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【ヒロイン視点】魔物退治依頼

「本日はお疲れになったでしょう?

私たちのほうで宿を取りましたので

どうかそこにお泊まりください。

異世界から来られたということで、

色々疑問点もお有りかと思いますが

それはまた後日に、お話させて

いただきたいと思います」


その後、クルスを宿に案内したセリアは、

適当な挨拶をして彼に別れを告げた。


案内している間も、こちらの足や胸を

ちらちら覗き見る彼に、彼女は

何度も殺意をたぎらせたが、

世界を救うという使命感により、

その怒りを必死にこらえた。


だが明日からは本格的に、

クルスの世話をすることになる。

それを思うだけで、セリアから大きなため息が溢れる。

(融通だ……なんで私がこんなことを)




――その翌日。


セリアはクルスの止まっている部屋をノックした。

長い間をはさみ、クルスが部屋から姿を現す。


「おはようございます。すみません。

もしかしてまだ、お休みになられていましたか?」


「いや……大丈夫だよ。ちょうど起きたところだから」


セリアにそう答えるクルスだが、

髪はボサボサで顔も締りがない。

彼の発言が一目で嘘だということが知れた。


(いつまで寝てんだ……街の人はとっくに眼を覚まして

仕事を始めているというのに)


この男は、自身の世界でもこのような

だらしない生活をしているのだろうか?


ふつふつと湧き上がる怒りをこらえ、

セリアは「そうですか」とニコリと微笑んだ。


「近くに美味しい食堂があります。

そちらで朝食にいたしませんか。

そしてよろしければですが……

この世界について少し

お話させていただきたいのですが」


クルスが「ああ、うん。そうだね」と答えながら、

また彼女に嫌らしい視線を向けてくる。

まじでコイツ何なの!?



食堂『バックル』。

そこでセリアはクルスに

この世界の情勢について一通り話す。

すでに異世界の転生者に対する説明内容は

マニュアル化されているため、その説明に

淀みはない。


「この世界には大小合わせて数多くの国が存在しますが、

大国と呼ばれるものは全部で7つあります。

この街――ヘルミオネはその大国のひとつ、

シルヴィアに属する街であり、王都に次いで

シルヴィアの中心的な街でもあります」


「へえ」


適当に相槌を打つクルスに、

セリアは無理に微笑み、

すぐにその眉尻を下げた。


「ヘルミオネは国の境にあることから

他国の交流の起点ともなる重要な街です。

それだけに、人間と敵対する魔物からも

その標的にされることが多い街でもあります」


「ああ、それじゃあ昨日の魔物の襲撃も?」


そう気楽に語るクルスに、

またも怒りが沸き起こる。


この世界の住民ならば、魔物の襲撃により

多くの人間が命を落としただろうことを理解し、

その言葉を口にするには注意を払う。


だがクルスは、まるで小説の中のできごとのように

ひどく簡単に襲撃を口にした。

襲撃で亡くなった人のことを思うと、

その彼の他人事のような口調が、許せなかった。


(落ち着け……こいつを利用して世界を救うんだ……

こんなバカの態度にいちいち腹を立ててはいけない)


そう自分に言い聞かせ、クルスの言葉に

セリアは「はい」とうなずいた。


「ですが、昨日のように大規模な争いは

過去を振り返っても、めったにありません。

どうも最近になり、この地方を担当する

魔物側の司令官が変わったようでして、

その者が好戦的なのか、昨日のような

争いが起こってしまったのです」


セリアは胸の前で手を組むと、

憎たらしいクルスに懇願する。


「そこでどうかお願いがあります。

勇者クルス様に、その魔物の退治を

していただきたいのです。もちろん、

私たちシルヴィア国騎士軍も

支援させていただきます。

どうか異世界の民である私たちに、

希望の光をお与えください」


セリアの言葉に、クルスがしばしの

沈黙をはさみ、口を開く。


「転生したばかりでいきなりそう言われてもな……

俺には関係のない話でもあるし」


「そう……ですか」


「でも、困っている人を見捨てるなんて

できないしね。俺で良ければ力を貸すよ」


クルスの言葉に、セリアが表情を華やがせる。

――も、内心は腸が煮えくり返っていた。


(だったら、はじめからそう言えよ!)


無意味なフェイントを用いたクルスが気に入らない。


にやけた面でこちらを見てくるクルス。

瞬間、セリアは内心の怒りで表情を赤くした。

セリアは自身の怒りを悟られまいと、

咄嗟にクルスから表情を逸らす。


顔の赤みが引いた後に、顔を上げると、

なぜかこちらを見て、クルスの顔がより

締まりなくニヤついていた。その理由は知らないが、

どうやらこちらの怒りはバレていないらしい。


セリアはこほんと咳払いして頭を下げる。


「ありがとうございます。

では早速、騎士軍で出立の準備を――」


「ああ、それなんだけどさ」


セリアの言葉を遮り、クルスが口を開く。


「この異世界にはギルドはないのかな?」


「ギルド……まあはい。

あるにはありますが……

それがどうかしましたか?」


「魔物退治するメンバーは

ギルドで集めようと思うんだけど

どうだろう?」


クルスの意味不明な提案に、

セリアは怪訝に眉をひそめた。


「あの……それはどうしてでしょうか?」


「うん。騎士軍も良いとは思うんだけど、

やっぱり最善を尽くしたいからね、

ギルドの人たちなら魔物退治のプロだろ?

きっと戦力としてすごく頼りになると思うんだ」


クルスの説明を受け、セリアは表情を強張らせた。


(こいつ……本当に頭がおかしいんじゃないのか?)


確かに、ギルドも魔物退治をすることがある。

しかしそれはごく少数であり、大抵は魔物とは

関係のない、何でも屋というのが実態だ。

ゆえに当然、腕利きの人間などごく僅かしかいない。


さらに言えば、ギルドとはつまり、

傭兵の集まりであり、ただの荒くれ者の集団だ。

騎士軍のように効率的な戦闘訓練をしたわけでもなく、

基礎をおろそかにした自己流の戦闘者にすぎない。


それゆえに、毎日訓練を欠かさない騎士とは

その戦力の差は大きく、騎士軍の一般認識では

ギルドは囮程度の役にしか立たない、無能集団とされている。


むろん、ギルドもピンキリであり、中には

騎士に対抗できるほど腕の立つものもいるが、

それはコンマ1%にも満たないだろう。


そもそも、腕がたつうえに、世界平和を真に願うのならば

普通は騎士軍に入隊する。それをしないということは、

金儲けだけが目当てのならず者か、

騎士軍に係わることのできない訳有の人間だろう。


そのような人間を、重要な作戦ごとに

かかわらせるなど、リスクしかない。


それを理解して、クルスは提案をしているのか?


(いいや……こいつは絶対に何も考えていない)


確か、上司のネイハムからもらった

転生者の特性についてまとめられた資料によると、

彼らはなぜかギルドに対して、高い信頼を

持っている傾向があるという。


その理由はよくわからないが、先のこの男の発言も

その根拠不明の信頼から来たものなのだろう。


普通ならば、このような提案など当然却下だ。

どころか、叱責のひとつぐらいぶちまけたいところだ。

しかし――


(こいつの機嫌を損ねるのは……まずい……)


そう考え、セリアは心にもない驚きの表情をした。


「そ……それもそうですね。

確かに今は、騎士やギルドに拘ることなく、

優秀な方を見つけるのが先決です。

さすが勇者様です。素晴らしい考えだと思います」


セリアの言葉に、クルスが頬をほころばせる。

こちらの気も知らず、自分が良い提案をしたのだと

ドヤ顔をするクルスに、また殺意がムクムクと湧き上がる。


(世間知らずのカスが……)


そう内心で毒づいておき、とりあえずセリアは言葉を続けた。


「それでは、そのように上司にも伝えておきますね。

ああ……ですが多少お時間がかかるかと思います。

ギルドの管理局に話を通す必要がありますので」


時間を稼いでいる間に、クルスの提案に対する

対策を考えるしかない。そんなセリアの気も知らず

クルスが間抜けヅラで尋ねてくる。


「そうなの? 一刻を争うならそんなの無視して――」


「お……おっしゃるとおりです。ですがえっと……

そう、勇者様の装備品を整える時間も必要なので、

それと並行してということで、ご容赦ください」


頭を下げるセリアに、クルスが「まあ、いいけど」と

渋々と言った様子で承諾する。


(もう何もかも忘れて、こいつをぶった切っては駄目だろうか?)


当然ダメだ。セリアは苛立ちを抑えつつ、

「ありがとうとざいます」と表情に笑顔を浮かべた。


「では一  度、私は騎士軍の支部局に戻ります。

お昼にまた宿にお伺いしますが、よろしければその時、

私が街の案内をさせていただきます」


「そう? それはありがたいな。よろしくお願いね」


クルスが頭を下げたため、

セリアもまたペコリと頭を下げる。

そして彼女が顔を上げた時――


またクルスの嫌らしい視線が、

彼女の胸元に集中していた。




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