27 宝飾街と旅の道連れ
「悪いな、坊主。おじちゃんなんかとの旅で。」
「いえ、むしろぼくの用事に付き合ってくださってありがとうございます。酒場の方はいいんですか?」
また、記憶が途中で途切れてしまっている。
どうやら気絶ぐせがついてしまったらしいぼくは、昨日ナスイさんと道場に向かってからの記憶がすっぽり抜け落ちてしまっていた。
ナスイさんは街の一族の長としての仕事があるとかで一緒に行けなくなってしまったらしい。昨日の夜のうちに水牢楼を出たというナスイさん。帰ってきたら謝らなくては。
「ああ、火の一族にやられたときに変な化け物がいただろ?そいつの調査のために神殿に営業をストップされちまってよ。ちょうどいいからパーヒェンの旧友にでも会うとするさ。…お頭も、足は置いて行ってくれたしな。」
ナスイさんが喚んでおいてくれた水亜竜を見る目がどこか寂しそうに見えたのは気のせいだろうか。すぐに顔を上げたラスイさんが、見送ってくれる水牢楼の小さい子供たちに見せたのは普通の笑みだった。
「シーター、気をつけてね。ごめんね、イド様はヴィアの治癒、ラビとぼくは物語から離れられないから。」
ひっかかる言い回しをするリュカに首を振る。
公爵家から助けてくれただけでもありがたいのに、見つかる危険を冒してでも一緒にいてくれているのだ。そして今回は、本来なら人目に触れないように隠れているべきなぼくを自由に旅させてくれている。感謝してもし足りない厚遇だ。
「いい?シーター。君がこの街で関わった人を救いたいなら、必ずヨスナミとヒクナミを味方につけて帰ってくるんだ。白露との会話も忘れちゃダメだよ。白蕾は、今回の行き帰りの乗馬でレベルも格も上がると思う。でもそれでもまだ足りない。」
リュカの瞳が色を変える。
どこか、悲しい色をした緑を、ぼくはしっかりと見つめ返す。
「強くなって、シーター。誰かを守れるように。誰かの物語をちゃんと、受け止めらるように。」
「うん、リュカ。行ってくるね。」
体が植物である白蕾には馬具はいらない。表面の葉っぱや蔓や枝を少し伸ばすだけでとても乗り心地が良くなった。白露の乗る場所まであるのはとてもありがたい。
「いってらっしゃい、シーター!」
「「いってらっしゃいませ、羅水様、従者どの」」
今回は長旅なので狼のお面ではなく顔を隠す薄布と助けられた日にもらったマントのフードを下すことで正体を隠している。見送ってくれる人たちに失礼にならないようにおろしていたその2つをしっかりと装着し直し、眠りこけている白露を抱きしめて白蕾に乗る。
『krrrr♪』
小さく嘶いた白蕾の鬣に相当する部分をなぜれば白い花がいくつも咲いた。
「じゃあ、行くぞ坊主。」
水牢楼の門が開く。
そうしてぼくとラスイさんは宝飾街パーヒェンへと旅立った。
服飾街フレザは山を背に背負う形で草原に広がっている。紅にはためく屋旗と白い城壁や城、街並み。その輝かしさに反するように背負う山は暗い。
宝飾街パーヒェンはここからぼくとリュカたちが降りてきた道が合流した正式な街道を騎獣で3日かかるところにある。
1週間足らずしか滞在せず、そのうちの3日は魔力枯渇やらなんやらで気絶していたというのにもう1ヶ月くらいフレザにいたような気分だ。よくここまで事件やら厄介ごとにぶつかるものだと自分にびっくりである。
…厄介ごと。なんだろう、何か大切なことを忘れているような。
「坊主は旅をしたことがないんだってな。リュカ様に聞いた時は驚いたぜ。ほとんどの水楼子は旅といえば水牢楼に逃げてたその一回きり。大抵はそれで終わっちまう。怖いんだな、住処から離れるのが。それが、坊主はここに着いてすぐに動き回って魔力枯渇だろ?おじちゃんびっくり。」
「…その話、誰に聞きました?」
ちょうど思い返して恥ずかしくなっていたタイミングだったせいで顔が熱くなる。
公爵家から逃げてきたという自覚が完全に足りず、自分の体力も考えず動き回っていた。はしゃいでいたのだ、初めての外に。すべてのものが気になって仕方がなくて、全てのものが美しく見えた。
「リュカ様やらイド様や、あとは水守様や…とにかくいろいろだ。ああ、水牢楼に初めて来たのはフレザに来た初日でもあったのに水守様と喧嘩したんだろ?剛毅な話だよなぁ。おじちゃんには無理だ。」
わははと笑う涼しげな頭をひっぱたいてやろうかと思いつつ、城門を振り返る。城門を抜けてまだ5分。振り返った城門は堂々と、格別に大きく細密な屋旗を誇らしげに風に揺らしている。
来た時は見えなかった魔力が見えるおかげで、城門や城壁に時折魔力の波が走るのが見え、その城壁から炎の魔力の結界…のようなものが街を覆っているのも視認できた。
中から見えないのは、青空を大切にしたいからだと藍水さんに教えてもらった。暑いことには変わりませんが、と笑っていた藍水さんは残念なことに一白を連れていなかった。彼にも…彼女?まあいいや、あの水亜竜にも挨拶をしたかったのだが。
「そういえば、ランスイさんの連れていた水亜竜と、今ラスイさんの乗っている子は全然姿違いますよね。」
藍水さんの一白はまさに大きなトカゲといった風体だったのに対し、羅水さんの乗っている子、正確には名水さんが呼び出した子は発達した2つの後ろ足で走っている。空いた前足はちょこんと胸あたりで組まれていて動かす気配はない。
「ああ、そりゃあ水亜竜って呼び方は犬を犬って呼んでいるようなもんだからな。小型な奴もいれば大型な奴もいる。泳ぐのが得意な奴もいれば飛ぶのが得意な奴、地面に潜るのが好きな奴に、こいつのように走るのが得意な奴だっている。」
飛ぶのが得意、で思い出したが襲撃の時に助けてくれた子は体はこの子に似ていたが、もっとスマートで翼があった。なるほど、ちょっと面白い。
「んお?なんだあ?ありゃあ」
ラスイの目線の先には、一台の幌馬車が立ち往生していた。
どうやら、馬が倒れてしまったらしく、2人の男女の言い争う声が聞こえる。
「わレのセいじゃない!かゲ、あばレさセた!わレ、稜明から、ここまデうまデきた!わレ、うま、ともだち!」
「この馬が鈍いのは貴様の目利きが悪かったからだろう。これだから山深者は嫌なんだ。そこらの人間の真似などするからこういうことになる」
「そ、そういうかんがエをのうきんっテいうんだぞ!」
ああ、この特徴的な声、特徴的な口調。
響き渡る声のせいで起きた白露がぷかあと欠伸した。
『あにゅじどょの、にゃにぃ…?』
間違いなく、面倒そうな匂いがプンプンするあの人だろう。
服飾街の旅の方々の回転市場で出会った稜明国の美女ヤオさん。忘れていた、厄介。
決して悪い人ではないのだが、正直あまり関わりたくない。多分、【生存本能】が避けろって叫んでる。
スルーしよう。決心してラスイさんに声を
「ラス「おいおい、そこのお二人さん大丈夫かあ?」
ラスイさんんんん!!!!
ば、と振り向くヤオさん、ゆるゆると振り向く長身の男性。柔らかく艶やかな稜明の民族衣装を着たヤオさんの目があからさまに輝く。
「しーたー!ちょっとぶり!」
「な…か、…かげ、さん」
鋭い目でこちらを見つめるのは薄灰色の瞳に深藍色の髪の男の人。その人を視界に入れた途端、ラスイさんが真っ青になった。
涼しげに額に冷や汗が浮く。
はしゃぐヤオさんと、ちょっと引き気味のぼく、硬直したラスイさんと睥睨する男の人。
『んにゃあ、にどねー』
白露の寝ぼけた声がやけに間抜けに場に響いた。
「えーと、合成獣使いのシーターです。こっちは白露、それでこの子は白蕾。」
眠りこける白露は、白蕾の上でウトウトしている。
白露がこんなに寝るのは珍しいと思いつつ、そっと3人を横目で伺った。
「影だ。」
黒ずくめの男の人がそれだけ言って黙ってしまった。
やけにラスイさんが恐れているように見えたが、何か因縁があるのか。いや、あるのだろうけど。
「稜明国からきました。あメとおちゃをうるあきないのかたがたの、やおです。」
ぺこっと頭を下げたヤオさんがひらひらと手を振ってくれた。微笑み返したけど薄絹を垂らしている今、表情が見えたかは定かではない。
「ふ、フレザ、で、酒場を、やっている、羅水、だ。です。」
そしてラスイさんは…
とても挙動不審だ。
全員が名乗ったところで場はしんと静まり返った。
無言で威圧する影さん、ニコニコと機嫌の良さそうなヤオさん、怯えて大量の冷や汗を流すラスイさん。
大人たちは黙って互いの顔を見つめ合っている。
そんな異様な光景に関わりたくないのだろう、ぼくたちが立ち止まっている場所だけ、旅の方々も商いの方々もみんながみんな猛スピードで通り過ぎて行った。ぼくも他人のフリしてさっさと行きたい。
ぐううううぅぅぅぅぅ!!!
「「「…」」」
そんな沈黙を破ったのは、ヤオさんのお腹が極度の空腹を伝える音だった。
「…どこに向かうところだったのか、お聞きしても?」
「ほーしょくまちじェるエーるだよ。しーたーは?おなかすいテない?」
しーたーは?疑問が行先のことか腹具合のことか非常に気になるところではあるけど。
「ぼくたちも行き先は同じです。ラスイさんの水亜竜でこの荷馬車を引っ張って次の街までご一緒します。そこで新しい荷馬を買い求められてはいかがでしょうか。」
「どうせ行き先は同じなんだ。共に行けばいい。おい、蛇。それでいいな。」
「「え」」
「わレ、へびじゃない!やお!」
そうしてぼくとラスイさんの二人旅に、リョーメイのお茶お菓子屋のヤオさんと、影と名乗る青年が加わった。
旅は道連れと言うけど、こんな道連れは求めてなかった。
フラグ街は放置して、向かうは名工ヴィーヴァのいる宝飾街!
フラグ街の暗雲
・水の一族vs火の一族
・猫の魔王の暗躍
・治安の悪化
・名水の訳ありそうな過去
・リュカの正体
すべて置いていざゆかん!!!!




