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物語屋と死んだ狼は予言の勇者を望まない!  作者: 春夏秋冬
第2章 宝飾街ジェルエール
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28 宝飾街と狭い世間

 服飾街フレザから宝飾街ジェルエールまでは騎獣で3日、というのが通説である。

 最初聞いたときにはまあそんなもんかと気にも留めなかった3日という期間が、これほどまでに長く感じたのは歓迎しにくい旅のお供たちが要因だ。


「しーたー、しーたー!わレ、あレたベるネ!」


 英雄侯爵の居城がある服飾街フレザへ向かう旅の人々の一時休息の場、また、フレザから出てきた人とこれから向かう人々の情報交換の場として賑わう街は、フレザほどではなくともたいそうな賑わいを誇っていた。


 所狭しにと並ぶ出店は、お隣の魔構街ヴェルヴァリヴォの薬草粥や魔法薬屋だけでなく、食と悪の街、響宴街ベララ…なんちゃらの食べ物屋台や賭け事屋台、王城のある大空の月群で今流行っているお菓子やスイーツを売る店など多種多様なものが揃っていた。

 これだけ色々なものがあれば匂いが混じって悲惨なことになりそうなものだが、何か魔法が働いているのか美味しそうな食べ物の匂いしか感じない。


「ぼくは、食べたくないなあ。」


 大喜びでぼくの手を引くヤオさんが指したのは魔構街の珍味、土亜鳥の卵の薬草煮。

 お世辞にも食べ物に見えない。

 美味しそうに見えない、ではない。食べ物に見えない。いや本当に。


『k…』


『あるじどの〜、はくろも、たべるー』


 なんと。


「よし、買おうか。」


「おい小狼。」


 可愛い白露のおねだりに、思わず頬を緩めたぼくの目の前に、大きな皮袋が差し出された。

 ずっしりと詰まった袋は、受け取るとじゃりっと硬い音を響かせる。


「…えっと?」


「水亜竜の賃貸代兼あの阿呆のお守り代だ。」


「水亜竜の賃貸代は頂きますがお守り代は阿呆と共にお返しさせてください。」


「わレ、あほーじゃないネ!」


 ソウデスネ。

 思わず影さんとともに冷たい目線をプレゼントしたぼくにヤオさんが悲しそうな目をした。

 ああ、心が痛む。白露のお腹を空かせた表情に。


「んー?誰かと思ったら影の旦那じゃあねえですかい!そちらはお連れさんで?」


「……ああ」


 うわあ、嫌そうな顔。

 もう、影さんは嫌そうな顔と無表情の2択しかないのだろうかと邪推してしまうほどに表情が偏っている。

 反対に、土亜鳥の出店の店主さんはもうにっこにこだ。骸骨に皮を貼りましたと言われても不思議じゃないほど肉の極端に少ない身体中から喜びのオーラが溢れ出している。


「情報、魔具、魔装、魔薬、紫水晶!影の旦那の為ならなぁんでもお売りいたしやす!ああ、なんだったらあっしの足の一本や二本持っていっても構いやしやせん!影の旦那の唾液ひと瓶、いや、髪の一筋でもいただけるならあっしの本望ってもんでさあ!」


 …ええ。なにこのひと。なにこの人。真剣に危なすぎる。成人男性の唾液を欲しがるって…ええぇ…


 思わず影さんから離れる。危ないひとに好かれるなんて御愁傷様だけど、関わりたくない。

 残念美女なヤオさん、無表情美形な影さん、顔を隠した正体不明のぼく、そして土亜鳥の卵の薬草煮(怪しいもの)売る変態っぽい店主(怪しいひと)

 本日2回目のお近づきになりたくないひとの集まりに、もちろんこの街の人たちは足早に通り過ぎていく。ぼくも逃げたい。


『あのね、はくろ、おなかすいた、にゃー?』


 それでも白露が可愛ければこの世界はとても平和だとぼくは思うんだ。

 ちなみに羅水さんは水亜竜を街の水場に連れて行って不在である。







『うまうまー』


「もぐもぐもぐ」


『ソれ、oIShiいの、くろクん?』


 土亜鳥の卵の…ええい面倒な。土卵をがっつく白露とヤオさんに軽くドン引いている白蕾が可愛い。

 なかなかに立派な応接セットの机の上、汚すことを気にしないうちの子可愛い。汚しはしても爪は立てないうちの子ほんといい子。


『らいも、たべるー?』


 やめて、白露さんやめて。白露さんの可愛いピンクの舌とちっちゃい牙は可愛いけどそこから垂れてる得体の知れない物体が気持ち悪すぎるから、やめて。

 白露愛をもってしても許容しきれない白露の顔に、子猫サイズに縮んだ白蕾までそっと目を逸らした。


『…ぃ、いい、くろ、くん、ぜんぶたべて』


「この合成獣キメラ、ただの獣じゃあねえですな?随分と濃く…希薄な…ああ、瞳玉に封じられた…」


「売って欲しいのは情報と卵だけだ。無駄口を叩くな。」


 バッサリ切って捨てた影さんが座っているのは、見るからにこの部屋の主人用のものであろう立派な執務机。ちなみにこの部屋の主人は応接セットのソファの奥側に座ってうちの子たちを見てる。

 土卵を売っていた方は、なんと魔構街ヴェルヴァリヴォの薬師、それも英雄侯爵を輩出する名家の出だというのだから驚きだ。あのままの流れで店主さんの館に招かれたぼくたちは、執務室で寛いでいた。


 …生まれて初めて領地を出れば英雄侯爵に会い、瞳玉を買えば精霊王に認められ、髪を切りに行けば街の忌み子に遭遇し、M Cardを入手しに行けば襲われる。そうして最初の街を出てみれば、稜明のお菓子お茶屋さんと共に別の英雄侯爵家の人間と遭遇する。


「おー?どうしやった、坊主?」


「いや、ちょっと世間の狭さに驚かされてました。」


「そうか、なあ、この森馬の花の一輪や二輪、もしくは全部売ってくれやしねえかい?これほど見事な森馬はなかなかいね「お断りします。」


 白蕾へと伸ばされていた手を跳ね除ける。

 土卵に夢中になっていたはずの白露も、白銀の瞳を爛々と輝かせて男性を睨みつけていた。

 心なしか、毛が逆立っているようにも思える。


「…なるほどなるほど、強い樹霊、その使役者、瞳玉に封じられた精霊、強い草の使い手、相互庇護、相乗は深く、浅くは和、繋がるは物語、外国とつくにの強者、香りは水、潜むは…土、鬼と這いずるもの、犬と狼の踊る街、」


 歌うような独白に、異様な男の異様な光を湛えた異様な瞳がくるくる回る。


「クモ。大事な預かりものだ。」


「へえへえ、こりゃあ失礼いたしました影の旦那。それで、知りたいこたあなんですかい?あいにくジェルエールにゃとんと顔を出しちゃいないもんで、お役に立てるかどうかは保証できやせんが…」


 独特な癖のある男の問いに、影さんは眼光を鋭くした。

 遅れること数瞬、その意味に気づく。


 ぼくたちは、目立つ君たちが落ち着いて食べれる場所を貸そうと言って連れてこられた。一言も知りたい情報があるとも、ジェルエールに向かっている途中だとも口にしていない。


「…クモ。人身売買事件について、知っていることを」


「ああ、存じ上げております…と言いたいところなんですがねえ、ありゃあダメですわ。紫水晶は関わらんと決めてる禁止事項にばっちし引っかかってんて。ウチは奴隷と侵略と教会には関わらんゆうのが家訓でしてねえ。」


 人身売買事件。

 ジェルエールでたくさんの、主に獣人が狙われたという事件はあの日、ナラズ商会のブーサさんが捕まったことで終わったはずでは。

 なぜ、今影さんが調べている…?


「あ、でも、ウチは無理でも今ジェルエールにいる紫水晶なら大丈夫ですぜ。確か…ああ、そうそう、鋼師の一族のお姫様。ヴィヴェヴァリィ・ヴューリヴ・ヴェルヴィヴ。あー、名工ヴィーヴァって言った方が分かりやすいっすかねえ?」


「うえぇ…」


 思わずうめき声が漏れる。

 なにも、なにもそこまで世間が狭い必要ってないと思うんだ。

 名前を確認するために手帳を開いていたクモさんが、声に反応して顔を上げる。


「そうそう、坊主のその双刀を作ったお姫さ…なんだあ、坊主。やけに死にそうな顔してんなあ」


 あなたには言われたくないなあ。


「同じ紫水晶…ヴェルヴァリヴォ侯爵家の人なら、同じく家訓でアウトなんじゃないですか。」


 あまり突っ込むとぼくも怪我しそうな話題は放置し、わずかな希望にすがって問いを投げる。


「んあ?あー、ウチはウチ、よそはよそって知らねえですかい?」


「クモは薬屋の一族ヴェルヴィアンド、ヴィーヴァは鋼師の一族ヴェルヴィヴ。家が違うんだ、家が」


「あー、そっちですけ?ウチら薬屋に奴隷やら侵略やら許すと、人体実験地域実験し放題になりやすから、ウチはそーいう話をすることすら禁止なんですわ。」


 是非とも今後永遠にその家訓を守り続けてもらいたいものである。


「…その割には白蕾のこと」


「そりゃあ、交渉は許されてますから?それとそこの樹霊クン、君への反撃は君の主人に行うからそのつもりでー「クモ。あの狂った鋼師へ紹介状を」


「影の旦那ぁ、ほんっとにヴィーヴァのこと苦手ですよねえ。知りやせん?ヴィーヴァの毛並みがいいのは「クモ」


 肩をすくめたクモさんが机に向かってなにやら書き始めたのを確認し、影さんは無造作に髪を一房紐でくくると、


 じぎっ


 艶やかな、クモさんの言う毛並みのいい髪を短剣で切り取り、執務机に放り投げた。

 今どこから短剣が出てきたのか、とか考えたらいけないんだよなぁ。


 とん、ととん


「白蕾?」


『くさ、ねムり、違u、TEき、あるジどの、Nぃお、う』


 草 眠り 違う 敵、主人どの臭う


 …え⁈ぼく臭い⁈

 森馬が足踏みをするのは警戒を促すサイン。群れの仲間を守ろうとするそれに、白露まで少し凛々しい顔でこの部屋に入ってきた扉を見つめる。

 うちの子たち超可愛い。特に普段ふにゃふにゃしてる白露のキリッとした顔の破壊力。頭良さそうな見た目からにじみ出る阿呆っぽさがたまらない。


「あ。影の旦那ぁ?これはさすがに笑っちゃ済まされんぜ。」


 くるくると丸めた書状を影さんに手渡したクモさんが、ニヤリと笑う。

 その笑い方は、英雄侯爵モードのカナン様によく似た、為政者の貌。


「…知らん。」


 ぼくにはちょっと理解できないところで話と自体が進んでるんだけど誰か説明してくれないだろうか。切実に。


「ふっ、ふしぎだネ!なあんデいちちゃんがこんなところにいるのか、わレ、すっごくふしぎ!もしかしテほうしょくひんをおにいさまのたんじょうびのおくりものにあげたかったのかネ!優しい子だネ!」


 あ、阿呆が1人語るに落ちた。


「正直なこと言わせてもらうと、兄思いの女のコの事情なんてどうでもいいんですわ。リョーメイのお姉さん、大事なのはヴェルヴァリヴォの眠る豹の尾を踏み抜いたってことなんだからさ?」


 執務机に腰掛けて、影さんの切り落とされた髪を手で弄んで。

 クモさんは、唇の端を釣り上げた。








「さて!歓迎せざるお客様と大歓迎のお客様の当館への来館を祝って!乾杯!」


 先程の威圧感に似た何かはどこへ行ったのか。

 超上機嫌なクモさんが果実水のなみなみと注がれた杯を掲げる。


「かんぱーい!」


「か、かんばい?」


「乾杯…」


『にゃーー』


 空気を読まず叫んだのがヤオさん、困惑しつつ間違ったのがイチちゃん、どん底テンションが羅水さんで、超絶可愛いのが白露である。

 そう、イチちゃん。旅の方々の回転市場でラビを撫でていたあの少女です。


「いやあ、まさか我が友ラスイとこんなところで遭遇するとは!」


「俺だって驚いたよ…なんでクモがここにいるんだ…」


「家訓だな!」


 しかも、なんと、クモさんがラスイさんの言うジェルエールの旧友なのだという。

 世間、狭すぎやしないだろうか。

羅水さんの心の中

(英雄侯爵の盟友、クロージア英雄侯爵の食客、樹霊王とその眷属、ヴェルヴァリヴォ英雄侯爵の一族の1人、稜明からの来賓…胃が、胃が痛い…)



ブクマ増えててびっくりしました。跳ね回るほど嬉しかったです。気に入ってもらえたなら嬉しいです。すごく嬉しい。とにかく嬉しい。ありがとうございます。

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