勝てない戦い
一時間前。
モンスターが、町の周囲にドーナツ状に出現し始めて、中心へと突き進んでいる。
「くく、、エザがイッバイだ・・!!」
優斗の友人は既にその上空へと到達していた。
ビートダウンでもなければ、これほどの質のモンスターが密集するのは珍しいだろう 。
それを見て、歓喜しながらも、首をかしげる。
(なぜこんなところにモンスターの湧き場所が・・?)
だが、その答えを知る必要はない。
大事なのは、食べ物がここには大量にあるという事実のみ。
彼はニヤリと笑う。
(いいぞ・・!ここなら、効率的に強くなれる・・!!)
さっそく、そのドーナツ状の端へと翼をたたんで降り立った。
そして、
「いだだぎます・・!!」
虐殺を開始する。
「がっ!!」
ドラゴン特有の、頭を上にあげる動作。
それから前を向いて放つ吐息。
「がぁああああああああああ!!!」
ブレス。
ドラゴンの胃袋の機能だ。
驚くほど広範囲を殲滅することができるその能力。
ブレスと一言で言っても、炎や水、風、雷などと言った属性がある。
そして今の彼が放った属性は、『毒』。
毒のブレスは、他の属性と比べ純粋な攻撃力は劣る。
しかしそれは生易しいという意味ではない。
即死はしないものの、動くこともままならない状態異常を付与するのだ。そのブレスを放った場所には、一年間他のモンスターが近寄らなくなるという。
そう、炎などと言った威力特化のブレスでは、肉を破壊してしまう。
だが毒のブレスなら生のままモンスターの肉を確保できるのだ。
「・・・がっ!!」
ブレスを吐ききり、広範囲のモンスターを毒状態にする。
死んではいないとはいえ、痙攣し地面に付しているモンスター群。
彼はそれをわしづかみして、生きたままむさぼった。
ぶちゅり、ばり、ぼり、
質はドラゴンの渓谷より劣る。
だが量はすさまじい。食べても食べてもなくならないくらいだ。
しばらく捕食していたのだが、彼はある問題に気が付いた。
「めんどぐざい・・!!」
そう、量が量がだけに時間がかかるのだ。
生命奪取により、瞬間的に消化してしまうため、満腹の心配はない。
だが、わざわざ手づかみで食べていては、日が暮れてしまうだろう。
かといって、捕食を後回しにすれば、獲物を誰かに取られてしまうかもしれない。
だが、その効率的に捕食する方法を、彼は感覚で導き出す。
口が一つだから時間がかかる。しかし今の彼の口は一つではない。
普段は使わず閉じているが、『両手にも』牙の生えた凶暴な顎があるのだ。
それを使い、『両手』で食べれば効率は二倍。そして本来の口も使い、四つん這いになれば三倍もの高率になる。
ばり、ぶちゅり、ぶちゅりりり
「ふふふ、おれ、でんざい・・!!」
さらに、足の部分を有効活用しようと、金属生成で、鎧の足の部分も解除し、捕食。
そのおかげで、先ほどよりも速い速度であらかた食い尽くす。
完食した後、後、またさらに毒のブレスを放って捕食を繰り返した。
さらに、生命奪取の応用で効率を加速させる。
捕食の成長時に、意識すれば成長をある程度コントロールできる。
それで体中の口を増やし、その大きさも大きくしていく。
これによって捕食スピードをさらに上げていったのだ。
ステータスを見ながら食い、その上昇速度を見て彼は内心にやついた。
(いいぞ・・!!このまま食っていけば、今までとは上回る速度で強くなれる・・!!)
彼はこのまま何日でもこのおぞましいレベル上げを続けようと思っていた。
だが、ここにはモンスターだけではない。
冒険者がその近くで戦っているのだ。
そう、友人から一番近い場所で戦っていたチームがいた。
その名は、『ダークブレイカー』。優斗の隣の地区担当のSランクチーム。
精鋭の名に恥じない強さを持っていた彼らは、この程度生ぬるいと感じ、前線に突出して戦っていたのだ。
「アローレイン!!」
「クルセイダーフラッシュ!!」
少数とはいえ、精鋭。
この数相手に高位の魔法の連発で対応している。
しかしそこに漂う毒のブレスの残滓。
それが彼らの位置まで到達したとき、体に異常が起きたのを感じる。
「!なんだ?!この異臭・・!!体が・・!!」
次々と倒れる仲間に、『ダークブレイカー』リーダー、アンジェリカは尋ねる。
「どうした!?お前ら!!」
「これは・・!!おそらく強い個体の毒攻撃のようです!」
「そうか・・ならば」
抱き起して彼らを介抱する。
「おい!大丈夫か!!しっかりしろ!これを飲め!」
事前に準備していた解毒ポーションを与える。とりあえず全員持ち直した。
そしてこのまま全員で撤退し、増援を呼ぶのが安全策。
だが、彼らにもプライドがあった。
リーダーのアンジェリカはブレスが漂ってきた先をにらんで言う。
「お前らは引き連れて逃げろ。報告もしなくていい」
「えっ・・でも、アンジェリカさんは?!」
「後衛の冒険者たちをいたずらに危険に犯すわけにはいかん!!
私たち数人でこのモンスターを討伐する!!」
そう、アンジェリカたちは自身の力を過信していた。
ビートダウンは何度も経験しており、強い個体だって難なく倒してきたという実績があったのだ。
うなづきあう彼ら。
そしていつものように掛け声で気合を上げる。
「行くぞ!!」
「ああ!!」
だが、それは決して愚行ではない。
アイテムや体制などで、毒、状態異常対策もしっかりとっている。
不慮な事態も何度も繰り返し、反省もし、問題点も解決してきた。
だがそれは、この町の周辺で戦いでしかない。
その怪物がそのレベルとは違う次元の存在であるということは夢にも思わなかった。
ゆえに、始めは何の恐怖心もなく彼らは毒の霧の中を前進する。
そして、数分後、
遠目に、醜悪な形をした鎧の怪物を見た。
ぶちゅり、ぶちゅりりり
その時、
「「っ・・・1!!」」
遠目から見ただけで、異常だとわかる存在感。
高速で移動して血しぶきをまき散らしながら移動しているのだ。
誰の目から見てもそれが別の次元の存在であるとわかるだろう。
認識した瞬間、アンジェリカは即座に逃げることを判断。
「て、」
撤退。そう言おうとした。
だが次の瞬間。
「がう・・?」
「ッッ!!」
睨まれた。
それだけで動けなくなる。
スターテスの差は数万倍。
それがすぐ数キロメートル先に居るのだ。
アンジェリカたちにとって、死そのものと言っていいだろう。
その恐怖によって足がすくみ、中には地面に手を突く者もいた。
そして、対する彼にとっても、その冒険者たちは歓迎すべきものではない。
(・・なんだ・・?人・・?冒険者だとぉ・・っっ?!!)
そう、過去には馬鹿にされ、負かされ、投獄されと、冒険者にはいい思い出が無い。
加え、夢中で効率的なレベル上げをしていた彼にとって、イレギュラーは歓迎すべきものではないのだ。
(今でこそ取るに足らないちっぽけな奴らだが、
あいつらには、過去に世話になったからな、、やるか)
即座に、殺すことを決意。
「がううう!!!!」
数キロ先を、超速移動で接近する。
その恐怖は筆舌に尽くすことができなかった。
「ひ、ひいいいいいい!!!」
泣き叫びながら、かろうじて立って逃げ出すもの。
未だ腰を抜かすもの。
勇気を振り絞って剣を構えるもの。
その中でも、メンバーの弓使いが、かろうじて指を動かして矢を放った。
「ひ、ひぃっ!」
スキル補正もあり狙いは正確だが、恐怖から何の力もこもっていない一矢。
当然、それが直撃しても、彼は傷一つつくことはない。
「がうっ!!!」
むしろ、怒りを買い、その弓使いから先に、その怪物は殴り飛ばした。
「ぎゃぁああああ!!!」
「っ!!!」
リーダーのアンジェリカでさえ、その攻撃に反応できなかった。
血をまき散らしながら吹っ飛んでいく仲間。
「(・・っ!!くそっ・・!!)」
一目で重症とわかる。とはいえかろうじて即死はしなかったようだ。即死さえしなければポーションで復活できる。
だが、このまま動けなければ、その間にも次々と戦力はそがれていくのだ。
行きつく先は、全滅。
そう考えたアンジェリカは、一瞬で覚悟を決める。
そして、まずは動けなくなった仲間をここから引き離す。
「てぇい!!」
その方法は選んでいられない。仲間を全力で後方へ蹴り飛す。
それを見て、かろうじて立っている先輩冒険者も仲間を後方へと吹っ飛ばしていった。
「・・?」
怪物は、仲間を攻撃し始めたのを見て、首をかしげる。
その数秒の間に彼らは声を掛け合った。
「あ、アンジェリカさんも逃げてください!!」
「いや、先に逃げろぉ!!ここは私たちが食い止める!!
他のけが人をつれて別のSランク冒険者に報告するんだ!!」
「っ・・・!!!わかりましたっ!!」
わずかなメンバーを残して逃げていった。
その会話を聞いた怪物は、自らの優越感から、にやりと嘲笑するように笑った。
(くくっ、甘ちゃんども同士の友情ごっこか・・!!面白い!!
この世は強さこそが全てなのにねぇ・・!!)
そして、わざと彼らの恐怖を引き立たせるように、
「がぉおおおおおおおおおおお!!!」
「っっ!!!」
咆哮する。
冒険者たちは腕でかばうように衝撃から守る。
もはやメンバーたちは、恐怖など通り越していた。
「へ、へへ・・」「あ、はは・・」
その一人がアンジェリカに虚勢を張るように軽口をたたいた。
「り、リーダーもやりますね。あいつらが逃げるまで、ここを食い止めまるってやつですか?」
「まるで物語の中の騎士だな」
「いや、なんなら倒しても構わないぞ・・!
私たちならできるはずだ・・っ!」
だがそうはいっても、この戦いは、負け戦。
よくて逃げる仲間の足止めにしかならないだろう。
それはよく分かっている。
引いても向かっても死。
ならば、できるだけ時間を稼いで、逃げる時間を引き延ばすのが最善の選択。
そう、たとえAランクとはいえ、何度も冒険を繰り返した熟練のパーティ。
こういった絶体絶命の局面での決断力は目を見張るものがあった。
彼女たちは勇気を振り絞って、絶対に勝てないであろう相手に立ち向かう。
「・・行くぞ!!」
「おう!!」
だが、その怪物は、そのやり取りに対し、
(ざこが・・!!友情なんて、偽物なんだよ・・っ!!)
苛立ち交じりにその拳を振るった。
「がううう!!!」
地面がめくれるほどの衝撃。
だが、幸運にも速度は低い。大きめに動いていたおかげで、冒険者はそれに対応できていた。
そして、カウンター。
「シャイニングスピア!!」
鎧の隙間から、最速最大の攻撃でその怪物の急所を狙う。