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物語屋と死んだ狼は予言の勇者を望まない!  作者: 春夏秋冬
第1章 服飾街フレザ
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【物語第1冊】橙玉のフーニャ

 あるところに、真っ赤な少年がいました

 髪も目も血のように真っ赤なのに、肌だけが雪のように白かった少年は、悪魔の子として厭われていましたが、とてもたくさんの魔力を持っていたので恐れられてもいました。

 少年が望めばなんだって手に入りました。少年を恐れない友達も、仕えてくれる部下も、賢い猟犬も、上等な良馬も。

 それでも少年の心は満たされませんでした。

 少年に敵うものは誰もいなかったし、少年が燃やしてしまわないか恐れずに共にいることのできるような人もいませんでした。

 少年の炎は何もかも焼き尽くしたのですから当然と言えば当然です。

 それでも恐れたくないと、少年は願っていました。

 そんなある日のことです。少年とその仲間が住み、街のようにすらなったそこに、2人の旅人がやってきたのです。

 双子の少女は美しい青の瞳を持つ姉をフリーゼ、灰色の瞳を持つ妹をフィーニャと言いました。

 強い水の力を持つフリーゼに、街の人々は喜びました。強い炎の少年の心を射止められるかもしれない、と。

 フリーゼとフィーニャはただの旅人ではなく、服屋でもありました。2人の作る美しい装身具の数々に、街の人々は心奪われていきました。特に、少年のいるせいで年中暖かい街の中で、冷たい涼やかな空気を纏うフリーゼはどこへ行っても歓迎されました。

 反対に、魔力が少なく、弱い土魔法しか使うことのできないフィーニャはあまり歓迎されませんでした。

 水の乙女と、灰の乙女。街の人々だけでなく、旅人までもが双子の服屋に心を奪われ、いつしか街には多くの服屋が立ち並び、覇を競うようになっていました。

 そして街の人たちは思ったのです。このまま水の乙女がいてくれれば、街はさらに発展する。このまま水の乙女がいてくれれば、赤い少年が暴れても止めてくれるかもしれない。このまま水の乙女がいれば、街はこの暑さから抜け出せる…

 少年は幾度も水の乙女と会わされました。青みを帯びた金の髪に青い瞳の水の乙女は美しくはあれどとても冷淡でした。心を許さない水の乙女に、少年はあまり城から出てこなくなりました。

 対応は冷たいのにもかかわらず会おうする水の乙女に、赤い少年は疲れを覚えるようになっていました。

 それに反するように水の乙女の人気は高まり、いつしか赤い少年や灰の少女のことは人々の頭から抜け落ちていました。


 ある日赤い少年は、幼い頃から仲の良い紅孔雀に会うために城を抜け出し山へといきました。

 いつもはすぐに現れる紅孔雀はその日、なぜか現れませんでした。

 紅孔雀の炎を辿って行けば、紅孔雀に抱かれるようにして、橙色の髪の少女が眠っていました。

「誰だ?」

 少年の声に、少女は紅孔雀から顔を上げました。その瞳は、見覚えのある灰色。美しい少女に少し既視感を覚えた少年はもう一度問いました。

「お前は誰だ?」

「私は旅の服屋フリーゼの妹、フーニャです」

 一度思うだけで業火を纏うことのできる紅孔雀を抱きしめた少女に、少年は瞠目しました。今は纏っていないとはいえ、紅孔雀の心1つで、少女は死んでしまうでしょう。

「怖くないのか、炎が」

「私が怖いのは炎ではありません。本当に怖ろしいのは力を使う人ですから」

 悲しそうに微笑み、紅孔雀を撫でる少女に、少年は近づいていきました。

「あなたの髪は、灰色ではありませんでしたか?」

 その途端、少女の瞳が大きく見開かれ、ばっと立ち上がりました。

「フーニャ殿?」

「そんな、」

 様子のおかしい少女に、少年が手を伸ばした途端、少女はその体から炎を迸らせました。

 それに呼応するように、身を燃え上がらせた紅孔雀のそれは、少女を全く傷つけませんでした。

「なぜ、」

 少年は息を呑みました。確かに、少女の中に大きな炎の揺れるのを感じたからです。

「あなたは、土魔法しか使えないはずでは」

 炎を消し、身を翻した少女を、少年は追いました。少女の持つ色は、真実灰の色であったのだと知って、少年は必死においました。

 彼女さえいれば、この満たされぬ渇きが癒されると思ったのです。

「きゃぁぁぁ!!」

 フーニャの悲鳴に、少年は足をさらに早めました。そして見つけたのは、水の檻に囚われて苦しむフーニャと、火傷を負った水蛇に治療を施すフリーゼの姿でした。

「こんにちは、炎の主さま。もしかして私に会いに来てくださったんですか?」

 もがき苦しむフーニャの姿が見えないかのように、いつもの通りな水の乙女に、少年は怒鳴りました

「フーニャを離せ!」

 激昂した少年が炎を纏えば、それと同じ量の水を、水の乙女は纏いました。

「これは私たち姉妹の問題です。お引き取りください」

 負けないはずだった。なのに、水の乙女の水量は少年を上回りました。そして呼び出された水龍の尾の一振りで、少年は意識を失ったのです。



「あれは、水の魔王だ」

 友達や仲間に聞けば、炎の力を持つものは誰しも、水の魔王の近くにいる時に虚脱感を覚えたことがありました。そして、少年たちは決心しました。水の魔王を討伐し、灰の少女を救うと。

 日は炎誕祭、少年が生まれた日であり、最も炎の力が強くなるその日に水の魔王の討伐が決まりました。少年が炎の力を蓄え、紅孔雀に仲間を集めてもらい始めると、フーニャは顔色を悪くさせ、フラフラな状態になることが増えました。

 いつしか、最初に少年の元に集まった仲間たちは皆、水の魔王に怖れと怒りを抱くようになりました。美しすぎる貌に、冷淡な態度、具合の悪そうな妹を侍らせ、自分は人々に傅かれる。


 そして、遂に炎誕祭がやってきました。城ではなく、紅孔雀たちに見守られて森の中で行われたそれの最中、水の魔王と灰の少女が少年に跪いて言祝いだ時、少年と仲間たちは一斉に水の魔王に斬りかかりました。

 水の魔王はすぐに灰の少女を水の檻に閉じ込め、冷淡な無表情を歪めて水龍を、水蛇を、たくさんの水霊たちを呼び集めて問いました。

「何をするのですか」

「水の魔王を討伐し、灰の姫を助け出す!」

 その言葉に、水の魔王はさらにその柳眉を顰めました。

「愚かな」

「なんとでも言うがいい!」

 炎の力が強まるはずの炎誕祭、にも関わらず少年たちの炎はみるみる食われていきました。そして、灰の少女は水の檻の中で、一層悶え苦しみました。髪は姉に似た金に、瞳は橙色に燃えたち、水の檻を沸騰させました。

 水の魔王は少年たちをあしらいながら長い長い呪文を紡いでは少女の檻に向けて放ちました。

 三日三晩、赤の少年と水の魔王は戦い続け、遂に少年たちは水の魔王に大打撃を与えました。

 水の魔王は水に解けて消え、囚われていた灰の少女は、橙玉の瞳と金の髪を取り戻して、倒れ伏しました。

 その額には、水の文様が刻み込まれ、あの燃え盛る業火は喪われていました。しかし、赤の少年の炎は、灰の少女を燃やしませんでした。

 ようやく怖がらずにそばにいれる最愛の人を見つけた少年は、橙色の瞳を取り戻した少女を抱きしめ、共にあろうと誓いました。

 そして水の魔王から解放され、灰の少女から橙玉の少女は水の魔王を倒し、紅の騎士となった赤の少年と婚礼をあげました。

 こうして、服飾街フレザは紅の騎士に守られる街として今日まで繁栄してきたのです。水の魔王を悼んで橙玉の乙女が青と金、白で旗を織り掲げたことから、青の旗は忌みごとの証とされました。そして紅の騎士を表す、青と相反する紅の旗を織り、掲げるようになりました。今も、橙玉の瞳と紅の髪は私たちを守ってくださっています。



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