友人のギルド冒険者生活
友人視点です
時は少し戻り、
数日前。
ギルド内。
その施設で、斎藤優斗とその友人が喧嘩した後のことである。
「逃げるぞ!ポチ!」
「は、はい」
彼は気絶させられかけたものの、何とか自身の奴隷を人質に取って逃げおおせた。
ギルドから出て路地に出る。完全に優斗の間合いから逃げ出しても、彼は全身全霊で走りつつ、混乱していた。
「(なんだ、、!?あいつはユニークスキルも持たずに何であんなに強いんだ、、?
鑑定ではそれらしきスキルはなかったはずなのに、、)」
まさか自分が負けそうになるとは思わなかった彼は、反撃など考えない。
実はこのタイミングからでも、急いでギルドへと戻り、金属生成で遠距離から彼を攻撃すれば、簡単に勝つことができるのだが。
だが、一度恐怖を味わい、彼の中に疑心暗鬼が生まれていた。
鑑定で見ることのできない、何か特別なスキルを持っているのではないかと思ったのである。
実際それは『縮地』と呼ばれるリアルな技術なのだが。
しかし、相手の手の内を知らない彼は、逃走をするしかない。。
そして次第に混乱から回復した彼は、プライドを傷つけられた思いから、その復讐を決意した。
「あいつが俺を追い詰めるなんて、絶対に許さねぇ・・!
今度は油断せず殺す!!卑怯な手を使ってでもな・・!!」
完全に当たり屋めいた発想。
偶然にせよ一度優斗を殺したことにより倫理的なリミッターなど外れている。その言葉に嘘偽りはない。
そして、十分に距離を取り、路地を抜け、安全圏まで逃げたことを認識すると、肩で息をして笑いながらつぶやく。
「ふひ、ふひひひひ、、!
そうだ・・簡単なことだ。俺がその気になればお前なんて一瞬で殺せるんだ、、!
この金属生成を使って遠距離から奴に気づかれずに殺せばいい!」
先ほどの敗北感を吹き飛ばすように、彼は叫んで傍らの彼女に尋ねる。
「そう、俺はあいつより強い!そうだよなポチ!」
「は、はい!その通りです!!」
「ふふふ、お前は可愛いな。おーよしよし」
「えへ、へへ・・」
そして、ポチに顔をうずめて自らの心の傷をいやす。
その後、近くの適当な家に忍び込んで一泊する。
ついでに箪笥をあさって金を盗んだ。
そして翌朝、
再び慎重に周囲を警戒しながら来た道を戻っていき、
ギルドの向かい側の宿を取る。
「これで、一ヶ月頼むわ」
どんと、我が物顔で主人に金貨袋を出した。盗んだ他人の金なのにその表情はなんら罪悪感を覚えていない。
それもそうだろう。彼はバイト先のトイレットペーパーなどの備品、時には商品を盗むことは日常茶飯事だった。
貧乏だったとはいえ、元の世界にいた時から、一般的な倫理観さえ既に崩壊しているのである。
そして、宿の2階に上がると、ここからギルドの入り口が見えるか確認する。
(よし、ここからなら安全に優斗を殺すことができるな・・!)
続いて獣人奴隷に命じた。
「お前、この窓から、あのクソ野郎がこないか見張ってろ」
そのクソ野郎という言葉の対象に心当たりがなかった奴隷は尋ねる。
「あの・・クソ野郎って誰の事・・?」
「俺が今から殺す相手のことだよ!分かれよそのくらい」
そのことに合点がいった奴隷は、手をポンと叩いて無神経に言う。
「ああ、昨日ご主人様が首を締められていた、、」
「ああん!?嫌なことを思い出させるな!このメスイヌ!!」
ボカッ!
屈辱的な出来事を思い出し、カッとなって咄嗟に手を出した。
「きゃっ!」
異種族の奴隷とはいえ、女の子をいとも簡単に殴る。平和な国出身とは思えない手の速さ。
これは、彼の親が日常的にDVを行っていたことに起因する。
「は、はき、、わかりました、、」
獣人は基本的に再生能力が高いとはいえ、痛みに耐えながら彼女は言われたとおりにする。
当然のように反論しない。それが間違っていることだとすら思わない。
それは、彼女は生まれたときから奴隷の教育を施されているからだ。どの奴隷でも同じこと。そう、彼女たちは法律上、商品にすぎないのだから。
だが、その主人、彼は、それが自分の優れているからだと信じて疑わない。
ベッドに寝ころびながら定期的に彼は奴隷に聞く。
「おい、そろそろクソ野郎は来たか?」
「いえ、来てません」
「チッ。見逃してねぇだろうな・・」
彼女が不眠不休で監視活動をしているうちに、彼はまどろみながら危機感なくこう思った。
(こねぇな、、優斗の野郎、、まさか俺の強さにビビって逃げちまったか、、?)
1日、2日と、日が経つに連れ、その妄想に理由のない確信を得てゆく。
そしてわずか数日で、別の国に逃げたのだと完全に思い込んだ。
「(あいつは俺が殺したかったのにつまんねぇの
まあいいか。クソ弱いあいつなんていつでも殺せる。
だったらこんなつまらない監視なんていいか)」
「おい、ポチ、もういい。行くぞ」
「え?クソ野郎さんを殺さなくてもいいんですか?」
「あいつは逃げた。だからあの臆病チキン野郎は気にするな。
これからは冒険者として、この俺の強さを証明することにする」
「冒険者ですか?」
そう、冒険者。
それは、ギルドに登録することで誰でもなれる職業だ。危険なモンスター討伐と引き換えに報酬をもらうことができる。。
ちなみに転移者には、それ以外ほぼ選択の余地はない。転移者は一般人よりも強く、他のどの職業よりも稼げ、国としてもそのほうがありがたいからだ。
彼が当初ギルドで優斗を待機していたのは、親切な門番に、それ以外に金を稼ぐ方法がないと聞いたからである。
元々優斗を殺した後は、冒険者で成り上がろうと思っていたのである。計画の順番が少し変わっただけだと彼は思い込んだ。
そして、ほんの数日前にもしかしたら優斗が来るかもしれないと怯えていたギルドへ堂々と向かっていく。
「あ。あの、ギルドにはクソ野郎さんが来るかもしれないんですよね?大丈夫なんですか」
奴隷が疑問に思って提言しても、
「うっせーな。あいつは逃げたっつったろ!」
確証の無い予測に全面の信頼を置く。
そして掲示板からクエストを品定めすると、彼がよさそうと思うものを一枚選んで受付に出した。
「これで頼むわ」
受付のお姉さんはそれを見て、眼鏡を持ち上げながら気まずげに尋ねる
「あの・・再度確認しますが、この『ランクB』の依頼を受注したいということでよろしいですよね?」
「ああ、そうだけど?」
その以来の討伐対象は、ファイアドラゴンと呼ばれる一般的な部類のドラゴンだ。
一般的とはいえ無論ドラゴンの名に恥じない強さを持っており、当然駆け出しの冒険者が討伐できるようなものではない。
数年ギルドの受付をしていたお姉さんは、日常茶飯事なのだろう。不快さを相手に与えない口調で流暢に答える。
「申し訳ありませんがギルドの登録したばかりの方はFランクからスタートとなっておりまして、自身のランク以上の依頼を受けることができないのです」
だが、彼は自信満々答える。
「ふんっ、俺が転移者だと知ってもそう言えるのか?
俺には技能奪取と金属生成という、すごいスキルがあるんだぜ?」
「・・しばらくお待ちくださいませ」
一瞬考えた後、席を立って、裏方に消える。そしてしばらくして彼女と同時に
「ようこそわがギルドへ」
筋肉だるまが現れた。
鎧ではなく簡単なシャツを着ており、その上からでも高低差が分かる隆々とした筋肉だ。
「あん?誰だてめぇ?むさくるしいな」
いきなりの男性に不快感をあらわにする。
だがその男はその見た目にそぐわない丁寧な言葉づかいでいう。
「私はここのギルド長をしているマルスンと申すものです。
今回は今のランク以上の依頼を受けたいということでよろしいですかな?」
「ああ。おめえがこのギルドのトップか。
そうだぜ。俺は転移者。相当強い。
だからこのくらいないとな。ものたりねーんだわ」
その不遜な態度にも一切眉を顰めることなく、ギルド長は返す。
「では、あなたの実力を知るために、鑑定スキルであなたのステータスを見てもよろしいですかな?」
「ああ、いいぜ。だが腰ぬかすなよ」
自信満々に言い切った。
だが、ギルド長はじっと数秒間見つめた後、ふるふると首を振る。
「・・申し訳ありません。
転移者とはいえ、あなたにはこの依頼を達成できるとはとても思えません」
「ああん?!なんだと?!
確かにステータスは低いかもしれねぇが、このユニークスキルが見えねぇのか?!」
「確かに。あなたは普通の人にはない、特殊なスキルをお持ちのようだ。
しかし、次元が違うのですよ。このドラゴンという種族は。
あなたのスターテスでは自殺しにいくようなものですな」
「…っ!このやろ・・!!」
「不満顔ですな」
迷惑な客のすごみにも涼しい顔でギルド長は言う。
「ならばこうしましょう。この私に勝つことができれば、特別にあなたをランクSに昇進してあげましょう」
「ランクS・・だと?」
「ええ。ランクSはすべてのクエストを受けられるだけでなく、各国引く手あまた、年棒がもらえるほどのVIP待遇です」
「ちょっと!ギルド長!またそんなこと言って・・」
お姉さんの制止にも、ギルド長は止めない。
「ふふ、いいでしょう?転移者ならもしかしたら、ということもあり得る。
それにやる気も十分そうだ。私の若いころを思い出します」
「ギルド長は自分が戦いたいだけでしょう?!」
「ふふ、バレましたか。
というわけで、この戦い、受けますか?」
「いいだろう!!受けてやるぜその挑戦!!」
というわけで、数分後、
ギルド内に設置された特別ステージにて戦うことになった。
ビールなどを手に沸く観客の中、ポチがリング外から励ましの声援を送る。
「頑張ってくださいご主人様!」
「ああ、あんな見た目だけの筋肉だるま、俺のスキルでひとひねりだぜ」
「ふふ、では、ルールをご説明させてもらいます」
上半身裸になったギルド長が、この雑音の中でもよく通る声で言う。
「相手をこのフィールドから出したら勝ち。
相手に降参を宣言させたら勝ち
相手を気絶、もしくは戦闘続行不可能と判断された場合も勝ちとさせていただきます。
では、受付のお姉さんの合図で、さっそく始めましょうか」
「そうだな」
そういうと、まず、友人はギルド長に対して鑑定を発動させた。
ーー
名前 マルスン=ギドチヨ
生命力 7700000
最大マナ 200
力 500000
持久力 400
魔法操作 200
敏捷 200
幸運 50
(10が平均的な成人の値)
スキル
鑑定Lv1
静止Lv4(体を静止させる行動の補正)
反復作業Lv5(同じことの繰り返しによる行動に補正)
拳技LvMAX(拳による格闘技術)
投技Lv7(投げ技に補正)
ユニークスキル
常在筋トレLv9(常に無意識に微細に筋肉を動かすことで、何もしなくても力や生命力の値に継続的に経験が入る)
ーー
見たところ、ギルド長は見た目が筋肉だるまというだけではない。スターテスを見ると、そこには天文学的な数値が表れている。普通なら勝ち目があるとは思えない。
しかし、彼には勝算があった。
優斗から奪ったユニークスキル、金属生成。これで先ず安全のためにバリケードを作る。いくら力があるとはいえ、分厚い金属の壁を突破することなど不可能。
そしたらもう勝利は確定したも同然。金属の領域を増やし、一方的にじわじわ追い詰め、圧殺するのだ。まあ実際にはその前に相手が降参するだろうが。
そう、彼は優斗との戦いにおいて、不確定な相手には近づけさせてはいけないということを学んでいる。ゆえにどんな敵が相手でも、絶対に勝てると思われるこのような戦法を頭の中で組み立てた。
「では・・レディーファイっ!」
受付のお姉さんが、ゴングを鳴らす。
その瞬間、彼は計画通りに金属生成で金属のバリケードを周囲に作っていく。
必死だった。そう、この作戦において最もネックだったのは、戦いが始まって即効で終わらせられることである。
対するギルド長は・・
「・・・?」
何も動かない。
それどころか
「おや?向かってこないのですかな?」
何事かと首をかしげている。
それを見て数舜後、完全にバリケードを作り上げた彼は内心勝ちを確信した。
相手が格下だと油断していたのだろう。わずかな勝ちの目を自ら逃してしまったのである。
後は消化試合と、笑いを漏らしながら、金属をフィールド上に増やしていき、意地悪く相手を挑発する。
「ひひひ・・!!
申し訳ありませんねギルド長さん・・!
まあ今回は俺が相手で運が無かっただけだ。
気を落とさないでくれよ?!」
言いつつ、もうすでに半分以上が侵食されていた。だが、それでも依然ギルド長は動かない。
「卑怯だぞー!!」「正々堂々と戦えー!!」
観客から怒号が響き渡るが、それに対して悪態をつきつつもその戦法はやめない。曲がりなりにも油断して優斗に負けそうになったのである。ここで油断すれば確実にその隙をつかれると確信していた。
(このくらいでいいか・・じゃ、始めるぜ)
もはやギルド長の周囲以外はフィールドは金属で埋め尽くされていた。
「パーティーの時間だぁ!!」
そして、ついに攻撃を開始する。
圧倒的な金属の質量でもってしてギルド長を押しつぶそうとしていった。
もはや勝ち目はないと、相手の降参の宣言を待つ。
しかし、数秒、数十秒、立っても降参の声が聞こえない。すぐそばに金属の壁が四方八方から迫る来るのにだ。
彼は叫んだ。
「おい!お前降参しねぇとマジで死ぬぞ?」
それに対する答えは、
「ええ。どうぞ。お好きなように」
全く恐怖の色すら見えない声色だ。
(こいつ、まじかよ・・ここで死ぬつもりか?
いや、セコいハッタリをかましているだけ・・?大した度胸だ)
相手が降参しないのなら、本当に圧死させるしかない。それ以外に彼の勝ち筋はないのだ。
優斗以外の人間を殺すことに多少の拒否感は持っていたものの、しかし正当な勝負と割り切って殺すことに決めた。
「まあいいや。死ねよ」
手をぎゅっと握り、そのイメージで相手の骨や内臓を押しつぶそうとする。
しかし、それは無理だった。
「あ・・れ?」
その理由は単純。
「(な、なんだこいつ・・!!堅い・・!?)」
金属で握りつぶすイメージでもってしても、ギルド長の体は潰れない。この液体金属は岩をも砕けるというのにだ。
まるで鋼鉄でできているとしか思えない強度。必死に息切れするほど全力をかけても一ミリも動かなかった。
「(何らかのトリックか?!圧迫に強い体勢とかそういうの・・だったら・・!)」
趣向を変えて針や刃物などと言ったものを生成しても同じことだった。どんなに鋭い刃物でも切れる気配がない。
(何でだ・・?!いくら全身筋肉だるまとはいっても、目玉なんて鍛えることができねぇのに・・!)
混乱していると、ミシミシと目の前の金属が音を立て、
バァン!
「もういいですかな?」
「!!」
開いた。
気が付けばギルド長はすぐそばまで迫っていた。そう、金属を腕力だけでチーズのように裂いていたのだ。
「お前・・!どういうスキルなんだ!それはいったい・・!?
鑑定でそれらしきものはなかったはずなのに・・!」
ありえない事態に混乱状態になり叫ぶ。戦闘中とはいえ、ギルド長は丁寧に答えた。
「ん?ああ、いいえ、これはスキルではありません。
ただ力や生命力を普通の人異常に鍛えているだけです」
「鍛えている・・だけ?」
「そのとおり!!」
ギルド長はお茶目にポーズをとる。
この異世界での各種能力値は、鍛えれば鍛えるだけ、モンスターを倒せば倒すほど際限なくあがるものなのだ。
つまり人族であってしてもモンスターのような強大な力を手に入れることができるのである。
「わかっていただきましたかな?特殊なスキルだけでなく、誰しもが持つスターテス、そして筋肉のすばらしさをね」
そう言ってギルド長は、彼の頭を掴んで加圧する。
「ひ、ひぃ・・!!」
「ところで・・そろそろ降参していただけますかな?」
丁重な物腰から考えられない、実践的な殺気。
死の恐怖から自然に口をついていた。
「ごめんなさい!こ、降参します!だから殺さないでください!!」
そして尿と涙を垂れ流し、観客に盛大に笑われて恥をさらした彼は
その場を逃げるように後にした。
「ご主人様!」
奴隷もそのあとを必死についていく。
そして――
「この・・っ!!この・・っ!!」
バァンッ!バァン!!
宿に帰ってきた後、彼は最初にしたことは、自らの奴隷への当てつけである。