生き残る方法
この異世界における亜人とは、集団的に孤立され、遺伝子に変化が起きた元人種族である。
一般的な人類とは決定的な違いがあるが、出自をたどれば人にきわめて近い種族であるのも確かだ。
だが、一般的にそれが知られているわけではない。古来より彼らは、半魔半人の存在として忌避されてきた。
ゆえに、あるときある悪賢い商人が彼らを利用して商売を始める。
そう、それが今のこの異世界における『奴隷』である。
既に奴隷制度は廃止されていたとはいえ、それは人に対してのみ。
例えばモンスター使いが使役しているもの中には、人に近い姿をして、人と同じ知性を宿しているものいるのだ。
そう、亜人たちは法律的にそれと同じペット扱い。人権は適用されないのである。
そして法律の穴を突いた合法の奴隷市場が活発化したころ。奴隷商たちはライバルに差をつけるため、奴隷の品質を向上することを始めたのだ。
生まれたのが、奴隷たちを主人に懐かせるためのメソッド。
彼らは奴隷たちに『実践的』にこう教え込む。
自身は暴力を振るわれるのが仕方のない存在であると。
毎日常に虐待されることが普通。過酷な環境が普通だと思わせるのだ。
そして、客に買われて、そこでの環境が、仮に暴力を振るわれるとしても今までより『マシ』ならば、
相対的に彼女たちにとって『優しい』ということなのだ。
奴隷は半ばそう『誘導』されて、主人によく懐く。
そして、友人の奴隷であるポチ。
彼女にとっても、他の亜人奴隷と同じく、主人に対する忠誠心や好意は本物。
いや、本物『だった』というべきだろうか。
そう、彼女はこの時、『自らの生』と、『忠誠心』、
そのどちらかしか選ベない選択の瀬戸際に立っていたのだ。
「ひっ・・!!!」
目の前に迫るは、巨大な主人の醜悪な顔。そして牙だ。
二か月前からだろうか。彼はモンスターを食らい始め、自ら異形へと変化していった。
その時から、彼はまるで別人かのようにピタリと暴力を振るわなくなったのである。
それどころか、妙に優しくなり、じっとこちらを見ていたり、頭をそのいびつな手で撫でられたりしたのだ。
そう、彼の立場に立ってみれば、それは偽りのないそれは『愛情』であった。
友人は、環境によって人格が歪み、これまで他人と比較することでしか考えられない哀れな人生を歩んでいた。
その孤独だった心を埋める、まるで守るべき妹のような存在だったのである。
だが、
その愛情表現を、ポチは正しく受け取らなかった。
その理由はあまりにもシンプルな理由。
歪すぎた主人の外見の変貌である。
日を重ねるごとに、彼は目が増え、牙が増え、手が増え、その骨格もひどく強靭にゆがんだ姿になっていったのである。
そしてそれはモンスターを食べることで得ているらしい。
そう気が付いた時には、彼女の脳裏にある妄想が浮かんだのだ。
(私も、最後には食べられてしまうの・・??)
『忠誠心』から、諦念の思いも最初はあった。
すぐさま食われるならば、おとなしく彼女は自らの死もを覚悟したかもしれない。
だが、毎日血しぶきをあげて捕食する、そのグロテスクな光景を毎日目の当たりにしているうちに、彼に食べられるという『名誉』が、『恐怖』に替わっていったのだ。
人は恐怖そのものよりも、いずれ訪れる恐怖のほうに怯えるもの。
だから、自らが捕食されることを悟ったこの時、今まで感じたことのない恐怖を感じた。
中にはいくつもの別れた舌があり、異臭が香る。それはまるで異界の門のようだ。
「ッッ!!」
そして彼女は無意識に選んだ。
「い・・・や・・・っ!!」
「!!」
獣人は、基本的に普通の人種族よりもスペックは高い。
今まで全く使ってこなかった野生の本能。それが死に際に直面することによって瞬間的に開花したのだ。
「いやぁああああああああああああああああ!!!!」
俊敏に、彼女は友人の手のひらから逃げる。
「ど、どごに行ぐんだっ!!??」
彼は、咄嗟に捕まえようとしたが、しかし火事場のバカ力もあったのであろう。彼女の速度のほうが上だった。
実際、彼はポチを捕食しようとして口の中に入れようとしたわけではない。
ただ、優斗に暴かれた元の場所は、彼女を危険にさらすと判断したのだ。
ゆえに最も安全と思われる、自身の口腔の中に一時的に避難させようとしただけなのである。
万が一、戦いのさなか誤って飲み込んでしまったとしても、彼はすぐさま腹を引き裂いてでも彼女を助けたであろう。
それくらいの覚悟と能力は彼にはあったのだ。
だが、しかし、その思いも通ずることもないまま、彼はポチを逃げられてしまう。
そしてポチが咄嗟に助けを求めた相手。
当然それは、目の前にいる優斗たちである。
「たっ、助けてっ・・!!食べられちゃう・・っ!!」
そう言って、ひしっと優斗の足元にしがみついたのだ。
「なっ・・?!」
突然の事態に優斗は、罠の可能性を考慮した。
だが、彼女の怯えも、友人の狼狽も見たところ本物。
第一こんな作戦を立てられる性格ではないだろう。
「ポチぃいい~~!!!もどっでごい・・!!そいつはでぎだぞぉおおお~!!!」
彼女が巻き込まれることを恐れているのだろう。今や友人は戦うことを一時的にやめ、ポチに語り掛けている。
が、当の彼女は足元にしがみつき、
「嫌だ・・・!食べられたくない・・っ!!」
そうぶつぶつとつぶやき彼を怯えた眼で見つめ返すのみだ。
「・・・これは」
そして感情的な彼らとは対照的に、優斗の取った行動は迅速だった。
(よく分からない・・けど!)
ずももっ・・!
液体金属術によって、極力ばれないように彼の頭上にあるものを生成したのだ。
この技を使うには、あまりに隙が多いのだが、今の彼は混乱している。
もしかしたら通用するのではないかと思い使ってみたのだが、
「ボヂィイ・・・!!ざあ、おいで・・!!」
やはり、彼の注意はポチに集中している。
普段ならば頭上に感じているはずの、液体金属のマナに気づくことはない。
そして、たっぷり数十秒かけて完成。
「がえってぎでぐれ・・・・」
彼のその言葉を遮るように、
どすんっ、と。
まるで釣鐘を落とすかのように、被せた。
そして、底面も瞬間的に完全に囲う。
それを見てアンジェリカが驚いて言う。
「これは・・!箱?!」
そう、ボス級モンスターすらも閉じ込めて置ける巨大な檻である。
これは、中身が多重構造になっており、構造も頑丈になるように設計してある。
決して簡単に壊せるような代物ではない。
僕は完全に油断しきり、一息ついてこうつぶやいた。
「捕獲完了です」
「や、やりましたね!優斗様!!」
完全に戦いは決着したと思い込んでいた。
だがそれもつかの間、
バゴォオオン!!
破壊音が聞こえた。
「「・・・!!」」
僕たちは無言になる。
その出元は、当然檻の中からだ。
続いてその内部で
、
「なんだでめぇえええええええええ!!!いぎなりどじごめるなぁあああああ!!!ボヂをがえぜえぇええええええええええええええええ!!!」
「っ!!」
連続する破壊音。
「ひぇえええ!」と恐怖の声を上げ必死にしがみつくポチ。
(まだ戦いは終わったわけではないか・・!!)
僕はそう悟り、彼を向かい打つ準備を開始する。
金属生成である準備をしながら、彼女の脇を持つと、後衛のアンジェリカに向って投げつけた。
「アンジェリカさん!!この子をお願いします!!」
「!!わ、分かりましたけど・・!!」
、混乱していただろうが、突然のパスにもアンジェリカは見事キャッチ。
だが、彼女も恐怖の感情をあらわに尋ねた。
「優斗様!!敵は完全に捕獲したはずでは・・?!」
「いえ・・!!今ので完全に封印できたと思ったのですが・・!!
引き続き警戒してください!!出てきます!!」
その言葉が言い終わるとともに、
「おらぁああああああ!!!」
べきぃッッ!!と、
力任せに彼はその箱から脱出した。
今度は静かにポチに語り掛けることもない。
怒りとともに暴走していた。
「ゆうどぉおおおおおおおおおお!!!がえぜえぇええええええええええええええええ!!!!!ぼぢをぉおおおおおおおおお!!!」
出てくるなり叫びつつ、すぐさま突進。
「ひぃいい!!!」「優斗様っっ!!」
気迫に怯えて後方の二人は叫ぶ。
だが、既にこの一帯には罠を張っていた。
見計らってそれを発動させる。
「ぐっ!!!」
どすんっ!と。
彼は何かに足を取られすっころぶ。
既に準備は十分に完了していた。ありったけの液体金属をあたりの空間に散らばらせている。
そして、凝固、変化させ、相手の足元にあるものを作成したのだ。
それは鎖。
オリハルコン製のそれは、寄り集まれば彼すらも転倒させてしまうほど強靭だ。
転倒したその隙に、さらに鎖を生成し、捕縛を続行する。
だが、もちろん、されるがままにされる相手ではない。
「おらぁあああああああああああああ!!!」
ブチブチブチッ!!と、
たやすく破られてしまう。
が、それでいい。再び鎖を生成して絡めていく。
その鎖にはいばらのように棘があり、毒性の金属をコーティングしているのだ。
つまり、毒攻撃と捕縛の合わせ技。ちぎられてもちぎられても再度巻き付ける。
ずっとこの状態を維持していればいずれ動けなくなる時がくるのだ。
だが、この強靭な鎖を一本生成するだけでも、複雑な処理を行わなくてはいけない。
かつ遠距離操作、長時間無数に作っていくのである。
その行為には大量のマナを消費し、疲れる方法なのだ。
これは最終手段。力技だ。他に有効な方法も思い浮かばない。
この策がうまくいくかどうかは、僕の今までの修練の積み重ねにかかっている。
「ぬがあぁああああああ!!うぜぇえええええええ!!!」
ブチブチブチッ!!
彼の出す叫びをBGMに、僕は機械になったように作業を続けながら、疲労回復に聞く呼吸法を貫く。
「すーっふーーー」
出す息を長く。体の中心に意識を集中させる。今のところ疲労は軽微で済んでいるが、どのくらい持続させることができるか・・。
ステータスを見ると、既にマナは1000まで切っている。金属生成はマナ効率が高いとはいえ、持つだろうかと不安になる。
だが、やるしかない。
「優斗様・・・っ!!!頑張ってください!!」
後方からアンジェリカも応援してくれる。
彼の破壊と、僕の創造、その力は互角だ。
一進一退の戦いが続いていた。
そして
あるときを境に、彼はこのままでは僕に敵わないと思ったのだろう。
「・・・・」
物理的な抵抗をやめた。
「・・・・?」
疑問に思ったが、油断せすその隙に大量の鎖を巻き付けていく。
それを見て後衛でアンジェリカが、ようやく力尽きたかと思い喜びの声を上げた。
「おおっ!!やりましたね!!優斗様!!」
しかし、一方の僕は何故か安心することはできない。
何か嫌な予感がする。
そして、次に彼はある信じられない行動をとった。
『がっ・・!!」
「っ!!!」
その時の僕の動揺を悟りアンジェリカが尋ねる。
「ど、どうしましたか!?」
その質問の答えは、金属から、彼を中心に高温が発生するのを感じたことだ。
そう、ブレス。
それを彼は密閉された鎖の中で放とうとしている。
しかも今までの火力の比ではない。どんどん熱が膨れ上がっていき、まるで太陽のようになっていく。
「そうか・・っ!!君は自滅を覚悟で・・っ!!」
それは指向性のあるブレスではない。
彼は口を開くことなくそれを発動させようとしている。
そう、それはこのあたり一帯を巻き込む『爆発』だ。
みるみる彼を取り巻く鎖も赤くなっていく。
魔法を通さないはずのオリハルコンの金属が、純粋な熱で徐々に溶解し始めているのである。
そこでアンジェリカ申し訳ございませんその異変に気が付いたのだろう。
「優斗様!!?鎖が・・!!? あれはいったいっっ?!」
だが、彼女の質問に答える余裕はない。
死の予感を告げるのだ。この二か月で培った冒険者の勘がそう囁くのである。
最悪、僕たちだけでなく町のみんなにまで爆発に巻き込まれるかもしれないのだ。
それを必死に回避しようと、刹那の瞬間、頭をフル回転させ思考する。
(彼の自爆をとどまらせるために鎖を開放するか・・?
いや、駄目だ。既に鎖は熱で溶解して動かせないし、金属生成で固定した道具は、近づかない限り解除は不可能。
それに、仮に自爆をとどまらせても、彼を無力化しなければ根本的な解決にはならない。
ならば彼を中心にシェルターを作れば・・いや、この熱量とマナ量。止められる自信がないし、かえって爆発の勢いを強めてしまうかもしれない。
どうやったら爆発を止められ・・いや、待てよ、)
そして、閃く。
(そうか、爆発を止めることが無理なら、むしろ・・!!・・!!)
多少のリスクは覚悟の上。
だが、全員生き残るには、それしか方法はない・・!!