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物語屋と死んだ狼は予言の勇者を望まない!  作者: 春夏秋冬
第2章 宝飾街ジェルエール
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36 服飾街と暗き野望

【服飾街 火の一族の根城】


暗い室内にカタカタと何かの震える音が小さく続く。立派な羽根ペンで書状を認める男の書斎机にはフレザの町の地図や魔獣図鑑、服飾の心得にどこか陰鬱な気を放つ小刀など雑多なものが散らばっている。書き物に没頭する男の容姿は平凡すぎて10人に10人が彼から男である以上の容貌を覚えることができないであろう。当の本人はどこまでも凡庸な容姿をかなり気に入っている。なぜなら彼とその部下は美しく強きものに仕え引き立たせることを信条としているのだから。


卯火うか!どういうことなの⁈」


書き物をするにも仄暗いその部屋に、からりとした火の気配が飛び込んできた。栗色の髪を乱した女性に、男ー卯火はため息をかみ殺しつつ羽根を置く。


「猫の魔王からの伝言は?決行はいつになる」


「伝言より先に私の問いに答えて。イド様を牢に入れたと聞いたわ。理由は何、ちゃんと相応の扱いをすると言ったわよね。それにその粗悪な魔具、イド様の魔力でしょう?何を考えているの?イド様ほどの清冽な魔力に耐えられるような器じゃないは」


「落ち着け、マーチェス…いえ、双亜様。これは御身が片割れを赤の一族の呪縛から解放するために大切な準備なのです。我らが悲願を達成するためには多くの魔力を必要なことはお話ししたはずですが。」


「取って付けたような敬語はやめて。あなたたちは火の一族、私たちは双亜。互いの誇りを尊重することで合意したはずよ。」


お綺麗なことだ。心の中で低く唸った嘲笑を欠片も感じさせない凡庸な笑みを浮かべ、卯火は首をかしげる。カタカタと、カタカタと。英雄侯爵の庇護を受ける街が一つ、ヴェルヴァリヴォの物とは天と地ほどもある粗悪品が、何より清らかな治癒の魔力を孕んで微振動を繰り返す。今にも溢れ出しそうなそれは、おそらく少しの衝撃であっさりと腹に抱え込んだ魔力を吐き出すだろう。


「では聞こう。魔王からの伝言は?」


「夜が失われ退路は闇に包まれた。我らが将が目覚め、堕天の胎動が開始した、と。ねえ、これふざけてるの?相変わらず幼子のような戯言だけれど」


「暗号は馬鹿馬鹿しい程、演説は戯けるほど、戦は歌えば歌うほどよい。それが犬の御方のやり方だ。否はあるまい?猫の魔王に伝言を頼む。ー雌鶏が鳴くのはあと3日。熱帯夜の空に花火が消えた。」


物語屋のあの子供が羅水と旅立って3日目の夜。フレザの兵達は街人の喧嘩や諍いの仲裁に追われ、火の一族にまで手が回らない。緑水を失った水守は恐るるに足りず、物語屋はこちらについた。

かつてないほど動きやすいこのなかで、今回の鍵である少女は水牢楼から姿を消した。それは別にいい。魔王があれを餌だというならそうなのだろう。結果的にアレがことの中心に出て来ればそれで良いのだから。


「ねえ、卯火。一つ聞いてもいいかしら?」


「答えるかどうかは事によるが。」


首肯の代わりに問いを返せば、栗色の瞳がゆらりと、青を匂わせた。


「シーター様のことは、今回の計画に入っている?」


「いや、あの子供は関わることなく終わるだろう。あれはヤンガードルシュタインの落とし胤だ。お貴族様が出張ってこないように、名の一族は必ずあの子供を外に出す。見張りもいるはずだぞ?」


「…そう。あれほどに美しく麗しく冷たい美貌の中にどこか壊れた闊達さと子供らしさを持ったシーター様を火の一族はただの子供として捨て置くの。あの方は樹霊王を身の内に飼っているわよ。そして、ラビ様の闇衣を纏い、イド様の認証を受けている…それでも、放っておくつもり?」


水楼子にとって双亜という存在は、拠り所であり負い目であり誇りである。彼女たちがあってこその水牢楼だし、水牢楼があってこその双亜なのだ。

だとしても、火の一族の…いや、卯火としての願いはただ一つ。

どんな手段を使ってでも、名の一族から名水様を取り戻すこと。

あの方は我らが頭だ、我らが戴く先導者だ。名水様を苦しめ苛むばかりの名の一族には勿体ないほどの牽引力を持った生まれながらの指導者だ。火の一族という頭に仕えるための一族を何より引きつけてやまないお方だ。


あの方の前に、貴族の餓鬼など瑣末なこと。


「それでも、我らには物語屋と猫の魔王がついてる。何を不足がある?」


それに、あの餓鬼がフレザを立ってまだ3日目。ようやく宝飾街に着いたか、あるいはあの瘦せぎすの餓鬼の体力不足でまだ経由街で休んでいる可能性もある。なんにせよ、用事が1日のうちに終わるとは考えられない。

火の一族の悲願は叶えられる。

その悲願の適ったその時、あの少年は別の街で眠っていることだろう。





【宝飾街 名工の館】 ヴィーヴァside


英雄侯爵の一族は、才能の塊のような人間が多い。何を隠そう、ヴィーヴァとてその「才能の塊」と呼ばれる人間のうちの1人である。

ヴェルヴァリヴォ侯爵一族の中でも特に秀でた鍛刀の才を持っていたヴィーヴァが、次期ヴェルヴァリヴォ侯爵の名を継ぐと思っていた者たちは決して少なくなかった。子が少なく、今やただ1人の継承権保持者になってしまったルヴィス・ミカラナーンは順当に英雄侯爵の座に収まった。それはミカラナーン自身にも、そしてクロージア侯爵連合にも決定権のない定められた結末だった。

ヴィーヴァとて、思っていたのだ。自身がヴェルヴァリヴォの名を継ぐのだと。本来、ヴェルヴァリヴォを継ぐ者は四つの一族の中から選出される。紫水豹はいつだって、血族の中から選出していたから。今回四つと一族で選ばれたのはヴィーヴァ以外、皆当主が次期当主と目される人物であったから、ヴィーヴァは諦めていた。


もう2度と愛する方と共にあることはできないだろう、と。


英雄侯爵に加護を与える聖獣たちは、皆慈悲深く心優しいものばかりだ。そうでなくては人の子とその地を守護しようなどとは思わない。普通、聖獣と呼ばれる生き物は一族で暮らし眷族と共に長き時を歩む。

しかし英雄侯爵の聖獣たちは、番を持たず仲間を持たず眷族を持たず英雄侯爵とその庇護下にある者たちのみを一身に愛する。

ゆえに、ひどく残酷で傲慢な一面を持つのだ。


紫水豹は許さない。己以外の獣が主人のそばにあふことを、決して許さない。


「…影」


ヴィーヴァは愛していた。

物語屋に属し、インディゴブルーの眷族である男を愛していた。名を名乗ることなく、取引の時のみ姿を現しそして去っていく男を。


狂おしいほどに愛してしまった。


「ごめんなさい、影」


もう、届かないものだと思っていた。だからヴィーヴァは彼を諦めた。紫水豹に仕え、ヴェルヴァリヴォを守る英雄侯爵として、この命を使うつもりだった。

なのに、紫水豹は選ばなかった。最有力候補達に目も向けず、紫水豹が選んだのは分家も分家、名すら聞かぬほどの遠縁の少年だった。

ヴィーヴァは自由だった。誓いや諦めは何の意味もなく、ヴィーヴァは自由を手に入れてしまった。

ヴィーヴァの心は千々に乱れた。あれほど狂おしいほどに悩み愛した方が、ただ自分が手を伸ばせば届くところにいる。何も考えず、縋りつけば触れられる場所にいる。


「幼くて、卑怯で、臆病で、傲慢だった私を許してくださいまし…」


もう2度と側にあれないと、そう思ったから。

私は、あなたを裏切ってしまった。


名工の館の下、紫水晶に囲まれた底にあるのは広大な檻。

その床につけられているのはの爪痕。

怒りと、憎しみと、負の感情が必要だった。何よりも強い、何にも負けない、感情が必要だった。作る側も、作られる側も、狂うほどの感情が必要だったから、だから。


ヴィーヴァは次期ヴェルヴァリヴォとなるために、一つの武器を打った。貪欲に魔力を喰らい、溜め込み、反抗する者に牙を剥く餓狼の武器。


その武器の源は、八百万の人狼、狼人。


暗い牢獄に紫水の冷たく暗い光が沈む。一滴の血すら残さず武器の贄にしたがために、牢獄といえど不快な臭いはせず、ただ静かに爪痕だけが奴隷の痕跡として残っている。


「どうか、願わくば、





私の愛し子、私の罪たる餓狼の武器、【東水守ノ双剣】が彼を守り、あの寂しい呪われた子を守り、そしていつの日か私の罪を断じてくださいますよう。」


ヴィーヴァは殺した。小狼を、女狼を、老いた狼を、老いも若きも区別せず、ただ己の欲のために一対の双剣を打った。

愛した人に手が届くというのに、手を伸ばす権利を自ら捨て去ったと気付いたとき。影に恋した幼く愚かな少女ヴィーヴァは死んだのだ。

後悔と絶望に嘆くヴィーヴァを救ったのは、蒼穹の瞳を持つ1人の騎士であった。優しく、穏やかで、純粋で、弱いくせに強くて、どこまでも平穏な青年。

決して少女に名乗ることのない影と違って、蒼穹は名乗った。それでも、ヴィーヴァは彼を呼ばない。彼の名は呼ばない。

彼は、蒼穹の騎士はどこか遠くて、何かに飢えていて。だからヴィーヴァは双剣を託した。

ヴィーヴァとヴィーヴァに殺されてしまった八百万の狼達の飢餓を一身に孕んだ双剣を。同じ飢えを知る双剣を、蒼穹の騎士の心の拠り所になれと託した。


結果として、蒼穹の騎士はその心の欠片を双剣に託した。そして双剣は、蒼穹の騎士を最後まで、心の奥底のひどく柔い部分には決して受け入れなかった。

双剣の、双狼の抱える飢餓は、神代に彼らが亡くした唯一無二の主神へと向けられていた。


そして今、蒼穹の騎士の心を救ったの少年の手に、【東水主ノ双剣(ヴィーヴァの罪)】がある。


「さあ、強くなりなさい。魔王への、英雄への、神への、大巫女への、世界への憎悪と飢餓を持つ双剣を下しなさい。そして、いつか。」


その餓狼の牙を、我が身に。

ちなみに、ヴェルヴァリヴォ侯爵候補だったけど色んな意味で「こいつはねえだろ」って言われていたのが薬師の一族ヴェルヴィアンド当主のクモ。


この世界では強ければ強いほど寿命が長いので、平民の平均寿命は80歳ほどですが、貴族、特に王族公爵英雄侯爵の平均寿命は300歳ほど。

ヴィーヴァさん(見た目は16歳)は実はカナン(見た目20歳)の5倍くらい生きてる。

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