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本当の理由、そして


「さて」

 

 走りながら今後の予定を考えた。

 

 町の中は危険だ。

 

 友人が潜んで機をうかがっているかもしれないのである。

 

 彼の性格からして再び相まみえば本気で殺そうとするだろう。先ほどの慢心をつく作戦は使えない。

 

 ならば、勝つ方法は僕自身が強くなるしかない。

 

 それまでは森の中で生活するのがいいだろう。

 

 昔、道場の修行で、サバイバルの基本を教えてもらったのが功を奏した。

 

 食べ物も神眼を使えばいくらでも見つかるだろう。

 

 大事なのは、修行。どうやって強くなるか。

 

 金属生成メタルクリエイターはしばらくしたらまた復活するだろう。

 

 しかし相手はLvMAXだ。それだけでは心もとない。

 

 だが、僕が幼少期のころ習った武術を併用すれば、彼に勝つ確率は上昇するのではないか。

 

 そしてその時、

 

「ゴブゴブゴブ!!!」

 

 森から少し入ったところで、ブラッドゴブリンの群れに遭遇した。

 

 それを見て僕は反射的に足に力をため、ジャンプ。木の上に避難しようとした。

 

 しかし・・

 

「いや」

 

 思い直して足の力を抜く。

 

 そしてナイフを構えた。

 

 友人との戦いで、僕は昔の記憶を思い出し、縮地という技を使えるようになった。

 

 その練習台としていい相手ではないだろうか。

 

 血の匂いが残っているのだろう。興奮しながらブラッドゴブリンがとびかかってきた。

 

 そして、、『縮地』。

 

「ごぶっ?!」

 

 ブラッドゴブリンが先ほどまで僕がいた地点に着地すると、その首元から血が噴き出た。

  

「できた」

 

 縮地は普通に早く走る移動方法ではない。重心をあえて外し、ごく短距離を半分転ぶように移動する技だ。

 

 つまり、使用には危険が伴う。速ければ速いほど途中での方向転換や停止も効きにくい。

 

 だが、体が大昔の記憶を覚えてくれたようである。簡単にできた。

 

 僕はそのまま、ブラッドゴブリンを縮地の連続使用で翻弄しつつ、攻撃を加えていく。

 

「がうっ!」


 一回僕が移動するたびに、一匹鮮血をまき散らし倒れてゆく。

  

 しかし・・

 

「・・・うーん。まだまだ」


 使用すればするほど増大する無駄な力みと、そして嫌な感覚。

 

 そう、僕は道場を破門され、技術を『封印』した。

 

 おそらく、これはその誓いを破ったことによる精神的ダメージなのだろう。

 

 だが、今は友人や世界に危機が訪れている。そんなことを言ってはいられない。

 

 襲い来るブラッドゴブリンに縮地を連続使用しながら、僕はその理由を深く追求しようとしなかった。

 

(使い続けていれば、この心のもやもやもなくなるはず・・)

 

 そう判断する。

 

 ブラッドゴブリンと遭遇してから、すでにいくつもの死体を作ってきた。

 

 そしてその血の匂いが複数あることで、さらに強い匂いとなり、遠くのほうへと香りが届いているのだろう。

 

「ごぶっ」「ゴブっ」

  

 絶え間なくブラッドゴブリンたちが集まり続け、そしてその匂いがさらに強くなり新たなブラッドゴブリンたちを呼ぶ、このスパイラル。

 

 だが、何も問題はない。いつでも木の上に逃げることができるのだ。


 だからこそ、完全に縮地を最短でマスターするために、あえて負荷を与えているのだ。

 

 実践の中で使うことで、より熟練度は上がったという実感はある

 

 しかし、いつまでたっても、その負担は軽減されない。


 そういえば・・

 

 僕はあの時、なぜ友人を開放してしまったのだろう。


 しばらく考えて、気が付いた。

 

「そうか、僕はあの女の子を助けるために・・?」


 僕は恋していると、友人は言っていた。

 

 しかしそうとはとても思えない。

 

 あの子の顔を思い返しても何も興奮してこないのだ。

 

 地球に居たとき、女の子の告白を振るときと何も変わらない。何も感じないこの状態を好きとは呼べないだろう。

 

 でも、だからと言ってほおっておけるかというと、違うのだ。

 

 何か使命感にも似た何かが僕を突き動かしている。

 

 彼女は誰かに似ている。

 

 僕は獣人奴隷の容姿を思い返す。

 

 

 

 あの元気で落ち着きのない表情。

 

 僕を見ると駆け寄ってくる人懐っこさ。

 

 横で僕の腕にひっついてくる感触。

 

 

 

 その時、記憶の断片を偶然拾いあてた。。

 

『私は優しいお兄ちゃんが大好きだよ』

 

 それは優しくて甘い記憶だ。

 

 


「妹・・・?」


 そうか、あの獣人奴隷の女の子は、妹に似ているんだ。

 

 そうか・・!!僕は妹を守らなければならない!!

 

 だから無意識に彼女と混同して獣人奴隷を助けてしまったのだ。

 

 

 でも、どうしてなんだ?

 

 

 どうして僕は妹を守らないといけないんだ?


 その中に、僕の精神的負担の原因があるように思える。 

 

 しかし、僕がこんなにも昔の記憶を思い出せないというのは珍しい。

  

  一年前の出来事すら記憶している僕が、なぜ妹に関係する記憶だけすっぽり抜け落ちているのか。


 分からないが、その根源に到達するためには、さらに意識を集中させなければならないだろう。

 

 どんな些細なことでもいい。あの日あった出来事を少しずつつなぎ合わせてゆく。

 

 次々と殺す手を休めず、僕は記憶をめぐる旅へと落ちていく。

 

 

 

ーー




「あっ!お兄ちゃん!聞いたよ!」


 妹が歯磨きをしている僕に向かって、小さな一指し指をさして叫んだ。


「とーちゃんからもう修行しちゃだめって言われたんだよね?!ねっ?!」

 

 時は、道場から破門されてからすぐ翌日のことだ。

 

 今日からは道場に入れないので、何もすることもなかった。、

 

 だが、数年も朝の5時から掃除や修行のために早起きしてをしていたのだ。そのルーチンワークをいきなり変えられない。

 

 妹もそれを知っている。だからこの時間になると起きて洗面所の僕と何かと話しかけてくるのである。

 

 彼女ははしゃいでいった。

 

「はもん~!はもんー! ってことはこの後は暇なんだよね?お兄ちゃん!」


「うん、そうだよ」


 そして、嬉しそうに言う。


「ってことは・・今日からはずっと遊べるよね?よね?」


「うん、そうだね」


「やったー!」


 そう言って喜びを形にするようにくるくるする妹。

 

「お兄ちゃん大好きー!」

 

 そして抱きついてくる。だが、その腕は宙を切った。

 

「あれ?」


 きょとんとする妹をよそに、僕は【瞬間的に】彼女の背後に回って歯磨きをしていた。

 

 そしてまじめに言う。


「ダメだよ。璃々、男の人にそんなに簡単に抱きついちゃ」


「えー?なんでー?」


「女の子は好きでもない人に抱きついたら勘違いされちゃうだろう?」


「だったらいいもーん!!」


「あっ!こら!!」


 そう言って再び抱き着こうとする。僕は慌てて縮地を使い、背後に回るが、

 

「そこだ!」


 フェイントをかけてくるっと回り僕に抱き着いた。


「あっ!」


 僕は【驚いた】。


「ふふふ~。璃々は同じ手は通用しないのです!」


「ま、まいったな・・」


 僕は【照れている】。だが、【まんざらでもなさそうな表情】。

 

 そして僕らはそのあと学校に行くまで、追いかけっこやゲームをして感情豊かに遊んだ。

 

 幸せな時間だった。

 

 しかし・・

 

ーーー


【おかしいな・・】


 その記憶を客観的に見ている現実の僕は疑問に思う。

 

【なんで僕はこんなに『演技』がうまいのだろうか・・?

 まるで本当に感情を持っているかのようだ・・】

 

 そう、道場を破門されたときの記憶では気が付かなかったが、どうやら僕はそのころは普通に他者とコミュニケーションができていたのだ。

 

 僕は生まれつきなのか、空気が読めない。


 より正確に言うなら、他人の気持ちを理屈ではなく直感で知ることができないのだ。

 

 だからこそ、コミュニケーションの論理、パターン行動を深く理解し、他人と円滑に会話をしているのだ。

 

 それなのにその時の僕は、まるで普通の人の妹と会話をしていた。

 

【それに・・瞬間的なあの移動・・あれは縮地のはず。

 なぜ僕は戒めを破っているのだろう?】

 

 もしかして、

 

 道場を破門したから技を封印したわけ【ではない】のか・・?

 

 何か、【別の何か】が起こり、そのことが理由で僕はその戒めを作ったのだろうか・・

 

 何か、とてつもなく嫌なものに近づいている気がする。

 

 しかし、同時に縮地をものにするには、これを避けては通れない気もしていた。

 

 僕は続いて記憶の糸をたどっていく。

 

 そして、ある地点で、ついにその真相にたどり着いた。


ーーーー


 そう、ある日のことだった。

 

 その日も破門された僕は妹と学校以外一日中遊んでいた。


 しかし・・


「こほんこほん」


「・・?どうした?璃々?」


 妹の様子がおかしかった。咳が止まらない。

 

「こほんこほん」


「!! おとうさん!!璃々が・・!!」


 バッと翻し、急いで僕は親を読んだ。そして、妹は救急車で運ばれて行く。

 

 ここからの記憶はとてもあいまいだ。だが、最低限何が起きたかはわかる。

 

 そう、彼女は不治の病にかかっていた。

 

 それから僕は彼女を助けるためにあらゆる手を尽くした。

 

 でも、助けられなかった。

 

「僕は・・!!約束を・・!!おかあさんと約束したのに・・!!」



『優斗・・妹を頼んだわよ』


 ――妹を生んだときに死んだ母親から最後に言われた言葉がそれだった。、

 

ーー


 そうだ、だから僕は、修行をしていたんだ。

 

 本来子供は入れない道場に、特別に入らせてもらって、誰よりも強くなって妹を助けようとした。

 

 子供なりに母との約束を忠実に守っていたのだ。

 

 それなのに・・その約束を破った。

 

 人生が終わったと思った。

 

 死ぬ場所を探したこともあった。

 

 しかし、生きなければならない。

 

 そうでなければ母親が僕を生んでくれたことが無駄になると思ったからだ。

 

「だったら・・」


 残りの人生、感情なんていらない。

 

 妹のいない人生など意味がないからだ。

 

 だから僕は感情を封印した。

 

 

 

 強さもいらない。

 

 守る対象もないからだ。

 

 だから僕は武術を封印した。

 

 

 

 

 そして、その後悔の記憶も要らない。

 

 死にたくなるからだ。

 

 だから僕は記憶を封印した。

 

 

 


 それからは余計なことを考えないようにして、ただただ残りの人生を生き続けることを考え、

 

 そして――それ以外の思考を放棄した。

 

 そんな特殊な生き方をしていると、どうしても周囲の人からは不審がられる。

 

 だからそれからは感情を出さずに、感情を出している演技をした。


 その演技は完璧に近いと自負していたが、しかし、分かる人にはわかるのだろう。


 次第に昔の友達は離れていった。

 

 そして、今に至る。

 

---

 

「そうか・・そうだったのか・・」


 どうやら僕の共感できないこの性質は、生まれついてのものではないらしい。

 

 元は感情を持った普通の人間だったんだ。

  

 

 そして――それを思い出したからと言って、

 

 今の生き方を変えるつもりはない。

 

 

 

 いや、むしろ思い出したからこそ、変えるつもりがなかった。

 

 何故なら、この記憶を掘り起こしたとき、僕の心に鉛のようなネガティブな【気持ち】が支配したからだ。

 

 そう、それは僕の唯一の感情と言ってもいい部分。

 

 

(そうか・・今でも僕は・・癒えてないんだ・・)


 そう、あれから、十年以上にもなる。

 

 普通なら風化してもいいはず。

 

 それなのに、その感情は、当時のまま、悲しみで満ちている。

 

 

 そしてこの膨大な闇に向き合うことは、毒をあおることに等しい。

 

 真剣に向き合えば、取り込まれ死にたくなるほどの闇。

 

 早く封印しなければならない。

 

 だが、その前にやることがある。

 

 あの時、自身に『設定』した、『武術を使用しない』という戒めを自覚。

 

 そしてその戒めを解除した。

 

「ふう・・」

 

 これで縮地に伴う精神疲弊は無くなるだろう。


 そして次に今度はその闇を封印していく。

 

 ちょうど目の前にいい『道具』がある。

 

 『ブラッドゴブリンどうぐ』を自らの記憶に見立てて、バラバラに引き裂く。

 

 データをシュレッダーにかけるように、他の混ぜ物の記憶と中和させ、分からなくしてゆく。

 

 そして、僕は次第に妹に何が起きたのか、――思い出せなくなっていき、完全に忘れていった。

 

 それと反比例するかのように、縮地の熟練度はさらに上がり、使用しても何の胸のしこりもなくなっていた。


 

 しかし、やはり無意識の部分は何かを覚えているのだろう。

 

 僕は、何かを取り戻すかのように、一晩中、逃避するように動き続けた。

 

 暗くて全く見えなくなっても、気配や地面の振動、鳴き声から敵の位置を割り出し、殺していく。武術の心得を思い出した僕にとっては、ブラッドゴブリンくらいの相手にそう難しいことではない。

 

 だが、蓄積していた疲労がピークに達する。脳が睡眠を要求する。

 

 それでも、イルカのように、半分眠りながら動き続ける。

 

 しかし危険ではないことは知っていた。

 

 今の僕には、大昔の修行の成果で一週間だって不眠不休で活動できる。


 そう考えていた。

 

 しかし、それは僕の判断ミスだった。

 

 僕の予想は外れ、

 

(あ・・れ・・??)


 夜は明け、あたりはもう明るい。

 

 しかしそのとき、僕は唐突に片膝をつく。

 

 目の前にはまだブラッドゴブリンがいるというのに、なぜか全身に力が入らない。

 

(どう、して・・?)


 疑問に思う僕。


 しかし当然それに興奮したブラッドゴブリンは構うことはない。


 じりじりと迫りくる。


「ゴブ!!ゴブウウウウゴブ!!!」


 危険アラームが脳内に鳴り響く。


 だがジャンプして木の上に避難しようにも、足に力が入らない。


 全身の謎の脱力。けだるさ。

 

 これはおそらく毒だろう。

 

(・・何かのモンスターの毒なのだろうか?

 しかし、いつ毒を撃ち込まれた?それとも毒ガス・・?)


 心当たりはないが、それに気が付かなかった時点で僕の負けだ。



 解毒する方法も、他に立ち向かう方法も、思いつかない。



 そして


 ――ああ、死んだ。

 

 確信する。

 

 ああ。しかし、せっかくかんぜんな縮地ができるようになったのに・・

 

 友人をすくえるのに、

 

 この世界だってすくえるのに・・

 

 






 ・・・だが、良いか。

 

 どうせ。もう生きる意味はないんだ。

 

 ならば、なにも思うことはない。


 そしてドサッと

 

 僕はその場で倒れこみ、意識を手放した。


 

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