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物語屋と死んだ狼は予言の勇者を望まない!  作者: 春夏秋冬
第2章 宝飾街ジェルエール
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33 宝飾街と目覚める獣

【服飾街 路地】side リュカ


「さあて、何の用かな?」


 水牢楼のある工房街と、賑わう大通りを結ぶ路地。

 親しげな声をあげた少年…のように見える少女の近くに人影はない。しんと静まり返った遠くに聞こえる喧騒が、余計にその場の静けさを身にしみさせた。

 動かない気配も少女も、互いに互いの場所を知っていて、それでいて目を合わせることなく神経を巡らせる。

 いや、少女からすれば気配はうるさいほどに匂っているのだけれど。


「あんまり黙り込んだままだとうっかり牙なり爪なり出ちゃうかもなー?」


 屋旗のはためかない暗い路地で、少女がこてんと首をかしげる。暗めく瞳がゆっくりと瞼に隠され、


「ご無礼をお許しください、犬の御方」


 気配は少女ーリュカの前に姿を現した。

 顔を覆い隠す薄い絹、髪を止めるのは薄紫の長くあと引く細絹。黒の狩衣の下から覗くのは、濃く深い濃紫。


 稜明国の伝統衣装、狩衣を纏った人影が、リュカを真似るように小首を傾げる。

 その下に燻る灯りの色は、


「ミスイ、かな?」


 青と、紅。

 この街において相反する色を宿した青年は、まぎれもない異端である。

 強い火の一族であることを示す真紅と、強い水の一族であることを示す淡水色。

 燃え盛る水と憩い微睡む水が同時に在ることはできない。それは、火の一族が何より水の一族の長を愛していながらそのすぐ側に侍ることがなかったことからも伺える。


「…黒衣に薄紫、唯一の名を抱き、個を消した所有物である証の薄絹。ほんと、稜明国の亜神ってのは無茶苦茶だよね!相変わらず物語を無視してくれちゃってさあ。それでー?君らは僕に何の用かな?」


「相変わらず冷たいですね。犬の御方は私たち名の一族の在り方がお嫌いと見える。」


「名の一族のことは嫌いじゃないよ。好きくないだけ。特にミスイ。よくもまあ、ナスイのことを煽るわ煽るわ。ほんとに人の嫌がることをするのが好きなんだから。」


 全く困ってしまうよねえ。

 いつものごとく笑うリュカ。誰も嫌わない少女が、傾げたままだった首をこてんと逆側に倒し直した。


「それで、名の一族に扮した猫の魔王の操り人形さんは何の用かな?」


「な、にを、」


「君さー、名の一族に会ったことないの?名の一族はね、理不尽に与えられた力に振り回されて、祭り上げられるか殺されるかも他人の心次第、そんな不安定な立場にあることに嫌気がさした者の集まりだよ。大切な物が何にもなくて、居場所も愛も与えてもらえなくて、漸く縋った相手がナスイ。だからこそ、名の一族はこんな誰が見てるかもわからないところで正装したりしない。己の在りかも、長も、拠り所も見えない一族。それが名の一族だよ。」


 まあ、それぞれの一族の長は名の一族の存在に気づいているけどね。


 物語屋の長は、首を竦めた。

 幼い姿であろうが、供もつけずに1人でふらふら歩いていようが、彼女とて長なのだ。

 あっさりと嘘を見破られた男はつまらないとため息をつく。薄絹の奥に揺れる色は、どこまでも水色と紅で、あのぞっとするような執着の感情イロはどこにも見えない。

 見えるのは、優しい青を香らせる…深い、深い、深い青。


「物語屋、猫の魔王ロクはあなたの主人になることを所望しています。」


「ねー、敬語やめてくれないかな?その姿で敬語とか。名の一族意識しすぎてて楽しくないんだけど」


 じわり、じわりと気配が増える。

 囲い込むように増えてゆく大小の気配は何れもどこか似通っていて。


「どうぞ、物語屋犬の御方。あなたの新たな御主人様をお選びください。」


「うわー、変態じみてるよその台詞。幼気な少女捕まえて言うに事欠いてそれとかないわー」


「主人役は今ここにいません。そして、主人なくして犬は動けない…あなたに動かれると面倒なんです。おとなしく主人を選んで配下になってくだされば嬉しいのですが…」


「えっ、無理」


「では、宝飾街を中心に(・・・・・・・)かき集めた奴隷(・・・・・・・)と踊っていただきましょうか。」


 そうして気配は一目散に、物語屋の少女へと牙をむいた。







【宝飾街 紫の結界】side シーター


「げほっ」


 人間は泣くことで生を始め、泣かせることで生を終える。ゆえに、誰1人泣かない死を得たものは、人間とは言えないのだと、そう言った人が在った。


 ー君が死んだら僕は泣くだろうね。つまり君は、死んだ狼なんてものじゃない。ただの平凡な少年だよ。


「あ、なたは、」


『オマエノツミガワカッタカ?』


「あなたは、泣いた?」


 唐突の問いに、巨狼が固まる。

 問いに問いを返したからではないのだと思う。だって、それなら、ここまで途方にくれた瞳をしない。

 ここまで、心細げな顔をしない。


「ねえ教えて。あの人が死んだと知って、あなたは泣いた?あなたの周りの人は泣いた?蒼穹の騎士ではないよ、あの人自身が死んだと知って、あなた達は泣いた?」


 蒼穹の騎士と呼ばれるその人が、リーエイ辺境伯だったこととか、稜明国の貴族だったこととか、そんなことは知らなかった。

 あの優しく平凡な人が、多くの人の心と命を救ってきたのだろうということはなんとなく察したけれど。ぼくは、あの人が蒼穹の騎士と呼ばれる青年と同じ人だとは思えなかった。


『ナ、ニヲ、』


「蒼穹の騎士、蒼穹、我らが平安、蒼穹の平安、少年、青年…そうじゃないでしょ。違うよね。あなたの主人だった人は、いったい誰。」


 名前って大切だ。自分を表す言葉、自分を示す言葉、自分をこの世界に形作る最初の言葉。

 なのに、あの物語に、蒼穹の騎士の物語に、彼の名前は出てこない。

 名前を呼ばれないということは、その人自身を見ないってことだ。ぼくだってそうだった。死んだ狼、娼婦の息子、ヤンガードルシュタインの玩具。

 人は、名前を呼ばれなければ己を見失ってしまう。


「誰もが縋る蒼穹の騎士、皆の平安である蒼穹、悲しいほどに平等で遠く透き通った存在…馬鹿なの?」


 そんなの、そんなの、


 あの人の、あの青い瞳があれほどに美しかったのは。


「誰にも名前を呼んでもらえないなら、近くに行けるわけないでしょ?誰にも名前を呼んでもらえないなら、自分が希薄になって当たり前でしょ?」


 蒼穹の騎士。

 誰にもその名を呼ばれなかったあの人は、誰にでも平等にならざるをえなかった。

 誰にもその名を呼ばれなかったあの人が、唯一ぼくの前で語ったのは。


「蒼穹の騎士は、ぼくに語ったよ。親友が、髪を切ってくれたことを。親友が、服を贈ってくれたことを。」


 きっと、その2人の親友だけが、彼を彼の名で呼んだのだろう。

 数多の人々を救ってきた彼の中で、彼の名を呼ぶあの2人だけが、しっかりとした形を持って姿を保っていた。記憶に残っていた。

 平等で遠くて、透き通った蒼穹を持つ人。


「それでね、狼さん。あの人は、いつも、何かあるたびに腰に手を持って行くんだ。それでちょっと、寂しそうに笑うの。」


『…ア、』


「ねえ、狼さん、君は泣いた?あの人のために、すべての人の平安であったあの人の、平安であった君たちは…蒼穹の騎士ではない、ただの平凡な青年のために泣いた?」


 彼の死は、優しいあの人の死は、多くの人に狂気を呼び戻したという。

 狂った人たちは、憎悪を募らせた人たちは、その怒りをぼくに向けた。

 なら、あの人の死を悼んで泣いた人はいたのだろうか。


 あの人は、人間として死ねたのだろうか。


「ぼくはね、泣けなかった。あの人の死を悲しめなかった。泣けば、もっとぼくを苦しめる人たちを喜ばせると知っていたから、ぼくはあの人を人間として死なせることができなかった。」


『ア、アア、ヌシ、サ、マ、』


 震える。紫水が波紋を呼び、空間が悲哀を歌う。

 遺された者の苦しみが、死んだ者への哀願が、慟哭が、波を呼ぶ、凪を壊す。


 海が、時間が、停滞した生が、狼が、目覚める。


『『ソウ、セん、様、』』


 水の奔流が、水底のぼくらを押し流す。錐揉みして舞い上がってなお、水はぼくを蝕むことなく明るい水面へと押し上げる。ヨスナミと、ヒクナミ。彼らは二度、主人を失った。守ることもできず、なす術なく喪った。


 不意に、光が差し込む。

 仄暗い紫水の中に、荒れ狂う水の中に、それよりもなお、暗い光が、香りが。


 馬鹿みたいだ。ぼくも、ヨスナミヒクナミも。


 平安は、いつだって。


「雛形召喚ー【葉椿】!【七竃】!ぼくの、所に!!!!」


『『あるじどの』』


 手を伸ばせば、そこにあるのだから。


 静かな紫水が割れる。

 水面を突き抜けたその先に、柔らかな森の香りが満ちていた。









【宝飾街 北の蚤の市】side 羅水


「あの、ほんとうにいいのかな?」


「まあ、いいんじゃねえか?お、あんなのはどうだ。稜明国の旅の方々ならあまり華美なものは良くないだろうし、根付ならいくつあっても困らねえし。」


 口説くヴューリヴ様と、それを無視する影の旦那をBGMに食べた昼食の味はとても美味しかった。

 普通なら味がわからないのかもしれないが、あいにく頭のところの若様の怒涛の口説き文句や、旅籠屋のところの坊で慣れている。

 歳をとると色々なことに動じなくなるとはいうが、これほど嫌な慣れはそうそうないだろう。というかあってたまるか。


「いちちゃんいちちゃん!こレもいいとおもうネ!いちちゃんにすっごくにあうネ!」


 ここは、宝飾街北の蚤の市。

 治療というか、静養するシーターくんの近くに騒がしいのと子供がいては落ち着けないから、という理由でヴューリヴさまに放り出された次第である。羅水的には思う存分影の旦那を口説くためにお邪魔虫を厄介払いしただけだろうと考えている。


「それは派手すぎねえか?市ちゃんの立ち振る舞いから見ていいとこの坊なんだろうが…旅の方々がそんなんつけてたら速攻で盗賊に襲われるぞ?」


 どうだ褒めろと言わんばかりの満面の笑みのヤオさんに苦言を呈する。

 ヤオさんが持つのは銀で白い花を作り、連なった真珠がしゃらしゃらと音を立てる髪飾り。

 確かに市ちゃんの黒髪に映えて似合うにゃ似合うがあまりにも目立ちすぎる。それに真珠が20もついてりゃお値段が可愛く無くなること請け合いだ。


「あ、あの、おにいさまへのおみやげであって、わたしのものでは…」


「わレだったらおそろいのほうがうレしいネ!いちちゃんも、おにいさまとおそろい、ほしくない?」


 しゃらん

 涼やかな音を立てるヤオさんの手にあるのは、それも白い銀の花のブローチ。おそらくサーライズの装いに合わせて男女でお揃いでつけるのだろう。


「ほしいです…」


「ネ?だからふたつデひとつのほうしょくひんをさがそうネ。そレデ、いつつデひとつもさがしテ、しーたーたちをおどろかセるネ!」


「いつつ、ですか?」


「いつつだネ!しーたー、はくろ、はくらい、よすなみ、ひくなみ。ネ?いつつ!」


「そう、ですね!探しましょう!5…にん?へのおみやげ!」


 シーターくんは目覚めない。あの後眠ってしまった樹霊王とその眷属も、羅水たちが出てきた時まだ眠っていた。

 それでも、あの二柱がいればシーターくんは大丈夫だと思う。

 樹霊王、守護に秀でた麗しの精霊王。

 樹霊の最強種であるかの方が付いていて手を出せる精霊などそういない。

 いかに神喰いの大海霊と雖も、その神喰いですら大樹霊の助太刀があってのことなのだ。

 むしろ心配なのは、樹霊王によって説得された大海霊がシーターくんを目覚めさせてしまわないかどうか。

 彼が目覚めて、そして大海霊を使えるようになって仕舞えば服飾街に戻ろうとすることは防げない。


 優しいあの少年は、頭が猫の魔王を殺すことを許容できないだろうから。

 …もしかしたら、あの茫洋とした眼差しで黙認するかもしれないが、それは嫌だ。


 死んだ狼の、あの全てを諦めた死んだ瞳をしたシーターくんは、今にもそのまま消えてしまいそうで苦手だから。


「羅水!つぎのみセにいくネ!のんびりやさんはまたないからネ?」


「いきましょう、羅水さん!」


 今はただ、彼が穏やかな水底での眠りの後で笑えるように、彼らへの土産を買おう。

 眠っている間に、すべての悲しみが終わっていたとしても、教えなければいいのだから。


「おい、待ってくれ嬢ちゃんたち!俺から離れないようにって言っただろ!」

最初お一人だったブクマが…増えてる…

励みになるし、めっちゃ嬉しいです。喜びすぎて机の平面に踵擦って痛かったです。


サブタイトルつけるのが難しくなってきました。

目覚める獣(夢の中で)

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