【転生者視点】魔物退治依頼
「本日はお疲れになったでしょう?
私たちのほうで宿を取りましたので
どうかそこにお泊まりください。
異世界から来られたということで、
色々疑問点もお有りかと思いますが
それはまた後日に、お話させて
いただきたいと思います」
案内役のセリアにそう言われ、
俺は素直にうなずくことにした。
確かに、始めて魔物退治を行ったためか
多少なりと興奮があり、
冷静に話を聞ける状態ではないと
考えていたからだ。
セリアに案内された宿は、
おそらくはこの異世界ではそれなりに
高級宿に分類されるであろう
場所であった。
一人の客に一人のコンシェルジュが付いている
高級宿にて、俺は温かな風呂と温かな食事、
そしてふかふかのベッドで
ぐっすりと睡眠をとった。
――その翌日。
俺はノックの音で眼を覚ました。
気だるげにベッドから立ち上がり
ノックされた扉を開く。
扉の前には、昨日と同じ格好をした
案内役のセリアが立っていた。
「おはようございます。すみません。
もしかしてまだ、お休みになられていましたか?」
「いや……大丈夫だよ。ちょうど起きたところだから」
ペコリと頭を下げる彼女に、
俺は紳士的に答える。
「そうですか」とセリアが頷き、
ニコリと微笑む。
「近くに美味しい食堂があります。
そちらで朝食にいたしませんか。
そしてよろしければですが……
この世界について少し
お話させていただきたいのですが」
セリアが身じろぎするたびに、
スカートや胸元がエロく揺れる。
それに意識を取られるながらも、
俺はそんなこと微塵も感じさせずに
「ああ、うん。そうだね」と
彼女に平静に答えた。
食堂『バックル』。
そこはセリアの言葉通り、
美味しい食事を出す店であった。
それはそれとして――
俺はセリアからこの異世界について説明を受けた。
まず驚いたことは、この異世界には俺のような
転生者がこれまでも数多く確認されているという事実だ。
確かに、人種も服装もまるで違う――ちなみに俺は学ラン――
俺を見て、この異世界の住民が特に疑問を抱く様子がないことを、
不思議には思っていたが、彼らからすれば
「ああ、またか」という感覚であったらしい。
そこでふと、神様と名乗った存在が多少投げやりに
転生の手続きを行っていたことを、俺は思い出す。
おそらくそれは、転生の手続きをすでに複数回
していたためなのだろう。
だからなのか、セリアの異世界の説明は
まるでマニュアルがあるかのような
なめらかでわかりやすいものであった。
「この世界には大小合わせて数多くの国が存在しますが、
大国と呼ばれるものは全部で7つあります。
この街――ヘルミオネはその大国のひとつ、
シルヴィアに属する街であり、王都に次いで
シルヴィアの中心的な街でもあります」
「へえ」
適当に相槌を打つ俺に、
セリアが一度ニコリと微笑み、
すぐにその眉尻を下げた。
「ヘルミオネは国の境にあることから
他国の交流の起点ともなる重要な街です。
それだけに、人間と敵対する魔物からも
その標的にされることが多い街でもあります」
「ああ、それじゃあ昨日の魔物の襲撃も?」
眉をピクリとはねさせたセリアが、
俺の疑問に「はい」とうなずいた。
「ですが、昨日のように大規模な争いは
過去を振り返っても、めったにありません。
どうも最近になり、この地方を担当する
魔物側の司令官が変わったようでして、
その者が好戦的なのか、昨日のような
争いが起こってしまったのです」
そこでセリアが胸の前で手を組み、
まるで神に祈るような眼で、
俺を見つめてきた。
「そこでどうかお願いがあります。
勇者クルス様に、その魔物の退治を
していただきたいのです。もちろん、
私たちシルヴィア国騎士軍も
支援させていただきます。
どうか異世界の民である私たちに、
希望の光をお与えください」
セリアの懇願に、
俺はしばし沈黙する。
心配そうに見つめるセリア。
彼女の不安に揺れる
碧い瞳を見つめ、
俺は重々しく口を開く。
「転生したばかりでいきなりそう言われてもな……
俺には関係のない話でもあるし」
「そう……ですか」
しゅんとセリアの顔が曇る。
それを見計らい、俺は可能な限り
明るい調子で先を続けた。
「でも、困っている人を見捨てるなんて
できないしね。俺で良ければ力を貸すよ」
その言葉に、セリアの曇り顔が
一転して明るく華やぐ。
一度、拒否するような振る舞いをした後に、
頼みごとを聞き入れるのは、
漫画や小説における基本パターンと言える。
これで俺に対する印象は、
セリアの中でうなぎのぼりだろう。
だがやはり、そんな打算的なことは
おくびにも出さず、俺はセリアに優しく微笑んだ。
途端にセリアの頬がぽっと紅潮し、
まるで照れたように俺から顔を逸らした。
(はて……風邪でも引いているのかな?)
そんなわけないと知りつつ、
あえてすっとぼけて頓珍漢なことを思う。
顔を赤くしたセリアが、
こほんと咳払いして頭を下げる。
「ありがとうございます。
では早速、騎士軍で出立の準備を――」
「ああ、それなんだけどさ」
セリアの言葉を遮り、
俺は首を傾げて尋ねる。
「この異世界にはギルドはないのかな?」
「ギルド……まあはい。
あるにはありますが……
それがどうかしましたか?」
「魔物退治するメンバーは
ギルドで集めようと思うんだけど
どうだろう?」
俺の提案に、
セリアが怪訝に眉をひそめる。
「あの……それはどうしてでしょうか?」
「うん。騎士軍も良いとは思うんだけど、
やっぱり最善を尽くしたいからね、
ギルドの人たちなら魔物退治のプロだろ?
きっと戦力としてすごく頼りになると思うんだ」
俺の説明を受け、晴天の霹靂だとでも
いうように、はっと眼を丸くしたセリアが、
すぐにその表情に尊敬の色を浮かべた。
「そ……それもそうですね。
確かに今は、騎士やギルドに拘ることなく、
優秀な方を見つけるのが先決です。
さすが勇者様です。素晴らしい考えだと思います」
どうやら俺の提案は、
セリアにとって相当意外であり、
優れたものであったらしい。
(俺としては、ごく普通の考えだったんだけどな)
そんな謙遜的ことを考えつつ、
ニコニコと上機嫌に笑うセリアに、
思わず頬をほころばせる。
「それでは、そのように上司にも伝えておきますね。
ああ……ですが多少お時間がかかるかと思います。
ギルドの管理局に話を通す必要がありますので」
「そうなの? 一刻を争うならそんなの無視して――」
「お……おっしゃるとおりです。ですがえっと……
そう、勇者様の装備品を整える時間も必要なので、
それと並行してということで、ご容赦ください」
そう話して、セリアが頭を下げる。
別に魔物退治をすぐにしたいわけでもないので、
俺は「まあ、いいけど」とセリアの提案を受け入れた。
「ありがとうとざいます」とセリアが頭を上げ、
また表情に笑顔を華やがせた。
「では一度、私は騎士軍の支部局に戻ります。
お昼にまた宿にお伺いしますが、よろしければその時、
私が街の案内をさせていただきます」
「そう? それはありがたいな。よろしくお願いね」
そう言って俺が頭を下げると、
彼女もまたペコリと頭を下げ、
その大きな胸を揺らした。