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物語屋と死んだ狼は予言の勇者を望まない!  作者: 春夏秋冬
第2章 宝飾街ジェルエール
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37 宝飾街と決意の問答

「終わったぁぁぁぁぁあ!!!!」


紫水の水面が、突如放たれた大声によって波紋を作る。二頭の大海霊によって課されたノルマを喰らい尽くしたシーター、白露、白蕾は、揃って四肢を投げ出していた。

始めてからどれほどの時が経っただろう。朝も昼も夕も夜も無い紫水の結界の中での戦闘は想像以上に精神を摩耗させた。3人…というか、1人と2匹で取り組んでいなければ早々に精神崩壊していたと思う。それほどに紫水の結界は変化を見せず、2柱の繰り出す攻撃は容赦がなかった。単調な作業は勘を鈍らせ、時間の感覚を無くさせる。


『なんじゃ人間、もう限界とは体力が無いにもほどがあるぞ?』


視界にのたりと入ってきた巨躯が機構からくりの空を覆い隠す。端から見たら食われそうな体勢のまま、笑みを含んだその言葉にシーターは軽く鼻面を叩いた。


「ぼく、体力の塊みたいな狼じゃ無いから。ただの人間だから。むしろ人間にしては頑張った方だと思うんだけどなー」


『『えっ』』


「待って、いまの驚きの声がどこにかかっていたかによってだいぶダメージが変わってくる」


確かに狼面は被っていたけど人間だし、樹霊王従えてるけど人間だし。なんだったらショタと言っていい歳だし。

比較的真面目なヒクナミまで間抜けに口を開いているのはなんなのだろうか。そんなにぼくは人では無いのか。どんなに身繕いして着飾っても、それでもまだ死んだ狼でしか無いのか。


『普通の人間なら最初の攻勢で死んでおるわ。貴様がもったのはいままでの経験と多くの御方の加護を受けておるが故。どちらにせよただの人間と呼ぶにはあまりにも』


こちらに近すぎる


落とされた言葉に全身が総毛立つ。精霊王としての威を含んだ言葉から淡い拒絶と微かな恐怖が嗅ぎ取れた。彼らの言う【こちら】に、ぼくがどうしようもなく恋い焦がれていることを彼らはきっと、気づいてる。

耳を澄ませても、憎悪も嫌悪も聞こえない。冷たい静寂がキンと頭を澄み渡らせて久方ぶりにシーターの思考を鮮明にさせた。

身を起こしヨスナミの下から這い出す。普通の若馬サイズにまで成長した白蕾の苔むした背に頬を寄せれば草木の成長する音が聞こえてきた。


『んなぁぁう…。くろ、むずかしーの、きらぃ』


紫水に寝転んでいた白露が翼をはためかせ、シーターのいなくなった紫水に伏せたヨスナミの背にへたりと寄りかかった。

淡い青に丸まる濃緑は、冷たい毛並みを堪能するかのように身を摺り寄せる。


『…随分と変わられましたな、樹霊の』


『クロくんは前からこうでしたよ、水の御方々。そもそも精霊王…広義には魔王という生き物は多かれ少なかれそういうものでしょう。生まれながらの王、我が道を行くことを許された方々。』


成長した為か、誰だかわからないくらいに流暢な白蕾の言葉。それらが発せられるたびに上下する腹に、ゆっくりと呼吸を同調させてゆく。

苦痛も快楽も、安心も恐怖も。どれもこれも皆、呼吸の同調によって伝播する。ヨスナミの言葉に揺れる思考を落ち着かせるためには、穏やかな白蕾の調子が一番だった。


『魔王は傲慢で尊大で、どうしようもないくらいがちょうどいいんです。主人どの』


「…うん、なに」


声だけを返したシーターに、白蕾は咎めることなく優しく笑った。クルクルと鳴る喉のくぐもった響きが、シーターの澄んだ白髪を揺らす。


『魔王という生き物は、自身の領域で最大限の力を発揮します。服飾街フレザは魔王猫の愛子と、英雄侯爵紅孔雀の騎士の領域。いかに樹霊王、浅海王深海王と雖も全てを守り通すことは難しいでしょう。御身を守るのは木と水の力。圧倒的なる火の地において、その加護は十善とは言えません。』


「うん」


『ここは紫水の海であり樹霊王の森です。この結界内にいる限り、最悪の魔王ロスを始めとする古の魔王、教会の教皇候補レベルぐらいしか主人どのを害すことはできません。』


自身にすがりつく幼い少年に、白蕾は言い聞かせるように言葉を連ねる。3柱の精霊王が言わないなら、それは樹霊王の側近である白蕾が言うべきだからだ。

瞳玉と双剣という、シーターの所有物である彼らには言えないことが、言いたくないことが、遥か昔から樹霊王をお諌めしてきた白蕾にだけは言える。


『主人どの。あなたは弱い。これだけ訓練して、それでもなお、私があなたを殺すのには5秒もいらない。』


『いや、蕾の御方を相手取るのは相当の手練れでも厳しいだろうに。』


『浅海王。今はそのような話ではない。』


呆れた声を発した浅海王を、黙したままシーターを見ていた深海王がぴしゃりと叱る。


『私は主人どのを守りたい。しかしそれ以上に、私の身は、魂は、樹霊王白露のもの。かつて樹霊王を守れなかった私は、再び樹霊王が傷つき壊れることを許せません。』


白蕾は見ない。ヒクナミの背にぺたんと伏せて、目をつむったままの白露を見ない。ただ、身も心も悲しいくらいに弱い主人どのを見つめ続ける。赤い赤い、木の実の瞳で見つめ続ける。


『たかだか人間1人のために、主人どのとくろくんを危険に晒したくはないのです。私は、ここから出て欲しくない。服飾街に戻って欲しくない。フレザは荒れます、主人どの。否応もなく、あの街は古の魔王のぶつかる戦場となるでしょう。そして、必ずいずれかの魔王は死ぬ。人はそれよりも何倍も多く死ぬ。』


シーターは奴隷だった。それは白蕾も犬の御方から聞いて知っている。シーターは奴隷であり、玩具だった。しかしそれでも、シーターは公爵家の息子なのだ。彼のいた場所ら確かに地獄であったが、その地獄はある程度守られた地獄なのだ。

彼の見た地獄は、この世に満ち溢れる悲劇のほんの一端に過ぎず、彼のいた地獄は、より深い地獄を知る者にとっては天国に等しい。


『戻らないでください、主人どの。たかが人の子1人のために、命を捨てになど行かないでください。』


「神様なんていない。」


顔を伏せたままのせいで、シーターの声はいつもより低く暗くくぐもった。


『…主人どの?』


「それでも、たかが人の子を助けようとした為に死んだ騎士はいたよ。」


「助けなんて来ない。」


「それでも、ぼくが耐えられるように助言してくれた人はいたよ」


「魔王は恐ろしく怖い。」


「それでも、ぼくを守ってくれる精霊王はここにいるよ。」


「憎悪を叫ぶことも、助けを呼ぶことも、誰かを守ろうとすることも、ぼくは諦めてしまった。」


「あのね、白蕾。ぼくは人になりたいんだ。」


「死んだ狼でもなく、ヤンガードルシュタインの玩具でもなく、精霊王の宝物でもなく。」


嘆きではない、泣き声でもない、怒りもなければ妬みもない。どこまでも冷静に、シーターは言葉を放る。

黙する精霊達の前で、神とも呼ばれた精霊達の前で、人であることを否定され続けてきた少年は語る。


「ルーヴィアの為だけじゃない。ぼくは、ぼくが人であるために彼女を救いたい。」


虚ろな心に詰まっていた憎悪の叫びさえ奪ってしまえば、少年に残されるのは遠い昔に与えられた人の優しさと人になりたいという欲求だけ。


「人を殺すだけ、不幸を振りまくだけ、空っぽで虚ろな、醜い生き物が死んだ狼だと、そう言うのなら。」


「ぼくは、人を助けて、幸運を呼び込んで、そうしてこの虚ろを埋めていきたいと思う」


『主人どの、私は知っています。物語はいつだって望んだ結末にはなりません。主人どのは必ず傷つく。くろくんも、水の御方々も。』


「だから何。ぼくは生きたい。人として、ぼくの物語を進めたい。それに!」


勢いよく顔を上げたシーターが、深緑の瞳を爛々と輝かせる。それは、きっと生命の輝きと言われる光。


「お腹すいたからご飯食べたい!」

『へ』


そう、それは生命の光。人間の三大欲求の一つに数えられる、食欲の光。


「今までのぼくに足りなかったのは食べ物なの!見てよこの細い足!腕!平らな体!こけた頬!儚く麗しい天使???美少年???ハッ知ったことかよ!」


静かで美しい、神聖で荘厳な紫水の結界に、少年の声が高らかに響く。


「お!な!か!す!い!たぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

『んなぁぁぁ、すぃたぁぁぁぁぁぁぁぁぁ…』


ぽかんと惚けていた白蕾と浅海王深海王は、白露の気の抜けるような追従を聞いた瞬間、思い切り吹き出した。


『そう、ですね。戻りますか。ご飯でも食べに。』

『なぜだ?腹が減ったのなら樹の御方の創芽で果物でも創れば良いだろう?』


ほら、鈴なりだぞ?と、浅海王の操る水が林檎の枝をもぎ取ってシーターの前に落とす。赤く熟れた林檎は、今が盛りと言わんばかりに芳しい芳香を放った。

紫水の水面から拾い上げた林檎を撫で、シーターは首を振る。


「魔力で作られた食べ物を食べられるのは魔法を核に持つ生き物だけだよ。人にとっては毒…とまではいかないけどいい影響はない。」

『んなぁ?ぅ、あるじどの、たべれるなぁぅ〜』

「え」


旅籠屋さんからリュカに買ってもらった本には、推奨しないと書かれていたはずなのだが。

浅海王の背から飛び立った白露が擦り寄ってきかけて宙にとどまる。動揺を表すように、銀糸の尾が揺れた。

おいで。そう林檎を持つ手とは逆の手を伸ばせば、白露は今度こそ腕の中に収まった。


『魔法で作られたものを食べるべきではないとされているのは、ヒトの持たない高濃度の魔法が私達の持つ魔力と相容れないからです。異物である魔力を体外に排出しようと力を使うので魔術や技術が不安定になります。』

『はくろ、あるじどののめなの。んなぁぁう、じゅれーおー、あるじどの、きずつけにゃい』

「つまり、ぼくは白露の瞳玉を使ってるから、すでに体内に魔力がある。拒絶は起きないってことか」


二匹の言葉を信じて齧り付けば、甘く爽やかな香りが口いっぱいに広がった。体力を消費して熱を持った体に、冷たい林檎が染み渡る。


『それを食べたら出立の準備を。服飾街の方に大きな魔力の揺れを検知しました。大きな水の力と、火の力。そして、何より清らかでありながら醜く治癒の力。』


治癒。


「まさか、」

『おそらくは、物語屋の美しき御方の物です。確か名は、イドラージャ。』

『ああ?おい、深海王。つまり猫の魔王は』


声を荒げた浅海王に、深海王が一つ首肯する。


『猫の魔王かは分かりかねますが、服飾街に起ころうとしているのは未曾有の大災害。



火、水、歪められた昼の魔力の暴発による魔力嵐です。

相反する魔力の揺れは、破壊の力としてあの街を襲う。』







「っ、でもカナン様が」

『今服飾街は度重なる暴動で多くの衛兵が既に動いてます。想定される魔力嵐の強さは凡そ、英雄侯爵の全力と同程度。山積した問題解決のために疲弊した服飾街と、正式に認められていないカナン様では無理ですよ。』


透き通るように細い白の毛並みを持つ人間。

我らのぬしさまを殺した人間の義弟。

深海王は浅海王ほど感情的になれない。単純にはなれないし、素直にもなれない。

主様の為ならばこの牙を貸そう。この爪でもって契約者を守り、この水でもって呪詛を封じ込めよう。


だがそれでも、深海王は憎い。

我らの平安を、穏やかな蒼穹を奪った人間が憎い。


「行こう、フレザへ!ぼくらの友の元へ、物語屋の仲間の元へ、帰ろう!」


ぬしさまを、浅海王深海王の元へ、親友たちの元へ、最愛の弟の元へ。

かえさなかった、死んだ狼が憎い。




ゴポリ

遠くで、近くで、そこら中で

憎悪の燃え立つ、音がした。

魔力嵐

自然界に満ちる魔力が暴走する現象

発生要因は不明。大きな魔力の衝突や、強大な魔王、亜神、精霊などの消滅によっても起こる。

被害は時によって大きく変化する。水が果実水になったり、奇天烈な髪色になるなど笑えるものがある一方、一つの山を消し去るなど大災害を起こすこともある。

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