ポチの育成 前半
そして、朝食を食べてから、訓練を開始することにした。
場所は草原である。
「とりあえず、鑑定しておきましょうか」
「そうね」
僕たちはポチを鑑定した。
すると、ある事実が明らかになる。
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名前 ポチ
生命力 8000
最大マナ 1300
力 3000
持久力 1500
魔法操作 1100
敏捷 2800
幸運 10
(10が平均的な成人の値)
スキル
再生Lv3
苦痛耐性Lv7
ーー
そのステータスは、僕が初めてこの世界に来たときよりも、何倍も強力だったのだ。
「あの、君って、戦った経験ってある?」
「ありませんが・・」
そう、彼女の言う通り、その動きはまさしく素人そのもの。全く強くなさそうなのだ。
まるで、ハードが良いのにソフトがそれを使いこなしていないかのようなちぐはぐさを感じる。
しかしマージョリーさんはこう評価する。
「いや、妥当な数値じゃないかしら。
獣人というのは物理に特化したステータスが特徴よ
普通はこのくらいあってもおかしくないのかもしれないわ」
なるほどと納得しかけるが、それにアンジェリカが意を唱える。
「しかし、私のパーティーにも冒険者の獣人が一人いるのですが・・これはその者よりも高いステータスです。この年齢でこれは高すぎなのでは・・?」
よくわからない現象ではあるが、意外と答えは早く見つかった。マージョリーさんが少し考えて思い出したように言ったのだ。
「いや、こういう話を聞いたことが無い?
自分が戦わなくても、パーティの経験値の一部が加算されるっていう。1%にも満たないごく微量な割合だけどね」
確かにポチは友人とともに行動していた。彼の強さならば、きっと莫大な経験値を常日頃から浴びていたのだろう。ならば、分け前がごく微量な割合だとしても、かなりの経験値になる。
つまりその理由がなんにせよ、彼女はわざわざモンスターを狩らなくても、ある程度高いステータスがあるということだ。
ならば、最初にやる予定だったモンスター狩りはあまり意味をなさないということになる。
「だったら、私たちに教えることはないのかしら?」
「確かにこのままでも十分強いような気がしますね・・」
「いえ、そうとも言えないでしょう。彼女は今まで戦ったことが無かったんですから」
そう、どんなに恵まれたステータスでも磨かなければ意味がない。自分の身を守るためにはその手段を知っておかなければならないのだ。
特に彼女は日常的に暴力を振るわれていたらしく、攻撃を受ける癖がついているはず。
僕は大昔、武術を嗜んでいたおかげでそれが理解できていた。たとえ実力的に上でも、気迫や自身の恐怖で負けてしまうということがよくある。
このままでは、格下のモンスターですら殺されてしまうかもしれないのだ。
僕はちょうど近くにいた、蠢く透明のモンスターを指さして、提案する。
「とりあえずそこのスライムを倒してみましょうか」
そう、スライム。初心者の冒険者にとって最初に倒すべきモンスターだ。
どこにでもいるのが特徴で、時たまダンジョンのボスの間に居るほど、巨大で強い個体がいるが、そのほとんどが雑魚と言ってもいい。
「じゃあ、この剣を使って」
「は、はい!」
彼女に用意した剣を渡して、攻撃させてみる。
すると、
「ていっ!!」
やはりというべきか。
見事に空振り。
しかもスライムはほとんど動いていないのにだ。
「あれ?」
不思議そうな表情をする二人。
そして、空振るどころか・・
ぷるんっ!
逆に体当たりを受けた。その速度もあまり早くなく、警戒していれば誰でも避けれるほどなのにだ。
「きゃっ!!」
しりもちをつき、生命線ともいえる剣まで手放してしまう。
「ポチ!?」「大丈夫?!」
彼女たちは、まるでポチがわざと手を抜いているようにすら見えるだろう。
だが、僕はそれが真剣なものであると理解していた。
やはり、思った通りだ。そのことを彼女たちに説明しようとしたとき、
「きゃ、きゃぁあああああ!!」
次々とスライムがたくさん集まって彼女を攻め立てようとしていた。
最弱と呼ばれるスライムだが、モンスターであることには違いない。それらは服の中へと一部侵入しかけているものもいた。
「い、いけない!!」
「ふぁ、ファイア!!」
思わず僕らは救助する。
全てのスライムを取り去った時には、ポチは既にぐったりとしていた。
「はぁ、はぁ・・冒険者って、大変なんですね・・」
私って冒険者の才能がないんでしょうか・・」
「いや、まだ最初だし、これからだと思うぞ!!」
アンジェリカが気丈に励ましているが、マージョリーさん不可思議な表情で、僕のほうに向くと今起きたことについて尋ねる。
「あの子って、ステータスほとんどすべての数値が1000を超えていたわよね?
わざとじゃないとしたら、なんであんなに弱いのかしら?」
「いえ、不思議なことではありませんよ。
あの子は戦う技術を知らないだけなんだと思います」
そう、例えば、ステータス操作。そのスキルがステータスを制限するためのスキルなのだとしたら、彼女のそれは、戦う能力を制限しているということなのだろう。
そう、その証拠に見てみると、ポチが持っていた剣の持ち手が、少しひしゃげている。確かにステータス通りの力を出し切れているようだが、それが実力に伴っていないのだ。
「なるほど・・いわゆる思い込みとかそういうことね」
今まで他者から傷つけられはしても、傷つけることはしてこなかったのだろう。それはある意味純粋な心ではあるのだが、今の世界ではそうやって生きていくには難しい。
こういう状態で、自身の身を守ることなど絶対に無理だろう。
「じゃあ、どうすればいいの?」
「それは・・少しずつならしていくしかないのではないでしょうか」
そうしてポチの訓練は、基礎とも言えない、スライムを倒せるようになるところからから始まったのだ。
「はぁ・・はぁ・・きゃっ!!」
不慣れな姿勢で見当違いのところに剣を振り下ろし、スライムに反撃される日が数日間続いた。
「もっと肩の力を抜いて!足は肩幅くらい!」
「リラックスしてゆっくりでいいんです。なるべく体の感覚を覚えておくんです。簡単ですよ」
外野からアドバイスを送り、スライムに倒された彼女を助ける日々が続く。
そして一週間後、ついに
ザクッと
彼女はスライムを倒せるようになったのだ。
まるで、ある日突然自転車に乗れるようになったかのように。
「・・・できました!!」
ポチが尻尾を振りながら走ってきて僕ら三人のもとへと駆け寄ってきた。
この一週間、やきもきしていた僕らは、思わず口々に喜びの言葉を贈る。
「よくできましたね」
「くぅ~っ!!やるではないですか!!」
「少し遅かったみたいだけど、褒めてあげるわ」
ぴょんぴょんと跳ねる彼女を、まるでペットか何かのごとく撫でまわす僕ら。まあ少し弟子というには親密すぎる気もしないでもないが、彼女の見た目が悪いだろう。まるで本物の犬のようだった。
「しかし・・最初の時よりかはだいぶマシになってきたわね」
そう、マージョリーさんが言った。彼女の言う通り、確かに武器の扱いには多少慣れてきたようにも思える。
しかし、
「・・・うーん」
「どうしたの?優斗?」
「いや、彼女はあまり剣が得意ではないのかなと思ってさ」
そう、どこか彼女は一般に扱いやすいはずの長剣を、扱いずらそうに持っているように思えたのだ。
体のバランスが、その剣一本だけで台無しになっているような・・。
初心者ゆえ、仕方ないかもしれないが、どこか気にかかる。
少し考えていた僕に、アンジェリカが提案した。
「しかし優斗様、冒険者になるにおいて、基本の剣術は教えておくべきではないだろうか。よろしければ私がお教えしたいが、どう思われる?」
「!」
そうだ。彼女は他パーティのリーダーをやっているの実力者。アンジェリカが剣を教えるならば、ポチの剣筋も矯正されるのではないか。
「うん、そうだね。頼めるかな」
「分かりました!!
さて、ポチよ。まずは素振り100回だ!!」
「はい!!」
そうやってそこから彼女の剣術の訓練は開始した。
聞くところによれば、アンジェリカはパーティメンバーなどに剣術の指南役を恒常的に行っているらしく、誰かに剣を教えることにはある程度慣れているらしい。
頼もしいかぎりだ。これでポチも基礎的な姿勢を身に着けられるのではないだろうか。
その素振りには不格好な印象を受けるものの、素振りを続けていれば、多少は矯正されるだろう。
そう思っていたのだが、3日後・・
「てぃ!!てぃってぃ!!」
「・・・」
スライム相手にポチは剣を何度も振り下ろす。しばらくしてスライムは生命力をゼロになり死亡した。
彼女は振り返り、僕らにキラキラとした目線を送る。
「・・うーん」
その思いとは裏腹に、まるでなっていない戦い方だった。それはアンジェリカも感じているのだろう。渋い顔でそれを見ている。
そう、まるで動きが硬いのだ。スライムという雑魚モンスター相手だからこそ倒せているが、
もしこれが素早さに特化したモンスターや、柔軟な対応が求められる敵ならば、相手にすらならないだろう。このままのスタイルで訓練してもほとんど成長が見込めないはずだ。
少し観察すると、どうやら剣を持った途端、全身のバランスが不安定なるらしい。ゆえに無駄な力がかかってしまう。剣を持っていない時は理想的な姿勢なのだが・・。
必死な表情をしながら、アンジェリカは横目で僕に助けを求めた。
「どうしたものだと思いますか?優斗様。
この数日で、私ができる限りのことは全てしたつもりですが、最初と何ら成果の跡が見られないのです。
正直言って、これほど才能がないものは初めてで・・」
「全身のバランスを鍛える訓練もしているはずだよね」
「はい。どうすればいいのでしょう」
困り顔でアンジェリカは尋ねてくる。
がしかし、対称的に僕は何を迷うことがあるのだろうと疑問に思った。
こういう場合、やることは一つしかない。
「彼女には剣は合わないのかもしれない」
「えっ・・・」
それは・・
剣を『諦める』ことだ。




