4 服飾都市と悪いヤツ
服飾街フレザ、そこはなんとも活気にあふれた街であった。侯爵の住まう城が真ん中に立ち、その周りを放射状に大道路が走り、それらの間の道は細分化されている。城の北側には居住区が、南西に職人街、南東に店が集中し、どの家、どの店舗、どの工房の窓からもカラフルな布が垂らされている。北側の居住区にはあまり人がいないが、南側は山道からですらざわめきが微かに聞こえた。
英雄侯爵が住まう街であり、他に追随を許さない服飾においての最高峰とも言える職人たちを擁するフレザは堅牢でありながら美しい城壁に囲まれている。布の鮮やかさが映えるようになのか、町並みと同じく真っ白な城壁。そこにはなんと、白で美しい幾何学模様が描かれていた。
「美しいでしょう、フレザは」
リュカの言葉に黙ってうなづく。
近づけば近づくほど新たな美しさを見つけることができるのだ。
例えば、正門横の2つの見張りの塔、そこに下げられた一対布は最初ただの紅の布に思えたのだが、よく見ればキラキラと輝いている。
細かな真珠や銀糸による刺繍がなされていたのだ。それらは風が戯れに布を揺らすことによっていく通りもの表情を見せる。
「そろそろ検問です。リュカ様、シーター様。」
検問での動き方は最後の山道を下りている時に説明された。
物語屋、リュカとその主人イド様。イド様はさる高貴なお生まれの方、という設定で、シーターはその新しい侍従兼物語屋見習いということらしい。
要するに貴族のイド様とイド様に可愛がられている物語屋リュカ、その2人に拾われて使えることになった孤児のシーターという組み合わせなのだ。
「これからは御二方のことを敬称なしで呼ばせていただきます。ご了承下さい。」
「うん、難しいことはよろしくね、イド様!」
「わかりました」
やがて、検問に並ぶ人々の最後尾に着く。だいたい、30組ほどだろうか、まだまだ後ろの街道には人の姿や馬車が見える。ちなみにぼくたちが降りてきた山の方から来る人は全くいない。
「こんにちは、旅の方々」
前に並んでいた行商人の男が声をかけてきた。その目はまずイド様に向けられ、ラビに向けられ、数秒見つめたのちもう一度イド様に向けられてようやくリュカとシーターに向けられた。
「こんにちは、商いの方々!」
これにはリュカが答えた。基本的にイド様は何もせず、リュカが話をつけるらしい。そして予定通り、ぼくはラビの背から折りたたみの椅子を下ろし、イド様に座ってもらって、行商人の男からイド様が見えないように日傘を持って立った。
「随分と立派な荷獣をお連れですな。私のところは馬しかいませんで、羨ましい限りです。」
「ありがとうございます、彼女はとても尽くしてくれるいい仲間です。荷獣はいいですよ、賢く、体力があって忠誠を誓った主人は裏切りませんし、何より可愛いですからー」
あえて彼女と言ったのはラビが雌だからではない。基本的に獣はオスの方が力が強く、値段も高い。雌と思いこませておいたほうが持っている所持金の想定量も低くできるし、襲われた時に相手の獣に対する警戒心を低くできるからだ。
まあ、イド様からの受け売りだけど。
「僕たち子供と主様だけだと心細くても、ラビのおかげで盗賊や破落戸に絡まれる心配もありませんしね。」
「お美しい女人と幼い若人だけでは何かと危険でしょう。もしフレザで泊まるところに困るようでしたら我が商店がお力になりますよ」
「有難うございます。でも宿のあてはすでにありますので。」
「ご遠慮なさらなくてもいいんですよ。若人は大人に頼ってこその若人なのですから。」
「いえ、本当に「リュカ!」
しつこい行商人の男にそろそろシーターも加勢に行こうかと耳をすませていた、そんな時に会話を遮った新しい声。
リュカを呼ぶ別の男のの声に思わず振り向く。
リュカと行商人の前に、紅の鳥の騎獣に乗った男がいた。
豪奢な紅の髪と黒い瞳。左目の目尻には朱で不思議な文様が書かれており、男とは思えないほど白く綺麗な肌の中ではっきりとした存在感を放っている。
黄色や橙、赤などの明るい色をふんだんに使った衣は豪華でありながら華美過ぎず、よく見てみれば実用的だ。羽織っているだけの上衣は袖も裾も長いが、その下は袖のない斬新な衣で、腕はむき出しなわけではなく。腕にはぴったりと肌に沿う薄い手のない手袋のようなものをつけていた。袴のようなものも足首で絞ってあって、むしろズボンや着物より楽そうに見えた。
白いとはいえ豪奢な衣に負けない整った顔立ちやしっかりとした肩幅や立ち方からきちんと鍛えており、まあ、相当女性に人気だろうということがうかがえる。
「…え、あ、」
「…うわあ」
うろたえる行商人とは反対に、リュカは全身で嫌がっているように見えた。いつでも笑顔を絶やさないリュカが、笑顔を絶やさず眉間にしわを寄せている。
「やっと俺のとこに戻ってきてくれたのか、待ってたぞ!」
「あなたのところに戻ってきたわけではございません。」
「そうかそうか、さて、昼食はどこがいい?どこでも連れてってやろう!」
「そうですね、あなたの影響のないところでしょうか。」
「ないな!何か食べたいものはあるか?なんでも用意してやるぞ?」
「では若鶏のソテー、青菜添えと黒麦のパン、それからレモンミント水で。」
「却下だ、それでは俺は何も食べられん!」
仲良きことは美しきかな
うん、リュカと仲がいいのはわかったからそろそろコントを終わりにして関係を説明してくれないかなあ。
行商人はさっきから青い顔で馬車に方向転換させるように伝えてるけど。
「カナン殿、お久しぶりでございます。お変わりないようで安心致しました。」
「やあ、イド殿、貴殿も元気そうだな。しかし白すぎないか?もう少し日の光に当たった方がいい。」
「…あなたが言えたことじゃないと思いますけど」
「なに?」
思わず漏れた本音のせいでカナン殿とやらがぼくのほうを向いた。そして微かに眉根を上げる。
「悪いがお前の方がよほど肌が白く細いように見受けられるが?」
「く、鍛えればなんとか」
「ふぅん、その状態から鍛えるのは大変だな。人並みになるまでに数年、俺に届くまではて、何年かかるか…」
「まあ、体を鍛えるだけでは一人前には」
「そうか、確かにその細く少女のような柔腕では剣よりペンの方が似合うな。一層の事針の方が良いのではないかな」
知ってる。だって昼は勉強で、座りっぱなしか監禁されてたし、外に連れ出されるのは夜限定だったし、基本的に鎖に繋がれてたし、まあ仕方ないと言えば仕方ないが…
「おっと、まだ若人にもなっていない幼子に大の大人が言いすぎたな。すまん」
こいつ…リュカとイド様との対応の差はなんだ。
うざい、ひたすらにうざい、うざすぎる
言い返してやろうとした時、
「おい待て」
「っひわっ」
諸々のコントの間に馬車の反転を終えていた男を、カナン殿がとめた。騎獣諸共馬車の前に立ちふさがるという割と荒仕事で。
「お前、数ヶ月前に宝飾街ジェルエールで詐欺誘拐人身売買を起こしたナラズ商会の愚息だろ」
愚息…
だめだ、あいつしか出てこない。
つか、詐欺誘拐人身売買って、割と危ない勧誘いま受けてなかったか?
仮にこいつの申し出通りこいつの商店に言っていたら…
まあ、イド様とリュカは確実に高値でも売れただろう。
「い、いや、何のことでしょうかな?」
「えいへーい」
「くっそどけえええええっ?」
がきん、と
カナン殿馬車が止まり、馬たちが嘶き、男が御者代から転げ落ちた。
馬車の車輪には、薄銀色の棒…うん?
見覚えあるぞあの色、あの太さ、あのサイズ
後ろを振り向けば
「あの日傘、リュカのご友人を助けられてきっと喜んでいますね」
お美しい所作でマントの乱れを治すイド様が不思議な笑みを浮かべていた。
イド様が日傘を投げたのもびっくりだけど、回転する馬車の車輪を止められるほど頑丈な傘の出どころと使い道がとても気になる。そしてそれを聞くのは、命が危ない気がする。
「ナラズ商会若旦那、ブーサ・ナラズ!宝飾街ジェルエールの件でご同行願おう!」
決してご同行を願っているとは言えない力技で、行商人の男は衛兵たちにひっ捕らえられていった。
城壁と同じ白と赤の制服の彼らは丁寧にカナン殿に頭を下げていった。
「ミカラナーン様、此度の捕縛助力、ありがとうございました!」
「んー、リュカを見つけてくれたお礼だ、気にすんな」
最後に残った隊長らしき人は、カナン殿改めミカラナーン様からこちらへむきなおり、もう一度頭を下げてから部下たちを追いかけて行った。
ミカラナーン様は騎獣から降り、あの手この手でリュカと昼食を食べようと口説いている。
なんだろう、ミカラナーン、聞き覚えがある。どこかで、どこかで聞いたような見たような…
「ミカ様、ミカ様がいるわよ!」
「こんなところで会えるなんて、運命じゃない⁈」
「ミカ様ぁ〜!」
「な、なぜあの方がここに…」
「城壁の中にいてくださればいいものを…」
「会いたくなかった…」
並んでいた他の人たちが騒ぎ始めた。女性は黄色い声を、男性は青色吐息を。
「「紅孔雀の騎士様ぁ!」」
女性たちの唱和で思い出した。
「やめろくるな触るな暑苦しいどっかいってください!」
リュカに抱きつこうとして全力で拒否られているこの人、あれだわ。
【紅孔雀の騎士ミカラナーン・ルヴィス・クロージア】。数年前に現れた魔王を倒した英雄騎士の1人にして、服飾街フレザ、宝飾街ジェルエール、華飾街パーヒェンを始めとする装飾関係の都市連合を治めるクロージア侯爵だ。
…ほんとか?
「イド殿、旧友との再開に昼食を共にしたい。我が招きに応じてくれるだろうか?そして、同志として。」
「はい、喜んで。同志。」
「イド様ぁぁあ」
なんだか泣きそうな顔のリュカは、あっさりと抱えられて侯爵(?)の騎獣に拉致された。
大きな獣って、いいですよねえ…
ちなみに人と魚じゃないものは全て獣扱いです。
魚の中でも特に大きなものだけは海獣と呼ばれます。
頭空っぽに、なかなかなりません、なぜでしょう…
それとも、頭空っぽな感じにすでに慣れているのでしょうか…?
とりあえずラビたんを活躍させたい今日この頃