リコリスとの親睦
マージョリーさんは手をぱんぱんと叩いて叫んだ。
「おいで!リコリス!」
すると、近くの茂みから、「ぴぃ」と鳴き声とともに、ある小動物が飛び出る。
僕は少し驚いた。
それは元の世界での犬くらいの大きさもあるリスである。。
彼らはマージョリーさんの足元まで来ると、執事のように跪いて静止した。動物とは思えないしぐさだ、
「マージョリーさん、そのリスは、、」
と、僕のその言葉に食い気味に、そのリコリスという動物が振り向いて、
「ピィっ!」
「?」
と叫んだ。動物の表情を読んだことはないが、まるで怒りの形相をしている。
いや、そう見えるだけだろうか?
「こら!リコリス!やめなさい!」
「ピィ、、」
マージョリーさんに叱られ、しぶしぶ引き下がるリコリス。
「この子は、私の命令でこの森を巡回させて死にそうになっている冒険者を監視させているの。
あなたを見つけたのもこの子なのよ」
「本当ですか?ありがとうございます」
僕が丁重に礼をすると、リコリスは満足げに胸を張った。
しかし、マージョリーさんは気まずげに言う。
「まあ、でも今呼んだのは、あなたにこのこの子の攻撃を受けてもらうためなんだけどね」
受けてもらう?僕は疑問に思った。
「それはどういう訓練方法なんですか?」
「『スターテス操作』のスキルは、具体的な動作が伴うものじゃない。
精神的な操作が必要なの。
そう、隠したいスキルを『使わない』ではなく『使えない』という決意を持つことで、ステータスに初めて反映される」
「なるほど、確かにスキルを使えなくするのに、わざわざ風邪をひいたりする必要はないですね
物理的に使えても、精神的に使えなければ、使えないのと同じですからね」
「その通り。でも言うがやすしよ。ちょっとの意識操作だけで身につくものではないわ。
だから、実際にスキルを持っていなくて反撃ができないというイメージをつけてもらうために、わざとこの子の攻撃を受けてもらうわけ」
「なるほど、理にかなった訓練方法です。
しかし、多少ケガの心配がありますが・・」
「安心して、この生命ポーションがあれば、一瞬で怪我も治るから」
そういえば、今日と昨日の討伐では一切使ってなかったが、ファンタジー世界のような不思議なポーションがあるみたいだ。
「では安心ですね。
早速やりましょう」
「じゃあ、リコリス、かすり傷程度の攻撃を優斗に行いなさい」
マージョリーさんはそういうと、リコリスはにやりと笑ったようだった。
「ピィ!!」
動物がこんなに表情豊かだろうかと思っていると、彼は思ったように早く動く。
そして僕は思わず・・
「おっと」
「ピィ?!」
避けてしまった。
「あ」
「ふふふ、思ったより難しいでしょ」
しまった。動いてしまった。
リコリスは僕の顔めがけて飛び蹴りを行ったのだ。
武術の癖が出てしまったらしい。それと異世界に来てからの戦闘経験から、飛んでくる攻撃をよけるという動作が体にしみついてしまっているのだ。
「でも・・少しいいかしら。
リコリス!かすり傷程度って言ったわよね!!
今顔面目掛けて本気で攻撃してなかった?!」
「ピィ・・」
案の定叱られているが、しかし僕は納得していない。彼女に尋ねる。
「ちょっと待ってさい。師匠。生命ポーションを飲めばどんな傷も治るんですよね?」
「え?ええそうね。リコリスの攻撃だったら一瞬で治るはずよ」
「だったら・・今のノリでお願いできますか?」
「え?ええ!?」
そう、どうせ治るなら、修行中のケガなどリスクのうちに入らない。
それに、実際の戦闘中にケガをして、痛みに気を取られるといったことの予防になるはずだ。
僕は運がよかったのか、今までケガというのもをまともにしたことがない。だから一度経験しておいたほうがいいと思っていた。だからこその提案だったのだが・・
「ピィ・・ッ!」
リコリスは挑発されたと受け取ってしまったのか、怒っているかのような表情をしている。
「ま、まああなたがそういうなら、リコリス、やってみなさい。もちろん危険だと感じたら止めるからね」
「ピィ!!」
そして、中断した修行が再開した。
最初の数回は、身に染みた回避行動で思わずよけてしまう。だが、ようやくコツが掴んできた。
そのコツとは、自らの前提条件を変えること。
自分の手札は、回避、反撃、逃走、などと言ったコマンドを無意識に持っている。
だが、その手札を隠してしまう。回避や反撃のカードを裏返し、前提条件を狭める。
そうすることで、『よけられない』。そういった状況を作り出すことができる。
「ピィ!」
「うっ」
ようやくリコリスの攻撃がみぞおちにヒットした。
一瞬息が止まる。
「ゴホゴホ」
「ちょっとちょっと!!ストップ!すとーっぷ!!」
心配性の師匠が修行を中断させた。
「ほら!これ生命ポーション!飲んで飲んで!」
近づいてきてわざわざ直接のまそうとしてくる。せき込んだとはいえ痛みは我慢できる程度。自分で飲めるのだが・・
しかしその前にステータスを確認しておこう。
ーー
名前 斎藤勇斗
生命力 55→50
最大マナ 70→40
ーー
生命力がMAXから5も下がっている。今の攻撃で5削れたらしい。
そして、師匠の持つ生命ポーションを飲めば・・
ーー
名前 斎藤勇斗
生命力 55
最大マナ 70→40
ーー
どうやらMAXまで戻ったようだ。
腹の衝撃も血のめぐりがよくなり、癒えたような感覚。
実際に服の中を見てみると、何やらカサブタのようなものができていた。今ので切り傷ができていたのだろう。生命ポーションの即効性に僕は驚く。
「傷が治っている?!」
「ええ・・でもなんか、見ていられないわ。危険よ。
自分で言ってなんだけど、この修行法なしにしましょう?」
「いえ、結構この修行法、僕に足りないものが満たせるような気がします」
僕は今リコリスの攻撃に直撃した時にできた隙を思い出して危機感を持っていた。
ちょっと身体操作に優れるから、被弾してこなかった。だが、これからはそういうこともあるかもしれない。その時に痛みを無視して行動できるかどうか、それが命運を分けるとも限らないのである。
「そういうのなら、何も言わないけど・・」
師匠も納得してくれた。
というわけで、今日の夕方になるまでこの修行は続く。
「そろそろ、いいころ合いかしらね。
ステータスを確認してみなさい」
「はい、ステータス」
師匠の合図で僕はステータスを確認する。
ーー
名前 斎藤勇斗
生命力 55
最大マナ 70
力 37
持久力 47
魔法操作 63
敏捷 63
幸運 2800
(10が平均的な成人の値)
スキル
神舌(全ての言語会話可能
神眼(あらゆるものの鑑定が可能
苦痛耐性Lv1(痛みに慣れやすくなる)
ステータス操作Lv1(意図的にステータスを操作できる)
炎魔法Lv2
水魔法Lv3
雷魔法Lv3
土魔法Lv2
風魔法Lv2
ユニークスキル
金属生成メタルクリエイターLv3
ーー
「やりました。
ステータス操作Lv1のスキル、それに苦痛耐性Lv1も獲得しています」
「苦痛耐性まで?!
やるじゃない!!」
昼頃からずっとみまもってきた師匠が、自分のことのように嬉しがっている。
「それでは、さっそく使ってみますね」
この修行で培った、『よけない』。つまり、武術を『使わない』という確固たる決意。
そう、その応用で持っているスキル群を一時的に『使えない』という感覚を意識しながら、僕はステータスを確認した。
ーー
スキル
神舌(全ての言語会話可能
神眼(あらゆるものの鑑定が可能
炎魔法Lv2
水魔法Lv3
雷魔法Lv3
土魔法Lv2
風魔法Lv2
ユニークスキル
金属生成メタルクリエイターLv3
ーー
↓ ↑
ーー
スキル
無し
ユニークスキル
無し
ーー
こんな風に、意識すると、金属生成の表示、非表示を自由に行える。
まあ、その時間には若干のラグがあるが、後はスキルレベルを上げていくことで改善できるだろう。
僕が使用を確認し終わると、一息ついたように師匠が言う。
「ふう・・それにしても、もしかしたらあなたが傷つくのが無駄になるかもしれないと不安に思っていたけど、ちゃんと取得していてよかったわ
傍から見ていてハラハラしたわよ。まったくもうこれだから修行バカはぁ」
「ありがとうございます。これも師匠のおかげです。そして・・」
「ピィ・・ピィ・・」
リコリスさんのおかげだ。
息切れするほど体力を使わせてくれたリコリスさんに礼をする。
「リコリスさんもありがとうございました」
「ピィ!」
彼は息切れを隠すかのように胸を張った。師匠の部下とはいえ、何時間を手間を掛けさせてしまった。
そのことに申し訳なさを覚えつつ、そして師匠に念のためとその後、大量に生命ポーションを飲まされて今日の修行はお開きになる。
そして、その深夜のことだ。
真っ暗な空に、
リリリリリリリリ
と、鈴虫のような鳴き声が響き渡る。
僕は来るべき友人との対決の日に備え、その夜もスキルの訓練をしていた。
正座しつつ、手には液体金属で『あ』から『ん』の文字を順番に作っていた。
普通に反復練習では、飽きてしまう。ゆえに僕が編み出した練習方法は、他のことをしながら同時に集中するということである。
例えば、金属生成と魔法を同時に使ったり、走りながらスキルを使ったりと言ったことだ。戦闘において、別のことをしながら、同時にスキルを使うというのは、よくあることだろう。
そして、その時は周囲にモンスターを囲まれた時を想定し、周囲を気配で警戒しながらスキルを使っていた。
運がよかった。その時にこの訓練をしていなければ、僕は彼を助けることはできなかっただろう。
「‥ピィ!」
「?」
かすかな音。周囲を警戒していたからこそ気が付くことができた。もしそうでなければ鈴虫の音に紛れて気が付かなかっただろう。
そう、それはリコリスさんの鳴き声。
それもテントの外、すぐ近くから聞こえた。
そしてその声は、まるで何かに仰天したかのような声色。そしてそのあとにガサゴソと言った何かが暴れるような物音がした。
僕は気になってテントから地上に降りて周囲を見渡す。
するとすぐに近くの茂みが動いているのを見つける。
それを金属生成で警戒しながら掻き分けた。
すると・・
「蛇?」
巨大。胴体が女の子のウェストほどもある蛇がじたばたと暴れまわっていた。
僕はすかさず神眼を使い、鑑定を発動させる。
ーー
名前 ポイズンスネーク
生命力 130
最大マナ 30
力 170
持久力 90
魔法操作 30
敏捷 150
幸運 3
(10が平均的な成人の値)
スキル
熱感知Lv7
毒生成Lv3
噛みつきLv2
締め付けLv3
森歩きLv5
状態
捕食
ーー
危険なモンスターだが、見た目ほど強くはないようだ。気を付けるべきところは毒を持っているというところだけだろう。
だが、状態が『捕食』とあり、そしてその胴体の一部が、不自然に膨らんでいる。
「!」
まさか・・。
そのシルエットに見覚えがあった僕は、急いで金属生成でナイフを作り出した。
そして、暴れまわっているその蛇の無防備な腹を、
「てい!!」
切り裂く。
「シャー!」
苦し気にポイズンスネークは悲鳴を上げ、しばらく悶えた後出血多量で動かなくなった。
そして中から血しぶきとともに見覚えのある姿が飛び出す。
「ピィ・・」
「やはり・・あなただったのですね」
それはリコリスさんだ。ポイズンスネークの血にまみれて少しぐったりしている。
その瞬間、僕はすべてを理解した。
昨日の夜のことだ。スキルの訓練中、何か気配のようなものを感じたのである。
おそらそれがリコリスさんだったのだろう。彼はマージョリーさんの部下。ゆえにそれを指示したのは彼女に他ならない。
そう、僕がモンスターに襲われるなど、不測の事態の時のためにリコリスさんを使わしていたのだ。
まったく過保護な師匠だが、しかしリコリスさんにも礼を言わねばならないだろう。
「ありがとうございます
リコリスさん」
礼をするのを見て、彼はふるふると血しぶきを払い、こちらを見てから、
「ぴぃ」
そっぽを向くように行ってしまった。
だがその動作に、初めて会った時のような怒りを感じなかった。認められた、のだろうか?
「あ、そうだ」
僕はふと、リコリスさんにケガが無かったか心配になり、遠ざかる彼を神眼で見てみる。
ーー
名前 リコリス
生命力 80→75
最大マナ 10
力 70
持久力 90
魔法操作 10
敏捷 100
幸運 -500
(10が平均的な成人の値)
スキル
鋭い聴覚Lv8
鋭い嗅覚Lv8
チームワークLv2
森歩きLv9
ペットLv7(動物が人に飼われるためのスキル)
人語理解Lv6(動物が人の言葉を理解するためのスキル)
潜伏Lv4(隠れて気配を消す)
状態
無し
ーー
丸のみされたのだろう。少し疲れているようだが、毒状態やケガにはなっていないようである。良かった。
だが、少し気になったところがある。
それは幸運の項目だ。
「マイナス500?」
不自然に低い。この低さは友人を思い出させる。
そういえば、モンスターの幸運値も総じて低かった気がする。
あまり強さとは関係なさそうだが、幸運という名前からして、運勢とかそういうことなのだろうか。
そう、今リコリスは蛇に襲われて丸のみにされていた。それは幸運がマイナスだったからなのか?
「・・いや、まさかね」
少し気になった。明日マージョリーさんに尋ねてみよう。