予感
「せいっ!」
『縮地』。異世界のスキルではないが、特殊な重心移動により、短距離を高速で移動する技術。
異世界に来てから、何度も使ってきた移動法。
当然その距離も大幅に上がっている。
それにより、瞬時に巨大な人型モンスターに近寄ると、
ザクッ!
その足を魔法剣で傷つけて離脱した。
「うがっ?!!」
モンスターの驚き声と、続いて他の冒険者の掛け声。
「うりゃぁああ!!」
ブシュリ!
急所へと直撃したのだろう。
ドォオオオン、と
数秒遅れで地面に倒れる音が響いた。
その間にも僕は他のモンスターへの攻撃を続行している。
この状況に僕は安心していた。
(最初はあまり自信が無かったが、うまくいきそうだ)
ビートダウンが開始して、早一時間。
僕がとった戦法は、ヒットアンドアウェイ。
これは、ブラディゴブリンと夜まで戦ったときを思い出す。
あの時、自分は縮地を使って多数のモンスターに無双していた。
今も同じように、縮地でモンスター間を移動し、攻撃を繰り返している。
だが、大型のモンスターが多く、急所も鱗や筋肉でおおわれているものもあり、よほど弱っていない限りは一撃で倒せない。
だが、今はマージョリーさんや冒険者たちがいる。
必ずしも一撃で倒す必要はないのだ。
例え浅い攻撃でも、そうやって場をかき乱していけば、他の冒険者たちがその隙をついてくれる。
マージョリーさんが時々全体のモンスターの数を減らしてくれるのも功を奏しているのも功を奏していた。
圧倒的にこちらが優勢。一切モンスターを城壁へ通すことなく処理できていた。
めだったけが人もほぼゼロと言っていいだろう。
これは僕の力だけではなしえなかった。
マージョリーさんと冒険者たち、彼女たちがいたから実現したこと。
しかし合間を縮地で抜けていく間に、こう話す人たちの声が聞こえた。
「なんか、前回のビートダウンより楽じゃね?!なんでだ?!」
「優斗さんだ。優斗さんが援護をしてくれるからここまで楽に戦えているんだ・・!!」
「斎藤優斗・・彼、なかなか冒険者としては見どころがありますねぇ」
「おっ!!噂をすれば!!ちょうどあそこにいるぜ!!」
「ありがとうよ!」
そう言って手を振るが、僕はそんなに大したことはしていない。できることをしているだけだ。
だが、そう言ってくれるならば、こうしている甲斐があるというもの。
それは、いつもの討伐に比べ、楽な部類に入る戦いだったが、今僕は冒険者たちの命を預かっているといっても過言ではない。
もっと彼らが楽に戦えるように工夫しなければ。
できるだけ動きを見て的確な隙を突いていこう。冒険者の動きも邪魔しないで、縮地ももっとレベルを上げられるはずだ。
(より一層の精進をしなければ・・!!)
夢中になっていた。
しかし、それを邪魔するかのように、
ぞぉっ、と。
「・・っ!!」
何かが近づく気配がし、僕は一瞬動きを止める。
周囲を警戒するが、少なくとも見える範囲は変わりないように見える。
「?」
(気のせいか?)
念のため、マージョリーさんがいる場所に報告をしに戻る。
ちなみに彼女は既に完全な外出用アイテムの開発に成功したらしく、僕から離れても大丈夫になっている。
属性魔法で遠距離攻撃していた彼女の前に前にシュタッと止まる。
「師匠!!」
「『ファイアエクスプロー』・・あら?どうしたの?」
「いえ、どうしたというものでもないんですが、
あそこの方角から何やら不穏な気配がするんです」
「ああ、それはたぶん強い個体のオーラを感じ取ったのね。
ビートダウンにはそういう特大のモンスターが現れることもあるの」
やはりそうなのか。
マージョリーさんがいるから少し僕が離れても大丈夫なのではないか。
そう考えて僕は提案する。
「少し見てきましょうか」
しかし、彼女は首を振る。
「いえ、それはよしたほうがいいんじゃないかしら。
ギルド長にも言われたでしょう?
あまり自分の担当地区から離れないでくれって」
そう、忘れていたわけではなかった。
Sランクの僕が担当地区から離れたら、ここに戦力のができてしまう。
その間、ここにも強いモンスターが来て対処できなくなるかもしれない。
理屈では理解している。
しかし、それを鑑みても、提案したのは、理屈ではなく感覚。
「・・・・」
何か、嫌な予感がするのだ。
他の冒険者ではダメ。
『僕』が行かなければならない。そんな気がする。
「・・・」
僕が黙っていると、
「納得していないのかしら?」
マージョリーさんは、安心させるように言う。
「心配しなくても、そこの方角にもSランクチームのアンジェリカたちのチームが担当しているはず。
責任を抱え込むのがあなたの癖だけど、時には仲間を信頼することも大事よ」
確かに、そうかもしれない。
僕は彼女に礼を言うと、引き続き戦闘を続行する。
そうだ。たしかあそこの方角には、『ダークブレイカー』チームの担当のはずだ。
『ダークブレイカー』は、Sランクの名に恥じない、長年このギルドを支えてきた熟練チームの一つ。ビートダウンも何度も経験してきた信頼の冒険者たちだ。
彼らに討伐できないモンスターのほうが多いと言われている。
なら、安心だろう。
そう自分に言い聞かせるが、しかしまだ胸騒ぎは消えない。
それをごまかすように、戦闘を続けていると、
「優斗さぁああああん!!」
絶叫。戦闘音交じりに遠くから聞こえるそれは、悲壮さが多分に含まれている。
それは死力を尽くしたかのような必死な声。
しかも、予感を感じたその方角からだった。
何事かと僕はそこまでその声の主まで急いで移動してゆく。
すると叫んでいたのは、
「あっ!!優斗さん!!」
血まみれの冒険者。
何やらケガをしたらしき仲間を背負っている。
「・・君は確か、『ダークブレイカー』の」
そのメンバーの一人がここまで来るなんて。
尋常ではない事態のようだ。僕は尋ねる。
「どうしましたか?」
彼は疲労しているのも関わらず、必死な表情で掴みかかってくる。
「助けてください!!私たちのチームだけでは倒せないモンスターが出てきて・・!!あなたの、Sランク冒険者の力が必要なんです!!」
やはり予感が的中した。
彼らでもかなわない相手が表れたか。しかし僕に対処できるだろうか。
だが、どちらにせよSランクとしての責任がある。
『人として』助けにかけつけるべきだろう。
「・・しかし」
先ほどのマージョリーさんの言葉を思い出す。
僕はこの地区を任されているのだ。
一瞬逡巡する。
「・・・・」
だが、そんな僕の背後から、彼女の声がかかった。
「行ったほうがいいわ」
振り向く。
「マージョリーさん」
師匠がいつの間にか僕の背後に来ていた。どうやら今の話を聞いていたようだった。
あっさりと言ったが、先ほどとは180度違う意見。
僕は疑問に思い言葉を返す。
「いいんですか?」
「ごめんなさい。あなたを惑わせるようなことを言って・・
さっきの私の一般論は忘れてほしいわ。凡人ならともかくあなたの直感。
なら信じるしかないわ」
少し買いかぶりな気もするが、しかしいざ行くとなると、引っ掛かるものがあった。
「でも、この地区は・・」
そう、ここにも異常に強い個体が出てこないとは限らない。
最悪、ここが楽勝ムードから阿鼻叫喚の地獄絵図に替わるかもしれないのだ。
だが、師匠は安心させるように肩に手を置くと、
「大丈夫。
この地区は私が責任をもって対応するわ」
「師匠・・」
だが、その手は少し少し頼りない気もしている。
それでも彼女は、ぎゅっと手に力を入れると、
「それとも信頼できないかしら?
私の魔法の威力を近くで見てきたあなたが。私の力を信用できないとでも?」
・・そうだ。
マージョリーさんは後方支援に特化した破壊力特化の戦闘スタイル。
今僕がここで彼女を援護しなくとも、冒険者たちがその役目を果たしてくれることだろう。
事実、この地区の大半のモンスターは彼女が処理しているといってもいい。
ならば、安心だ。
「では、行ってきます」
僕は振り返って、両手から液体金属を繰り出す。
それに彼女は尋ねた。
「優斗、移動にはあれを使うのね?」
「はい。もちろんです」
これは、僕がこの一か月で編み出した移動方法。
金属生成を使ってある器具を作り出した。
縮地は短距離の移動法だが、長距離を移動するにはこの道具が一番早いだろう。
「これは・・?」
意外そうに『ダークブレイカー』メンバーが尋ねる。
それはあまり複雑な形状ではない。
一言でいえば人が乗れるくらいの『巨大な輪っか』。
縦に立たせるように作り、できるだけ軽く頑丈に作っておく。
僕はその冒険者を引っ張ってその中入る。
「さあ、そのモンスターの場所。案内してください」
「え?!うわっ!」
そして、風魔法を発動させて、後方へ圧力をかけた。
するとどうなるか。
長距離を高速で移動できるのだ。
ズシャァアアアアア!!!
だが、欠点として、全体が縦に回転するのである。
いきなりの回転に『ダークブレイカー』メンバーは叫んだ。
「うわああああああああああああああ!!」
少し酔う移動だが、三半規管は既に鍛えてある。
今はこれがベストな方法だろう。
絶叫を無視して途中の障害物にぶつからないよう気を付けながら僕は先に進んでいく。
しかし、
「(・・そう、ただの強いモンスターであればいいんだけど)」
これは、『ただの強敵ではない』。
そんな予感に胸をひりつきながら急いだ。
その先で、意外な人物と死闘を繰り広げるとも知らずに。