勇者パーティの解散
「着いたみたいね」
馬車に乗って数時間、僕らは初心者ダンジョンへと到着した。
僕らというのは、正確には僕とマージョリーさんとアンジェリカさん。それだけだ。
そう、ポチは僕の予想通り、僕らのパーティーから一旦離脱することになったのだ。
無理もないだろう、何せ彼女は申し訳なさそうにこういったのだ。
「すみません・・しかし、あんなふうになったご主人様と再会するのはちょっと・・」
そう、彼女は自らの主人が本物の化物に成っていったのを見ているのである。
あの土壇場で自らが裏切ったという負い目はあるものの、もはや友人ではなくなったそれに再開するというのは、心情的に難しいだろう。
「ありがとうございます。
私、あの人の分まで生きてみようと思います」
そう言ってポチはパーティを離脱した。
とはいえ少し心配だが、それは杞憂というものだろう。
彼女はここ周辺でトップクラスと言っていいほどの強さを誇っているのだ。身の安全も確保できるし、既に素材を集め少なくない額を冒険者ギルドで稼いでいる。生活するには十分足りるだろう。
そんなことを考えつつ、僕は馬車を降りる。
(ここに来るのは久しぶりだな)
初めて来たときは、そこはダンジョンと言うにはらしくない地形だと思ったものだ。
それは、外見だけを見るならば、平地に突然ぽつりと現れた雑木林である。
勇者四人もそう思っているのだろう。同行していた兵士長が説明する。
「この道が初心者ダンジョンです」
前衛の剣士らしい、軽くて丈夫な装備に身を包んだ東堂が質問する。
「ふむ、俺は洞窟みたいなものかと思っていたのだが、これがそうなのか?」
「はい、ダンジョンと言う定義は、フィールドに何らかの意思が働き地形が変化するものという定義なので。」
それを聞いて西園寺が狂気の声を上げる。
「えっ!何それこわい!」
「ハハハ、大丈夫です。このダンジョンから生まれるモンスターはスライムや低級のモンスターだけですから」
「そうだぞ西園寺とやら。最初からそんなに難しいダンジョンに行くわけないじゃないか。臆病者だなお前は」
「な、何よ!!当たり前じゃない!!モンスターなんて見たことないのに!!」
いつものように東堂と西園寺が喧嘩腰である。しかし西園寺の言うことも当然だ。彼らは今までモンスターと一切かかわりがなかったのだから。
その点ここは友人捜索のために一度来たことがあるのだが、本当に弱いモンスターしか現れない。もし予想外のイベントが起きたとしても、僕らや兵士たちがいる。サポートは十分あるだろう。
兵士も安心させるように言う。
「そうですぞ。あなたたちの実力ならばここはスキップしてもいいほど簡単でしょう。どちらかと言えば、ここは貴公たちの連携を試す場所なのです」
確かに昨日の彼らの実力は大したものだった。まさしく百戦錬磨と言えるだろう。
しかしこれから先、魔王を倒すとなればチームワークが大事になってくる場面も多々あるだろう。そのためにこの初心者ダンジョンは肩慣らしにはちょうどいいはずだ。
「面白い。こんなところささっとクリアしようではないか」
「わー!自身まんまーん!」
「東堂とか言ったわね?!あんた私たちの足を引っ張るんじゃないわよ?!」
「ふん、それはこっちのセリフだ」
というわけで、彼らは喧嘩腰ながらも、剣士タイプのステータスを持つ東堂が前衛、そしてサポートタイプの西園寺と北條、南雲が後衛になることになった。
僕らもその後方から彼らを見守っていく。
一行が林の中の道を進むと、さっそく物陰からスライムが前方から現れた。
「来たぞっ!!お前ら!総員警戒!!」
「いやっ・・!なんかキモイ!!」
「わー!ぷるぷるで美味しそー!!」
「・・・」
思い思いのリアクションを取り、まずは前衛の東堂が向かっていった。
「せいっ!!」
当然のごとく真っ二つにして消えていく。核を残して地面に消えていった。周囲のモンスターの気配はそれで消える。
どうやらモンスターは一匹だけのようだ。初心者ダンジョンの浅い地帯。しばらくはスライム一匹だけの楽な襲撃が続くのだろう。
強くても、その一段階上位のレッサースライム程度。命の危険は万が一にもない。
だが、彼女はいきなりの出現に驚いてしまったのだろう。
「『ファイア』っ・・・!!」
西園寺が炎魔法を前方に放ったのである。そう、そこには前衛の東堂がおり・・
「ぐはっ・・?!」
直撃。魔法ステータスが高い西園寺の攻撃とはいえ、対する東堂はステータスも高く装備も充実している。
ポーションを飲む必要もないほどのダメージではあるが、しかし完全に無警戒の背後から攻撃だ。彼は驚いて前につんのめって転んだ。
「なん・・・?!」
すぐに背後を驚愕の表情で振り向き、その攻撃が西園寺が放ったんのだと確認すると。
「き、貴様ぁ・・!!」
仲が悪いことも悪影響したのだろう。その顔が憎悪の色で染まる。
「な、何!?私は悪くないよ!!?だっていきなりでびっくりしたんだし!!」
「御託はいいっ!とりあえず謝れ!」
「っ!!何?!その態度!!」
「一言謝るくらいもできないのか。これだから下品な女は・・!」
「な、何よ・・!!そういうあんただってこの程度の攻撃にぐちぐち言うなんて、男らしくないんじゃない?!」
「ッ・・・!!」
「ちょ、ちょっと!!二人とも!!そんなに怒らないで!!ほら!ダンスダンス!!」
「「お前は黙っていろ!(いてよ!!)」」
「ひえ~!」
「・・・・」
それを背後から見ていた僕は、少し予想外の事態が起こったと感じた。
僕には縮地による高速移動がある。何かあれば飛び出して助けるつもりではあった。
が、このような仲間内の不和は流石に予想外だった。
兵士たちはそれを見て慌てて飛び出し、険悪な両者の間を取り直していった。
「・・ふん、次やったら承知しないからな」
「だから悪かったって言ってるじゃん」
そのおかげか、一応この場は二人とも怒りの矛を収める。
だが・・決定的に彼らの相性は悪いらしい。
この後、些細なことでこのチームは衝突したのである。
例えば、いきなり後衛の近くにスライムが飛び出してきたとき、西園寺が、
「キャァアアアアアアアア!!」
と、周囲に無差別に攻撃魔法を飛ばしていき、前方の東堂だけでなく傍観していた北條まで巻き込まれたり、
あるいは、東堂がいきなり現れた後方のモンスターを倒すため、素早く飛び出して、西園寺にすれ違いざま体がぶつかったり、
また、南雲が敵モンスターをヒールしてしまったり、範囲攻撃が味方に当たってしまったり、
それに対し、北條は何ら興味無さげにニコニコと笑っている。
そんな互いに足を引っ張るような戦闘を行ったことで、当然といえば当然だが、彼らの今の状況は・・
「おい!!今のは流石の仏の顔を持つ俺も堪忍袋の緒が切れたぞ!!」
「あんただって同じことしたでしょうが!!その程度の心の余裕がないとか可愛そう!」
「あー!!もう!!なんで二人とも怒っているの!!私もう知らない!!」
「・・・・・」
初心者ダンジョンと高いステータスゆえ、危険は一切ないと言えるが、彼らのチームの雰囲気は最悪である。
互いに注意を逸らしあって、スライム数匹程度に数発も貰ってしまうという体たらくだ。
その様子を見て、兵士たちは不安がっている。
「あわわわ・・大変ですぞ」
「勇者殿たちが多少なりとも活躍してもらわないと、我が国の威信が・・」
「最悪、魔王にやられてしまうという可能性も・・」
「誰か良い考えはないか?!勇者たちをどうにかまとめる方法を・・!!」
「うーむ」「うーん」
次第に彼らは何かに縋り付くようにこちらを見始めた。そしてこっそりと尋ねる。
「何か解決策はないですかね・・?」
どうやら何かアドバイスが欲しいようだ。
ちょうどいい。僕も彼について思うところがあwるのである。
見るところ、勇者たちの仲が悪いのは、性格的な問題だけではないと思うのだ。
「無理もないでしょう。
彼らは戦うのが始めてなのです。連携が取れなくて当然と言えましょう」
そう、その動きからして彼らは戦闘経験皆無なのだ。
スターテスは確かに高く、スライムごときに一切遅れをとることはない。
が、コントロールの精度はまた別問題だ。
自身の強化された動きをまだ扱いきれていないのである、魔法の命中度も低く、それが仲間内の被弾として表れているのだ。
和気あいあいとした雰囲気ならば、自身の能力の熟達をチームであげていくのも一つの手。だが、彼らは険悪であり、熟練度を上げるどころの話ではない。
「ならばいっそのこと、一人ずつ訓練するほうがいいのではないでしょうか・・」
そのほうがモンスターを倒す効率も上がり、それに追随してチームの雰囲気も改善すると思うのだ。連携を意識するのはそれからでも遅くはないだろう。
僕がそう提言すると、幸いなことに兵士たちは納得したようにうなづいた。
「そうか・・確かに優斗殿の言う通りである!!」
「流石は魔王復活に歯止めをかけた救世主!!われらが考えつかないようなことを簡単に思いつく!!」
「ありがとうござまする!!さっそく彼らに話してきますぞ!!」
僕のその意見を彼らが伝えると、勇者四人も反対意見が出ないどころかほぼ賛成のようだった。
「なるほどな・・俺様がもっと強くなれば、こいつらのふがいなさをカバーできるということか・・」
「とりあえずこの男の顔は見たくもないわ!一人でやるほうがまだマシ!」
「そうだよ!!パパとママみたいに喧嘩ばっかりする人たちのところにはいられないよ!」
「ええ、私も反対意見はありません」
というわけで、彼らは各々冒険者として活動し、今日から一か月、再び集まって互いの成果を披露しあうということになったのだ。
「なんとかなるといいわね・・」
「信じて待つしかないでしょう。それまで僕らも魔王討伐のために、もっと強くならないと・・」
「ええ!私も勇者たちに負けていられませんからね!!」
そう意気込んでいる僕ら。
しかしそんなとき、
「あの・・すみません」
「あなたは・・?」
ある意外な人物が声を掛けてきたのだ。