最後の一撃は・・
眼前にあるのは、多大なマナの奔流。
残りの制限時間に猶予はない。いつ彼のブレスが爆発するかわからないのだ。
急いで僕はあるものを金属生成で作成した。
その素材は魔法を防ぐためのオリハルコンではない。
むしろその逆、
魔法を吸い上げるミスリル金属だ。
そう、ここ最近、新武器の開発にいそしんでいたのが幸いした。
原理を簡単に説明すれば、ミスリルの中の魔素を極限まで空にすることで、解放時、他の魔法エネルギーをスポンジのように通す性質。
これを発見した時は、この性質があらゆる道具に利用できることを確信した。が、
まさかこんなに早く役立つ時が来るなんて予想もしない。
その新素材である、吸収性のミスリルを作り出し、それを糸状に引き延ばす。
放射状に彼から頭上へと伸ばし配置。これでやっと一本。マナ効率を犠牲に速度を優先する。
それはいわば、エネルギーを逃がすための導線。
彼が放つブレスの魔法エネルギーを、何もない空に逸らすのである。
それしか方法はないと感覚的に確信した僕は、さらに作業を加速させていった。
その間、アンジェリカも集中しているのを察してくれたのだろう。信じて黙ってくれている。
彼女たちの命がこの作業によって左右されるのだ。全力で取り組まねばなるまい。
刻々と時間は過ぎていく。数分以内の出来事だったろうが、それが何倍もの時間に引き延ばされたかのようだった。
その間にも際限なく熱量は上がっていき、ある時友人の周辺に変化が訪れる。
オリハルコンの溶解温度を突破し、ついにはその鎖がドロドロと溶けだしたのだ。
そして、彼の頭部が露になる。
それを見て僕は少なからずショックを受けた。
「っ・・!」
知っていたが、改めて見てみると、酷い。
彼は先ほどまで、獰猛で醜いキマイラじみた姿だとしても、少なくとも生命力にあふれた強者たる姿だった。
しかし今、彼は鱗や肌が溶けだし、一部骨が見えかけている。
そう、それはあまりにももろい姿。先ほどのマナ量とは比べ見る影もなく、子供が少し押しただけで壊れそうなほどだった。
だが、唯一、その眼だけが、憎悪とともにギラギラとこちらを見ている。
自らのダメージなど、少しも意に介していない。執念の塊のような存在だ。
そして、その時点でも彼は一向に爆発を止めることをしないのである。
(君は・・本気なのか・・・!!)
半ば鎖から脱出している今、その鎖をほどいてこちらに向かってくることも可能なはずだが、そうする気配はない。
僕を倒すために、覚悟を決めたのであろう。
だが、彼は大バカ者だ。
ポチまで巻き込むと知っているはずなのに。命を犠牲にするようなことをしている。
彼女を取られるくらいならば破壊してしまおうということなのだろうか。
でも、それでも、
君がオリハルコンよりも堅い決意を抱いたとしても、
どんな憎悪を向けてきているとしても
これ以上、彼に奪わせない。
皆生き残るのだ。僕とアンジェリカとポチと、そう、彼自身もだ。
僕も彼に負けないくらいの決意を胸に、マナの急速な減少に意識がもうろうとする中、必死に作り出していく。
そして、ついに、
「っ・・!!できた・・っ!!」
爆発による破壊を阻止する、巨大なミスリルの導線が完成したのである。
しかも超速で作ったにしては、不完全なものではない。それが完全に動作すると確信した。
ならばもう何もすることはない。
いつ自爆ブレスが起きても、大丈夫な状態。
そしてこの時、達成感からか、知らずに僕は過ちを犯す。
こう大声で叫んでしまったのだ。
「さあ!放つんだ!!」
そして、その言葉を合図にしたかのように、
『放たれる』。
ダァアアアアアアアン!!
衝撃音があたりの空間をつんざく。
「・・・・・?」
僕は刹那、混乱した。
予想外の事態が発生。
今、目の前で起きたのは爆発ではない。
爆発は起こらず、響いたのは銃撃音。
それと同時に、前方の友人。その頭が、
血しぶきとともに、瞬間的に消失する。
その次の瞬間、
「っっ・・・・!!!」
僕は自らの過ちと、そして今何が起こったのかを悟る。
後方をちらりと見た。
そう、後衛のアンジェリカが銃を構えていたのである。
その銃身から登るのは煙。
たった今、発射したのだろう。
彼女は肩で息をしながら、喜びの表情で言う。
「・・・やりました!!やりましたよ優斗様!!私めが・・あの怪物を倒しました!!」
やはり、そうだ。
全ては先ほどの僕の言動が、原因。
僕が友人に叫んだ、「(爆発ブレスを)放つんだ!!」の言葉。
それが、彼女には銃の発射合図と勘違いしたのである。
そして、先ほどの友人は、まるで触れれば壊れるような生命力だった。高い攻撃力を誇る銃で攻撃されたらひとたまりもないだろう。
僕は理解した。彼は既に死んでいる。
信じられなかったが、その証拠と言わんばかりに金属の反応を探ると、爆発寸前だった熱量がみるみるうちに減少。体もだらんとして動く気配すらない。
そこでようやく僕は、感覚として彼の死亡を確認した。
「・・・・そうか」
その不穏な気配を感じたのだろう。
「あれ・・?どうしたんですか?優斗様・・?敵はもう、死んだはずですよね・・?」
アンジェリカがいぶかしむが、僕は慌てて取り繕った。
「いや、なんでもないんだ」
彼女は何も悪くない。僕の連絡不足が原因なのだ。
いや、元はと言えば、あの危険な存在を生きたまま捕獲しようとする考え自体があまかったのだ。
(これで良かったのかもしれない)
僕はそう自身に言い聞かせる。
そして彼女に安心させるように笑顔を作った。
「討伐、完了です」
そして、安堵した僕らは、そのまま・・・
「『くっくく、計画通り、とはいきませんでしが・・』」
聞いてしまった――。
この場にいないはずの、四番目の謎の声を――。
「「っっっ??!!!」」
ポチ、アンジェリカ、そして僕、
この場にいる三人が、同時に確信する。
自らの命の危機を。
それは、先ほどの熾烈な戦いが、全て茶番に見えるほどの強烈な感覚だ。
いや、人だけでない。この国、この惑星、いやそれどころか、この『世界』の危機だ。
それが・・その声が、
あろうことか、死んだはずの友人のほうから聞こえてきたのだ!!
勇気を振り絞ってゆっくりと振り返る。
すると、視認する。
たった今破壊されたはずの友人の頭部が、再生されていたのだ。
いや、再生というには、何かおかしい。
黒ずんだ、別のものに変化していた。
そして、その口を動かし、
吐き気を催すような邪悪が、慇懃にも挨拶をした。
「ごきげんよう、
――私が『魔王』です」