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物語屋と死んだ狼は予言の勇者を望まない!  作者: 春夏秋冬
第2章 宝飾街ジェルエール
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30 宝飾街と子供達

「つーいたぁぁぁ!!!!」

『にゃぁぁぁぁ!!!!』

「つ、つきましたぁーーー!」


 拝啓、陽だまりの御方。

 最近うちの子が残念な大人の真似をし始めて困っています。


 クモさんに借りた魔構竜車は有り体に行って仕舞えば微弱な魔力を流すことで宙に浮かぶただの馬車だ。

 馬車をただ宙に浮かせて竜に引っ張らせることで動かすので、うごくために風の魔法を使っているわけではない。

 いや、まあ微弱な魔力を一瞬流すだけで半永久的に浮き続ける技術はすごいんだけど、別に浮かなければただの馬車。そんなわけで水亜竜ー飛翔型から水亜竜ー疾駆型になったナスイさんの水亜竜に引かれて魔構竜車は無音で家地を走っている。

 そんなぼくたちは、空にいた時と変わらず視界良好だ。


 なにせ、黒い車体に紫水晶の目を持つ豹の描かれた馬車の怒りを買おうなんて馬鹿はいないのだから。


 …今回の旅、人に避けられること多すぎじゃなかろうか。まあ、変なのに絡まれる心配がないのは素晴らしい。遭遇する心配もないのも素晴らしい。


 馬車の窓ガラスまで外から見えず中からは見える優れものなため、馭者代の影さんを除いた全員が大いに楽しんでいる。

 ラスイさんまで涼しげな頭にはやはり汗を浮かべつつ満面の笑みだ。


「おー、やっぱ見事だなあ」

『あるじどノ、あの鳥さん、naんデ、大きいんでスか?』


 宝飾街ジェルエール。

 その名の通り宝石、貴金属によって作られた宝飾品を作る職人が集まっている。


 クロージア都市連合の中でも服飾街フレザ、華飾街パーヒェンと並んでかなりの知名度を誇り、英雄侯爵の居住街としてもたびたび使われる有名な街だ。

 フレザと同じ、炎の魔力の疾る壁に囲まれ、門の横の見張り塔には屋旗の代わりに屋玉と呼ばれる宝玉が嵌め込まれている。

 錆びることのない金の台座に嵌った巨大な紅玉は、紫水晶で有名なヴェルヴァリヴォには劣れど、紅孔雀の騎士の象徴の1つとして有名だ。


 そんな門を抜けてすぐ、いや、空を飛んでいた時から見えていたのが巨大な金銀宝玉で作られた超巨大な鳥のオブジェだ。

 紅の瞳の中に揺れるのは、カナン様が籠めた紅孔雀の焔。


「服飾街フレザは赤の少年の故郷、紅孔雀が元々住んでいた場所だからカナン様と紅孔雀がいなくても守りが固い。でも、ジェルエールは後から、都市連合の1つとして傘下に入っただけ。カナン様がいらっしゃらなくても守りが緩むことのないように、紅玉に力を込めたことが始まりなんだって。」


 自分たちを守ってくれる焔の籠められた紅玉。

 そんなものを宝飾街の名を冠する街人たちが放っておくわけもなく。


「紅孔雀がいないなら、作ればいいじゃない!って当時ここにお住まいになられていたクロージアの一族のお姫様が作れって言ったらしいよ。」


 そんな、ご飯作ってくらいのノリでこんなに立派な物を作れる職人たちは本当にすごいと思う。


「あ、」


 ぱ、と喜色に顔を輝かせたイチちゃんは、すぐに口を閉じてしまった。

 ぼくがヤンガードルシュタインの嫡男の知ってからずっとこの調子で言葉を飲み込んでしまう。


「なあに、イチちゃん。」

「その、わたしも、そのおはなししってます。ぜ、しぇるえーるってなまえは、るえーじゅさまのなまえをひっくりかえしてきめられたそうです。いぜんは、しょだいのるびす…るゔぃすさまのなをおかりして、るーすというなだったとせんせいにおききしました。」

「いちちゃん、ものしりだネ!わレ、あレがうごくことしかわからないから、すごい!」


 …え。


「う、うごくんですか…?」

「うごくんですネ!」


 みれば白露も頷いている。


 ーうごキますよ、主人どの。


 レベル上げのために水亜竜の隣を歩いている白蕾にまで言われ、思わず巨大な紅孔雀の像をまじまじと見てしまった。

 動くのか、あれが。

 マーラカイナ海上国連合にいるという海獣、彩鯨と同じくらいと言われる巨大な像が。


 …金ぴかすぎて眩しそうな話である。


「…あれ、そういえばこのあとどう動くんですか?ヴィーヴァさんの居所、分からないんですよね。」


 今朝クモさんの館を飛び立ってから半日。物理的に天上人となったぼくたちが何をしていたか。

 公爵家の人間かつ命の恩人ということで恐れ敬ってくるイチちゃんを説得するのに1時間、「わたあメ!」と言って外の雲を食べたがったヤオさんを宥めすかして1時間、高所恐怖症だと判明したラスイさんの体調改善に創芽しまくって失敗作の対応に追われて2時間。疲れ切って寝てたら着いた。疲れた。


 まあ、そんなわけで全くもって話し合いとかできてない。


 クモさんの館にいた時は、白蕾と白露とラスイさんの水球に対処するっていうあの訓練してたし。


「影さんがクモに書状もらってたろ?それに、クモの魔力が込められるらしくてな。そんでこのヴェルヴァリヴォ侯爵の紋様付き魔構竜車だ。」

「あー…クモさんの疑似餌大作戦ってことですか?」

「まあなあ。てなわけで、」


 にや、とラスイさんが笑う。

 大柄なラスイさんだけど、本人の気質か仕草か、人のいいおじちゃんといった体で全然怖くない。

 なのに、なぜかイチちゃんがびくりと体を震わせた。


「思いっきり、観光するぞ!」


「やったネ!!!かんこーーー!!!!」

『んなぁぁぁぁうっ!!!』

「うれしいです!」


 でも、観光できると喜ぶイチちゃんの顔からは、もうその怯えは読み取れなかった。

 まあ、まだ若人(12歳)にもなっていなイチちゃんからすれば男の人は大きくて強いのだろう。

 ぼくはどちらかというと子供の方が怖いけど。


「まずはどこいくネ?わレ、ゼんゼんまちのこと、わからないネ!」

「あたし、おにいさまにおくりものをかいたいので、できたらそういうものがかえるばしょがいいです!」

「そうだなあ…北の蚤の市なんてどうだ?そこなら嬢ちゃんでも買えるものがあるんじゃねえかなあ。あー、でもおじちゃんのそばを離れないって約束できるか?」


 北の蚤の市、数多の露店が軒を連ね、贋物真作の入り乱れる市場だ。フレザで言う商いの方々の回転市場のような場所だ。違うのは回転市場が名前の通りフレザを訪ねてきた人によって開かれ、どんどん店舗が変わって(回転して)いくのに対し、北の蚤の市はジェルエールの人がやっているからいつ来ても大体店の人が同じという点。

 いかに蚤の市といえど、出しているのはジェルエールの職人たち。他所の蚤の市とは一線を画したクウォリティのものが期待できる。


 そして、人が賑わい金品の行き来する場所には悪い奴らもたむろってくるのだ。


「やくそくするネ!わレ、羅水からはなレない!」

「やくそくします!て、てつなぎましょう!」

『はくろ、あるじどのと、ぎゅ、してるー!』


 なにそれなにそれなにそれかわいい。

 ラスイさんから離れないって話だったのにぼくにギュって、白露が白露から白露が望んでギュってしてくれるとかそれなんてご褒美ですか幸せですね素晴らしい。

 御者台へつながるパイプを開き、ヤオさんが上機嫌で叫んだ。…怒られますよ?


「かゲ!きたののみのいち、むかっテ!」

 〈五月蝿い、騒ぐな蛇。言われずとも聞こえている。〉


 魔構竜車って防音のはずなんだけどな。

 まあ、影さんがラビの同族、ひいては鬼狼族の人…狼?だったら不思議ではない。


「ねエ、いちちゃんは、おにいさまになにをかいたいネ?くびかざり、みみかざり、うデわ、あしかざり、かみかざり、いろいろあるネ。」

「そう、ですね。えっと、その、」


 イチちゃんの頬が朱に染まる。


「あたしと、おそろいのが、いいなって」


 どくん


 ーきすつす!あたくしとおそろいなのよ!うれしいでしょう?


 少し上ずった、少女の声。

 ほんのりと羞恥に染まる表情。


 ーねえ、きすつす、あたくしにひざまずいてあいをこうけんりをあげる!ほら、はやく!


「おにいさま、よろこぶかな」


 ーきすつす、あたくしにきすしたい?


「…っ」


 ーー◼︎◼︎様とのおそろい、とても嬉しいです。

 ーー愛しています、あなただけを。


 ぎり


「?しーたー、どうしたネ。まりょくよいなら、いいあメあるネ。」


 奥歯を噛み締めた音は、想像以上に大きく会話に入り込んだ。

 全身に立つ鳥肌に、イチちゃんの膝の上ではしゃいでいた白露が心配そうにぼくに飛んでくる。


「い、え…っ触るな!」


 香った、甘い匂い。

 ぼくの腕は白露に直撃し、その小さな体をイチちゃんの上、対面の壁に叩きつけた。


 ーきゃあっ!なにをするの、きすつす!

 ーーあ、もうしわけ、

 ーおねえさま、おねえさま!きすつすがひどいのよ、あたくしにぼうりょくをふるうのよ!

 ーーもうしわけありません、◼︎◼︎様!


「え?おい、坊主!」


 ーーお許しください、どうか、ぼくに慈悲をいただけませんか、◼︎◼︎様。


「い、え、ぼく、は、」


 ーしかたないわねえ、きすつす。あたくしだからゆるしてあげるのよ?おねえさまだったらきっと、ぜったいにゆるさないわ。

 ーー◼︎◼︎様、◼︎◼︎様、どうかぼくを抱きしめてください

 ーえっ、ちょ、なにいってるのよっ!

 ーーお願いです、◼︎◼︎様

 ー…もう、しかたないわね。


「だい、じょうぶ、だから、」

「大丈夫じゃねえだろ!白露大好きなお前が白露を殴り飛ばしたんだぞ⁈おい!しっかりしろ!」


 ーふふ、にあうわ。しんだおおかみのあなたにぴぃったりなくびわ。あたくしのおおかみ。あたくしのものよ。ね?きすつす。

 ーーはい、◼︎◼︎様。ぼくは、あなた様のものです。

 ーねえねえ、きすつす!あたくしに、きすしてくれてもいいのよ?べっ、べつにしろっていってるわけじゃないわ、


 首が、締まる。

 助けて、助けて陽だまりの御方、


 ー「君、このままだと明日死んじゃうよ?」

 ー「急げ。お前、明日死ぬぞ」


 霞がある頭と、ぶれる視界に、次第に白が侵食する。


「…い!……タ…!息……ろ!……ろ、…ま…さ……あ…じど……いっ……ど…した……!」


 音が消えていく、なのに。

 白い世界が、白い世界がまだ遠い


 ーーお慕いしています、◼︎◼︎様。

 ーふふ、あたくしにすかれたいなら、もっとがんばってもいいのよ。

 ーーぼくの貧弱な語彙では◼︎◼︎様を褒めそやす言葉をどうしても見つけられないのです。そんなぼくを、愛してくださいますか?

 ーふふっ、だめなこね、きすつす。あいしてあげる、あたくしだけがあいしてあげるわ。しんだおおかみであるきすつすを。のろわれたかわいそうなきすつすを。

 ーーああ、慈悲深い◼︎◼︎様。お優しい◼︎◼︎様、ありがとうございます。◼︎◼︎様が、ずっとぼくと一緒にいてくださったらいいのに。


 白魚のような指が絡みつく。

 甘い匂いが体を縛る。

 口から吐き出される角砂糖のような甘いだけの言葉は、喉を焼き、胸を焼き、心を殺す


 甘い甘い、毒の沼


 いつもなら、すぐに届く白い世界が、今はこんなにも、ひどく、遠い。


 いつもなら、途切れるはずの意識が、今はこんなにも細々と繋がり続ける。


 ぼくは、ぼくは、今、どこに、いるの?


 ーあら、無様ねえ死んだ狼。◼︎◼︎にもらったの?好いた男に首輪をつけるなんてあの子もいい趣味してるけれど。

 ーーあ、

 ーそんな首輪をもらって嬉しそうなお前も相当ね。やはり娼婦の息子は貴族に尾を振るくらいしか能が無いのね。ああ、可哀想に。お前の母であった娼婦は誇り高い方だとお聞きしたわ。なのに、

 ーーこれ、は、

 ー今のお前は、遊ぶ価値もないわ。私に触らないでちょうだい。犬に成り下がったお前に用は無いの。

 ーーま、まって、


 鎖に囚われた手は、伸ばすことすら許されなくて、鎖に囚われた足は、おいすがることすら許してくれなくて、


 真っ暗、真っ暗だ。

 濃密な闇の中で、もがくこともできないほど心身を囚われて、


 なぜ忘れていたのだろう

 ずっと、ずっと。

 彼女たちの言葉はぼくの中で繰り返されていたのに。

 これが、これこそが死んだ狼のあり方だった。

 呪詛を、怨嗟を、憎悪を、執着を、恋慕を、侮蔑を、全て全て抱え込んで、光の無い黄色で、世界を見つめていた。


 いつから、いつから。

 いつからぼくの中の全ては、ぼくからいなくなった?


 陽だまりの御方よりも、後で、


 そう、【リュカ】が来た時にはもう、ぼくの中にそれらはなかった。



 あなたずいぶん変なの持ってますわね。


 …え?


 ふぅん。これはこれは。なかなかに濃密な呪い、上質な呪い、素晴らしいですわ!これほど、これほどまでに濃縮されているということは、ああ!



 黒い、暗い、世界に射す光の色は。


 夜を清水に溶かしたかのような。



 あ、申し遅れましたわ。



 長い、薄紫の髪に紫水晶の、瞳。



 私、英雄侯爵ヴェルヴァリヴォの一角を預かる者。ヴィヴェヴァリィ・ヴューリヴ・ヴェルヴィヴ。世間で名工ヴィーヴァと呼ばれているしがない鋼師ですわ。


 ぼくの心の中に忽然と現れた少女は、見る者を感嘆させる見事な淑女の礼をとった。

 しかし、ぼくが驚いたのはそこでは無い。



 名工ヴィーヴァと名乗った少女は、ドレスの上に、本物そっくりの鋼の狼の被り物をしていた。


狼少女 が現れた!


ヴィーヴァさん登場。

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