ラッキースケベとアンラッキースケベ
翔の意識が覚醒すると、目の前にはこれぞ異世界という光景が──
「キャーーー!」
とか考えてる状態じゃないことは翔自身が一番分かっていた。
端的に言うと、翔は…全裸だった。
「あの、クソロリ女神…!」
翔が見てきたアニメやゲームなどの異世界転生でも、こんなにひどい待遇があっただろうか──いや、断じてないだろう。
幾ら転生とはいえ、生まれた時に身につけているファッション──もとい全裸で街に人がいきなり現れたら、日本だったら間違いなく通報される。
翔が転生から1分もせずに絶望を味わい、この世界での生活を諦めかけたその時。
まるで女神のような──いや、(あのクソロリ)女神よりも女神らしい甘い囁きが翔の耳元で聞こえた。
「あ、あの〜上着、貸しましょうか?」
「………。」
それは、翔の初めての一目惚れだった。
「あっ、あの〜もしもし〜?」
「………。」
綺麗に煌めく銀髪のショートボブ。
そして、引っ込むところは引っ込み、出るところは出ているそのボディ。
顔立ちは翔がこれまで見てきた中でおそらく一番端正だった。
目は碧眼で、銀髪に碧眼というなんとも珍しい組み合わせだが、本当に綺麗だった。
それは、この世界の麗しさを、愛くるしさを、この世界のあらゆる魅力を、その小柄な体に凝縮したかのような──
すると、目の前の彼女はじんわりと頰を赤らめて──
「あの〜あんまり見つめられると困っちゃいます…しかも全裸で」
「す、すいません‼︎」
翔が我に返り、少女の持っていた上着で体を隠した。
「あ、ありがとうございます」
翔は、その黒い上着のボタンを締めながらそう言った。
幸い、その上着はコートのように長く、下半身もしっかり隠れていた。
「いいえ、困った時はお互い様ですから」
彼女がそう微笑みかけながらウインクすると、翔はそれだけで顔が真っ赤になった。
「あれ、お顔が赤いですよ?お熱ですか?裸だったから、寒かったんでしょう」
「い、いや、これはそういうことじゃなくて─」
「じゃあ、うち近いんで宜しければ寄って行きませんか?」
翔は少し、いや物凄くドキドキしたが、これ以上迷惑はかけられないので、断ろうとする。
「そんな、悪いよ。」
「いいんですよ。それに、そのコートだけじゃ寒いでしょ?」
確かに、気温はなかなか低いらしい。
先程まで全裸の羞恥と一目惚れの羞恥で気づかなかったが、改めて思うとかなり肌寒かった。
「じゃあすいません、お言葉に甘えて」
「は、はい是非!」
そう言うと、彼女はこちらですと、路地裏に入って行った。
それに続いて翔がついていく。
「そういえば、お名前はなんて言うんですか?」
彼女が背後に振り向きながら、翔に聞く。
「あ〜俺、龍崎翔、君は?」
「そう、あなたが…」
「…え?ごめん聞こえなかったんだけど」
「あ、すいません独り言です。」
そう言うと、彼女は翔に振り返って一つ深呼吸する。
「私は、セーラです、翔さんよろしくお願いします!」
そして、セーラはもう一度深呼吸する。
「あ、あの……か、かけるって呼んでいい?」
──なんだこの天使のような可愛さは…。
「おう、もちろん」
セーラは軽く微笑むと、右手にある3階建ての建物を指差した。
「これが私達の家なの」
「私達…………?」
「そう、私達の」
翔はその時、相槌も打てないほどのショックを受けた。
いや、翔は委細承知していた。
こんな可愛い子に彼氏がいない訳ない。
それは、どの世界でも当てはまる凡庸的な事実だった。
分かっていた。分かっていたけど……やっぱり嫌だった。
すると、セーラは不思議そうに首を傾げて、項垂れる翔を見る。
「なんでそんな世界が終わったみたいな顔してるの?さっきの全裸の時よりひどい顔だよ?」
「え、いや、なんでもない…セーラ、その…やっぱり俺帰るよ」
「えッ!な、な、なんで?」
「その〜なんて言うか、う〜ん…」
「………?」
「と、とにかく!ここには入りたくないんだよ!」
すると、翔の怒声を聞いたセーラの碧眼がだんだんと潤んでいき─
「そんなに…嫌?」
「え?」
「私の家に入るのがそんなに嫌…?」
セーラは、潤んだ瞳で翔を上目遣いに見つめる。
──この上目遣いは、人類を滅ぼし兼ねないのではないか…。
そんなことを考えながら、翔は彼女と同じ目線まで屈んだ。
「違うよ?別に、君が嫌な訳じゃないんだ…むしろウェルカム」
すると、セーラは顔をパアッと輝かせて翔の顔寸前まで近づく。
「ほ、ほんと?」
「おう、もちろん」
「じゃあ…なんで?」
「そ、その〜いるだろ?家に彼氏とか…できれば会いたくないというか…」
すると、彼女は少し、首をかしげると、クスッと吹き出して、こう言った。
「いないよ?彼氏、この家の中にいるのは、私と2人の女の子」
「え?いないの彼氏?」
「うん、いない」
「そんな可愛いのに?」
すると、彼女は頰を赤らめ──
「そ、そんなぁ〜可愛くなんてないですよ〜そ、それに…」
「それに?」
「そ、その〜私は翔さんみたいな──」
その時、上から一つの布が落ちてきた。
落ちてきた方を見ると、赤髪の人影が見えた気がした。
翔はそれをキャッチすると、その布を広げて見てみる。
先程のセリフの後も気になるが、今はこちらの方が気になる。
それは、うさぎの柄が入った可愛い──パンツだった。
「うぉぉっパ、パンツ?」
すると、翔は、前にいたセーラの異変に気付く。
──セーラの顔が、みるみる赤くなっていく。
それはもう、りんごみたいに可愛く。
そして、翔の脳内に一つの可能性──否、確信がよぎった。
パンツの落ちてきた場所は、セーラ達の家のベランダ。
そして、セーラはこの有様。
「そう、これは、人類の宝」
「か、かける?」
「そう、これはセーラの─パンツだ!」
言い切ったところで、先程の赤髪の人影に感謝する。
本当になんの目的だったか、分からないが、ラッキースケベ!しかも美少女のパンツ!
これぞ異世界のテンプレ!
そして、前にいるセーラをみると──なんとも可愛くプルプルしていた。
プルプルという表現を使う日が来たのが驚きだが、本当にプルプルしていた。
「せ、セーラさん?」
セーラは大きく息を吸うと潤んだ瞳と、真っ赤に染まった顔で、翔の方に向く。
「ミラと、翔のエッチ〜‼︎」
そういうと、翔を家の中に強引に入れ、ドアを大きな音で閉める。
そして、翔を少し睨んで、手に持っていた人類の宝──もといパンツを取り返し、そのまま大きな足音を鳴らして2階に行ってしまった。
「怒らせちゃったな〜、仲直りしよ、セーラと話せないとか、死活問題だし」
翔はそう言うと、セーラが向かった階段の方に向かう。
一階には、玄関とリビングしかなく、2階より上にセーラの部屋があると思われる。
そうして、階段を登ろうとした瞬間──見てはいけないものを見てしまった気がする。
いや、そんなはずはない。
きっと先程のパンツの件を引きずっているのだ。
そう信じたい。
そうして振り向いた瞬間、やはりその姿はあった。
そして、その目の前にいるのは、赤髪の女性。
とても端正な顔立ちの、お姉さん的な雰囲気を漂わせる女性である。
そして、ツッコミ体質の翔はもう堪え切れない。
翔は、その紅の瞳を見つめると──
「なんでパンツ一丁でパンツ被ってんだよ!」
翔の怒声が、セーラ宅に轟いたのであった。
──ホント何これ?アンラッキースケベ?