32 宝飾街と長に従う者達
【お知らせ】
視点がくるくる変わるので
{街 場所}side 視点者
を各ブロックの最初におきました。
ただし今回だけ。おいおい前の話にもつけていくかも。
{宝飾街 魔構竜車内}side 羅水
「どうなってやがる⁈」
「かゲ!こレ!」
シーターくんが、白露くんを殴った。あれほど、執着と言っていいほどに溺愛していた白露くんを。
そして気を失ったシーターくんの瞳は、最後、禍々しい黄色に侵食されていた。
『紫水の力に弾かれずにさらって行ったね!おかしくないかね⁈何が起こったね⁈』
〈『落ち着け蛇。あの女の匂いがする。』〉
『でもシーターが!魂がここにないね!空っぽの器しかないね!』
「ちょ、ヤオさん?どうしました?」
聞いたことのない言葉で捲したてるヤオさんに、御者台から唸るように応じる影の旦那。
市ちゃんの膝の上でシーターくんを睨めつける白露くんは、毛を逆だたせたまま動かない。
意識を失ったために倒れかけた体は、ぞっとするほどに細く軽く、そして熱い。
危険なほどの発熱が白露くんを慌てさせている原因なのか、それすらもわからない。
『影、我なら呼び戻せるね!どこか、広い場所に、』
『それはダメです!私はそれを許すことはできません!』
『市ちゃん!!!!』
「っだぁぁぁ!!」
怒鳴った羅水にヤオさんと市ちゃんが振り向いた。
ピキリと体を固めた2人の前で1つ大きく深呼吸をして気を落ち着かせる。
稜明でもサーライズでもない異国の言語が途絶えれば、外の喧騒が微かに聞こえてきた。
「うるさい!一度黙っちゃくれねえか⁈落ち着いて見てみろ、東水主ノ双剣が稼働していやる。これはこの剣が起こした可能性が高い!なら、今は仲違いするんじゃなく、ヴィーヴァを見つけるのが先じゃねえのか⁈」
「…ご、ごめんネ、」
「すみませんでした。」
倒れたシーターくんは、高熱の割に肌は青ざめている。死体のような見た目を裏切るこの熱は一体なんなのだろうか。
ともあれ、このまま放置しておくわけにもいかない。
ーシーターくんを、頼みましたよ。
脳裏にこびりついた頭の声に総毛立つ。
ああ、なんということだろうか。
火の一族の襲撃から守り、おやつを振舞い、旅を共にする彼を。出会ってから日が浅いとはいえ、一度は仲間として受け入れた彼を。
俺は、倒れたシーターくんを心配しながら、頭の命令を遂行するのに丁度いいと思っちまった。
「それデどうするかネ?ゔぃーゔぁをみつケるは、どうするネ?」
がたん
突然、1つ大きく魔構竜車が揺れた。
皆が目を向けた扉が開き、御者台にいたはずの影の旦那が姿を現した。
その背後には、黒い屋敷。
そして、狼頭の機構を被った、ドレス姿の少女。
彼女は、まさか。
「ごきげんよう、皆々様。私はヴィヴェヴァリィ=ヴューリヴ=ヴェルヴィヴ。魔構街の一角、鋼師の一族が1人。世間では名工ヴィーヴァと呼ばれておりますわ。」
歓迎します。狼の君と、同胞の客人の方々。
優美なカーテシー。
質のいいドレス、傷1つない白肌。
魔力の乗った名乗りは、少女らしく軽やかなもの。
まるで時を見計らっていたかのような絶妙なタイミングに、白露君が警戒をあらわにした。
これほどまでに威圧を感じるのは、少女の顔を覆い隠す狼の機構か、それとも静かに怒り狂う白露くん…樹霊王の殺意が満ちているからか。
「俺は、水の一族の名水、頭の下につく者、羅水と申します。ヴューリヴ様の作られた双剣が反応してからのち、気を失ってしまいました。この少年と双剣の様子を見ていただこうと参上しました。」
「存じておりますわ。ラスイ。このようなところではなんです、皆様竜車をお降りになって?わたくしの屋敷へお入りくださいまし。ああ、荷物をお持ちになられる必要はなくってよ。眷属に運ばせますわ。」
開かれた扉から降りるのを、何故こんなにも躊躇ってしまうのか。
形のない不安を押し殺して、シーターを抱いた羅水は竜車を降りた。
{宝飾街 名工の屋敷}side 羅水
「それで?ナスイはなんて?」
「…何故そこで水のが出てくる。」
「まあ、勘違いなさらないで?ナスイは盟友であって良い人というわけではありませんわ。だからこそ、彼の腹心と言っていいほどの部下であるラスイを私の元へ遣わした理由が、」
くるり、ドレスの裾が翻る。
「何かあるのでしょう?」
シーターくんと白露くんは個室、女性2人と男2人の部屋割りのうち、俺と影の旦那の部屋にヴューリヴ様が訪ねてきていた。
相変わらず豊かで艶やかな髪を背に解き流した様は名工と呼ばれるほどの創り手には到底見えない。
どこか警戒するような問いかけに、ふかふかの絨毯に両膝をつけ、跪いた。
「魔王により命を狙われている死狼を、服飾街に近づけることなかれ。我等名の一族の狩りが終わるまで、たとえ水の一族であろうと身柄を渡すことは許さない。…我らが頭、【字名宮】より拝命した文言、確かにお伝えいたしました。」
見上げた先の狼の口内は、暗く質量のある闇があるだけでその中の人の容貌はうかがえない。
「あざなみや…稜明国の亜神がなぜ名水の配下であるお前に…まさか」
珍しく長く言葉を発した影の旦那がぎりりと歯を鳴らす。狼は、身内を傷つけられること、味方に裏切られることを何よりも厭う。頭が彼の中で味方に分類されていたことに微かな驚きと喜びを覚えつつ、より低く頭を下げた。
「【字名宮】の率いる名の一族は、水の一族、赤の一族、物語屋と争う気はありませぬ。我等が頭の望みはただ一つ、頭の旧友である魔王【猫の愛子】LOC共を倒すことのみ。」
頭の、揺らぐことのないピンと伸びた背筋を思い出す。常に誰かを率い、何かを見据えて立っているあのお方があそこまで悲しそうな顔をしたところは見たことがなかった。
あの夜、シーターくんと頭が宝飾街に行くことが決まった日。実水に頭の自室に呼び出された羅水は、一言も言葉を発することを許されなかった。
息をするのも躊躇われるほどの存在感、威圧感を発する頭は、一度もラスイの方を見ることなく命じた。
水牢楼という水守様の領域であれほどまでの力場を作りあげたものが何か、羅水は知らない。
ただ、あの方が命じたから。俺を呼んで、命じたから。
だから、俺は頭のために尽くす。この命に代えても。
「【字名宮】など、聞いたことがない。名の一族は頭がいない烏合の衆ではなかったのか?」
当たり前だ。名の一族、稜明国の亜神や行き場を失った逸れ者たちが作り出した一団。
俺たちは、俺たちの大切な頭を無防備に晒しておけるほど優しい生を生きてきてはいない。
「影の旦那なら、わかると思いやすが。どのような群れでも、頭なくしてその本領を発揮することはできません。」
「ふふっ、だからこそ心配ではないの?ナスイは水の一族の長を務めていましたわよね。リョクスイも、ナスイも、ラスイも、ああ、ミスイもですわ。あの水の牢獄を形作る柱が何本も倒れて、それでもなお立ち続けられるほどスイシュは強くはありませんわ。あの幼子は、どこまでも只人ですもの。」
このお方は、紫水晶を名乗るお方は、水守様を只人と言うのか。
思わず口元に乗った苦笑に気づいたのかどうか、ヴューリヴ様がその体を影の旦那へと向けた。
それにつれて舞った髪からは淡い野の花の香りがする。
本当に、彼女は影にご執心らしい。
「さて、影様影様。この度は何をお探しですの?私にご用意できるものでしたら、なんでもさしあげますわ。さあ、影様?」
「…この街から売り飛ばされた者たちを取り戻したい。その中には狼の眷属もいる。見過ごすわけには、行かない。」
それと。
一度途切れた言葉に、ヴューリヴ様が小首を傾げる。必要なことを率直に告げる性の影の旦那には珍しく、跪き首を垂れた形を崩さないままに内心聞き耳をたてる。
ほとんど衆知の事実でありながら暗黙の了解で秘密とされている、影の旦那がかの物語屋の狼様と同じ人狼族であるという事実。
そんな彼の口にするであるだろう条件は先のものより他にはないように思えた。
「なんですの?遠慮の必要はありませんのに。さあ、おっしゃってくださいまし。」
「…ならば、問うが。なぜ、小狼を助けた。お前の大切な双剣を苦しめ悲しめたあの小狼は、放っておけば明日にでも呪詛に呑まれて戻れなくなっていた。なぜ、呪詛から引き離して紫の結界に隠した。」
小狼。影の旦那が子供を表すときに使うその言葉に、ヴューリヴ様が一歩引いた。
いつもならさらりと答える彼女が、影の旦那への返答を戸惑った。
いつにないことばかりで、頭が高速で回転し続けている。そろそろ糖分が欲しい。
「…お慕いしておりますわ、名も知らぬお方。」
ただ、それだけ。
その一言だけ発して押し黙ったヴューリヴ様が、何故か頭と、そしてリュカ様と重なった。誰にでも愛されて、誰をも愛して、なのにどこまでも強く、1人で在る人。
人々の前に、強い輝きを持って個で立つ人。
彼らの背中は頼もしいのに、時折なぜか、胸が苦しいほどの寂寥感を覚えさせる。
「…影だ。俺は」
「ふふ、昼食の準備が整いましたらお呼びしますわ。それまでごゆるりと、旅の疲れを癒してくださいまし。」
そう言って立ち去った後に残ったのは、微かに香る野の花の匂いだけ。
{服飾街 水牢楼 水湧洞}side ルーヴィア
お姉ちゃんなんて、大っ嫌い!!!!
耳にこびりつくのは、悲痛すぎる少女の怒声。
涙が混じって潤んだその声に答えた声を、私はもう、ていない。
『起きたか?』
「…ぁ、ぇ?」
夜の中に、鬼火が二つ灯っている。
ゆうらりゆらりと揺れることなく宙にとどまるその光源に手を伸ばす。手に触れたのは、ふっさりとした獣の毛並み。
うん、スベスベで良い毛並みです…良い毛並みです?
目の前にいるのは、物語屋の、
「っあ、名水!羅水!どこっ、いゃっ『ヴィア!』
意外に固い肉球が、顔にクリーンヒットする。
雑な力加減のおかげで水中に叩き戻された少女はくるんと回転することで力を受け流し、再び水上へと水を蹴った。
「っぶはっ、何をするんですか!」
『悪ぃな、ヴィア。まあ、ここは湧水洞だからもう痛くないだろ?』
何も問題なしとばかりに目を細める巨狼にほんのり苛立ちつつ、胸元…は無理なので口元をひっつかんで揺さぶってやった。
「名水と!羅水は!どこ!無事なの⁈」
『ちょっ、まっ、ゔぃっ、』
「は!や!く!こ!た!え!る!」
「ぐっふっっつ!!!!」
…はい?
ラビを引っ掴む手をそのままに、頭だけ動かしてみれば口元に手をやって震える青年がいた。
見覚えがあるようなないような、うん、やっぱりないかも。
「双亜様、覚えていらっしゃいますでしょうか。瞳使い実水が弟子、隻水と申します。」
青い瞳が、優しい色を浮かべた。
「双亜様。服飾街の罪、赤の一族と水の一族のための人柱となられたお方、祝福された双子の片割れ。」
優しく紡がれる言葉が、どこまでも鋭く起き抜けの少女の心を切り裂いていく。
明確な意思を持って少女の弱いところを抉る青年の瞳に、もう呪いの影はないけれど。それに似た強い光が瞳の底に揺蕩っていた。
「…なにが、言いたいわけ。」
「どうか、一緒に来てください。赤の一族も、水の一族も、火の一族も、そしてこの街を脅かす魔王ですら、あなたの存在を無視することはできない。」
ほの青い光を湛えた水の上、青い瞳と青い髪の幼い少女に、瞳を輝かせた青年は手を差し伸べる。
夜のような毛並みを持つ狼の、その目の前で青年は人のいい笑顔を浮かべた。
「俺は、俺のようやく手に入れた居場所と家族を守りたい。だからどうか、おいでください。あなた様の犠牲の上にあるこの街を、どうかその目に映してみてください。」
現実離れした光景の中、青年はついに少女の最も柔い部分へとその言葉を突き立てる。
「あなたの姉妹がこの街を壊そうとしている様を、その所業を、俺と一緒に見に行ってほしいのです。」
ひとりぼっちの少女の伸ばした震える手は、愛しいものにするかのように、優しく、甘く、青年の手に包まれた。
それは、悪魔の囁きにも似た、甘く凍てついた言葉の剣。
「ひとに、見つかったら、」
「大丈夫ですよ、双亜様。ラビ様がそうと分からないように俺たちを連れて行ってくれます。それに、俺は大切な家族のためなら、なんだってできるんですよ。」
青の少女は、ヴィアは。
水牢楼に囚われて、その水底でずっと微睡んでいた少女には、家族といえば水楼子のみんなと、姉妹の片割れのことだけで。
優しくしてくれることが、どれだけ特別なことか、嫌という程知っている彼女にとって、その優しい温度は疑うべくもないもので。
「わた、しは、裏切られたく、ない。」
「水楼子は皆、双亜様を裏切りませんよ。」
外を知らない少女に、外を知る青年は、明確な意思を持って言葉を吐く。
砂糖菓子のように甘い実のない言葉の数々を、真綿で首を絞めるかのように。
ゆっくりと、ゆっくりと。犠牲になることに、裏切られることに、嫌われることに、従うことに慣れてしまった少女へと刷り込んでいく。
「来て、くださいますね?」
「…うん。」
良かったと、笑って抱きしめた腕の中で。
ゆっくりと力を抜いて目を瞑る少女は気づけない。
不干渉を貫く物語屋のラビが手を貸そうとしている不思議さに。普段は秘密で抜け出さなければ出れない外へ、事件に遭遇した直後にもかかわらず連れ出されようとしていることの異様さに。
青年ー隻水の言い回しの裏に隠された、本当の意味に。
抱きしめ合う2人を見つめる狼の、面白がるように緩く振られる尾の意味に。
少女は決して、気づけない。
分かりにくかったかもしれないので水湧洞の会話解説
隻水の言う家族、居場所
→蔦漆の愛子、蔦漆の愛子のいる場所
→できたら、蔦漆の愛子と共にグルリャの元にありたい。
ルーヴィア・双亜の言う家族、居場所
→水楼子のみんな、水牢楼
隻水さん的にはけもさんずの一員であって水牢楼は仮宿。力の制御方法を覚えるためにいるだけで、自身を水楼子だとは思っていません。
隻水さん嘘「は」、言ってないです。




