23 服飾街と猫好む旅籠屋
相当数買い取るのだろう。本を積むための空荷を背負ったラビを引き連れ、僕たちは水牢楼の鳥の騎獣に乗った。
顔を隠すために狼の面をつけ、髪を隠すために初日にもらったフード付きのマントを被る。
そういえばこれをもらった時には散々リュカたちを警戒して干し肉も丸呑みにしていたのに随分人間らしくなったと思い返す。
双剣を縛り付けていた蔦はうねうねと動いてマントの下にしっかりと収まった。
それだけでなく白露が苦しくないように白露サイズの籠を腹の辺りに編み出す。
「いってらっしゃいなのだ、リュカさま!」
スイシュ様の気の抜けるような言葉を背に、カツカツと鳥の騎獣が歩き出す。
狼の騎獣と馬(公爵家で)には乗ったことがあったけど鳥の騎獣はそのどちらとも乗り心地が違う。横に少し揺れる狼と、上下に揺れる馬を足してひどくした感じだ。
「ねえシーター。予言のこと、どうするつもりか聞いてもいいかな?」
「ぼくは正直どうでもいいよ。ぼくがまた、囚われるんでなきゃ。リュカは?リュカは、どう思う?勇者を望む?」
「勇者であれ魔王であれ、楽しければ関わるし、楽しくなければ…どうしようか」
くすくすと体を震わせるリュカがなぜか泣いているように思えて、ぼくはリュカの腰に手を回して抱きしめた。
「シーターはさ、諦めが良すぎるよね。僕がシーターに勇者を導くことを望んだら、君はどうするの」
「リュカは勇者を望まないよ。」
根拠も何もない。それでもぼくは確信を持ってリュカに言った。
朝から、リュカの様子はおかしかった。
空元気というには暗く、元気がないというには明るい振る舞いに違和感を覚えた人は幾人いるだろう。
触られることを嫌うリュカが水牢楼のお姉さんたちを侍らせていた。ここにはラビもイド様も、一応ぼくもいたのに、リュカは物語屋には頼らなかった。
「ぼくが仮に禍を呼ぶ【死んだ狼】ではなく勇者を導く【光持たぬ狼】だろうと、ぼく自身が選びたい道を拓けるように力をくれるのがリュカでしょう。」
リュカは繰り返す。
僕に頼りすぎるな、僕が嘘をついたらどうする、僕が力を与えてあげる、強くなって、シーター。
まるでリュカがすぐにいなくなってしまうかのように。
離れて、手の届かないところに行ってしまうかのように。
いついなくなっても大丈夫なように、予防線を張っているように思える。
それは多分、正しい推論。
「ぼくはどこにもいかない。ぼくは、物語屋シーターは、勇者を望まない。」
震えがさらに大きくなる。それを抑えるようにしっかりと抱き寄せればあまりにも細いリュカに少し怖くなって力を緩める。
「ぼくは、リュカがぼくを力づくで追い払わない限りリュカのそばにいるよ。ほら、ぼくはさ、キスツス・アルビドゥスも、ヤンガードルシュタインも捨てて、物語屋のシーターになったんだから。」
リュカは、最後を拒まない。
カナン様も、ナタさんも、若さんも、ナスイさんも、スイシュ様やリョクスイ様も、誰だって最後は拒まない。
どんなに冷たい態度であしらったって、仲が壊れないギリギリより手前で受け入れる。
リュカは不思議だ。リュカはおかしい。
12歳児のそれではない立ち振る舞い、知り合いに友人たち、放つ言葉。
表情を読み、話を聞き、文献を調べ、様々な情報を擦り合わせて出た答えは。
「ねえ、リュカはさ、人間じゃ、ないよね。」
びくんとリュカが飛び跳ねるのと、ラビから唸り声が発せられるのと、水牢楼とある裏路地から明るい大路に出たのはちょうど同じタイミングだった。
「旅籠屋の」
「わー、姫さん相変わらずかーわいーい」
若さんすら冗談を飛ばさず、ナスイさんものいない髪切り屋の、忙しく店員さんが動き回る帳台の後ろ、板張りの床に鮮やかな紅の敷物の上で、その人は満面の笑みを咲かせた。
2人の女性に睨まれ、1人の女性の両手を両手で握りしめ、困った顔の見習いさん風の青年を完全に無視しているその青年が。
「みんなごめんね、犬姫様とちょっと用事があるからまた後で遊んでくれる?」
…若さんもなかなかな爛れ具合だったようだけどこの人も相当なようだ。{旅籠屋}と呼んだ以上、青年は髪切り屋の人間ではないのだろう。
他人の店に女性連れで上がりこんでそこの店員を口説くってこの人大丈夫だろうか。
「あなたはいい加減名水様に一度殴られるべきだと思います。…お久しぶりですね、リュカ様、シーター様」
「え、マーチェスさん⁈」
栗色の髪と栗色の瞳。
フレザ城の制服ではないものの、間違うことはない。
城でぼくのお世話をしてくれているマーチェスさんが
旅籠屋と呼ばれた青年の後ろから見慣れた会釈をしてくれた。
どうやら使用人たちの標準装備技術【家具のフリ】(存在希薄化)を発動していたらしい。ちなみにそれはMCardにも記載される立派なスキルである。
「ごめんねー、姫さんは捕まえるのが大変だからさ。もちろん今度埋め合わせするから。ね?」
険悪な雰囲気の2人の女性を返し、口説き中だった髪切り屋の女性を見習い風の方に託しそしてようやく青年が僕たちを見た。
「いやあ、相変わらず可愛いね。リューカちゃん♫」
「わー、面白い冗談ですー!さあシーター、帰ろっか」
「いや待て待て待て待て待て、ここで姫さんに帰れたら俺が振られたみたいじゃん!」
ものすごくいい笑顔で踵を返したリュカを、さらにいい笑顔で引き止める青年。
「そのクズな性格を直してから出直してきてください」
「ごめんねー、俺のこの性格、女泣かせだとわかっていても変えられなくってさあ?」
へらへらと笑う青年の顔はまあ普通より整っているな、というくらい。
カナン様やナタさんも、ナスイさんやリョクスイ様の方がはるかに整った顔をしているし、自分で言うのは本当になんだがぼくの顔の足元にも及ばない。
さらにリュカが嫌がってるのに女の子扱いって、なんでこんなのがモテるんだろう
「リュカ、いくら女扱いされたからってお客さんを放り出して帰るのはダメだよ。リュカがかっこいいことはぼくがちゃんと知ってるからさ、」
がくんとリュカが頭を抱えて座り込んだ。
なぜだか周りまでぽかんとしている。
「リュカ?どこか痛いの?」
「いや、あー…狼の…少年?リュカは姫さんだぞ?女の子にその言い方は「リュカが女の子⁈」
脳裏に蘇るいろいろなこと。
最初の野宿の時は一緒にくっついて寝たし、リュカの食べかけの果物をもらったことや、リュカにステーキを切ってもらったこと、さらに何回かリュカに同性だよね発言をしていたこと。
そして、さっき抱きしめてしまったこと。
「…え、冗談じゃ」
「「ない」」
ぴったり、息を揃えた返事は町の人を含めた髪切り屋にいた全員からのもの。
ぼくはリュカの隣に頭を抱えて崩れ落ちた。
いや、もう、やらかしたなんてもんじゃない。
しゃがんだ拍子に寝こけていた白露を押しつぶし、容赦ない爪だしの豹パンチがおなかにクリーンヒットしてさらに横に崩れ落ちる。
「…そっか、うん、別にいいよ、うん、僕っ子だしさ、勘違いを訂正してなかったのは僕だしさ、うん、気にしてない…」
「本当にすみません…」
いろいろな衝撃から立ち直るのに、ぼくたちは先日も借りた髪切り屋の二階を貸してもらうことになった。
「さて、改めて。俺は旅籠屋の「これのことは旅籠屋って呼べばいいから。」
「ひめさぁん…」
なにやらしょんぼりとした旅籠屋さんは窓辺に座って猫を撫でている。
毛足の長い白猫は、赤い首輪をつけているからどこかの飼い猫なのだろう。とても人馴れしていて白露を見ても物怖じしない。
まあ、白露が座布団で爆睡しているからかもしれないけど。
「買い取って欲しい本は2248冊。量が多いから魔具に入れてある。目録は手紙で送ったとーりね。」
「手紙では2250冊って書いてましたよ?」
「あ、2冊は欲しいってやつにあげたんだった。元からの約束だったから悪いけどそっち優先にさせてもらったんだけど…代わりに新たなお客も連れてきたから許してくれない?」
律儀なのか不真面目なのか…小首を傾げてウインクしたところを見るとやはり不真面目なのだろう。
「新たなお客って…もしかしてマーチェスさんもリュカ…物語屋に本を?」
「はい、私は100冊ほどですが。私の分も旅籠屋様の魔具に入れていただいています。イド様に目録をお渡ししたのですがもう受け取られましたか?」
「あー、ちょっとごたごたしててまだだ。お金は後払いでも?」
「構いません。できたら私にではなく、別のところに届けて欲しいのですが構いませんか?」
「うん、了解だよ!旅籠屋どうす…何してるの」
膝に先ほどの白猫。それは変わらない。頭にはブチ猫肩には虎猫背中のところには影に潜むように黒猫、ぴったりとくっつく三毛、足袋、鉢割れ、茶色猫。
見事に猫にまみれた旅籠屋さんは抱き上げた縞猫のお腹に顔を埋めていた。
「ふぉっふぉへふぉほぉぐふぃふふぁふぃ「公用語で喋ってもらえます?」
「ちょっと猫の可愛さに心打たれてモフモフを満喫してた。」
「話は?」
「俺はウチに届けて欲しいにゃー」
ちゃいちょいと招かされる縞猫の足が膝に乗る白猫にあたりかけ、白猫が嫌そうにちらりと睨みあげた。
数が多いのに不気味なほど静かな猫たちを、旅籠屋さんはリュカの返事を待たずに順番に撫でて遊んでいく。
「旅籠屋、あげちゃった2冊って何と何?」
「【簡単手料理〜不器用のためのレシピ集〜】と【歴代の勇者とその偉業】だよー。」
「じゃあ先に魔獣飼育の教本と魔獣図鑑買わせてくれる?」
「なになに、姫さんならそんなのとっくの昔に頭に入ってでしょ?むしろ本より詳しく覚えてるくせにぃ…はっ、まさかもう痴呆が⁈」
「さあシーター帰ってカナン様に不審者の情報を届けよっか!」
「調子に乗りすぎましたすみません!」
抱えた縞猫ごと他の猫を潰さないように土下座する姿はもはや見事の一言しか出てこない。
土下座をとったせいで増えた面積にひょいひょいと猫が盛られていく。
「じゃあ銅貨2枚でいいよね?」
「買い叩かれた⁈てか、腹筋ぅ、ちょっ、乗るな、そろそろ限界ぃぃぃぁぁぁ!」
山盛りの猫に押しつぶされかけていたさらにその上に、騒ぎのあまり起きた白露が飛び出し、勢いのままに飛び乗った。
旅籠屋さんが横に崩れ落ちるが白露含めた猫たちは皆押しつぶされる前に四散する。そして仰向けに倒れて腹筋ぅと震える旅籠屋さんの上にまた、容赦なく積み重なっていく。
膝に乗っていた白猫は顔の上に、白露は疲れているらしい腹の上に。
「「にゃぁぁん」」
『ぁー、にゃー、はくろだにゃーあ』
「うちの子可愛い…!」
「うちの子可愛い…!」
「「…え?」」
ばっとみれば驚いた顔のマーチェスさんと目があった。見事にハモったタイミングからしてかなりのモフ好きのよう。
ちなみにリュカはとてもいい笑顔で煮干しで猫釣りしている。
…なんで持ってるの
「うちの子、合成獣の白露です。知ってるとは思いますが」
「うちの子、白猫のスイニャンです。」
…はい?
「稜明国で水と書いてスイと読み、他大陸の花央共和国では娘と書いてニャンと読むんです。そして!そこには!猫だにゃんと可愛い女の子だ娘がかけられているのです!!!」
「か、可愛いですね!」
水娘は白猫、ということは旅籠屋さんの顔の上にどっしりと収まっているあの子がそうなのだろう。
堂々とした面がまえながらその毛並みとしなやかさは優雅です上品。
「旅籠屋さんは女好きの女誑しですが、猫好きの猫誑しでもあるんです。救いようがないですよね、救うつもりは欠片もないですけど。」
時々変態が漏れるけど基本的に優しくて気がきくマーチェスさんにここまで蔑んだ目をさせられるってある意味すごいと思う。
マーチェスさんが嫌いでも、ぼく的に猫好きに悪い人はいないと思ってる。
「白露、こっちおいで」
『にゃー、やー』
猫に混ざってうにゃうにゃと微睡んでいた白露が、あの可愛くて格好良くてスベスベでもふもふでいい匂いがして甘えたで弟思いで優しくて可愛くて頑張り屋さんでぼくのことが好きで強くて可愛いあの白露が、
ぼくよりも、旅籠屋さんをえらんダ…?
「敵です。」
「ふぉっふぉふぃふぇふぁん⁈ふぉふぁふぁぁぁぁ!!!」
なにやらぐだぐだ言っている旅籠屋さんの顔の上で、怒ったスイニャンが足踏みをした。
もう一度言う、顔の上で足踏みをした。
再び猫が四散し、目を押さえて転げまわる旅籠屋さんを煮干しで釣りかけていた猫に逃げられたリュカが容赦ない蹴りを叩き込む。
「共通語どころか人の言葉も話せなくなりましたか、色情魔が」
マーチェスさんが鼻血出しそうな顔で見てるけど気にしない。気にしたら何か恐ろしいことに巻き込まれるってぼくの【生存本能】ががんがん反応してる。
「ちょっと姫さん⁈おたくのショタに突然敵認定されたんだけどうぁっふぅうぅい⁈あっぶな⁈は⁈なんで馬ぁあぅ⁈」
数秒前まで旅籠屋さんの顔があったところを緑の馬が踏みしだいていった。ちなみに顔は間に合ったが左手を踏み抜かれて悶絶してる。
というか、
「白蕾⁈」
『なーー、らーいーー』
『ぁる、じ、どの、と、くろ、くん、』
水牢楼で乱入してきた瞳使いの後に、中型犬から大型犬サイズになった白蕾が…
「成長したねえ」
若馬サイズになって帰ってきました。
「いやだから何がどうなってんの⁈なんで馬が2階の窓から飛び入ってきて俺襲われたの⁈てかなんか変な豹混じってぅわぁぁぃっ⁈だからなんでこの馬は俺のこと襲うわけ⁈姫さんっ!姫さん助けてって!」
「白露はへんなのじゃなくて可愛いのです。訂正お願いします。」
『くろ、くん、ばかに、する、ゆるさ、ない、』
『らい、いいこー』
「こっちこないでください旅籠屋!あなたみたいな誑しが来たら猫ちゃんたちがぁぁっ!!!」
逃げる旅籠屋、追う森馬、惑う猫達空飛ぶ豹。微笑む家具に怒れる死狼。猫に貢ぐ物語屋から惑う猫たちが煮干しだけを掻っ攫う。
どったんばったん大騒ぎ大混乱大狂乱、そして、
「あたしの可愛い可愛いお客様が逃げちゃうじゃない!遊ぶなら城でやってくれます⁈」
全員平等に髪切り屋若さんの怒声と叱責を浴びせられた。
ノリとテンションと伏線がいろいろあっていろいろ大変
何が何やらわからぬ間にちゃっかりラビの指導で強くなって帰ってきた白蕾の活躍乞うご期待〜
豹『らいー、すーきー』
馬『くろ、くん…あ、う、』
死狼「可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い」




