21 服飾街と秘密の逢瀬
「やあ、久しぶりだね」
「お久しぶりです、姫」
青年は少女というにも幼い少女に跪き、冷めた目で見据える。
フレザの夜の風は熱い。フレザ城から離れた壁近くの家でさえ、1月とは思えない暖かさを誇っていた。
だからこそ、姫と呼ばれた少女は白いワンピースと夜の帳のようなマントだけで、そこに立っていた。
いや、彼女はいつだって薄着だから、フレザだからというわけではないのかもしれない。
そんなことは、まあいい。
大事なのは、彼女がまた、男たちの前に現れたということであり、彼女の容姿の変化はさして重要ではないのだから。
「相変わらず変わらないの?君たちの願いは」
「はい、変わりません。私たちが変わらないことなんてあなたもわかっているはずです。…姫、ここに来たということは、私たちと契約を?」
「ごめんね、僕は君たちと契約する気はないよ。これから先、ずっと」
暗く、黯い瞳にぞくぞくと体が震える
そこらの魔獣より恐ろしく、大人の女性よりも艶やかで、誰にも負けない強さを持つのに、子供らしく無邪気な人
姫の主人役になれたなら、姫がそれを許してくれたら、きっと計画はうまくいくだろう。姫が味方についてくれて、物語が道を逸れるわけがない。だけど、姫はそれを望まない。姫が望むのは、道なき物語。今にも途切れそうな、物語だけでは進めなくなってしまった、途切れかけの物語。
「では、なぜ参られました?」
「教会の動きが知りたくてね。まあ、正確には【けもさんず】の方もだけど」
ふざけた組織名に男は喉を鳴らして笑った。その笑いは楽しそうで、誇らしげであり、つけた人間のネーミングセンスを疑うようなそれに対する嘲笑の色はまるでない。
「私たちの【将】はあなたをお待ちしておりますよ。いつだって魔王の長の座は差し上げると。」
「僕がそんなものに興味がないってことくらい、そろそろわかって欲しいんだけどな。それに、あの子以外に仕える気なんてないでしょ、【けもさんず】の誰だって」
くつくつと、くつくつと、喉を鳴らす男の返答は、言わずもがな伝わった。
それが、【けもさんず】の構成員の矜持であり、彼らが彼らとして存在し続けることのできている理由だった。
「僕はやだよ、数百人もの魔王を従えて教会の魔王狩りの手伝いなんて。」
ほら、めんどうでしょ?と、【けもさんず】の長であり、彼女の親友でもある魔王の口癖を真似る。
その姿が、フレザの魔力によって真紅に輝く月を背負い、風にマントと髪と髪飾りをなびかせるその姿が、魔王らしいということにかけらも気づいていなさそうな姫に少し笑みがこぼれる。
「で、どうなの?【けもさんず】のことは分かったけど、教会の隠された暗殺組織、魔王のみで構成された【贖罪の十字軍】としての君たちの動向は」
「【死んだ狼】については観察の段階ですね。彼が勇者の仲間として勇者を導くのか、あるいは災厄の魔王として勇者を呼び寄せるのか。それによって私たちが【けもさんず】と【贖罪】のどちらの面を見せるか変わりますね。それに、今の彼には誰にも手出しできない」
男が喉を鳴らす。
猫のような瞳がキラキラと月の光を映し出す。
「私たち【けもさんず】は、友好的な魔王には手を出しませんから」
「【死んだ狼】が勇者の仲間になった場合は?ううん、それは正しくないね。教会に勇者であると認定された場合は?」
「魔王と呼ばれようが、勇者と呼ばれようが、【けもさんず】は友好的な魔王には手を出しません。」
「それならいい。ありがとね、魔王【猫の愛子】」
「どういたしまして、姫」
英雄侯爵の城下街で、魔王と呼ばれた男はふわりと微笑む。少女と男の周りに黙する100を超える猫たちは、そんな男の表情を黙って見つめ続けている。
もし、男に命じられたら一斉に襲い掛かれるように。
数百の瞳が、静かに、獲物を見つめている。
「…荒れるよ、フレザは」
久々の状況確認が終わって、少女は男から目を転じた。男もまた、猫に似た目を少女と同じく紅の布のはためく街へと転ずる。
静かながら熱気に満ちた街の中心、フレザ城は煌々と紅の輝きを放ちそこに紅孔雀とその騎士がいることを誇るように夜闇に浮かび上がっていた。
「…くくくくっ、あなたがいらっしゃったのです。私たちは承知済みですよ。おそらく、あの幼子とて理解しているでしょう。いくら幼くとも、あれとて魔王ですから」
「君からしたらそこらの魔王はみんな幼子でしょ。【猫の愛子Lover Of Cat】、LOC」
喉を震わせて、魔王【猫の愛子】ロクは笑う
そのご機嫌は周囲に満ち満ちた猫たちにも移り、夜の街に獣のご機嫌な唸り声が渦巻く。
「紅孔雀の騎士?英雄侯爵?くくくくっ、くくくくくっ、猫の皮を何枚かぶったって、その本質は変わらない!魔王【紅孔雀の王】!私は楽しみでならないのです、英雄や勇者と呼ばれ持て囃されてきた人間が、」
ピタリと、猫の唱和がやむ。
男が、男から魔王【猫の愛子】ロクに変わる
「魔王と勇者は同じモノだと知り絶望する瞬間が!」
享楽的で、残忍で、狡猾な魔王。
魔王の中では決して強い方ではない、むしろ最弱に分類される愛子でありながら彼はやはり、魔王であった。
本質的に、血と争いを呼び込んでしまうモノ、そしてその中で最も美しく輝くモノ。
「愛された魔王など、堕ちればいい」
勇者として認められず、魔王として虐げられた彼の瞳に映るのは、狂おしいほどの、嫉妬。
「ダメだよ、ロク。それ以上思ったら。」
少女がゆっくりと、男に寄り、囁く
「グルリャが悲しむ」
教会に与する魔王の長の名に、嫉妬はすぐに男の瞳から掻き消えた。強く長く災厄の只中を生きる魔王は基本、殺されて死ぬ。しかし上手く立ち回った狡猾な魔王や友好的な魔王の中だって少なくない。
そのうちの1人であるロクの見た目は20代後半ほどだが、実際は100を超える。
嫉妬を抑える方法も、心を消す方法も知っている男にこのくらいの嫉妬はなんともないと知りながらも、少しでも彼が永らえるように。
「…有難うございます、姫」
愛子は、7つの大罪に飲み込まれた瞬間、教会に殺される。【猫の愛子】である彼に最も近いのは嫉妬。
「…そういえば、最近力を使った?獣使いの青年に」
「さあ、覚えてません。使ったかもしれませんが、使ってないかもしれない。」
そう笑う男の表情をじっと見つめて、少女はふと目を細める。
「呑まれないでね。僕、君のこと嫌いじゃないから。君はあんまり殺したくないな。」
殺さないとは言わない、その言葉に男は安堵する。
それは、男が嫉妬に飲まれて攻撃的な魔王になったら、少女が殺してくれる可能性を示唆していたから。
「おやすみ、ロク」
最後に一言そう言って、少女は夜の街に消えた。
いつだって少女は、またね、と言っていたのに。
「やっぱり、気づかれてますね」
座り込んだ男の周りに猫たちが集まり、擦り寄る。
男の声に悲しげな色が浮かんだからか、構って欲しいだけか。男は膝に乗ってきた白猫を撫ぜ、その青い瞳を覗き込んだ。
「あと少しで、私が魔王【憤怒の愛子】になることも、私の呪いがこの街を蝕んでいることも」
そして、と白猫の鼻面に鼻を擦り寄せる
「私が【死んだ狼】を殺すために、【けもさんず】を抜けたことも。」
短いので夜10時にもう1話投稿します




