『ビートダウン』と『生命奪取(フレッシュスティール)』
「「ぎゃおおおおおおおおおおおおおぉおおおおお!!」」
最初の攻撃がヒットするなり、あたりの草原に叫びが轟いた。
空間を響かせ、肌に圧力を感じさせるほど。
そう、目の前のそれは、翼をもった大きなモンスター、ドラゴン。
僕は、先ほどからそれに対して中距離から毒針を投げ続けている。
それに対して、ドラゴンはこちらのほうをジャンプして爪攻撃。
「ぎゃうっ!!」
「おっと」
無論、僕は縮地で回避した。
続けて武器生成で攻撃を続行。l
だが、まともに効いていないだろう。
毒も付与しているとはいえ、その図体も大きい。毒が聞くまでには数日かかるだろう。
だが、ヘイトは集められる。
今は僕が全力で相手するだけ。
時間さえ稼げばあとは僕の相棒が何とかしてくれる。
しかし、その戦いを続けているうちに、ふとドラゴンはじっと僕を見つめた。
このままではらちが明かないかと思ったのだろう、
「がっ!!」
突然上を向いた。
これはブレスの予備動作。
瞬間的に僕は後方へ叫んだ。
「マージョリーさん!!」
「うん!!」
そして手を目の前に出すと、金属生成を発動させる。
いや、正確には、それを変化させたスキル、液体金属術だ。
これは液体金属を大量に出すことに特化したスキル。
個体化の速度は若干落ちるが、質量で大型のモンスターとも渡り合える万能スキルだ。
僕はそれで目の前に巨大な壁を作る。
ドラゴンがすっぽりと入るくらいのサイズ。
そして、展開した次の瞬間、
ぼうううううう!!
ブレスが直撃。
「っ・・!!」
何度受けても慣れない。すさまじい衝撃。
しかも、そのドラゴンのブレスはその壁では完全に防ぎきれそうにない。
壁の端から余熱が吹きすさぶ。
熱で体が溶けてしまいそうだった。
いや、実際、異世界に来た当時のステータスならば、既に体が溶けていたことだろう。
しかし、その時マージョリーさんが今まで詠唱していた魔法を開放。
「『ソーサリー!』」
巨大な魔法陣が彼女を中心に展開され、そして、
「『アークフォース』!」
ブォオオオンン!と、
その円の『外側』から放射状に衝撃が飛んだ。
『内側』には何ら影響がないので、そこにいる僕とマージョリーさんはノーダメージだ。
「ぎゃうっ・・!!」
その攻撃とともに、鳴き声とともにブレスが止んだ。チャンスかもしれない。
液体金属を解除すると、目の前に倒れて気絶しているドラゴンを視認した。
僕はその隙を狙って巨大武器を生成、
「てやっ!」
そして飛ばす。
「ぎゃ、ぎゃうっ!!」
その一撃は、ドラゴンの翼を貫いた。
既に眼が覚めたようだが、もう遅い。
もう数回繰り返し、完全に羽を地面に縫い付けた。
「ぎゃうううううううう!!!」
ドラゴンが、その剣を抜こうとしている間も僕の攻撃は続く。
これで少なくとも数十秒は時間を稼ぐことができるだろう。
そうしているうちに、マージョリーさんの魔法の詠唱が完成した。
そして、
「『グラビティスピア』!!」
一撃必殺の魔法が炸裂する。
超重力となったドラゴンの上空の空気が、その体を打ち抜いたのだ。
ドォオオオオン!!
体に大穴を開けたドラゴン。
動かなくなったそれを見て、死亡を確認すると、
「やったわね!」
「はい!」
二人でハイタッチする。
討伐完了だ。
そう、これは依頼。本来ドラゴンはここに居るモンスターではない。
このファイアドラゴンは、街道に比較的近いところに巣を作っており、通りかかる商人がすでに犠牲となっていたのだ。
A級の討伐依頼が出されており、冒険も慣れてきたとあって、僕たちが受注したのである。
既にドラゴンはいくつか倒している。
と言っても、ワイバーンと呼ばれる下位のモンスターなのだが、それでも侮れない。
特に、一帯の領域全体を覆いつくす攻撃であるブレスは厄介。
しかし、マージョリーさんという心強い仲間もおり、油断しなければ討伐はそれほど難しいものではなかった。
それに、僕もこの一か月で多少ステータスも強くなっている。
今の僕の強さはこんな感じだ。
ーー
名前 斎藤勇斗
生命力 1280
最大マナ 2350
力 390
持久力 700
魔法操作 850
敏捷 1000
幸運 750000
(10が平均的な成人の値)
スキル
神舌(全ての言語会話可能
神眼(あらゆるものの鑑定が可能
苦痛耐性Lv2(痛みに慣れやすくなる)
ステータス操作Lv6(意図的にステータスを操作できる)
炎魔法Lv7
水魔法Lv8
雷魔法Lv9
土魔法Lv6
風魔法Lv7
ユニークスキル
金属生成Lv7
ーー
ドラゴンの死体をアイテム袋に入れ、僕らはギルドへと帰還する。
がやがやと多種多様な人々が行きかう街並み。
僕はすっかり町の様子にも慣れていた。
マージョリーさん以外にも、冒険者や住民の知り合いも増え、僕は彼女とくっつきながら彼らとあいさつしつつ歩を進める。
そして目的地へ到着。
ガチャっとギルドの扉を開けた。
・・が、
「・・あれ?」
すぐに違和感に気が付いた。
カチャガチャ・・と。
冒険者たちが騒がしくないのである。
いつもならば、好き勝手に大騒ぎしている彼ら。
だが今は、まるで何かを待っているかのように真剣な表情で舞台のほうを見つめていた。
あるのは物音とひそひそ話だけ。
僕は疑問に思い、隣の彼女に尋ねる。
「何が始まるんだろう・・?何かわかりますか?師匠」
「いえ、なんでしょう?私にもわからないわ」
そんな会話を聞きつけたのか、
「おっ、来たか。うちの期待の新人が」
隣にいつの間にか来ていた、ドクロマークが目印の冒険者。ログオさんが声をかけてきてくれた。
さっそく彼に聞いてみることにする。
「こんにちはログオさん。
あの、これはいったいどういうことですか?」
「くっく、お前らは初めてだったな。数年の一度の大イベントだぜぇ。
本来お前みたいな新米なら無関係なんだが、
その実力なら参加できるだろうな」
イベント?何か大会でも開かれるのだろうか。
「何が始まるんです?」
「それは・・おっと、」
その時、ザワザワと周囲がにわかに騒がしくなった。それに気づいた彼は
「もう始まるころらしい」
ギルド長が舞台に出てきたのを指さす。
「後はあの筋肉だるまから聞いたほうがいいだろうな」
その彼が筋肉だるまと呼称するギルド長。
彼は大勢の注目するなか、コホンと咳払いすると、
口を大きく開き、叫んだ。
「「レディーーーすあんどぉおおおお!!じぇんとるまぁああああああ!!」」
拡声器もないのにこの音量。
途端に、冒険者たちはいつもの騒がしい声を出す。
「「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」」
ギルド長は、それに負け時劣らずの声量、かつ丁重な物腰で続ける。
「皆様ももう知っての通りです。
たった今、一か月後に大量にモンスターが発生するとの報告が入りました。そう、『ビートダウン』です。
ん~血沸き筋肉踊りますね~
筋肉!」
その声は明らかに興奮しており、耳慣れない単語を言っていた。
「ビートダウン?」
僕が疑問符を提示すると、ギルド長はちらっとこっちを見て、言う。
「ふふ、新人もいることでしょうし、今年も一から説明しましょう。
ビートダウンとは、数年に一度、ここ付近に大量にモンスター発生し、町へと襲い掛かってくる事象のことです」
「発生・・」
まるで、モンスターが何もないところから湧いて出るような言い方だ。
そう思っていると、
「そう、理由はわかりませんが、モンスターというのは普通の動物とは違う、魔法的な存在。
何もない空中からマナが自然に固まってできたものです。
それが、おそらく人のマナに反応して襲い掛かってくるのでしょう。
特に、この国のように、何万人以上の規模の集団が暮らしていると、時たま大量発生して襲い掛かってくるのです」
なるほど。つまり、ここまでみんなが興奮しているのは、それを退治しなければならないからなのか。
「その通り、この国の存亡にかかる重大な災害ではありますが、
同時に、冒険者にとっては稼ぎどころと言えます。
モンスターの魔石や素材などは金になるのはもちろんですが、それに加え、国からの報酬も出るのですからね」
確かに、国側からしたら、自らの存亡がかかっているのだ。
報酬でも何でも上げてやる気を出してもらわねば滅んでしまうことだろう。経済も潤うのならなおさらだ。
「ですが、気を付けてください。数はもちろんですが、その強さも通常のものとは違い、高いレベルになっています。
始めてから半年未満の、新米冒険者には荷が重いので、この期間だけは無理をせず休んでいてください」
僕の場合は、ギルドに入ってまだ一か月程度。
普通なら新米と言ってもいいだろう。
だが、僕はマージョリーさんや先ほどの冒険者を見る。
彼らは無言でうなづいて言った。
「ああ、良いと思うぜ。お前の実力なら参加しても」
「あたりまえよ。あなたの実力は、新米を飛びぬけているわ。既に一人前以上とも言っていいわね。
でも油断しちゃだめだからね」
「はい。頑張ります」
ということで、僕らは数年に一度の災害、ビートダウンに参加することになったのだ。
(しかし・・)
僕はちらっと掲示板を見る。
そこには友人と、その奴隷の似顔絵が張り出されていた。
彼らの捜索依頼を出してからすでに一か月だ。
ここだけじゃない。近辺の国にも依頼は出されている。
報酬も少なくない額だから不人気というわけではないだろう。
それなのに、一向に彼が見つかったという報告はない。
盗賊のダンジョン付近も捜索し、怪しい洞窟もあらかた探していたのである。
それなのに、見つからないとは。
僕は最悪の想像をしてしまう。
「・・いや、まだわからない」
とにかく今はビートダウンに向けて、さらに気合を入れて訓練をしよう。
そう前向きに考え、僕はギルドを後にした。
ーーー
優斗がいる国のそう遠くない地域。
「がううっ!!」
「がっ!!」
二つの獣の声が交錯した。
一撃一撃が普通の人ならば致命傷になりうる攻撃を与え、回避し、受ける。
最後に、牙とその拳がぶつかり合った。
そして・・
「ぎゃう・・」
一方が倒れた。
それは翼の生えたトカゲ。そうドラゴン。
下位とは言えど、普通ならば数十人の冒険者が必死に戦って討伐できるものだ。
だが立っているのは二本足で立っているたった一人。
しかしそれは人と呼んでいいのだろうか。
はぁはぁと、息をする口の中には鋭利な牙が見え隠れしている。
それだけではない。まるで亜人のように背中からは翼をはやし、手足は鱗。
しかしそんな異常な姿でも、優斗が見れば、それが誰なのか、一瞬で気が付いただろう。
『彼』は、ドラゴンを倒したと同時に振り向き、自身の奴隷に話しかけた。
「よじっ、今日の分の獲物は捕まえだぞ!!ポチ!」
「は、はい・・すごいです・・ご主人様・・」
そう、それは紛れもない、優斗の友人。
なぜ彼はこんな姿になってしまったのか・・
そう、一か月前、盗賊に拷問を受けたときのこと。
その時彼は、白昼夢の中で魔王のアドバイスを聞いたのだ
「何でもいい。他の動物を食べるんだ。それも『生』のままでね」
「生・・?食べる・・?」
彼は混乱した。それで何になるというのか。
いま自分はスキル封じの腕輪をつけられてるというのに。
そのことを言うと、目の前の異形は、人ごとのように言う。
「大丈夫さ。そのアイテムで封じられるようなものじゃない
それは、君の体の機能なんだからね」
「体の、機能・・?」
「そう体の機能
他の生き物を食べれば、技能奪取の真の力。
生命奪取が発動するのさ」
「生命奪取・・それは、一体・・?!何ができるっていうんだ・・?!」
しかし、必死の質問に、魔王は眉をひそめて残念そうに言う。
「それはね、、おっと、時間だ。
そろそろ夢が終わるころだね」
「と、とにかく、他の生き物を食べればいいんだな?!」
「ああ。その通りだ」
「・・・そうかっ」
しかし、友人は懸念していた。
今自分は拷問されている。一挙手一投足が相手に見られている状態だ。
今、魔王が告げたアドバイスを実践きるのだろうか。、
仮に、数日粘り続け、隙を見つけて食べることができたとしても、その間にポチは男たちにけがされてしまうのである。
だが、
「くくく・・そんな顔をしないでくれよ?」
その不安そうな顔を見て魔王は励ました。
「チャンスというものは、得てして目の前に転がり込んでくるものだ。
ゆめゆめそれを逃さないことだね」
その言葉を最後に、夢は途切れる
そして、眼が覚めた後、
「ピィ」
見事彼はそのチャンスをものにした。
ちょうど起きたときに目の前を通りかかったネズミを捕食したのだ。
口の中に広がる血の味。
その時、
「っ・・!!」
彼は自身の体に異変が起きたことを悟った。
舌から感じる、生命の旨味。
感覚で理解した。これを咀嚼することによって、自身の体はパワーアップするのだと。
そう、まるでネズミのステータスをそのまま自身に加えたかのように、ステータスが強化されたのだ。
その速度で彼らから逃げた後、洞窟内の蝙蝠などの動物を食べ、
そして、
「なんだ・・?!うわぁああああ!!」
「また一人やられた!!」
「上からくるぞ!気をつけろ!!」
彼らを虐殺したのだ。
その発達した牙と新しい背中から生えた翼でもってして。
もはや、優斗から受けた弱体化は無意味なものとなっていた。
いや、それどころか、肉体が変質するとはいえ、食べれば食べるほど、自身を強化できるのだ。
今度はスキルだけじゃない。そのステータス値まで。
今の彼の実力はこんな風になっていた。
--
生命力 20000
最大マナ 10000
力 5000
持久力 3000
魔法操作 600
敏捷 600
幸運 -99900000
スキル
鑑定LvMAX
言語LvMAX
拳技Lv4
噛みつきLv3
飛翔Lv4
ユニークスキル
生命奪取Lv3
鱗Lv3
翼Lv5
火炎袋Lv3
爪Lv5
牙Lv7
毛皮Lv3
複目Lv3
ーー
一か月前までとは、見る影もない強さだった。
その成長はとどまるところを知らない。たった今、ドラゴンすら倒せるようになったのである。
そう、そのドラゴンすら倒す、圧倒的な強さでもってして、
優斗に再戦し、勝つ。
それが『当初』の目的。
だが、もはやそれは彼の心の中の大多数を占めるものでは『なくなっていった』。
優斗に勝つというのは、もはや確定している事実。
そう、彼が今一番大事にしているものは、別に二つあったのだ。
一つは、自身の捕食。
(倒す、食う、強くなる・・倒す、食う、強くなる・・)
そう、もはやそのスパイラルは止められない。
ゲームの経験値上げのように、自身の成長がとどまるところを知らないのである。
最初は忌避感を抱いていた自身の体の変化も、大したことないと今では考えていた。
あれから一か月間、一度も町に戻ることなく、夢中であたりのモンスターを捕食し続けている。
ステータス値も強化されている故、その行為は全く苦ではなかった。
そして、彼が大事にしているもの。
もう一つは、彼女のことだ。
生きたままのネズミを食らってまで守ったその奴隷。
「大丈夫か・・!!ポチ・・!!」
「ご主人様・・!!」
盗賊に犯されようとしていたところを救ったとき、彼は思ったのだ。
(そうか、俺はポチのことが、・)
今まで彼は、彼女を便利な道具や性的ペットとしか見ていなかった。
しかし、今では違う。
仲間、いや、守るべき存在。本当の家族。そう言ったものになっていたのである。
だからこそ、もう彼女を奴隷扱いすることはやめよう。
二度と暴力を振るわないと心に誓ったのだ。
そう、つい先日までとは、体やステータスだけでなく心まで変化していたのである。
しかし、そのことについて一つの重大な問題があった。
それは最近のことである。
そのポチを大切にする気持ちは本物。
だが、気持ちとは裏腹に、
「ご、ご主人様・・ど、どうしたのですか・・?」
何か、彼女の動きがぎこちない。
「(ポチ・・!!)」
表情には出さないようにしているが、彼の心には暗雲が立ち込めていた。
つい一か月前まではこうじゃなかった。
彼女の肩を回しても、キスをしても嫌がる様子はなく、ただ従順に笑っているだけだった。
だが、今では、表情が引きつっている。
「え、へへ、へ・・えへ・・」
かろうじて笑顔であっても、それが本心ではないことに気づくのだ。
それを見て、彼は内心嘆く。
(・・どうしてだ・・?どうしてなんだポチ・・?!)
自身のステータスを強化していくのと反比例して、彼女は自身から遠ざかっていく気がする。そう思えてならない。
獲物を狩る達成感は満たされるものの、彼女との愛は満たされないのだ。
その渇きに、ふと彼はある一つの結論を下した。
(そうか・・!!まだ俺が弱いから・・)
そう、ドラゴン程度で満足している自分を軽蔑しているのだ。
そう彼は感じてしまった。
急いで生のままのドラゴンの捕食を終えると、立ち上がった。
(そうか、だかラポチは俺を愛してくれないのか・・!!!)
そして、彼女を凝視して、肩に手を置いた。
「え、あっ、あの・・!?」
再び決心する。
この世界で一番強くなると。
そして優斗を圧倒的実力差で負かすのだと。
そう心に堅く誓ったのだ。
「待っでろよ”優斗・・!!
お前を殺しで、そしでポチの心を俺は手に入れる・・っ!!!」
しかし、その声は、まるで、獣のように、
あたりの空間を響かせたのだった。
少しいつもより遅くなりました。