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物語屋と死んだ狼は予言の勇者を望まない!  作者: 春夏秋冬
第2章 宝飾街ジェルエール
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34 宝飾街ときょうだいの約束

【服飾街 フレザ城 客室】sideマーチェス


「こんにちは、マーチェスさん。」


 柔らかな声とはこのような声を言うのだろう。

 軽く一ヶ月は意識を飛ばすはずの呪詛を受けて、艶然と微笑む銀髪の麗人の首筋にマーチェスは改めて短剣を突きつけた。

 昼の客室でのささやかな茶会は一瞬にして修羅場に化ける。


「抵抗はなされませんよう、イドラーシャ様。」


「もとよりするつもりはありません。退いていただけませんか?」


 この方は、自分の置かれている状況がわかっているのだろうか。

 ローテーブルとセットのソファに押し倒され、短剣の呪詛に囚われて。それでなお慈悲深い笑みを浮かべるなんて。


「女性が人を押し倒すのではありませんよ。はしたないですし、危険です。」


「犬の御方と狼様はどこですか」


 ラビ様は二日前から、リュカ様は昨日の昼から姿が見えない。ダメなのに。物語屋が動いては、私たちの本当の目的が成し遂げることができなくなってしまう。

 特に、あの人は。自らを犬の名乗り首輪と耳飾りまでつけるあの人は、決して動かしてはならない人だったのに。


「さあ、私にはなんとも。2人とも旅慣れしていますから、各々自由に動くこともあります。」


「っ、なんで、」


 今は約束の時なのに、確定された成功の時、あの願いが叶えられるときのはずなのに。なぜ、


「あなたが求めているのは物語屋ですか?それともリュカ様か、あるいはラビか。」


「…物語屋よ。私の描いた物語をぐちゃぐちゃにされる前に、あなたたちは、」


「では、私ではいけませんか?私は物語屋、イドラーシャ。武の狼、知の犬、お飾りの麗人と考えられる方が多いようですが、私の治癒はあの御二方にも負けません。武は犬に勝り、知は狼に勝ります。」


 紫の瞳がやわやわと輝きを、深みを増す。

 近づくことでその虹彩が様々な濃さの紫と青で出来ていることがわかった。あまりにも美しく、麗しい。

 とても言葉でも表しきれない魔性の瞳が、マーチェスを捕らえて離さない。


「っ、分かった、あなたにする。ついて来てくれるんですよね、イド様?」


「はい、参りましょう。この物語を歩む者よ」


 そうして、物語屋の麗人は紅孔雀の守護する城から忽然と姿を消した。









【服飾街 フレザ城 領主執務室】sideカナン


「物語屋が姿を消した…?」


 手慰みに弄っていた【氷の鳥籠アイスゲージ】を置き、カナンは漸くナタへと向き直った。


「はい。リュカ様はいつものことですが、ラビ様とイド様のお二方も居室に戻られません。」

「確か城の者たちが何人か姿を消してるんだよな?」

「何人か、というより何十人かと言った方が正しいかと。」


 ぶっちゃけ、英雄侯爵は偉い。そしてクロージアは希少種だ。

 親友で戦友の英雄侯爵ヴィザードと比べても、カナンは国から大切にされている。紫水豹ヴェルヴァリヴォは4つの宗家と数多の分家によって成り立っているため仮初めであれ侯爵位継承権を持つ者の数は100を超える。多分、ヴィザードが死んだら速やかに紫水豹は新たな主を選ぶだろう。

 だが、クロージアは、紅孔雀はカナンが死ねばそれで終わりだ。紅孔雀は赤の少年と橙玉の少女の血族にしかその加護を与えない。ゆえにカナンは守られる。最低でも子を作るまではこの身の周りに近づくのを許される者は限られる。相当の後ろ盾を持つか、厳しい審査をくぐり抜けたものか、あるいはカナン自身が裏切ることはないと確信したものか。


 つまり、何十人も城の者が姿を消すというのは本来如何あってもありえないことなのだ。


「衛兵は?」

「最近火の一族の勢いが凄まじく、屋旗の焼き討ちやから始まり、領主御用達の店が打ち壊しに合うこともありまして…」

「俺の影は」

「なりません。これ以上今のフレザで無防備になられるべきではありません。」

「水牢楼」

「あそこも離反者が出ています。火の一族からの実害こそないですが、街のものの猛反発にあっていますから…」

「そんな余裕はない、か。ナスイはまだ目覚めないのか?あるいは、叩き起こされたか?」


 連なる質問に滔々と答えていたナタの口がピタリと止まった。変わらない無表情の奥で何を考えているのか、その瞳にすら感情は見受けられない。


「質問を変える。水牢楼は機能する?」

「いいえ、無理でしょう。そんな余力は残ってはいません。彼らはそこまで強くないし、弱くもないですから。」


 未決算の書類はまだ残っている。

 問題は山積していて、頼りの物語屋は行方が知れない。

 紅孔雀は答えないし、配下も城下も混乱の坩堝にあって機能しない。

 もうお手上げだ。打つ手はないし借りる手もない。


「…ナタ。君って兄弟いたっけ」

「ええいますよ?なぜか兄弟と名乗るまでもなくどこか遠い目で皆様納得されますね。解せません。」

「ああ」


 そういやそうだった。髪切屋椿の若。件のナスイに扱かれまくっている青年が確かセタといったか。


「もしも、ナタがこの世界から去ることでセタが幸せになるとしたら、ナタはどうする?」

「それは、フーニャとフリーゼの話ですか?」

「まあ、そうだね。」

「正直嫌いですね。あの話。私だったら私か弟かを選ばせるような街はさっさと捨てて2人で共に在れる場所を探しに行きますよ。幾星霜かかろうが、たとえそこに可愛らしい幼女もいじらしい稚児もいなかろうとリュカ様にお会いできなかろうと何を失おうと。


 兄弟両方の幸福以上に大切な物などありませんから。」


 茶化すような色は欠片も見えないナタの言葉は、想像以上にカナンの心に突き立った。

 ああ、もしも、もしも彼女たちもそうであったのなら。俺の生まれながらに持つ罪はいかほどの重さになるのだろう。


「あの、カナン様?物語屋の件はどうしましょうか」

「あー、うん。放っておいていいよ。ご飯の用意もいらないし探す必要もない。心配する必要もないよ。」


 だって彼らが全員動くのは、物語を回収する大詰めの時だけ。

 物語屋が動いたなら、その物語はもう止まらない、止められない。


 ただ、物語屋に回収されるのを待つのみとなるのだから。


 だから、もう心配する必要はない。

 この物語の果てにカナンが死のうと、リュカは必ず見届けてくれるということなのだから。


「ナタ。引き継ぎの用意を始めよう。」


 だから、俺は安心して死んでいい。






【服飾街 城下 ラビの上】side隻水


「これが、火の一族の所業なのです。双亜様」


 燃えている

 フレザの街が燃えている

 炎が屋旗を舐め、白い壁を紅に染め上げる

 いや、それは炎ではない

 それは、流れ落ちて広がるそれは、


 燃え盛る(憤怒)


「隻水…これは、どういうこと…」


「これが、フレザの街の民の所業なのです。双亜様」


 燃えている

 水牢楼の友が燃えている

 炎が水牢楼の紋を焦がし、青い瞳から光を奪う

 いや、それは炎ではない

 それは、黒煙をあげるそれは、


 燃え上がる(憎悪)


「隻水、隻水、これが、これが私の、私たちの苦痛の理由なの…?」


 深い青、浅い水色、憎悪と憤怒に照らされてなお、水の平安は染まらない。

 染まることを許されない少女の目は、愕然と目の前の光景を見つめている。


「そうです、双亜様。あなた様方姉妹の苦しみを知らないこの者たちは、あなた様の守るこの街を、民を、平気で踏み躙り傷つけ合うのです。優しく慈悲深き水牢楼の最初の乙女の願いが、半身から引き裂かれた双子の想いが、踏み踏み躙られているのです。」


 物語屋の狼の上、そこには熱気も視線も届かない。

 フレザの街の夜空を焦がす火炎の本当の熱さは、隻水の腕の中で震える少女には届かない。少女というにも華奢で幼い女の子。最愛の姉妹を守るために、水の一族と赤の一族と、フレザの民を守るために永くを水牢楼の座敷に閉じ込められていた稚い女の子。


「双亜様、双亜様。どうか悲しまないでください。お嘆きにならないでください。これらは、彼らの真の願いではないのです。これらは、仕組まれて起こっていることなのです。」

「どういうこと…?なんで、私たちは、ぁ、」

「双亜様、人は弱い。水の平安を持たない者たちは弱い。どうかお許しください、双亜様。どうか、人の弱さをお許しください。」


 透明な水も重なり連なれば深い深い青となる。

 鏡面のように凪いだ水面も、たった1つの小石が落ちるだけでその平安を壊す。

 己が守ってきた者の姿に揺れる水面に、隻水は故意に石を投じる。


「これも全て、1人の魔王の画策なのです。これも全て、大罪の愛子の仕業なのです。どうか、人の弱さをお許しください。水の魔王(・・・・)の血を引く御方…」


 長い、長い沈黙だった。

 燃やされた衛兵の詰所が鎮火されて整備されて野次馬が散って、おそらくは1時間ほどだろうか。

 黙りこくっていた少女が、ゆっくりと隻水を見上げた。その瞳は、どこまでも深く、昏い。


「また、魔王なの?」


 絶望と、怒気と、諦念と、苦痛と、悲壮の混じり合って溶け合ったその感情イロに心の底がザワザワと不穏に蠢く。その衝動を覆い隠して、隻水は笑う。


「猫の魔王ロク。それが、あなた様の守護する街を踏み躙り、あなた様の友の命を狙う者の名です。」

「ろく…ねこのまおう、猫の魔王、ロク。」


 ろく、ろく、ろく、ろく…

 小さく、大きく。

 抑揚をつけて呼ばれるその名が、ゆっくりと少女の中に浸透していくのが見えた。フレザの街に満ち満ちた憤怒と憎悪が少女の心にまで忍び込んだのが見えた。


 隻水は魔王だ。

 末席の身とはいえ【けもさんず】に属しそれなりに歳を重ねてきた中堅の魔王だ。

 今までに幾人もの魔王を保護し、討伐し、育て上げてきた。

 だからこそ知っている。


 魔王は傲慢だ。尊大で、自己中心的で、残虐で、傍若無人で、嗜虐的で、そして、


 怒らない。


「ロク、ろく、ろく、ろく、ろく…!」


 魔王は王だ。強者であり、支配者である。

 故に魔王は怒らない。蝿が顔の周りを飛び交ったからといって怒る者があるか?小石が道端に転がっているからと怒る者があるか?

 魔王にとって大切なのは、己の執着する人、者、土地だけ。魔王の逆鱗は存外少なく、それだけにその逆鱗に触れれば手がつけられないほどに怒り狂い暴走する。


 樹霊王、浅海王、深海王は、己の眷属や庇護者に手を出されて怒った。そして、神を喰らった。

 最悪の魔王ロスは、ロス自身の定めたルールを破った教会の者たちを皆殺しにした。


 魔王の怒りは理不尽だ。

 理不尽だからこそ、その怒りは1度火がつけば手に負えない。


「許せない」


 腕の中の少女が震える。

 ろうの中で呪詛を吐くだけだった少女が自由になって。

 炎に奪われた少女は、ろうの外で呪詛に嘆く。


 音もなく、声もなく。

 それでも確かに、何かの壊れるオトがした。










【???】sideきょうだい


 ー逃げよう。私の弟。可愛い可愛い私の弟。どこか遠くへ、誰も私たちを傷つけない場所へ。


 ー…あに、き、




 ー約束する、必ず迎えに来るよ。だから、待っていてくれるかい?


 ーうん、約束。待ってるから、絶対に帰ってきてね兄様。




 ーそんな顔しないの!あんたは私の弟なのよ?姉の嫁入りくらい笑顔で送り出しなさいよ。ね?どうせ旦那様と喧嘩してすぐに実家に帰ってくるわよ。あんたのねーちゃんなのよ?ほら、約束してあげるから。あんたは笑って待ってなって。


 ー…ねーちゃん、帰ってきてよ?絶対だよ?






 ー約束して。幸せになるって。悲しくなったら泣いて、嬉しかったら笑うって。そう約束して。私の大好きな片割れ。私の大切な妹。


 ーや、やくそく、する!お姉ちゃんのぶんまで、ちゃんと、あたし、しあわせになる!


 ーうん、いい子。ごめんね、お姉ちゃんが最初からちゃんとしていればよかったね。そしたら、


 ーお姉ちゃんはわるくないもん!あたしもやくそくする!お姉ちゃんのまもるふれざを、あたしもまもる!おおきくなって、お姉ちゃんとあそべるようにがんばる!


 ー…そーだね。約束しよっか。







 ー約束するね、姉様。


 ー私は姉様を忘れない。


 ー彼にも姉様を忘れさせない。


 ーけして姉様の犠牲を、無かったことにはさせない。


 ーこの街に刻みつけるわ。


 ーこの街に刷り込ませるわ。


 ー姉様、姉様、私の唯一、私の最愛。


 ー 姉様の真実はあの御方が知っていてくださる。


 ーだから私は、口を閉ざすわ。


 ーそれでも、姉様の証はなくさない。


 ーこの街に、姉様を追いやったこの街に


 ー姉様という存在を刻みつけるわ。


 ーだから、ね?


 ー姉様、許してちょうだいな。





 ー姉様の証を傷つける存在への呪詛を紡ぐことを

 ーその呪詛を血にまで染み込ませることを


 ー許して、姉様。

話がなかなか進まない…

投稿遅れてしまってすみません…


本当に申し訳御座いません。

1年間死蔵していたプロローグを今更挿入しました。

この物語を書き始める切っ掛けにしたものです。

変更点は第一部プロローグだけですのでそこだけ、読み返しお願い致します。

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