[とある水楼子の回想 上]
間話なのに上下に分けるほどの長さ。
ちょっとシリアルさんが多すぎるのでシリアスさんに出張って来てもらいました。
実は「世界を終わらせる始まりに、花の香りの指切りを」という題の短編とほぼ一緒。
最後のとこだけ違って、短編だとハッピーエンドです。
別に、何か悪いことをしたわけではなかった。
ただ、人より大きな魔力を持っていて、周りに指導してくれる人がいなだけだった。
巡り合わせが悪くて、生まれた場所が悪くて、運が悪かっただけなのだろう。
きっとあの魔王だって、そんな運がとことん悪い人間の、1人だった。
俺の生まれた村は、かつて大樹霊もしくは神喰らいの樹霊王と呼ばれた樹霊の住処の近くにあった。
樹霊王は隣のサーライズ王国で世界樹と呼ばれ、魔具の素材として珍重されるらしく、俺の村にはよく欠片でもいいから譲ってくれないかと尋ねくる人間がいた。
稜明国において、精霊は神の眷属。畏れ崇めるものであって己の欲のために売り払っていいものではなかったから、尋ねてきた人間の多くは長老たちによってすげ無く追い払われていた。
それでも、そんな崇高な志なんて、生死の分かれ目においては無力だった。
稜明の王族には、亜神と呼ばれる特異な能力を持つ人間がよく生まれる。和御霊と呼ばれる良き行いをする亜神もいらっしゃれば、荒御霊と呼ばれ、封印される亜神もいらっしゃる。
たとえ悪しき方でも良き方でも、国を守り導いてくださる生き神様の一族として、民はすべての王族に畏敬の念を捧げていた。
それもあって、稜明の民は精霊も神も、どんなに悪しき所業を為そうと黙々と耐え、その怒りが過ぎ去るのを待つしかなかった。
辺境の地であった村で、連綿と続いてきたその意識を、彼らは容易にぶち壊した。
魔王を殺す者、平和を守る者。
サーライズ王国の教会を名乗る者達は村を訪れるとまず、サーライズ王国における魔王の存在を語った。
人を喰らい、大地を傷つけ、憎悪を好み、死者を操る。5人の英雄侯爵と13柱の月の神、そして教会に守られたサーライズ王国において、精霊や神を名乗る魔王は恐ろしくはあれど耐えしのぶ相手ではないのだと。
「かつて神を喰らい、神社の巫女、巫を退けた大樹霊の住まう地に、我々が取り逃がした1人の魔王が紛れ込んだ。」
どうか、彼女を殺すことを許可して欲しい。
その言葉に、長老達は激昂した。
神精霊を魔王と呼んで殺すとは何事かと。
天の意思によってこの世に降り立った方々をこちらの弱さを理由に問答無用で命を奪うのは、それは許し難い傲慢であると。
誰も気付かなかった。
俺たちは神精霊への冒涜的な発言に怒るあまり、そんな俺たちを教会の者達が満足げに見ていたことに、最後の最後まで気づかなかった。
教会の者達は、魔王が何か危険なことをしないか数週間見張りたいと言って村に滞在したが、時折村の手伝いをするばかりで彼らの言う魔王、俺たちの言う精霊に手を出そうとはしなかった。
そんなある日、村の子が1人消えた。
村人は森に分け入って探し、かつて樹霊王の在った場所の近くで大きな血痕を見つけた。
それから数日後、村の食料がごっそり消えた。
村が見張りを立てると、1週間後、見張りは物言わぬ骸となった。
教会の人々は、動かなかった。
長老達は食料を1週間おきに森の、子供が殺された場所に捧げた。
その上で、村の若い衆で6つの捜索隊を作り、あたりを警邏させた。
そんな捜索隊の5人が、帰ってこなかった。
再び捜索すれば、無残に引き千切れられた肉の破片と血の海を見つけた。
それを見つけたのは、俺1人だった。
俺はその場で吐き、村に戻って捜索隊5人の死を告げた。
教会の人々は、動かなかった。
長老達は慌てた。
今まで、捧げ物をして敬い祀れば神精霊は祟ることはなく、むしろ恩恵を与えてくれた。
長老達は考えた。
捧げ物が、まずかったのだろうと。
そして、俺の姉は花嫁として食料と共にいつもの場所に届けられた。
次の日俺は、姉の死体を見つけて吐いた。
教会の人々は、静かに黙祷を捧げた。
長老達は喜んだ。
村の次代を生む娘達を望んでいないと知り喜んだ。
そして、新たな捧げ物として、幼い俺の妹を捧げた。
次の日俺は、妹の死体を見つけて吐いた。
妹が、かみさまにあげるの。と言って持っていった小さな花束は踏みにじられて妹の血の海の中に転がっていた。
教会の人々は、跪いて黙祷を捧げた。
長老達は喜んだ。
村の次代となる子供達を望んでいないと知り、喜んだ。
そして、俺の従兄弟を捧げた。
若い盛りの従兄弟は、剣を持って自らの足で血に染まった彼の地へ向かった。
大切な従姉妹たちの、つまりは俺の姉妹の仇を討つと言って。
そして次の日、俺は親友でもあった従兄弟の死体を見て吐いた。
教会の人々は、花と共に埋葬してくれた。
俺の母が、父が、祖母が、祖父が、俺と仲の良かった子が、俺の世話していた小鳥が、馬が。
捧げられては死んでいった。
俺は紛れもなく忌み仔で、俺は神精霊の眷属として恐れられていた。
恐れられていながら、俺は普通の神精霊と違って疎まれていた。
力はありながら、只人であった俺を、長老たちは疎んじていた。
どんどん、俺に近しい人たちは捧げられて死んでいった。
教会の人々は、繰り返した。
私たちに、かの魔王を討つ許可を。
家族をほとんど失って、友も家畜も失って、ようやく俺は気づいた。
長老たちに次は俺が行くと言って、長老たちや村の人々の顔が輝いた時、漸く、漸く俺は気づいた。
長老たちは、神精霊になりそこなった俺が、森に住まう神精霊を怒らせたと思っていたのだと。
俺が立候補するのを待っていたのだと。
そうして俺は捧げられた。
静かな夜の森の中、俺は食料と共に血塗れの木に縛り付けられた。
静かで冷たい森の苔が、俺の体温をゆっくりと奪っていった。
夜の森は、俺を蔑んだりはしなかった。
恐れたり、嫌ったり、邪険にしたり、無視したりはしなかった。
ただ、その大いなる懐に抱き寄せて、俺を休ませてくれた。
月が中天に登った時、足音が聞こえた。
そこには、同い年くらい…14歳くらいの少女がいた。
纏う衣は、どこか見覚えのあるものだった。
ところどころ紅に染まった衣は、汚れていたけどそれなりに華美で、凡庸な顔の少女にはあまり似合っていなかった。
「あ、あなた、は、なんで、しばられて、るの?」
少女は怯えていて、恐れていて、傷ついていて、悲しんでいた。
「この森に住まう荒御霊を命を対価に鎮める為に。」
俺は諦めていた。
もうどうしようもないくらい、村の人々に疎まれていることを知っていたから。
教会の人々に、家族と共に埋葬してくれるように頼んだ俺に、もう何も未練はなかった。
「アラミタマ…?なに、それ」
「怒れる神、暴れる精霊。神精霊の負の側面。」
「わからない、もっと、かんたんに、」
たどたどしい喋り方にも、心当たりがあった。
それは、教会の人々の喋り方にもよく似ていた。
だから、試しに言ってみた。
「サーライズでいう、魔王を落ち着かせるために。」
少女は目を見開いた。
こぼれ落ちそうなほどに見開かれた瞳から、零れたのは涙だった。
後から後から落ちる涙は、美しかった。
月の光に照らされて、血に汚れ土に塗れたその衣装が、姉の着ていたものだと気づいて、それで俺は安堵した。
漸く死ねるのだと。漸く終わるのだと。
「あ、わ、わた、わたし、」
彼女こそが、魔王だと、無表情で涙をこぼす少女の周りに、蔦がうねるのを見て俺は確信した。
蔦漆の愛子。
それが、サーライズ王国から逃げてきた魔王の名前だった。
「俺、殺して。早く、家族のところに行かせて。」
「ご、ごめん、なさい、ごめんなさい、しらない、だった、わからない、だった、わた、わたしが、ころ、ころした、」
家族を殺された俺より、殺した彼女の方が傷ついているのは不思議だった。
月の下で、俺たちはポツポツと話をした。
彼女はサーライズ王国の下位貴族の妾の連れ子の侍女の妹の旦那の連れ子という判断に困る家庭事情を持っていた。
要するに、義母の姉の仕える主人の義父が、己の地位を脅かす可能性のある彼女を、早く殺してほしいと教会に頼んだのだという。
生まれた環境が悪かった。
話に聞く限り、彼女と俺はとても似ていた。
2人とも特異な力を持っていて、その力を制御するために師事する人間がおらず、2人とも家族以外に疎まれた。
彼女は生きるために逃げ、そして殺し続けた。
その話の最中で、俺を案じて武器を持ってやってきた隣家の知人を彼女は殺した。
蔦漆に身体中を貫かれて絶命した知人を、彼女は蔦漆を思い切り外側へ反らせることで引き裂いた。
彼女曰く、心臓や脳を貫いたくらいでは死なない場合があるらしい。
なんだそれはと突っ込める程度には、俺の心は疲弊していた。
疲弊しすぎて愉快になった俺は、彼女に指切りをしようと持ちかけた。
「俺はあんたに捧げられた供物だ。つまり、俺はあんたのもの。なあ、指切りをしよう。衣食住を提供してくれる限り、俺はあんたを裏切らない。だから、あんたも俺にあんたを害す兆候が見えない限り、俺を殺さないでくれ。」
彼女は困ったように首を傾げた。彼女は独特な出自のおかげで、軽く稜明の言葉を齧ってはいたが、難しい言い回しは理解できていなかった。
「俺、あんたのもの。あんた、俺を守る。俺、あんた裏切らない。指切り。」
花の香りがした。
妹が、彼女にあげると言って持っていった花束の花の1つだった。
森の奥でしか生えない、特別な花。
甘いその香りにつられるように、俺たちの指は絡まった。
幸せだった。
彼女は俺の家族を殺し、時々俺と彼女の様子を見にきたついでに攻撃してきた村人を殺したけど、それなりに幸せだった。
彼女は俺を守った。
俺の心も、俺の体も、俺の健康も、俺の精神も。
俺は彼女を傷つけなかった。
彼女の心も、彼女の体も、彼女の健康も、彼女の精神も。
指切りは守られていた。
幼い約束の象徴は、俺たちの生活にかなりの頻度で行われた。
多くのものを失った俺たちは、幸せだった幼い日を思い出せる指切りを、どこか壊れた微笑みとともに繰り返した。
その生活は、彼女が魔王であることを忘れさせた。
その生活は、俺が魔王の生贄であることを忘れさせた。
その生活は、村人が俺を恐れていたことを忘れさせた。
その生活は、教会の人々の存在を忘れさせた。
彼女が森に逃げてきて6ヶ月。
俺が彼女の元にきて5ヶ月。
その日は、やけに彼女が不安がった。
そのころになると、もう村人たちは俺たちのささやかで幸せな生活にちょっかいをかけることをしなくなった。
俺は満ち足りていた。
俺は知らなかった。
彼女が接敵必殺を行っていた理由を、知らなかったし考えなかった。
追われ続けてきた彼女が、未だにその日々を忘れられず、ありもしない敵に怯えていると思った俺は、指切りをした。
「指切りしよう、約束しよう、きっと守ろう2人の約束。守って守ったあかつきに、2人で果実を食べましょう。お花畑で踊りましょう。破って破ったあかつきに、あなたを木から吊るしましょう。あなたを花に沈めましょう。ー指切りをしよう。俺はあんたより先に死なないし、俺はあんたを殺させない。」
俺の力は、水を纏って身体能力を上げることだった。
彼女を守ることができると、そう思い込んでいた。
共に暮らす中で、稜明の言葉がうまくなっていた彼女は、淡く微笑んだ。微笑みというにも尚淡い、掻き消えそうな微笑。
「そうだね、指切りをしようか。私はあんたからたくさん奪っちゃったから。せめて」
せめて。
その笑顔がどうしても、どうしても悲しそうで。
俺は絡めた指をなかなか解けなかった。
なのに彼女は、あっさり指を解いてさっさと森に紛れてしまった。
残った甘い花の香りに、俺は静かに涙を落とした。
ブクマが増えて嬉しくて嬉しくて嬉しくてたまらなかった結果。
上下投稿。9時にもう一個投げます。
本編とはほんのり関わりあります。




