事後処理
「・・・逃がしてしまった」
そう、友人、もとい魔王の肉体は、残っているのは全体の1割以下と言ってもいい。
が、わずかだが全てを始末することはできなかったのだ。
もっとマナの量に余裕があったのならギリギリ死滅させることができたはず。
(もう少し管理をうまくやれば・・!)
いや、まだあきらめるのはまだ早い。僕は武器生成で、超速で動ける輪っかの乗り物を出し、彼女に言う。
「急いで増援を呼んでくる!!アンジェリカはポチをお願い!!」
「は、はい! わかりました」
その数分後、必死の呼びかけにとって、マージョリーさんを含む多くの冒険者たちこの場に呼び出された。
いきなり魔王を完全に殺すために手伝ってくれなんて、荒唐無稽もいいところだがなんとか信用してくれた。なんてありがたいことだろうか。まあ、その大部分がマージョリーさんのファンなのだが。
「ここらへんでいいのね?」
「はい!」
「皆もやっちゃって!!」
「いえっさー!」
「優斗ぉ!マージョリー様に免じて今だけは信用してやるよ!」
依然ビートダウンは継続している。最低限の人員、つまりできるだけ範囲攻撃ができるものだけを集めていた。
みるみるうちにあたり一帯は焼き払れる。生態系に少なくないダメージを与えるだろうが、相手は世界を滅ぼす魔王。気にしてはいられないだろう。
「仲間に当たらないように警戒してください!!」
大声で注意喚起しながら、彼らに交じって僕も液体金属であたりを殲滅する。
そう、泥臭いが、これが今できる最大限のことだ。
しかし、ただ余計なことを考えてしまう。
「(果たしてこれに意味があるのだろうか・・)」
おそらく魔王(の肉片)は既にこの付近にはいないであろう。これが単なる気休めであることは分かっている。
完全に始末したければ、最初に完璧に対応するしかなかったのである。
だが、こうするしかない。
あたりの草原を焼き払う冒険者たちの姿を見ながら、僕はあの時どうすれば良かったのかを脳内シュミレーションしていた。
マージョリーさんはそんな僕を見て、
「大丈夫よ」
「マージョリーさん」
励ましてくれたのだろう。肩に手を置いて語り掛けてくれる。
「私も感じたわ。あの邪悪なオーラ。まさしく伝説の魔王と言ってもいいでしょう。
そんな相手に恐怖で何もできなくなるのが普通。
なのにあなたはできることを全てやりきっている」
「そう、でしょうか・・」
「ええ、そうよ。あなたは少し自分を責めすぎるきらいがあるわ
土壇場で本来の力の半分も使えればいいほうなのよ。その点胸を張っていいわ」
「・・ありがとうございます」
続いていつの間にか隣に来ていたアンジェリカも肩に手を置いて励ましてくれる。
「そうです。わが主よ。
私などは、恥ずかしながら、あのおぞましい魔王を一目見たとき、腰がすくんで動けませんでしたからね」
(・・主?)
少し戸惑うが、彼女はそれに構うことなく瞳を輝かせて熱弁した。
「ですが、あるじよ。あなただけは格が違った!!
想定外の事態にどう対応できるかが冒険者としての最大の素質。その点においてもあなた様は流石としか言いようがない!!」
主と僕を読んでいたのが少し気になる。
だが、彼女のその弁には熱が入っている。その純粋な心に救われるようだった。
そうだ。
過去のことを気をもんでもしょうがない。
今僕にできることは、次あった時に魔王を倒せるよう、修練を積みさらに強くなること。それのみである。
意気込もうとしたが、その時にふと気づく。
アンジェリカとマージョリーさん、両者の僕の肩を掴んだ手に力が入っているのだ。
二人は目線で見つめあうが、仲が良いようには見えない。その表情は険しかった。
「何、勝手に『私の』優斗に話しかけてきてるわけ?」
「なんですと?!『私の』?!そういう貴様は彼のなんなのだ?!」
「ふん、私は優斗と同じチームの魔法使いよ。
あなたはどうせ彼に近づいで甘い汁をすすろうとしているんでしょ?」
「ぶ、侮辱的な!!断じて違う!!私は彼に命を救われたのだ!!そして後衛とはいえ絶体絶命の中で共闘した中!!身も心も捧げる所存である!!」
「ぷぷぷ~!やはりその程度の関係なのかしら。私も彼の命の恩人だし、これまで何度も冒険をしてきて共闘した中よ。あんたが一方的に優斗にワンワンするだけの単純な主従関係じゃないわ」
「何を~~!!大事なのは時間ではない!!どれほど相手を思ったかだ!!その言葉取り消してもらおうか!!」
「・・・・・あの、二人とも?」
何やら、喧嘩しているようだった。
よく分からないが、一瞬止めようとする。が、しかし、やめた。
喧嘩するほど仲が良いというし、魔王の脅威は一時的とはいえ去っているのだ。
彼女たちの喧騒をBGMに、つかの間の平穏を味合わせてもらうとしよう。
「しかし・・優斗様」
しばらくして言い争いが鎮静化すると、アンジェリカはポチを目の前に掲げた。
「この奴隷はどうしましょうか・・先ほどから呼びかけにもあまり答えないのです」
「・・・」
彼女は何やら目から光を失っているようにぼーっとしているようだった。
全くやる気を失っているようである。致し方ないだろう。あれほどのショッキングな出来事があったのだ。僕ですらも少し精神的ダメージがある。
しかし、これから彼女をどうするのか、早めに決めておいたほうがいいだろう。
僕はこの世界の制度については詳しくない。
だからアンジェリカにそのことについて聞いてみることにした。
「この子は奴隷にようですが、この場合彼女はどうなるのですか?」
「そうですね・・盗賊などの犯罪に手を染めていたものを殺した場合、その所有物は討伐者がいただいていいことになっています。つまりこの奴隷は優斗様のものですね。もちろん、所有権を放棄しても構いわないはずです。その場合、奴隷商に引き取られることになるでしょう」
「・・そうですか」
「つまり、奴隷商に渡すか、私たちが引き取るか、その二択ということね」
「奴隷商・・・ですか」
どんな相手か知らないが、しかし見ず知らずの相手に、友人の大事だったものを任すというのには抵抗がある。
十把一絡げで人を売りさばくような奴らだ。きっとろくな奴がいないだろう。それに同意するようにマージョリーさんはうなづく。
「亜人である彼女たちは今空前の亜人奴隷ブームで生きづらくなっているわ。
たとえ大規模な亜人のコミュニティに所属したところで、悪辣な奴隷商が雇うあくどい冒険者によってたびたび捕獲され、売りさばかれているのが実態よ」
「そうですか・・」
そんな社会問題があるだなんて知らなかった。
人としてここは助けてやるべきだが、しかし四六時中彼女を付き添ってやるわけにはいかない。
魔王討伐のために活動しなければならないのだ。
(だったら・・)
こう提案する。
「引き取りましょうマージョリーさん。
そして、あらゆる危険から自分を守れるように、一人前の冒険者に育てるべきです」
「そ、そうね・・!!亜人は身体能力が高いというし、私とあなたならそこまで育てるのは不可能ではないはず!!」
「うむ、私もそう思っていたところだ。誰かがずっと守ってあげるわけにはいかんからな。やはり頼れるのは自身の力のみであろう」
良かった。二人も賛成してくれた。むしろマージョリーさんは顔が上気して喜んでいるようである。
「ふふふ・・子供と男女二人・・まるで私たち家族みたいね!!」
「確かに、そうですね」
その言葉に何故かアンジェリカの目に殺気のこもる。
「マージョリー殿・・それは発想の飛躍すぎでは?」
「ふん、あんたは黙ってなさい」
「それと、今男女二人と言いましたが、どうしてあなたがカウントされていないのですか?」
「されてないのはあなたのほうだからねっ?!!」
また喧嘩しているが、彼女たちのことはほおっておいて、当の本人に了承を取ろう。
しゃがみこんで、今だ宙を見つめているポチに目線を合わせる。
「あなたもそれでいいですね?」
「・・・」
だが、彼女は依然無口であらぬ方向を向いている。
(まあ仕方ない。とりあえずしばらくは様子見だな)
ようやく方針が固まった僕らは、そのあと町に戻りギルド戻る。
そして、ことのあらましを報告した。
「・・ということなんです」
「ま、魔王が、現れたですって・・?!それをあなたが・・?」
受付の人は驚いていた。どうやら半信半疑のようである。
だがついてきた多数の冒険者たちの証言を聞いて、真実だと知ると、特別報酬をもらうことになってしまった。しかも後から特別な式典に招待されるだろうとのことである。
しかし、いいのだろうか。
友人は死亡し、そして魔王が復活した。そしてそれを多少なりとも止めたのは事実。
しかしこれらは僕の不備によって引き起こされたようなものなのである。いわばマッチポンプなのではないか。
僕が遠慮するかどうか少し迷っていると、
「優斗、気持ちはわかるけど、彼女たちから貰えるものは貰っておきなさい。
今は魔王が表れた不安を、できるだけ歓迎することで相殺したいのよ」
「わかりました。でしたら・・」
彼女のいうとおり、冒険の費用として報酬は受け取っておくことにした。
それから、魔王討伐の盛大な歓迎パーティを冒険者から受けた後、ポチ、アンジェリカ、マージョリーさんと僕は、成り行きで同じ宿に泊まる。
部屋わりに何故か彼女たちはまた言い争っていたみたいだが、結局男女別に落ち着くことになった。
筋肉の疲労やマナの枯渇によって、ベッドに入った途端。考える暇もなく急速な睡眠に落ちていく。
そして、
「・・・あれ」
久しぶりの感覚だ。
ここは、現実世界ではない。
白い空間。神様が何か伝えたいことがあるようだ。
おそらく、魔王を倒した関連のことだろう。
そう考えていると、彼女は現れるなり、
「優斗ぉおおおおお!!!」
「!!」
抱き着いてきた。
「ありがとうなのじゃぁあああああ!!!」
何やら猛烈に感謝されているようだ。きっと魔王についての件だろう。
「あの、僕は感謝されるようなことは何も・・」
「何を言っているんじゃ?魔王を止めてくれたじゃろ?!」
「それは・・」
この際だ。彼女には全てこの心の引っ掛かりは見抜かれるだろう。心情を吐露してみることにする。
「止めたといっても、体の大部分を破壊しただけです」
「何を言っているんじゃ!それで魔王の復活の猶予は大幅に伸びたのじゃぞ?
素晴らしいアドバンテージじゃ」
「しかし、猶予が伸びただけでは根本的な解決にはなりませんよね?」
「何を言うておる。十分じゃ。
これで完全討伐の準備を余裕を持って進めることができるのじゃよ!!」
「準備?」
どうやら、彼女には何か秘策があるようだった。
「そう、そのことを今回言いに来たのじゃよ。
この世界開闢以来の大規模な『勇者召喚』じゃ。
転移者を多数この世界に招き、魔王を完全に破壊させるのじゃよ」
なるほど、僕と同じ転移者。友人も僕も強力なスキルを最初から保持していた。
それが多数力を集めれば魔王を討伐するのも難しくないことかもしれない。
合点が言った僕に、彼女は大きくうなづくと、
「そうじゃ、普通なら一人転移させるだけで莫大なエネルギーが必要なのじゃが、わしらの主が転移神に予算が降りたのじゃ。腕がなるわい!!」
「主?転移神?」
何やら効きなれない言葉が出た。それに彼女は補足してくれる。
「うむ。実はこの異世界は複数の神によって管理されて居るのじゃ。
前提として、まず世界を運営するためには、莫大な処理能力が必要じゃ。
なので通常天然の機構の構築までの長大な時間がかかったり、あるいは高い処理能力を持った創造主が必要なのじゃがな。
じゃが、この世界はそういった正統系の世界とは異なり、低級の神の寄せ集めで成り立って居るのじゃよ。わしも含め元人間や元精霊などの若輩者ばかりじゃ。
いわばここは、神の学校のような側面を持っているんじゃ」
「・・・そうなのですか」
意外だ。てっきり僕は彼女がこの世界で一番偉いのだと勘違いしていた。
「・・ということは他にも神様がいるということなのですね」
「そうじゃ。わしは世界のシステムの一部、転移を管理しているだけにすぎん。一応神名としてはストラ転移神じゃ。数多くある有象無象の神の一柱じゃが、これでも古株のほうじゃよ」
地味に初めて彼女の名前を初めて聞いた。これからはストラ神と呼ぶことにしよう。ストラ転移神は説明を続行する。
「わしら転移神の役割は外部の世界から漂ってくる、優れた魂や必要なオーパーツを転移させること。
そして先ほども言った通り、我らが最高神が魔王に対抗するために、わしら転移神に世界からかき集めた莫大なエネルギーを渡してくれたのじゃ」
「なるほど・・」
よくできている。まるで人と変わらない組織のようだ。
しかし、その欠点も人と同じ。意思疎通が不十分で、魔王の加護を受けた友人を招いてしまうこともある。彼女の言うところによれば、一柱の神で運営されていたり、そもそも神が存在しない異世界もあるようだが。
と、そこで目の前の幼女、ストラ神は微妙な表情をした。
(あ、しまった)
そうだった。失礼なことを考えてしまったかもしれない。
「いや、よい、本当のことじゃからな。
この程度のことで怒るような神はわしに言わせればまだ未熟じゃよ」
「そうですか・・なんかすみません」
気を取り直すように彼女はコホンと咳払いすると、話を本筋に戻した。。
「そう、ここからが本題なのじゃが、
なんとその最高神様が、貴様に言伝を頼んでいるのじゃよ」
「・・え?」
言伝だって・・?どうしてそんな偉い神が僕何の用があるんだろう。
戸惑う僕を見て、彼女、ストラ神も少し戸惑うように言った。
「あの方はこうおっしゃったのだ。
『優斗。お前はもう魔王討伐にはかかわるな』とな」