5服飾街と昼ごはん
「こちらでお待ちください」
栗色の髪の侍女に通されたのは暖炉とソファーセット、ビリヤード台、本棚のある娯楽室のような場所。
「あの、イド様とリュカは…?」
「ごりょっしゅ様っふ、に滞在の対価をお支払いになられていらっしゃいます。」
…今、ご領主様って言う時笑いそうになってなかったかこの人?
「申し遅れました。私は服飾街フレザのお館、フレザ城のお城付き侍女マーチェスでございます。どうぞマーチェスとお呼びください」
髪と同じ栗色の瞳の瞳を細めてマーチェスさんが笑った。僕と同じくらいの歳だろうか、白と臙脂の侍女服が少し大きいように見えた。
ここの侍女服は白を基調とした半袖のワンピース。ただし、様がつけていたような腕を覆うやはり白の独特な手袋のような者を身につけている。要所要所に臙脂色のラインやどこか鳥の尾羽や炎を思わせる意匠が縫い取られ、金色のボタンはぴかりと光っている。
さすが服飾街フレザと言ったところか。
「僕はキス…シーターです。物語屋見習いの、シーターです。」
「宜しくお願い致します、シーター様。ここにご滞在の間は私がシーナー様の侍女としてお仕えいたします。」
「よろしくお願いします、マーチェスさん」
マーチェスでいいんですよ、と再度言われたが丁重にお断りした。公爵家では使用人の皆にさんをつけていたから他家であろうと呼び捨ては違和感がある。
「では、シーター様。」
ぱん、とマーチェスさんが手を打った。
マーチェスさんと同じ服を着た2人の侍女が、幾つもの箱を持って入ってきた。その全てが白に紅でフレザの名だたる服飾店の名が書かれている。
そう、クロージア侯爵領の店はどこも全て白、赤、金の三色で包装することが統一されているのだ。中でもフレザの色である白地に赤は最高級とされている。
「お着替えのお時間です」
なぜだろう、そう笑ったマーチェスさんたち三人の侍女さんの微笑みが、獲物を狙う猛獣の、それであったように思えたのは。そしてぼくは、そのとき危険を察していながら逃げようともしなかった自分の迂闊さを、呪うことになるのであった…
「やめろ触るな笑うな離せ気色悪いです!」
かなりおざなりな敬語で叫ぶリュカ。そんなリュカをいい笑顔で膝に乗せようとするミカラナーン様。料理には目もくれず機械的に口に入れながらリュカを凝視するイド様。
そして疲れて茫然自失の僕にひたすら手ずから食べさせてくれようとするマーチェスさんたち侍女3人組。
「美味しいですか、シーター様」
「お次はこちらをどうぞ、シーター様」
「ああ、いい!素晴らしいですミカ様そのまま抑えていてくださいあああお麗しいですリュカ様ぁぁぁぁ!細腕で一応侯爵の身分を持ちぐされていらっしゃる我らが主様に抗い罵倒するその姿お美しいですぜひ、私めも罵倒してくださいませ!!!」
「ほらリュカ、そんな暴れると昼飯が食えないぞ」
「リュカ、ここは食事の席ですよ、暴れてはいけません」
リュカの耳のような頭飾りはリュカの髪に似た茶色から紅へと美しいグラデーションで変化するものに変わり、白のダボっとした半袖と短いズボンであった服は、王国の貴族を思わせる橙色と白の上等なものにかえられていた。ミカラナーン様と色や意匠をところどころ同じくしたそれのせいで2人は兄弟のように見える。
そのリュカを軽々と抱き込み、争う手足をやんわりと押さえ込んで膝に乗せているミカラナーン様は先ほどとは違い侯爵らしい装いをしている。濃い紅と金、白の騎士服は大変似合っているのだが、リュカとお揃いが良かったから着たのだと、誰に教えられるまでもなく察することができた。
中性的な淡い黄色と白のゆったりとした服をまとったイド様は、貴族というより神官のようで、ところどころに散りばめられた金の意匠は、よく見ればミカラナーン様とリュカ、そしてぼくの服とお揃いなのがわかる。
そんなお美しいイド様の背後、燕脂の執事服をまとい、真顔直立不動で先ほどから悶えている方は、このフレザ城の執事らしい。正直言って怖い。
そしてぼくは、あれから風呂に入れられ、全身にマッサージされ、髪を梳かされ、衣装や飾りをつけられ。
ちょん、と括られた髪とも相まって多分貴族の子息のように見えるだろう。
ぼくの衣装はリュカより黄色に近く、イド様より橙に近い色で、やはり3人と同じ間意匠が紅で縫い取られている。
この衣装は最初から決まっていたらしいのだが、これを切るまでに何十着も着せ替えさせられた。
ひどい目にあったとしか言いようがなく、あれだけリュカが抵抗した理由がよくわかった。
「はーなーしーてーくーだーさーいーーー!!!」
1つ大きく叫んだリュカの腕が見事にしなりを見せながらミカラナーン様の喉にクリティカルヒットした…ように見えたが、呆気なく腕を掴まれ、 ぐ、と唇をかんだ。
「だめだよリュカ、唇が傷むしリュカだって痛いだろう?ほら」
ぱ、と手を離されたリュカが森で見せたあの素晴らしいスピードで僕の隣の席につく。
マーチェスさんがリュカの分を侯爵様の隣から移動してくれた。
「…リュカを飼い犬かなんかみたいに扱って…!」
ぶつぶつ言いながら食事を始めたリュカに、控えていた侍女たちが目を爛々と輝かせて食事の補助を申し出たが、ナイフとフォークを構えてきっぱりはっきり断ったリュカに誰もそれ以上手を出そうとはしなかった。
「あの、マーチェスさん、ぼくも一人で」
「「「次は何がよろしいですか、シーター様」」」
「ぼくもひ」
「「「こちらはどうでしょうか?」」」
「ぼ」
「「「どうぞ、シーター様!」」」
「アリガトウゴザイマス」
そうしてぼくは諦めて口を開いた。
「リュカ、果物水があるけどだすかい?」
「氷もあったらいただいても構いませんが」
「「「私が取ってまいりま」」」
「どうぞ、リュカ様、やはり近隣の頭だけがお可愛らしく態度だけが貴族という決して平民には理解できない思考回路をお持ちでいらっしゃる貴族のおぼっちゃま方とは違い全ての動作がお美しく態度も立派でいらっしゃり決して媚びることのないそのーー」
真顔で直立不動の執事さんが、瞳だけを爛々と輝かせて訥々とリュカを賛美する。それらを全ていなして、ミカラナーン様の懐柔策もあっさり流して、リュカは黙々と食事を食べ続けた。
デザートを食べ終わり、食後の、お茶にこぎつけてようやく、給餌攻げ…給仕行動をしてくれたマーチェスさんたちが離れてくれた。
そして、ミカラナーン様が動いた。
「皆、一度出て行ってくれ」
「「「「っち、かしこまりました」」」」
舌打ちまで揃わせ、ぎらん、とミカラナーン様を睨んだ使用人さんたちだったが、そこはやはり侯爵家に仕える人々。素早く美しい所作で一礼して瞬く間に食堂に静寂が訪れた。
「リュカ、今回は買い仕事か?売る仕事か?遊びか?回収か?それとも、」
黒の瞳が、かすかに炎を揺らす。
「誓約か?」
普段ふざけていたりちゃらんぽらんな人間ほど真面目にした時の覇気が恐ろしいと本で読んだことがある。ミカラナーン様はまさにそのタイプの人だった。
史上最悪の魔王を倒した勇者、紅孔雀の騎士の名も今の姿でなら信じられる。
「誓約はしないと思ってますがなにか。」
「リュカ、分かってるな、困っていたら助けるし、俺の力でどうにかできることはやってやる、だが、」
かち、
「重々承知のうえです、紅孔雀。」
リュカの新緑の瞳に微かに苛立ちが見えたような気がした。それもすぐに美しい曇りのない透明な翠玉へと戻ってしまう。
リュカに助けられ、意識を失う直前のあのなんとも言えない恐ろしさを、リュカは纏っていた。
「ん、ならいい。今回はいつまでここにいるつもり?」
「可及的速やかに出て行きます」
「なるほど、1週間か。」
「城の侍女1名に物語をいただきます。」
「構わないよ。どうせなら侯爵も付けて貸してあげよう」
「不要なおまけは丁重に叩き返させていただきます」
「わかった、俺はここで待機だね。その間用意することは?」
「侯爵領の仕事をなさったらいかがですか。仮にも一応は侯爵の名を預かる勇者サマなのですから」
「そう、ナラズ商会関連を調べとくよ。他には?」
「あなたへ頼み事などしませんから」
「わかった。ラビは中庭にいるよ」
なんで会話成立してるんだ、こいつら…
1人蚊帳の外なぼくにようやく気付いたのか、リュカがこちらを見て目を瞬かせた。
「ごちそうさまでした。では、僕達は街に出ますね。行こ、シーター」
「ごちそうさまでした」
「リュカ、ほら」
ぽん、と投げられたのは皮袋。侯爵家の紅孔雀の紋が入ったそれはかすかに金属の音がした。
「お小遣いだ、自由に使うといい。シーターの身なりを整えるのに必要だろう?」
「…ありがとうございます」
意外だった。リュカはそういうものは受け取らないと思っていたから。お金は、好きじゃない。
独特な匂いは痛みに似て、圧倒的な暴力は、お金から生まれるから。
「さ、行こうシーター。街を案内し尽くしてあげる!」
城門から出るのは僕と、リュカと、ぼくたちを乗せたラビ。
そしてリュカのバッグにはあの皮袋が入っていることを知っている。僕のバッグにも、銅貨が数枚と銀貨が一枚。
「なんか顔色が悪いけど、どうしたの?」
「リュカはお金とか、受け取らないと思ってたから」
勝手な想像だけど、リュカはお金とかそういうものとは無関係に生きていると思っていた。
自然と戯れ、物語を愛し、気の向くままに放浪していると。
「炎を憎まず、力ありて心なきものを憎め。」
リュカが笑った。
「フレザのことわざでね、力そのものではなく、それを使う人間が心ないということを憎むべきだって、まあ言葉通りの意味なんだけど。金を憎まず、金ありて心なきものを憎めってことだよ。僕も別にお金が好きなわけじゃないけど、嫌って使わないのはただの馬鹿だ。」
城の街並みの中をカラフルな色を纏った人々が行き交う。活気に満ちたその様子は目にうるさくはなく、純粋に目を楽しませた。
「貰ったものだからどのように使おうと僕たちの自由。目いっぱい楽しもう!」
そして、別れる時ミカラナーン様が言った言葉を、高らかに言った。
「ようこそ、紅の騎士の街、服飾街フレザへ!」




