかもしれませんが、少し信用しすぎではないですか?」
彼女は気に食わないのか不満げな声を漏らしたのだ。
隣のマージョリーさんも同じような顔をしている。
「え?でも、魔王を倒すためには、彼に強くなってもらわないと…」
しかし、マージョリーさんはかぶりを振った。
「あなたは人が良すぎなのよ!前にあなたの知り合いにスキルを盗まれたのを思い出してよ!!」
「・・・それは彼が敵だとしたらの話ですよね?味方なら大丈夫なはずだ」
「そうだけど・・」
僕は後方をちらっと見た。
いたって敵対心のようなものは見えない。
前にも思ったが、彼は本来戦いに向いていないのだろう。直球に言うと、弱い。
「彼は大丈夫ですよ」
だからこそ、自身を持ってこう言えた。
「いざとなれば僕が何とかしますから」
「勇者だからって完全に信用するのは危険ですよ」
彼女たちは心配しているようだが、せっかく人に頼まれたのだ。
ここは助けてやるのが『人情』というものだろう。
その数日後の夕方のことである。
僕らはあらかたダンジョンのいつもの日課を終えると、北條のレベルを確認した。
「少しずつステータスは上がっていっていますね」
「は、はい、、皆さんのおかげです・・!」
冒険でぼろぼろになっても彼は笑顔だった。
北條はよくやっていた。
ダンジョンの中にいるときは、休み休みであれ、金属生成を出す練習をしていたし、このステータスで高難易度ダンジョンについてきているのである。
戦ってはいないとはいえ、足場も良くない場所も多く、危険なモンスターがすぐ近くにいるのだ。精神的にも肉体的にも疲労しているだろう。
だが、少しずつダンジョンのレベルを高くしていけば、一か月後には最低限勇者たちについていけるだけのステータスを作れるのではないか。最低ラインとしてあの三人の冒険についていけるようにならなければならない。
(いざとなれば、中位、上位ドラゴンの討伐についてこさせることも視野に入れよう・・・
守りのアイテムや装備を整えて、マージョリーさんにバフを乗せてもらえれば無理ではないはず・・・)
メンバーの育成経験があるアンジェリカさんの言うところによれば、一気に経験値を与えても効率的に成長しないことが多いらしい。
僕はこれからの予定を再び巡らせる。
そして本人も、自分が足手まといになるかもしれないと危機意識をもっていたのだろう。
僕にこう提案してきた。
「あの、すいません。金属生成のユニークスキルのことなんですが・・」
「ああ、それか・・」
そう、彼のユニークスキルは既に軒並みレベル3以上になっている、それに対して金属生成のユニークスキルは未だ1だ。未だ上昇していない。
おそらく、ユニークスキルには相性があるのだろう。つまり上がりやすいスキルと上げにくいスキルが人によって異なる。
それも当然だろう。スキルと言うのはいわば、形も大きさも違う手足が生えるようなものだ。それも個性が強いユニークスキルならば、得手不得手がないというのがおかしい。
マージョリーさんの属性魔法の修行でも、得手不得手があると言っていた。それと同じである。
ゆえに、僕は彼の気を落とさないようにこういったのである。
「君はそのスキルをうまく扱えないみたいだから、別のスキルを貸してもらえるように他の人に掛け合ってみるよ」
「いえ、ですけど・・このスキルをあきらめる前に一つだけやってみたいことがあるんです」
彼は提案する。
「金属生成レベル1では足りないと思うんです。ですから、レベル10で特訓したいんです」
「え・・?」
「それならコツがつかめると思うんです」
彼のスキル貸与には金額が必要だ。その金も王様から受け取っているという。
確かにレベルが上がるほど体感的な難易度は下がっていくのだろう。
しかし何か引っかかるところがある。彼が敵だった場合のことを考えているのではない。
このスキルの適性が彼にはない。そんなスキルをいきなり与えることは良くないことなのではないか。そう思ってしまうのだ。
「・・・うーん」
「お願いします!!」
仕方ない。彼もやる気はあるようだ。
ただし僕は一気に上げるのではなく、徐々にスキルレベルを上げていくことを条件にそれを許諾したのだ。それなら安全マージンも十分だろう。
「ありがとうございます!!」
まずはスキルレベル2から。そうすると当然のことだが、彼の金属を操る精度、スピードともに上昇する。
「これならすぐにマスターして見せますよ!!」
しかし、この選択が間違いだったことを数日後に知ることになるのである。
それは、スキルレベルが3になった時のことである。
「うっ・・・」
「北條くん?!」
いつものように経験値上げとスキルレベル上げの道中、いきなり北條が崩れ落ちたのである。
「だ、大丈夫です・・」
と言いつつも、顔色がすぐれないようだ。
「どうしたんだ?!毒のモンスターが?!」
「いえ、何でも・・・ないです。少し疲れてしまって・・」
「確かに連日ダンジョンに通いっぱなしだったからね」
「とりあえずポーションを飲んで」
「ありがとうございます」
とりあえずそのおかげで体調を取り戻したようだが、しかし彼の不調は慢性的に続いているようだった。
そしてある時気づく。
「(もしかして・・)」
そう、僕の与えた金属生成のスキル。それが彼の不調に関係しているのではないかと思ったのである。
「北條くん、金属生成のスキルが原因じゃないかい?」
「そ、そんなことは・・ないと思いますが・・」
「でも、一度、そのスキルの返却したほうがいい」
「…いえ、大丈夫です。だって、こんなにこのスキルを操ることができるようになったんですよ」
そう言って彼は前よりも器用に金属を操るが、しかしそれは当然のことだ。スキルレベルを一時的に上昇させているからである。
ここで大事なのは、『彼自身』でそのスキルレベルを上げることだ。
彼のスキルには少なくない金額が必要であり、いつまでも貸せるわけではないのである。
しかし実際鑑定してみると貸した以上にレベルが上昇していない。それでは意味がないのだ。
だから僕は心を鬼にして言う。
「いや、駄目だ。今すぐ返してもらう。冒険者にとって一番大事なのは、自身の身を守ることだからね」
それに隣で聞いていたアンジェリカもうなづく。
「そうだぞ。北條殿、ここは先達の言うことをきくところだ。」
「・・・しかし、」
だが、彼は歯を食いしばり、あくまで引き下がった。
「せめて、他の勇者たちとの合流まで、このスキルを課していただけませんか・・」
「それは、どうして?」
「こういっては何ですが・・・」
彼はしぶしぶと自らの信条を吐露した。
「見ての通り、僕のステータスはサポート向きとはいえ、勇者の中で最弱と言っていいでしょう。
そんな僕が勇者として認めてもらうためには、相応の実力が必要だと思うんです」
よく分からないが、その話しぶりは、まるで何かに脅迫されているかのような必死さだった。体調を崩しているがゆえに外見を取り繕うことができなくなっているのだろう。
つまり、勇者たちに認めてもらうのは、彼にとって大事なことなのだ。
だが、素のステータスが弱いとはいえ、彼はユニークスキルが3つもあるのである。それに、金属生成のスキルにこだわらなくてもいいはずだ。
「でも、それなら、他のスキルでもいいじゃないか。剣術スキルや、魔法だってあるのに・・」
「しかし、あなたの金属生成のスキル。聞いたところによると、最強のスキルみたいじゃないですか。応用力、範囲力、精度。どれをとってもほぼすべてのスキルの上位互換と言っていい。
ならば、最初からこのスキルを覚えることが、効率よく強くなるための方法だと、思うんです」
「なるほど・・」
もっともに思えるその説。だが実際はそうではないということは実感していた。
確かに金属生成だけで広範囲をカバーした多彩なスキルを使いこなすことはできるだろう。だがそれは集中力とMPの消費が激しく、あまり連発できるものではない。別のスキルを使ったほうが便利ということも多々ある。
だが、少し考える。それは彼にとっても同じだろうか。
そう、それは僕にとっての話だ。後衛タイプのステータスを持つ彼ならば、勇者4人で戦う中で、十分にスキルを練る時間は稼げるだろう。彼の環境ならば、このスキルをうまく使いこなせるのではないか。
それに、やる気があることをするのが一番効率がいい。本人もやる気になっていることだし、しばらくは彼の言う通りにしてあげようと思ったのだ。
「分かった。君のいい通りにしよう」
「! ありがとうございます!!」
「でも、条件がある。今日はもう君は休むべきだ。過ぎたるは及ばざるがごとしってよく言うだろう?」
「・・はい、わかりました」
そのやり取りを見て、アンジェリカとマージョリーさんは、あきれたように言葉を交わす。
「まったく、優斗様は、彼を強くするのなら、もっといい方法があると思うのですが・・」
「でも、そんな優しいのも、、ふふふ、彼らしいわね」
北條四郎とのトレーニングは続いた。
その中で、かなり困ったことがあったのだが、しかし、今は考えないようにしておこう。
そして今は4人の勇者が再び再開する日である。
城で集合した彼らは、1か月前とは見違えるような姿をしていた。
「来たか」
「これで四人全員みたいだねっ!」
「あんた・・」